第85話 依頼
本日1話目です。
次の日の朝。
今日は今までの狩りとは違って、絵梨奈さん達との合同狩りの日。
何気に初めてなので少し緊張する。
しかも緊張するのはそれだけではなく、魔法剣士としてスタートする日だからという事も。
とはいえ全く準備をしなかった訳ではなく、昨晩は結構遅くまで魔力の流れを掴む練習をしたので、きっと実戦でも大丈夫だろう。
大丈夫だろうとは思うけれど、やはり1日くらいは北西の森で狩りをしておけば良かっただろうか?
まあ、馬車に乗っている時とかも、魔力を掴む練習は欠かさないつもりだけど。
気をつけなければならないのは、魔法剣の魔法部分が伸びる事。
伸ばす長さは慣れれば自在らしいけど、慣れない内は敵の先に味方が居ないことを確認しつつ剣を振るわなければならない事だろうか。とにかく、実戦で使用してみてからだ。
そう思いながらベッドから起き上がり、準備を整え、宿の食堂へ行くとプリシラたんと絵梨奈さんと相馬さんが食事をしていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「カズマさんお早うございます」
「一眞おはよう。あとは蓮司だけね」
どうやら田所さんはまだ起きてきていない様だ。
そもそも朝が弱いらしく、タイムの目覚まし機能を使っても起きてこない時があるんだとか。
あの脳内に鳴り響く鐘の音で起きないとか、どんだけ朝が弱いんだと。
「蓮司が来てから朝食を食べ終わったら直ぐに出発をしよう」
「一旦冒険者ギルドね」
「わかりました。途中まではルート馬車に乗って行くんですよね?」
「そう。とりあえずはカルデラから出なきゃならないしね。しかも出て直ぐの町や村も亜人の脅威なんてないらしいし」
らしい。
この町だけでも大体2万人の冒険者が拠点の登録をしている。
なので付近の亜人はことごとく狩られてしまい、繁殖して増えるような事が無い。
とはいっても2万人の内の9割以上は拠点登録だけしておいて、遠方の依頼や、もっと難易度の高いモンスターが出現する地域に長期間出向いてしまっているけれど。
「向かう場所は決めてます?」
「まだ決めてないんだ。どのみち何時ボードを見ても最近はゴブリン討伐の依頼が何個かはあるから、依頼を見て簡単そうなものを選ぼうかなって思ってる」
「それもそうですね」
帝国内で言えば、ここ最近亜人の動きが活発化しているっていうし。
というか、田所さんまだ起きないのか。
いい加減起きてこないと、移動時間がその分減るから不味いんじゃ。
「俺、田所さんをちょっと起こしてきます」
「あ、いいよ、僕が行って来る」
そう言いつつ相馬さんは、田所さんを起こしに宿の階段を昇って行った。
そんな田所さんが眠い目を擦りながら起きて来たのは、それから20分経ってからだった。
寝癖もそのままで爆発した髪を見て、思わず笑ってしまったけれど。
◇
「あ、ちょっと寄るとこあるんで先に行っておいてください。直ぐ済みますから。ちょっとプリシラも来て」
「あ、はい!」
「じゃあ先にギルドへ行っておくから」
宿から冒険者ギルドへと向かう途中、市場を通り過ぎた頃に相馬さん達に言った。
一瞬何事だろう?といった表情を見せて来たけれど、直ぐに済むと言われたからか快く承諾をしてくれた。
プリシラは、俺がどこに行こうとしているのかが直ぐに分かったらしい。
俺が寄るところは、昨日の串焼き屋台。
けれど今日は串焼きを頼むのではなく、果物だけを買う為に。
「直ぐにわかりました」
「あはは、野営用に果物が有った方がいいかなって……居るかな?昨日の姉妹」
「どうでしょう……あ、今日もいましたね」
プリシラがそう言ったのと同じく、俺も屋台の隣にちょこんと座る獣人の子供二人を見つけた。
見ているだけで癒される可愛さだ。
あれだ、俺も田所さんと相馬さんの事を悪く言えないんだなと。
そう思いつつ笑顔を振りまきながら近寄る。
お願いだから、笑顔きしょーい!なんて言わないでください。
そんな俺の心の叫びが通じたのか、獣人の姉妹は俺とプリシラを見つけて満面の笑顔を見せ、ついででは無いけれど、串焼き屋台のおじさんもニカリと表情が破顔した。
「今から狩りか?」
「はい、お早うございます」
「おはようございます」
「おう」
「おはようございます!」
「じゃましゅ!」
うんうん可愛いのう。
「で、どうしたんだ?まさか今日も朝飯を食ってないってんじゃないだろうな?」
「今日はしっかり食べました。えっと、今日から何日か野営をするかもなんで、野営用に果物を貰おうかなって」
「本当ですかっ!」
おじさんよりも早く姪っ子が答えた。
妹の方はいまいち理解が追い付いていないらしい。
口を開けて見上げたまま、俺と姉の顔を交互に見やっている。
「本当だよ。いいかな?」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
「ごじゃましゅ!」
何のことか分からないけれど、姉がありがとうと言えばそう言うと覚えて居るのだろう。
とはいえ、それが更に可愛さを増している。
「すまねえな、兄ちゃん」
「いえいえ、じゃあ時間も無いんで、えっと、5人が一人3個ずつと計算して……」
3日分くらいで良いだろうか?
