第84話 料理ギフト
本日3話目です。
”ヘルリュミのお店”を出て、少し歩いたところでエミリアさんが口を開く。
「では私はギルドの会合がありますのでここで」
「あ、はい。今日は有難うございました。今日も、か」
「ふふふ、いいんですよ。ではプリシラさんもこの後の時間を楽しんでくださいね?」
「ふぇ!……は、はいぃぃ!」
意味深な視線と共にそう言えば、途端にプリシラがあたふたとしだす。
からかっている訳ではないだろうけれど。
単に一緒に野営道具を買うだけなんだから、俺の方は至って平常だ。
そう思いつつ、エミリアさんと別れた俺とプリシラは、道具屋マーサへ向けて歩を進めた。
んが……。
歩き出して15分ほど経った頃。
「ごめん、もう我慢が……」
「ふぇ?ど、どうしたんですか?」
立ち止まってお腹を押さえたからか、プリシラは途端に心配そうな表情をみせた。
「いや、朝食も食って無いからお腹が減っちゃって。……その、美味しそうな匂いもするし……」
「ええええ!? まさかまさか朝食を食べてないんですか?」
「うん……」
あり得ないだろうと言った表情をプリシラは見せた。
ええー……? 聞いた話じゃ貴方も二カ月間ほど、朝は硬いパン1枚だったって言ってたじゃないか。
昔の事なんて忘れました!といわんばかりのその表情に苦笑いが浮かぶ。
とはいえ今は魔力を使っている俺。朝食を食べない生活は考えられない程にお腹が空くのは確か。
なので先ほどから空腹でお腹がぐうぐう鳴りっぱなしになっている。
こんなことならエルフ姉妹に昼食をご馳走になるんだった。
少しだけ後悔をしていると、俺の意を汲んでくれたプリシラがそこに。
「じゃああそこの屋台を巡って見ます?」
先ほどから漂って来る美味しそうな匂いは、市場に程近い屋台が沢山集まっている通りから。
それをプリシラが指をさしながら提案してくれたのだけれど、俺はその言葉に一も二も無く飛びつく。
「是非いこう! 直ぐ行こう!」
「ぁ……」
そう言いつつプリシラの手を思わず握って走る様に向かった。
プリシラの手は柔らかいなあ。でもお腹空いたなあなんて思いながら。
真っ赤な顔のプリシラなんて全く気付きもせず。
「とりあえず、何の串か分からないけど、あれを食べよう!」
「は、はぃ……」
「ん? どうした?」
もしかしてお腹空いて無いのかな?
そう思いながらプリシラを見やれば顔が赤い。
熱でもあるのか?
「風邪でも引いた?」
「い、いぇ……その、手を……」
「手?……あ゛っ!」
赤い顔の理由なんて直ぐに分かってしまった。
ほぼ無意識で繋いでいたとはいえ、これは恥ずかしい。
「ご、ごめん」
「い、いえ……その、うれ……な、何でもありません……」
「ハハハほんとごめん」
そう言いつつ繋いだ手を放す。
屋台の前で何をやっているのだろうか?
見れば屋台のおじさんがニヨニヨしつつ俺らを見ていた。
そんなガタイのいい黒く日焼けした獣人のおじさんと目があったのだけれど、そのおじさんはニカっと眩しい笑顔を向けつつ。
「お暑いねえお二人さん。まー今は夏だしな」
「ハハハ……す、すみません。串焼きを4本ください」
「お、買ってくれるのか、嬉しいね。塩とタレがあるがどっちがいい?」
「じゃあ半分ずつで」
「はいよぅ、直ぐ出来上がるからまっててくれ!」
そう言いつつ人当たりの良さそうなおじさんは炭の上の網に、串に刺した肉を手際よく並べていく。
じゅうじゅうと焼けていく肉を見やっているだけで涎が出てきそうだ。
「じゅる……美味そうだ」
「はい……じゅる……」
俺とプリシラは食い入るように肉を見つめる。
「がはははは、お二人さんを見てると、まるで何日も食べずにいたようにみえるが、そんなに食べてないのか?」
「いえ、朝食抜いただけです。でもすっごく美味しそうだから」
「わたしはしっかり食べたのに……あぅぅ……美味しそうです……」
「がはははは。そうか、そんなに腹が減ってるんなら、良かったら隣にいる子供達からも何か買ってやってくれ」
そう言われて屋台の隣を見ると、二人の獣人の子供が茣蓙の上で正座をしたまま俺らを見つめていた。
着ている服はボロボロ……とまでは言わないけれど、あまり小ぎれいではない。
その獣人の子供が売っているのは、見てすぐわかる程に形が不ぞろいな果物だった。
「えっと、果物?なんだろ」
「はい!ペペアの実とママンゴの実ですっ!」
「でしゅっ!」
見た感じペペアは恐らく梨で、ママンゴはマンゴーか?
