第78話 買います
本日3話目です。
「モンスター解体新書を買います!」
宿屋で朝食を摂りつつ、俺はプリシラに向けてそう宣言した。
「たしか、転移者さんが書かれたものですよね?」
もしゃもしゃとサラダを頬張り、それをゴクンと飲み込んで、プリシラは少し思い出す様に言った。
そしてトレーの上には未だ山盛りの朝食が残って居る。
既にお代わりを2回繰り返した気がするけど、きっと気のせいだろう。
「そう、1冊金貨2枚するけど凄く内容が充実しているらしいから」
「き、金貨2枚ですか……」
可愛らしい目を大きく見開きつつそうプリシラが言うけれど、俺としては金貨2枚なら安いとすら思って居る。
前に一度ちらっと売り物の本を見せて貰ったのだけれど、魔法紙で作られた分厚い百科事典のようなた本は、モンスターの情報がかなり詳しく載っているし、詳細な分布図なども地図で記されていた。
あと、オマケと言っては出来が良すぎな帝国の詳細な地図も付いているのだから、俺みたいにレギオンに所属をしていない人には、きっと非常にありがたいアイテムになるはずだ。
「内容がね、充実しているからっていうのもあるけど、エミリアさんにいつもいつも頼っているだけじゃ申し訳ないし、北西の森って沢山の種類のモンスターが居るしさ」
「そうですね、確かに」
俺の言葉に納得したのか小さく頷くプリシラ。
昨日の出来事でも思い出しているのだろうか、真剣な表情を向けてくる。
プリシラが無事青銅ランクに昇格した二日後に、エミリアさんの指導で俺らは北西の森へと初めてでかけた。
そして北西の森で最初に狩ったのは、あの忌まわしきクルンミー。
けれど拍子抜けする程にあっさり屠れたし、プリシラも属性が合わないのに1確殺に近いダメージを与えられるとなって、あえて二人とも障壁を発動させるように狩りをさせられた。
いや、俺は別に敢えて障壁を発動させる作業に慣れているから良かったけど、それが初めてのプリシラは聞いた途端に顔を青くし、ガクブル状態でおしっこをちびっちゃうんじゃないかと思う程だった。
それでも笑顔で一切容赦がないエミリア師匠だったけど。
『さあ!私を信じて障壁を発動してください!大丈夫です、私がここに居るのですから!何も心配なさらずに!さあ!さあ!さあ!』なんて笑顔で迫るエミリア師匠は鬼だった。
この人誰に教えるにしてもスパルタなんじゃないか?と内心思ったけど、周りにいる人のレベルを考えたら、それも致し方ないのかなと。
杖を両手で持って体の前に出し、内またでへっぴり腰でぷるぷる震えながら何度も障壁を発動させるプリシラが不憫でならなかった。……見ててちょっと面白かったけど。
とはいえ。
そんなスパルタをプリシラが経験した北西の森は、南西の森よりも更に大きく、それだけ俺らが狩れるモンスターの種類も多い。
狩りをしながら、気をつけなければいけないモンスターをエミリアさんが口にしたけれど、その数も当然多くなる。
特に俺とプリシラは幸か不幸か魔法の属性が綺麗にわかれているので、プリシラさえ属性を気にしなければどのモンスターも狩れてしまうから。
勿論レベルも関係あるけれど、魔獣を選ばないのは強みだし、色んな魔獣を狩って見たいという理由もあるので、思い切ってモンスター解体新書を買う事に決めた。
「という訳で、冒険者ギルドに行ったら買います」
「はい!あ、わたしも出しますね」
「いや、いいよ。あまり余裕はないよね?」
”ヘルリュミのお店”へ行って借金を完済したプリシラは、それと同時に実家に仕送りをしたそうだ。
こちらに来る時、両親が用立ててくれたお金らしいけれど、かなり無理をしてくれたそうだから、全額じゃないにしても早く返したかったと。
それを聞いた時、なんて親孝行なんだと俺は感動すらしてしまった。
けれど所持金は金貨1枚を切った筈だ。
そんなプリシラに有り金全部出せなんて言う訳が無い。
俺がそんな風に思いながら伝えたら、途端にしょぼくれて下唇を出してしまう。
「ぁぅ……」
「気にしない気にしない」
「で、ではなるべく早く経費を溜めましょう!こういう事も今後あるでしょうし」
「そうだね」
俺らは相談して、今日の狩りから経費を溜める事にした。
那智さんたちに習ってだけれど、プリシラが言うように、こういう共通の物を買うときは経費を使った方が負担が少なくて済むし、余計な気も使わなくて済む。
なので今後は装備の新調は個人の資産で賄うとして、それ以外の、装備の修理から回復薬や、野営などに必要な資材や、宿屋代や一緒に食べる食費に関しても経費にした。
経費として溜める金額は、当面の間は狩りで得た報酬の50%で管理は俺。
お金の管理はあまり好きではないんだけど、マジックポーチの大きさを考えればプリシラではちょっと難しいという理由から。だってプリシラのマジックポーチは一番安いもので、10種類しか物を入れられないし。
本当は自分のレギオンを作ってしまえば簡単なんだけど。
レギオンが有れば、専用の金庫に経費を入れておいて、権利者だけがそこから引きだせるように出来るらしいから。でも生憎とレギオンはマスターが銀ランクじゃなければ作れない。
「早くレギオンを作れるようになると良いんだけどなあ」
「そうですね……でも遠いです」
「だなあ……」
俺もプリシラも条件を当然知っているから若干遠い目を見せた。現実逃避をするかのような。
なにせ殆どの冒険者がシルバーになる事なく引退してしまうのだから、そうなるのも仕方がないだろう?と。
「もう少し条件を緩和して欲しいですねー……」
「だなあ……」
プリシラはまだ遠い目をしている。
ではなぜ銀ランクじゃなきゃ作れないのか。それは、銀ランクという冒険者が、それ未満の冒険者とは全く異なる扱いをされる事に起因する。
銀ランクは準上級冒険者。上級冒険者の一つ手前。
ゆえに勝手気ままに冒険者稼業が出来る鋼以下とは違い、冒険者ギルドから指定されるクエストも一定数こなさなければ成らなくなる。
それだけ冒険者としての責務を負える人という意味で、冒険者ギルドから様々な恩恵を受けられるレギオンを作成できるのだとか。
ゆえに責任をそこまで負わなくて良い鋼にはレギオンを作らせない。それが理由。
「まあでも、心配しなくても多分何年もかかるような事はないと思うよ」
俺の言葉に大きなベーコンを口いっぱいに含んだまま、固まって目を丸くするプリシラ。
そして俺を見たまま殆ど咀嚼する事なく嚥下する。
「…………んぐっ……ぎょっくん!」
今すっごい喉が膨らんだし音も凄かったぞ?