まあ、余ったら余ったで、マジックポーチに入れておけば腐らないんだから良いだろう。
そう思いながら個数を口にする。
「ペペアとママンゴを45個ずつくださいな」
「ええええ!」
「まあ、5人で野営ってならそれくらいは有った方が良いが……良いのか?」
「いいんですよ。あります?」
「な、なんとか……今日は50こずつ仕入れたのでっ。あ、でももう4こずつ売れちゃいましたから……んと、んと……」
必死に頭を回転させているようだ。
この世界の算術は案外進んでいない。
掛け算割り算が出来れば、それはもう立派な商人になれるくらいに頭が良いとされている。
なので目の前の獣人の女の子が足し算が苦手でも何ら不思議ではない。
そんな姉を見て不安そうな表情の妹。
またもや俺と姉の顔を交互に見やっている。
そして悩む事1分近く。
「あ、わかった、46個ずつ残ってます!」
「うん、じゃあ46個ずつ全部貰っていい?」
「はい!ありがとうございますっ!」
「ごじゃましゅ!」
目尻を下げながら巾着をプリシラに渡し、お金を払ってもらう。
俺は92個の果物をズタ袋二つに分けて入れる作業だ。
日持ちしない物は駄目だけど、3日くらいなら大丈夫だろう。
そう思いながらどんどん入れていく。
その間、妹の方は、ほけーっと俺の手を目で追っていて、それがやたらと可愛すぎて偶に妹の頭を撫でたりしつつ。
姉の方もなでなでして欲しそうに俺をみやるから、同じようになでなでしつつ。
そしてプリシラたん。
なぜそこで君がなでなでして欲しそうに俺を見るんだ?
いや、だから、姉妹の隣に座って頭を差し出さないように。
そんな変な絵面になっている内に、全て入れてパンパンに膨らんだズタ袋二つを、さらにマジックポーチに入れ終えた。
その後、初めて売り切れたと大喜びの姉妹と、それを優しく見やるおじさんに挨拶をし、俺とプリシラはホクホク顔で相馬さん達が待つギルドへ向かった。
そしてプリシラたんになでなでをしたかどうかは、彼女の笑顔を見ていれば分ろうものだった。
そんなに良いものかな?なでなでなんて。
◇
小走りでギルドへ向かったおかげか殆ど同時にギルドに到着でき、合流をしてから扉を開けて中に入れば、未だに多くの冒険者がホール内に居た。
「もう8時過ぎたのにまだ混んでるんですね」
「ですねえ」
「そうねぇ……でもま、一番凄い時間帯からは少し外れてるから、まだマシね」
「確かに」
田所さんの寝坊のおかげか、冒険者が多すぎで混雑してどうしようもない時間から少し外れているとはいえ、いまだかなりの冒険者が残って居る。
ここから1時間も経って午前9時を過ぎればガラッと人が居なくなるのに。
田所さんは、俺のおかげでイモ洗いに巻き込まれなくて済んだんだぞ的なドヤ顔を見せている。
そんな彼には皆が白い目を向けているけれど。
「どれを受けようか」
依頼ボードには結構な数のゴブリンやオークの討伐が張り付けてある。
それらを見やりながら、ゴブリン討伐初心者の俺らに丁度良さそうな案件はないか探していると、田所さんが気になる依頼を見つけたようだ。
「これとかどうだ?」
その言葉で5人の目が向く。
内容は……。
「ゴブリンの巣穴に巣食う、ホブゴブリンとゴブリンメイジを加えた50体前後の討伐……ですか」
それ結構厳しくね?
いや、戦力的に見れば行けるだろうけど、初心者の俺らじゃ難易度高くないか?