傷とかあるけど、どちらも美味しそうだ。
そう思っていると伺うように二人が聞いてくる。
「いかがですか?」
「でしゅか?」
か、可愛いわこの子達。
顔とかじゃなく、子供特有の可愛らしさが滲んでいる。
歳は10歳くらいか?下の子は3歳とか4歳くらいかな?
ほっぺたが緩みそうになった俺は当然財布の紐も緩む。
「じゃあ、二つずつ貰えるかな?」
「わぁ!……はいっ!ありがとうございますっ!」
「ごじゃいましゅ!」
満面の笑顔を向けつつ、山盛りになった不揃いの果物の中から、それでも良さそうな形をしたペペアとママンゴを手に取り、4個まとめて俺に渡して来た。
「いくら?」
「銅貨2枚です!」
「え?そんなに安いの?」
「はい、形が悪いので……」
申し訳なさそうに言うけれど、形なんて腹に入れば皆同じだ。
あんなに気持ち悪い水蛇ですら、蒲焼きにすれば全く気にならないどころかめちゃくちゃ美味しいんだし。まるで鰻かと思うくらいに。
「形は気にしないよ。じゃあ銅貨2枚ね」
「ありがとうございましたっ!」
「ましたぁ!」
女の子は、渡したお金を大事そうに両手で受け取る。
ほんと可愛いわ。
そう思っていると今度は串焼きが焼きあがったようだ。
「こっちも焼きあがったぞ。たれ2本と塩2本で全部で銅貨12枚だ」
てことは1本300ゴルドか。
「お、こっちも安い」
「安くなきゃ屋台じゃないからな」
いやいやそんな事はない、屋台は基本割高なんですと思いつつ、大銅貨1枚と銅貨2枚を渡して串焼き4本を受け取った。
ありがとうよーという返事を聞き、さてどこで食べようかとなる。
プリシラも同じ事を思ったのか、キョロキョロと周囲を見渡しつつ。
「どこで食べます?」
「そうだなあ」
流石に屋台の目の前だと営業妨害になるし、そもそも通行人の邪魔にもなる。
なので、果物を売ってくれた子供の隣が開いていたので、指をさしながらそこで良いかおじさんに聞いてみる。
「そこで食べてもいいですかね?」
「おう、好きなとこで食べな」
「じゃあそういう事で」
「はい!」
許可を得たのでいそいそと移動をし、姉妹だろう獣人の子供の近くに二人で腰かけた。
肉汁が滴っていて良い焼き加減で良い匂いしかしないその串焼きを、プリシラに2本渡し、まずは塩から頂くことに。
「頂きます」
慣れ親しんだ言葉を呟きながら、かぶりついた瞬間に目を見開く。
口の中にジューシーな肉の旨味が広がって何とも言えない美味さだ。この肉はモアモア鳥だな。
小鳩亭で食べる串焼きも美味しいけど、こういう場所で食べる串焼きは、また違った味がして美味しく感じる。
「うまぁ……すっごく美味い」
「はい、美味しいです……」
「そうか!うまいか!」
俺らの素直な感想を聞き、おじさんは踏ん反り返る程にドヤ顔を見せた。
いや、これは小鳩亭並に美味しいぞ……。
「はい、塩加減と火加減が最高ですね」
「がははは、まあ俺は料理系の加護があるからな! 丁度いい頃合いや分量が目で見て分るんだよ」
え?加護付きなの?このおじさん。でもじゃあなんで屋台?
