第75話 レギオンを作る為に。
本日3話目です。
「今日からプリシラさんは、青銅ランク冒険者になります。今後も帝国、並びに冒険者ギルドの為に、そしてこの大陸に暮らす人々の安全の為に、更なるご活躍を期待しています」
「はい! はい!」
あれから3日、プリシラと狩りを始めて6日間で彼女は銅から青銅ランクへの昇格条件を満たした。
そして夕方の今、さっそく冒険者ギルドへと赴いてギルドランクを上げる事が出来たわけだ。
俺が宣言した通りになったわけだけど、実際にランクアップした今ですらプリシラは信じられないといった表情を見せる。
「ほ、本当にわたしが青銅なんですね……」
受け取ったカードの表と裏をくるくると回しているプリシラの小さな口は驚きで開きっぱなしだ。
「おめでとう」
「おめでとうございます、プリシラさん」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふふ。これでお二人とも青銅ランクになられた訳ですけれど、明日はどうされます?」
指導の件だろう。
「明日は休みにして明後日から北西の森へ行こうと思ってるんですけど、エミリアさん大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあお願いします」
「お、お願いします!」
話を聞いていたプリシラも大きく頭を下げた。
それを微笑ましく見ていたエミリアさんだけど、突然真剣な表情を見せ、尚且つ行き成り小規模の遮音の結界を張り巡らせた。
すると途端に周囲の雑音が全く聞こえなくなる。
何があったのかと一瞬考えたけれど、表情と結界で直ぐに悟る。
プリシラは何が何だか分からない風にキョロキョロと周囲を見渡しているけれど。
「ですがやはり思った通り早いですね、プリシラさんのレベルアップも。今はレベル20くらいですか?」
俺の検証などお見通しのエミリアさんが笑顔のままそう口にした。
そして結界を張り巡らせたのは、内容が内容だから。
「あ、はい、レベル20です」
「やっぱりエミリアさんは気付いていたんですね」
「はい、加護が切り替わった時の内容から考えて、私もそうではないかなと思っていたので」
エミリアさんも俺と同じ考察をしていたのか。
そう思えば、なんだか通じ合っているような気がして嬉しい。
「俺と全く同じです。でも、これでまた一つ周囲に知られちゃいけない事が増えたんで、そこはちょっと面倒かなと」
「そうですね、もしも知られてしまえばカズマさんは名だたるレギオンに引く手あまただと思います」
エミリアさんの言葉を聞いてプリシラがハッとした表情を見せた。
「やっぱりそうなるんですか……」
「パーティー全体の必要経験値に影響を及ぼすとなれば、その可能性が高いどころか確実に勧誘を受けると思います」
「そうですよね……」
俺は勧誘など別になんとも思って居ないのだけれど、プリシラは少し浮かない表情だ。
「どうしますか? 大手のレギオンや強豪パーティーから勧誘を受けたりした場合、かなりの好待遇が約束されると思いますけれど」
伺うように、でも少し意地悪そうにエミリアさんはそう言った。
俺の返事なんて端から分かっているだろうに。
ただ、それが分からないプリシラは途端に不安な表情を見せた。
「カ、カズマさんは大手のレギオンに引き抜かれてしまうんですか?」
不安そうな表情のプリシラもゾクゾクっとするものを感じるけれど、流石にそれを見続ける趣味は俺には無いのでさっさと安心させる。
「大丈夫だよ。エミリアさんが試して来ただけだし」
「へ?……どういう意味です?」
「今エミリアさんが言った言葉は確かで、実際に勧誘を受けると思うけど、だからってメリットだけじゃないんだよ。いや、むしろデメリットしかない」
「その通りです」
「へ?」
「そう言った理由でカズマさんを勧誘しようとするような方は、結局のところカズマさん自身の利益は考えないような方達です。プリシラさんなら少しはお判りになると思います」
「あ……」
嫌な出来事を思い出したのか、プリシラの表情が曇る。
「自分達の利益だけを考え、カズマさんには戦わせずに比較的安全な場所に居させるくらいは当然するでしょうし、酷いところになればカズマさんに奴隷紋を刻んで一生飼い殺しにしようとするかもしれません」
「……」
それくらいはやりかねない冒険者なんて幾らでもいるとプリシラは知っている。
「そうなれば最初に約束した条件も必ず反故にしてしまうでしょう。なのでカズマさんにとってのメリットなど何一つもありません」
エミリアさんが口にしたような奴らの行為は、倫理的に間違っているのは確かだけれど、だからといってそれが必ずしも悪だとは言い切れない部分もある。
奴隷紋と言っても奴隷になる事を受け入れなければ刻むことは出来ないし、それはつまりは奴隷となる事を受け入れたというわけなので、法的には問題は無い。
それが分かるからこそ、何も言わずに彼女は俯いてしまった。
「それに、もしもちゃんとしたメリットがあって、ちゃんと約束を履行してくれるようなパーティーやレギオンだったとしても、俺は行かない」
「そう、なんですか?」
「いかない。俺は自分のレギオンを作りたいから」
