第82話 祝、魔法剣士
本日1話目です。
小鳩亭を出発して、ここで買うと良いですよと紹介された”道具屋マーサ”という万屋のようなお店の前を通り過ぎたあと、美味しそうな屋台の匂いに引き寄せられるのを我慢しつつ歩く事30分。ようやくエルフ姉妹の家に到着した。何気に俺、朝食食べてないんだよな。
そう思いつつ門から中に入って、やたらと広い庭をお店に向かって歩いていると――
「二人とも遅かったわね?何かあったの? って、その装備のせいかあ」
「ガニエが来ていたのね?」
お店から少し離れた庭先にある”ガゼボ”から声が聞こえた。
既に二人とも座って俺達を待ってくれていたようだ。
そして二人は俺が着ている装備を見て遅れた理由を悟ったらしい。
「はい、ガニエおじ様が朝お見えになられていたので」
「あ、遅れてすみません」
「いいのよ。何かあったのかと思っただけだし」
「エミリアちゃんが一緒だから、私はそこまで心配はしていなかったわ。プリシラちゃんもこんにちは」
「お、お邪魔します!」
ここにも過保護な保護者が。
とは言ってもこの人たちから見れば俺なんてひよっこだ。年齢も含めて。
「今日はまた場所をお借りしますね」
エミリアさんがそう言うと、二人のエルフは若干ニヨニヨしつつ口を開く。
「どうぞどうぞ~あはは」
「きっと今回も呼ぶ必要があると思うから、ね?ふふふ」
「はぐっ……お願いします……」
「ハハハハ……お願いします」
俺もエミリアさんも理由が分かっているから恥ずかしくなってくる。
方や何のことか分からないプリシラは、きょとんと俺らを見ているけれど。
それに気付いたリュミさんが、ニヨニヨしつつ言う。
「プリシラちゃんって誰に魔術回路を繋げて貰った?」
「わたしは旅の魔術師さんです」
「その人は女の人?」
「はい、珍しく眼鏡を掛けてて黒髪のすっごく綺麗な女性でした」
「……え?あらあら」
「……ふーん」
あれ?プリシラの言葉に一瞬だけヘルミーナさんの表情が変わったような。
そして見ればリュミさんも。
けれど二人は直ぐに表情をもとの二ヨ顔に戻し、話を続ける。
「そう、それで、その時ってどうやった?」
何だろう?
眼鏡美人と言えば、俺も記憶があるけれど。
もしかしたら同じ人か?黒髪だったし。 なーんて事は有る訳がないか。
そう俺が思っている間にも、二ヨ顔を見せながら話を続けるリュミさん達。
「えっと、おでことおでこを引っ付けて、ですね」
自身の額に手をぺたんと貼りつけつつそう言ったプリシラに向けて、リュミさんは更にニヨニヨ顔を見せる。
「ふふふ、それをこの二人が今からするの」
「ふぇ?……あ! も、もしかして以前も、です?」
状況を思い出したからかプリシラも直ぐに理解をしたらしい。
それを見てヘルミーナさんもニヨニヨしつつ口を開く。
「そうね。以前も同じようにして繋げたのよ。でもその時は二人とも緊張しちゃってもう大変だったわ。本当に世話の焼ける子達だもの」
そう言って意味ありげに俺とエミリアさんを見やる。
完全に弄ってるなこれ。
「うぐ……す、すみません」
「ハハハ……」
もう苦笑いしか浮かばない。
エミリアさんはすっかり顔が真っ赤に染まっているし。
「そういう事だったんですか。……ですけどそうなると、あれ? 前回は何とかなったんですよね?」
そう言いつつ俺の方をプリシラが向いたので、俺が説明をする。
「なった。ヘルミーナさんのおかげで」
「お姉ちゃんは精霊魔術師なのよ」
「ふぇ!? ええええ!! す、すごいです!」
やはり珍しい戦闘職業だからかプリシラが飛び上がる程に驚いた。
エルフにしか適性が無いと言われれば当然か。しかもそのエルフって国というか森からそうそう出てこないし。
「大したことはないわ。でもそのおかげでカズマくんの役に立てるのだから、その点ではとーっても嬉しいわね」
そう言いつつヘルミーナ姉さんは意味深な視線を送って来た。
最近からかわれてばかりだな俺。
「ハハハ、すっごく助かります」
「た、助かります」
エミリアさんもその点は十分分かっているからか、俯いたままお礼を返した。
とはいえエミリアさんは別にお礼を言う必要はないような?