ふとそんな疑問を覚えた。
とはいえ初対面でそんな事を口にするのも憚られる。
そんな俺の心が顔に出ていたのか、おじさんはニヤリと笑いつつ、
「兄ちゃん、今何故って思っただろ? 加護があんのになんでだ?ってよ」
「あ、いえ……」
「良いって事よ。誰でも疑問に思うことだしな。まあ、今は落ちぶれてこんなとこで屋台を開いてるが、元はちゃんとした店を持ってたし貴族のお抱え料理人もやってたこともあるんだ」
「そうですか。だからこんなに美味しいんですね」
「びっくりするくらい美味しいです」
そう口にしたプリシラは、その後一言も言葉を発する事なく肉にかぶりついていた。
そして、ふと気付けば二人の獣人の子供が俺とプリシラをチラチラと見ている。
俺とプリシラというか、持って居る串焼きを。
特に幼い方は目が血走っていて、今にも涎が零れそうになっている。
隣で美味しそうに食べられたらそりゃそうなるか。
獣人は肉が特に大好きだって聞いたし。
というか俺はこういう子供にてんで弱いな。
そう思いながらおじさんに言う。
「串2本を追加で」
「ん?足りなかったか?」
「美味しいし幾らでも食べられそうですけど、その2本はこの子達に」
その言葉でおじさんと獣人の子供二人は目を見開いた。
「兄ちゃん……そいつは本当か?」
「え? そんなに変です?」
「いや、たまに施しをしてくれる人はいるが、そういう人は割と裕福そうな人ばかりだからな」
「俺もそれなりですけど。冒険者だし」
「それだ。冒険者がこういう施しをするなんて俺らの常識じゃ考えられねえ」
そういうもんだろうか?
相馬さん達なら普通にしそうだけど。
「施しって言い方はあまり好きじゃないんですけど、それでもまあ、理由はあるんで遠慮なく」
「そうか、じゃあお礼を言わなきゃな?」
そう言って獣人の子供を見やれば、ネジを巻き切ったように急に動き出す。
「あう、えと、あの」
「タレか塩どっちでもいいから」
「あぅぅ……」
二人からは、余計な事をといった雰囲気は感じない。
きっとどうすれば良いのか迷っているのだろう。
けれどこのままでは埒が明かないのは確かなので、俺が代わりに勝手に注文する。
「じゃあ塩とタレ1本ずつで」
「おう、ありがとな」
「あ、あ、ありがとうございます……」
「ごじゃましゅ……」
「いえいえ、どういたしまして」
自分が幼少時に味わった境遇から、俺はこういう事に全く抵抗がない。
宿屋でもシトラちゃんたち従業員全員にチップをめちゃくちゃ渡すし、女将さんからは一生泊ってくれとか、冗談とも本気ともとれないような言葉を言って来る程にチップを弾む。
その事で何か不具合があろうがなかろうが全く考えないし、考えないように敢えてしている。
ただ自分が分け与えたいからそうしているに過ぎないのだから。
「ほふほふっ……おいし、おいしいい」
「んぐっ、んぐっ……」
焼きあがった肉を遠慮がちに受け取った二人は、それでも誘惑に勝てなかったのだろう。二人はプリシラたんの妹さんですか? と思える程に、一心不乱に肉にかぶりついている。美味しいもんな、この串焼き。
「のどに詰まらせないようにもっとゆっくりと」
俺の言葉に上の子が肉にかぶりついたままコクコクと頷くけれど、それでも肉から口を離さない。
「がははは、この子達には仕事中は我慢をするように言っているんだ」
「あら、それじゃ……」
「いやいや、くれるもんは別だ。有難く頂戴するべきだろ?」
「そうですね、よかった」
「ありがとうな、兄ちゃん」
聞けばこの二人はおじさんの妹の子供で、最近トレゼアの町に来たらしい。母親と一緒に。
今まで住んで居た村の畑が水害で全滅したらしく、どうにも生きていけなくなり、料理人として大成していると思っていた兄を頼ってこの町に来たんだとか。
「いやあ、俺を頼って来てくれたのはすげー嬉しいんだが、生憎と俺もこんなんだからよ。がははは」
辛気臭い話の筈なのにやたらと元気なおじさんだ。
見れば姉妹もそこまで悲観しているようでもなく、おじさんを見て笑っている。