大丈夫か?と心配しつつ、ピッチャーからプリシラのコップに水を注ぎ足しながら説明をする。
「もうすぐ8月だけど、何も無ければ、上手い事いけば今年中には銀になれると思う。俺もプリシラも」
「あ、ありがとうご……ふぇ!?」
水を注がれた事に感謝をしつつも、プリシラは変な声を上げた。
そして俺の言葉に疑問が湧きまくったのか、きょとんとしている。
まあ、驚くのも無理もないかもしれない。
プリシラが驚いたように、銀ランクの冒険者になるには結構高いハードルが存在する。
鋼ランクまでは簡単な審査と、数は必要だが討伐数や納品数と換金額でなれるけれど、銀ランクからは必要レベル――Lv60――も設定されているし、更には所属冒険者ギルドのサブマスター以上による面接に受からなければ成らないらしい。
そして何気に面接が曲者らしく、エミリアさん曰く、面接で結構落とされる人が多いとか。素行が悪いとかギルドに対し非協力的とかそういう理由で。
とはいえ、大きな町どころか5000人規模の町にも冒険者ギルドは存在し、そんなギルドにもサブギルドマスターもギルドマスターもいるので、中にはいい加減な人や欲深い人もいるらしい。
ギルドにではなく自分の手足となって都合よく動いてくれる冒険者だとか、賄賂を受け取る事で銀ランクを付与するのだとか。
あと、規模の小さな冒険者ギルドには優秀な冒険者自体が集まりにくく、その分体裁を整える為に審査が甘くなる傾向にもあるらしい。
まあ、前者の賄賂はアホかと思うけど、後者の体裁云々はなんとなくわかるような気はした。
因みに、帝国に居る冒険者は休止者を除いて約60万人だけど、その内訳は、鋼以下の冒険者が全体の98%を占め、銀以上は残りの2%しかいないらしい。
そして2%である1万2千人の内、銀がその内の98%で、金が157名で白金が65名で青白銀なんて18名しかいないんだそうだ。
そう思うと土方さんって凄いんだなと。
初日に見た土方さんの奥さん二人も青白銀らしいし、後の二人も白金だけど当然上位ランカー。雲の上の人過ぎます。
というか、鋼以下の人数の多さにびっくりしたけど。
ついでに言えば金ランクになるには指定のクエストを何個かクリアする事と、実技試験なるものがあり、白金ランク以上になればグランドマスターと呼ばれる、冒険者ギルドを束ねている人の承認が必要になるらしい。
因みにその人はナディアさんの親なんだとか。
ナディアさんとはジークフリードさんの奥さんでエミリアさんのお母さん。
…………どうやらエミリアさんちは冒険者一族確定のようで。
とはいえ現在グランドマスターは殆ど表に出て来ず、その役目はジークフリードさんが代行で行って居るらい。
なので普段は殆ど帝都にいる関係上、トレゼア支部はエレメスさんが代わりに頑張っているのだとか。つまりはエレメスさんが一番割を食っているというオチ。
「まあ、面接は多分大丈夫だってエミリアさんが言ってくれてるし、面接以外の銀の条件だけ気にすればいいかな」
「エミリアさんが言われたのならそうなんでしょうけど……わたしも銀?ですか?」
どうもいまいち信じられないらしい。
俺と一緒に狩りをして俺と同じ報酬を受け取るんだから、条件は全く同じだ。
それに、多分大丈夫だって今言ったけれど、多分という言葉はエミリアさんは口にしていないどころか『無条件ですよ!』なんて言っていたし。
「大丈夫。きっと銀になれるさ」
「だと良いんですけど……」
今いくら口で言っても無理かもな。
銀どころか、ようやく青銅になったばかりだし。
でもきっと鋼になる頃にはその考えも変わるだろう。
そう思いながら残りの朝食を平らげた。
うんうん唸りつつ、プリシラも綺麗に平らげていたけれど。
しかしよく食べるなあ。
魔法使いは魔力を回復させなければならないから大食いな人ばかりなんだけど、プリシラは輪をかけて大食いだ。
でもまあ、沢山食べる人は見ていて気持ちいいし、それで太るような体質でもないっぽいし、女将さんも沢山食べてくれて大喜びしているしで良い事だよな。
そう思いながら俺はプリシラと今日の狩りに出かけた。
ちゃんと冒険者ギルドにてモンスター解体新書を買ってから。