魔術回路の接続は、ある意味俺だけしか得をしない訳で、エミリアさんは単に善意で繋げてくれているだけなんだから。
それを言ったら話がややこしくなりそうだから言わないけど。
その代わりエミリアさんにもヘルミーナさんにもしっかりとお礼を返そう。
そう思う事で自分自身を納得させた。
「じゃあ早速始めましょう」
そう言いつつ非常に珍しいと言われる精霊魔術を、今度は最初からヘルミーナさんは唱えた。
するとヘルミーナさんの周囲に3体の精霊が現れる。
「っ!!」
それを見たプリシラは目を真ん丸に見開いたまま、口を手で抑えて必死に声を我慢している。きっと邪魔にならないようにとの配慮だろう。
その事が気になったのか、精霊の1体がプリシラの方へと飛んでいく。
「ふぃ!……ぁ……あれ?」
すると先ほどまでパニック状態のような様相だったプリシラが、途端に落ち着きを取り戻す。
勿論俺もエミリアさんもそれは同じで、特にエミリアさんは顔自体は未だに赤いけれど、胸に手を当てて小さく深呼吸をするほどには落ち着いたようだ。
因みにこの緑のシルフさん。
本来は精神を安定させる為だけの精霊ではない。
支援魔術師のような役割を担うそうで、状態異常を回復させたりとか、体力を持続的に回復させたりとかの為に呼び出すらしい。
更に言えば、これは召喚した精霊全般に言えるのだけれど、術者のレベルに沿った強さで召喚されるそうだ。
そして今召喚した術者はレベル176のヘルミーナさん。
という事は、ちっさくて弱そうな見た目なのに、とんでもなく強い。
シルフ自体に攻撃する手段は無いらしいけど、耐久力はべらぼうに高く、ギガスボアどころではなく魔猪王の突進ですら弾き返すんだとか……。魔猪王見た事ないけど。
「ふふふ。大丈夫よ? 良い子達だからなにもしないわ」
「はい……凄く気分が落ち着きます。精霊さんって凄いです……」
「そうね。しかもカズマくんだけじゃなくって、プリシラちゃんもどうやら気に入ったみたいね。勿論エミリアちゃんの事は昔からだけれど」
「ふぇ?」
それが証拠に三体の精霊達は、エミリアさんやプリシラと俺の周りをぐるぐると飛び回っている。
緑一色だし表情とかは分からないけれど、確かにプリシラも精霊に気に入られたんだなと思えるような。
そうなるととうのプリシラは唯では済まないわけで。
感激しすぎたのか、目に一杯の涙を溜めて嬉しそうに見やっていた。
俺にはそこまで分からないけれど、プリシラにとってはきっと、言葉では言い表せない程の感激が襲ってきているのだろう。
「さあ、今のうちに繋げてしまいなさいな」
「ではカズマさん、繋げましょう」
「あ、はい」
芝生の上に置かれた椅子に座って、前と同じように目を瞑る。
今回は最初から精霊を召喚してくれているから随分と気持ちが落ち着いている。
それはエミリアさんも同じようで、目を瞑って彼女の意識を間近に感じても、魔力の揺らぎは感じない。
「では、行きますね」
「お願いします」
そう言うと、ゆっくりとエミリアさんの意識が近づき、すぐにおでこに暖かい感触を味わう。
「――汝の眠りし真なる力を、我の力で解き放たん――マナ・エヴェイユ――」
すると、前回とはほんの少し違う詠唱を口にした瞬間に、体内を流れる魔力の何かが切り替わった。
まるでスイッチが入ったかのような。
「す、すごい……です」
離れたところでプリシラが小さく呟いたけれど、何が凄いんだろうか?