「妹さんはどこかで働いているんです?」
「ああ、俺の知り合いの食堂で働かせてもらってる。俺は独り身だからよ、贅沢は無理にしても妹やこいつらくらいは何とか食べさせてやれるんだが、どうしても働くって言いやがるし、こいつらも少しでも生活費の足しになればってがんばってくれてるって訳だ」
おじさんの話を聞いて大きく頷く姉妹。
なるほど、そういう訳か。いい娘達だ。
俺はそう思いながら姉妹のあたまを撫でた。
気持ちよさそうな表情を見せながら串焼きを頬張る姿は、守ってあげたいなと思うに十分すぎる。
うん、通りかかったらまた買おう。
そんな事を考えつつ果物まできっちり食べきって、また来ますと言葉を残して屋台を後にし、目的の道具屋へ再度向かう途中。
プリシラが嬉しそうに口を開く。
「カズマさんってやっぱり優しいですよね」
「傍から見ればそう見えるかもね」
「いいえ、傍からとかではなくって絶対に優しいです」
そうか、プリシラは俺の生い立ちを知らないんだったな。
「ハハハ……まあ、幼少期にちょっとあってね、だからかな? ああいったケースにはめっぽう弱い。まだあの子供達は頼れる人がいて、受け入れてくれる人がいたからいいけど」
「そうですか……」
俺にもっと力があればと思う時はある。
もしもこの町で苦労をしている子供を、全員助けられる力があればと。
そんな大それたことを願っても仕方がないとは思うけれど。
「先日、旧市街に連れて行ってもらったじゃないですか」
「うん」
「その時もすっごく思いました。なんていうか、ラピスちゃん達を見るカズマさんの目が凄く優しかったんです」
「ははは、俺子供の笑顔が好きだし」
「ラピスちゃん達全員が凄く喜んでいましたしね」
相変わらずもみくちゃにされるけど。
それすらも嬉しかったりする。
「俺はまだ始めたばかりなんだけどね」
「元はエミリアさんですっけ?」
「そうだね、エミリアさんというか、ヘルミーナさんやリュミさんもかな。ガニエさんは知らないけど、多分何等かの支援はしているんじゃないかな」
最初はエミリアさんだけかと思っていたのだけれど、良く聞けばエルフの姉妹もスラム街の子供達を支援しているらしかった。
とはいっても食材を提供するのではなく、月に1度訪れて、病気にかかった人達を無償で治療しているのだとか。精霊魔法を使い、ポーションを使って。
「やっぱりそういう行動は大切なんですね……」
エルフ姉妹もと聞いて、何か思う事があるようだ。
「うん、まあでもさ、それってつまりは余裕があるからっていうのも関係しているんだよね、実際は。勿論、余裕があっても動かない人の方が遥かに多いし、そんな人が殆どと言ってもいいと思うけど、だけどやっぱりね」
余裕が無ければ人は人に目を向けられない。
それが身内であろうが他人であろうが。
「カズマさんが言いたい事はすっごくわかります」
プリシラなら分るだろう。
家族に手紙を書く余裕すら最近まで無かったと言うし。
「でもま、一度関わったんだし、俺は自分が出来る範囲でずっと続ける」
「はい! わたしもです!」
プリシラの気合の籠った返事を聞いて笑顔で返しながらも、もっと何とかならないだろうかと。
俺はそう思いながら彼女と歩いた。
◆
「ふぅー……あ、お父さんお帰り」
工房に戻るといつもの可愛らしい愛娘の声がガニエの耳に入った。
ガニエにとってはそれだけで一日を頑張れる程の活力を生み出す。
「おう」
「渡してくれたん? 防具」
「う、うむ」
「ふぅん、何て言っていたん? カズマさまは」
「い、あ、うむ、感謝していると」
確かに一眞は感謝をしたであろうが、それとは別に口にした言葉をガニエは言い出せない。
あと数日すればカズマはラウラにお礼を言いに訪れる。
そう一眞ははっきりと口にしたのだが、ガニエの口は重い。
「ほんと!? うれしい……」
昨晩どころかここ数日の疲れが抜けきっていないだろうに、ラウラは嬉しさで満面の笑みを浮かべている。