そう思っていたら絵梨奈さんが突っ込みを入れる。
「そんな数、支援職が居ないのに何を言っているの?」
「ちょっと最初の依頼としては厳しいんじゃないかな」
絵梨奈さんと相馬さんがそう否定をしたけれど、田所さんはそれでも自信があるらしい。
「そうか? 司馬君達も居るから大丈夫だと思ったんだが」
そう言ってくれるのは嬉しいし、確かにこの中では一番レベルが高いけれど、なんせ俺も初めてのゴブリン討伐だから、安易に任せてくださいとは言えない。
「高評価は嬉しいんですけど、やっぱり初めてなんでもう少し少ない方が良いかもです」
「そうか、それならこれなんてどうだ?」
依頼を見つけるのが早いな田所さんって。
単にテキトウなのかもしれないけど。
そんな失礼な事を思いつつ新たに見た依頼は……。
「ポエミ村の付近に出現しだしたゴブリンの討伐。数は30体前後……ですか。ポエミ村の場所は……っと」
そう言いつつ解体新書を取り出して、地図を開いてポエミ村の位置を調べる。
通常馬車で片道二日ってとこか。
もっと速いルートがあるかもだけど、ざっと見はそんなもんだな。
「移動に二日くらいかかるかもしれませんよ?」
「あ、それも考えなきゃか」
この中の誰もポエミの場所なんて知らないんだから仕方がない。
というかトレゼア以外の町に行った事があるのはプリシラだけだし。
「もう少し近場の依頼もあるみたいだけど、数が少ないわね」
「数が多い依頼はレギオンに回してるってエミリアさんが言ってましたよ?」
そうプリシラが口にしたけれど、確かにそりゃそうだよなと。
数が多くキツい依頼を俺らフリーに回すなんて、死んで来いって言っているようなもんだ。
「でもまあ、やっぱり最初はこれでいいんじゃないか?」
ポエミ村の依頼を中指の表で叩きつつ、田所さんがそう言った。
「そうだね。旅も出来るし野営も出来てゴブリンも狩れるから、レギオンの恩恵にあやかれない僕らとしては、全部経験出来て丁度いいかも」
「そうね、そうしましょ」
「そうですね」
「お、じゃあ決定だな」
俺の返事をまだ聞いてくれていない気もするけれど、確かにこれなら何ら問題ないように思える。ネックは往復5日か6日かかるって所だけだし。
「じゃあこれにしましょう」
そう言いつつ依頼の魔法紙を剥がして、俺と相馬さんだけでカウンターへと向かう。
相馬さん達にも担当ギルド員はいるけれど、ここは俺の担当であるエミリアさんだろうという事で、昨日の夕飯時にそう決めていた。当然エミリアさんもその時にいたので何も問題はない。
「この依頼を受けたいんですけど」
依頼の紙をカウンターに置けば、直ぐにその内容についてエミリアさんから言葉が出てくる。
「あ、この依頼ですか。今朝張り出した新しいものですね」
「問題とかありません?」
「恐らくは大丈夫かと」
その言葉にほっと一安心。
「結構遠い場所ですけど良いのですか?」
「はい、旅も出来るし丁度いいって皆で決めました」
「分かりました。では説明をします。場所はトレゼアから北東に向けて200kmくらい進んだ場所にある、ポエミという村からの依頼なのですけれど、村から近い冒険者ギルドから、人手が足りないから派遣をして欲しいとの要請がありまして、今朝私が依頼ボードに張り付けたのです」
俺と相馬さんは、ふんふんと頷きながら詳しい内容を聞いていく。
因みにカウンターにパーティー全員で並ぶことはほゞない。理由はこの冒険者ギルドに所属をしている冒険者の数が多すぎるからなんだけど。
後のメンバーはベンチに腰掛けたり依頼ボードを眺めたりカフェでお茶をすすっていたりしてパーティーリーダーが持ってくる依頼を待つ。
俺とプリシラは二人なんで、いつも一緒にカウンターに行っているけれど。
「依頼内容は、ポエミの周辺にて最近家畜を襲うゴブリンが増えて来たので、それの討伐です。規模は30体程度という事ですので、慎重に行動すれば皆さんならば大丈夫でしょう」
ふむふむ。
「詳しい説明は依頼を流したギルドではなく、ポエミ村の村長に聞けば良いそうなので、まずは村に行って村長のお家へ伺ってください。後はそうですね……ポエミ村に滞在している間の宿は、村長から空き家を提供していただけるそうなので、村での野営は必要ないと思います」
「分かりました。あと注意しておく事ってあります?」
「そうですね……カズマさんは魔力の掴み方をマスターされました?」
「はい、それは大丈夫です」
「ゴブリンやオークは私達人族と同じく無属性なので、あえて属性を付与する必要はありませんから、咄嗟の時にちゃんと魔力を掴めるように更なる精進をしてください。そうすれば今回の依頼はそこまで苦労される事はないと思いますので。例えゴブリンの巣穴があったとしても、です」
んまあ、リュミさんが昨日言った言葉が本当なら、それこそゴブリン程度は無双できるんだろう。本当ならとか、疑ってすらいないけれど。
だからこそエミリアさんも魔法剣での戦いに重きを置いているのだろう。
「但し、無理は禁物ですからね? ソウマさんも」
「はい、それはもう」
「はい」
「あとカズマさん」
「はい?」
「もしも、何かあった場合は、私の事を出して構いませんから」
カウンター越しにスッと俺の耳元に口を持って来て耳打ちをして来た。
それは、皆に身分を明かしても良いという事か?
「あと、お婆様や父の事もです」
おいおい……それって……
「あくまでも、何かあったら、です」
「……わかりました。有難うございます」
どういう意図があってかは分からないけれど、そうなったらってことか。
少し言葉の意味が気になったけど、エミリアさんから言葉をもらった俺と相馬さんは三人と合流をして、それから直ぐに冒険者ギルドを後にした。
少しばかり心配そうに見やって来る、エミリアさんの視線を浴びながら。