いや、確かにこれは魔力を自在に操れる感じがするけれど。
「ふぅー……終わりました。成功ですよ」
エミリアさんの言葉を聞き、俺はゆっくりと瞼を開ける。
今回は目を閉じていた時間が短かったからか、さほど眩しい思いをする事もなく、直ぐに周囲を見渡してみると、プリシラは未だに驚いた表情をみせている。
精霊の力でも落ち着けていないって、何が有ったんだろうか? とはいえ一先ずはお礼をば。
「ありがとうございます」
「いえいえ、成功して良かったです」
「おめでとうカズマ」
「おめでとうカズマくん」
「おめでとうございます!カズマさん」
「ありがとうございます。でも何でプリシラはそんなに驚いてた?」
「ふぇ? あ、いえ、魔術回路を繋げるのを初めてみたので、その現象に驚いたんです」
「ん?どういう風になる?」
「回路が繋がった瞬間に、カズマさんとエミリアさんが光ったんです。こんなに明るいのに凄くはっきりと」
するとそれを肯定するようにリュミさんが口を開く。
「あー、確かにあまり見る機会はないわよね」
「そうですね。実は私も数回しか見た事はありません。術者も目を瞑りますし」
どんなふうに見えるんだろう?
体が光ると言われてもいまいちピンとこない。
「俺も見てみたい気もしますけど、術者も目を瞑るなら見れないか」
「カズマは術者にはなれないわよ?今のところだけど」
「へ?」
「そうね、エミリアちゃんが使った魔法は無属性魔法だもの」
ああ、そういう事か。
じゃあ俺やプリシラが先ほどの詠唱を唱えたところで、何にも反応をしないって事なのか。
少し残念だけど、じゃあ誰とおでこをひっつけるんだ?って話にもなるので、実際はあまり残念でもないかもしれない。
男同士でおでこを引っ付けるとかあり得ないし、かといって女性となんてもっとあり得ないし。
それこそ毎回ヘルミーナさんにお願いしなきゃならなくなる。
「とはいえカズマさんどうですか? うまく魔力を操れそうですか? 魔力を意識で掴むような感じですけれど」
そう言われて体内に流れる魔力を操って見る。
確かに、先ほどまでは流れる魔力を誘導するような感覚だったのだけれど、エミリアさんが言うように今は流れを掴めるような感覚になっている。
「えっと、よっと……うーん……あ!……おしい!」
「ふふふ。最初は少し苦労されるかもですね」
「けれど、コツを掴めばすぐだとは聞くわね」
「うん、直ぐよ」
「うムムム……難しい……あ!くそぉ……」
エルフの姉妹は簡単だというけれど、なかなかどうして、出来そうで出来ない。
そして魔力を掴む練習を続ける事30分。
ここでエミリアさんとリュミさんが、とうとう見かねたのか、
「そうですね……最初は雲を掴むような感じなんですけど、意識を魔力に集中すれば。あ、あと、芝生に直接座って試してみるのもいいかもしれません」
「わたしはおっきな木に登って集中したら直ぐだったわ」
「……」
リュミさんのアドバイスは却下。
とても落ち着いて出来るわけがない。
なのでエミリアさんのアドバイスに従い、もう一度挑戦してみる。
流れ自体は読めて、それを手にも掬えるから……。
あとはその流れをしっかりと意識できるように、か。
言われたように芝生の上に座り、瞑想するかのように目を瞑り、更に魔力の流れを強く読む。
魔力魔力っと……。
薄もやにかかるかのような魔力の流れに意識を集中させる。
すると、突然霧が晴れたかのような感覚と共に、完全に魔力の流れが見えた。
「お!……これかも!」
そして見えた魔力を手で掴む様に意識を向ければ――
しっかりと右手に魔力が篭るのを感じた。
「ひ、光ってます……」
「出来ましたね。おめでとうございますカズマさん」
「うん!早いわね」
皆の言葉にゆっくりと目を開ければ、淡い光を纏った俺の右手がそこにあった。
「すご……」
光る手を眺めつつそう呟く。
なにげに手を動かせばその光も、若干の残像を伴って一緒になってついてくる。
手自体が光っているのだから当たり前か。
「それが、今属性を帯びていない状態の魔力そのものです。慣れれば瞑想などをしなくてもごく自然に魔力を掴めると思いますし、属性の乗せ方は魔法を撃つ時と同じです」