少しは一眞の役に立てたという思いがそんな笑顔にさせていると思うと、ガニエはいよいよ終わったなと思うしか仕方がない。
昨晩の遅く、三日かかって漸く一眞に持たせるべくチタニウムブレイドが完成した。
最初は一眞の注文通りの武器をガニエは考えていたのだが、数日前に訪れた天地大河の言葉を聞き、ついぞ仕様を変更した。
そしてその時に天地大河にも協力させた。
ガニエとてブレイド形状の武器を作ったことが無いわけがないが、思ったよりも天地大河のブレイドに関する知識の豊富さを知り、ならばと執った行動なのだが。
ガニエだけならまだしも、天地大河までもを工房に入れ込んでブレイドを作り始めれば、当然のようにラウラは気付く。
そうなれば説明をせねばならなくなるばかりか、説明をする前に天地大河が全てを話してしまったものだから、ラウラはラウラで自身が出来る事はないかと考えるのは必然だろう。
ゆえに昨晩とその前の晩、殆ど徹夜で一眞の防具をラウラは拵えた。
勿論、一眞の体のサイズを天地大河に教えて貰った上で。
徹夜をする事に当初ガニエは反発した。
当然だろう、娘が無理をする姿など見たい親は何処にもいないだろうし、娘を溺愛するガニエはそれが特に強い。
だが、元々無理な注文を受け、無理なノルマを課したのは他ならぬガニエであったが為に、結局のところあっさりと言いくるめられ、追い込まれてしまった。
今日で娘に課したノルマは終わる。
10日で済むと思っていたが、結局9日で完了の目途が立ってしまう程にラウラは槌を振り続けた。それもこれも一眞に会いたい一心で。
その姿がガニエの心に少なからず影響を及ぼしているなど、とうのガニエは気付いてすらいない。
心の奥深くでは、既にガニエは娘を一眞に託す事を良しとしている。
元々一眞以外には娘を譲る気など全く無かったのだから、さっさと認めてしまえば良いものを、持ち前の悪あがきをする性格が災いしたに過ぎなかった。
(んまあ、仕方が無い。いつかは子離れしなきゃならねえんだしな。それがちーっとばかし早いだけってことだろ)
いまだ嬉しそうに飛び跳ねるラウラを見やりながらため息を吐いた。
それはとうとうガニエが陥落した瞬間だった。
認めたくはないが認めるしかない。そう思いながらガニエはラウラに告げる。
「ラウラ」
「ん? どうしたん?」
「数日の内にカズマがこの工房に来る」
「え?ほんとなん?」
「ああ、明日からゴブリン退治に出かけるらしいが、それから帰ったら工房に寄るって言っていたぞ。お礼を直接言いたいんだそうだ」
その言葉にラウラは天井を突き破るかと思える程に飛び跳ねる。
とてもではないがガニエには無理な動きだ。
元青白銀ランクであったガニエは運動神経が悪い筈も無い。
だがドワーフの特性を色濃く受けるガニエは、瞬発力だけが著しく欠ける。
力と体の頑丈さと持久力には自信があるのだが、いくらレベルが上がろうとも地力ではAGIが68までしか上がらなかった。
しかもドワーフの男が授かるマイナス補正によって、折角覚えた疾走スキルも全く意味をなしていない。
ゆえに兎にすら追い付けないのはドワーフの男全員に言えるあるあるで、ガニエもそれに漏れる事は無かった。
それなのに娘は父の血を一切受けていないかのように、AGIも高ければ当然足も速い。
とはいえ一切血の影響を受けていない訳では無く、体の頑丈さや得意とする付与魔法は受け継いでいるのだから、それはつまりラウラは母のヘルタと父ガニエの良いとこどり。
見た目もドワーフの女の半数に見られる恰幅の良い体型ではなく、母ヘルタと同じく小さく細い。一部だけは特出しているが。
(そんな自慢の娘が一眞の仲間になるのなら、それは導きなんだろう)
だが、そうなれば今度は新たな懸念も生まれる。
(こうなったら是が非でも、カズマには是が非でも、俺をお義父さんと呼ばせねえとな。娘を食うだけ食ってすてられたら泣くに泣けねえ)
そんな斜め上を突き抜けるような事をガニエは考え出した。