「へぇ~……あ、武器を持ったままだと武器が光るって事です?」
「はい、今のまま武器をお持ちになっても魔力は武器に流れますよ」
言われて急いでマジックポーチから今朝貰ったばかりのチタニウムブレイドを取り出して握る。
「お、良い武器じゃない。ガニエにしてはやるわね」
「そうね。ガニエにしてはちゃんと仕事をしたみたいね」
本人が居ないのを良い事に酷い言いようだ。
とはいえこの二人は本人が居ようが居まいが関係ないみたいだけど。
「ハハハ……っと、これを右手に持ってと……あ、ほんとだ」
左手で取り出したチタニウムブレイドを右手に持ち替えた瞬間に、手に纏わりついていた魔力の光がブレイドに流れ込んで行き、ブレイド全体を覆いつくした。
そして言われた通り属性を乗っけてみる。
すると淡い光が赤くなり、炎のようにゆらめきだした。
「属性もしっかりと乗せられたみたいですね」
小さくパチパチと手を叩いて褒めてくれるエミリアさん。
凄く嬉しいです。
「今のカズマってSTRとINTはどうなってるの?あとその武器の攻撃力」
嬉しさに浸っていると、リュミさんが興味津々で聞いて来た。
なのでステータスを開いて確認をする。
手に持ったり身に付けなければ反映されないので、いちいちステータスを開かなければならないのが少しだけ残念だ。
この世界には、鑑定という人体や装備その他もろもろのステータスを丸裸に出来る素敵スキルがあるそうだけど、生憎と俺にはそんな便利スキルは無い。
「えっと、今のSTRが176でINTが76で、武器の攻撃力が……うぇええ!!?」
「どうしたの、カズマ?」
「い、いや……こんな凄い武器だったのかと……」
「ふふふ」
エミリアさんは知っていたのか、ニコニコと笑顔を向けたままだ。
「当てて見せようか? んー……250くらい?」
「せ、正解……」
「凄いです……」
ピッタリ正解を当てられた事もそうだけど、俺とプリシラ以外の3人は全く驚きもしない事にも驚いてしまう。
まあ、ヘルミーナさんの松ぼっくりなんてINT600だし、魔力増幅+100%だし、魔法攻撃力に換算すれば、そこから倍以上の攻撃力になるし。
リュミさんは分からないけど、神話武器だと聞いたからきっと凄い弓だろうし、エミリアさんはエミリアさんで神話武器を手に変態チックなDPSを叩き出すというし。
改めてこの人たちの非常識っぷりを思い知る。
「でもそうね、それだとそこに立っている木くらいは一振りで切り倒せちゃうかも」
「え゛っ?」
「ふぇっ!?」
「切っちゃだめよ?ふふふ」
「き、切りませんけど……」
リュミさんが指をさした木の幹は、直径が3mくらいは有る、この庭でも中くらいの大きさのモンキーポッド。
そんなものどうやって持って来たのか気になるけど、中くらいの大きさとはいえ、それを切れると言われてかなり狼狽した。
ついでにプリシラも目を皿のようにしてモンキーポッドを凝視している。
だって、いくら腕力があろうが優秀な武器であろうが、物理的には絶対に一振りで切れる訳が無い。
「本当です?本当にあれくらいの木が一振りで?」
「私も切れると思うわ。あの木は魔の森の木ではないから、ただ太いだけだもの」
「そうですね、切れるでしょうね」
三人とも確信に満ちた表情を俺に向けて来た。
「ふぇええ……」
「まじか……」
見開いた目を閉じる事すら忘れてしまいそうだ。
でもそう言えば、ジークフリードさんは貴族の屋敷をぶった切ったって言っていたし、それから比べれば全然か?いやいやいやいや、あの木を切り倒せるって大概だよ。
比べる対象が間違い過ぎているような気がするけど、それでも自分がその魔法剣士になったからこそ分かる出鱈目さの一端を垣間見たような気がし、俺は思わず寒気がして身震いをしてしまった。
「こわ……」
「魔力を乗せられるという事は、それだけで後衛火力と同じものを手に入れられるのと同義です。だからこそその力の使いどころを見誤らないようにしなければなりません」
「そうですね、そう思います」
「ま、カズマはその点大丈夫ね!」
そう言いつつリュミさんは俺に向けて疑いの無い笑顔を向けてくれた。
そしてその他の三人も。
俺は、この人たちの笑顔を決して裏切らないようにしなければと改めて思った。