「あ……」
「まだ銀ランクじゃないから作れないけれど、シルバーになったら作ろうと思ってる」
「はい……」
「そしてそのレギオンにはプリシラ、君も当然必要だし、居て貰わなきゃ困る」
暗い表情から一転、俺の言葉できょとんとした。
「え?……困るんですか?」
「うん、困る。だってプリシラは俺にとって一番最初に出来た相方だから」
「……はい! はい!」
言葉の意味を噛み締めつつ、プリシラは大きく頷いた。
その嬉しそうな表情を見て、今度はエミリアさんの方を向く。
「それにエミリアさんもですよ?」
「私ですか?」
「師匠に入ってくれって言うのは失礼かなとも思ったんですけど、仲間と言って貰えるなら、当然入って貰わないと」
「……そうですね、ええ、是非私も加えさせて頂きます」
一瞬考える様な仕草をとったけれど、直ぐにエミリアさんも肯定してくれた。
きっとそうなった場合、彼女はギルド員を止めて冒険者として復帰する。
もしかしたらその事を考えたのかもしれない。
銀ランクなんてまだまだ先の話だけど、それでもそれを目標にするのは間違いじゃないし、色んな人の言葉を聞いて、咀嚼してみるに、そうすることが正解なんだろうと。
「自分のレギオンを作るなんて大それた事を言っちゃったけど、そう思った切っ掛けってのはプリシラからの言葉もあるんだ」
「へ? わたしって何か言いました?」
てんで覚えがありませんがといった、不思議な表情をみせるプリシラ。
「絵梨奈さんたちと何故パーティーを組まないのかって聞いて来たでしょ」
「あ、はい」
「それから少し考えたんだけど、その結果がレギオンなんだよね」
「はあ……あ!」
それでもやはりよく分かっていないかのような反応を見せたけど、直ぐに何となく分かったようだ。
「一緒にパーティーを組んで狩りをしたいって気持ちもあるけど、今更感もあるってのは本音なんだ」
「そう言ってましたね」
「だから、それよりももっと大きな視野で見てもいいんじゃないかなって思った時、レギオンが良いんじゃないかなって。だからレギオンを作ったら相馬さん達にも入ってもらおうと思ってる」
「なるほど。良いと思います!それ、凄く良いと思います!」
俺の考えを聞いたプリシラは飛ぶように喜んだ。
きっと周りの人達は、俺らが何を話しているのか気になって仕方がないだろう。
中にはプリシラたんのおっぱいが揺れる姿が気になって仕方がない奴もいるだろうけれど。
ほらそこ!股間を押さえてだらしない表情を見せない!まるで俺じゃないか。
そんなどうでも良い事を考えていると、エミリアさんが不意に口を開く。
「でしたら今のうちから私も動いておいた方がいいですね」
不意にそんな事を言われ、何だろうかと考えてみるけれど何にも思い浮かばない。
「何かあるんです?」
「ええ、あります」
何があるんだろうか?
「カズマさんが銀になられてレギオンをお造りになった時に、余計な輩からの妨害を防ぐために」
「やっぱりそういうのあるんです?」
暇な奴らが多いのか?
レギオンなんて珍しくもなんともないのに。
そう思って居たらどうやら違う様で。
「今まではそうそうありませんけど、恐らくは、カズマさんが銀になられた時に、カズマさんの秘密の殆どは知れ渡る事になると思いますから」
「あ……」
「ぁ……」
ほぼ同時にプリシラと同じような反応をしてしまった。
「カズマさんのレベルの上りが早い事はある程度は誤魔化せると思います。ステータスの上り幅も多いのが転移者ですし、上り幅が大きければそれだけ狩りも捗るので。ですが、プリシラさんまでもが銀ランクかそれに近いとなれば、確実に疑念を持たれてしまうでしょう」
確かに、レギオンを作ったからと言って、所属メンバーのレベルまで公表する必要は無い。けれど、各メンバーのギルドランクは調べれば直ぐに分かってしまうようになる。
レギオン所属者の名前とランクが公表されてしまうから。
それをエミリアさんは指摘した。
「そうですね」
「あぅぅ……」
途端にプリシラが申し訳なさそうな表情を見せた。
それもうやめてくださいませんか?
「プリシラの気持ちは分かるけど、もう自分を卑下するのはやめようよ」
「そうですよ? カズマさんがプリシラさんを選んで、プリシラさんがカズマさんを選んだのですから、選んだお相手に失礼にもなりかねません」
「はぃ……分かっているんですけど……」
そうそう性格は変わらないか。
「それにさ、銀ランクになるまでにも、何度か絵梨奈さんや伊織ちゃん達と狩りをするだろうけど、何度か狩りをすればきっと知られてしまう」
同じパーティーにはせず、共闘という形にすればもしかしたら必要経験値は下がらずにバレないかもだけど、なんだかそれも嫌だと思った。それに、どのみち何時かは教えるだろうし。
そう思って居たらエミリアさんも同じように。
「別パーティーでも問題なく連携は可能ですが、カズマさんはそういう事を望んではいないのでしょうし」
「流石ですね。その通りです。きっと教えてしまいます。恩恵は全員で分かち合わないと」
「ふふふ」
「そうですよね……どのみちレギオンを作ってエリナさんも加わって頂くなら分かってしまいますもんね」
「そういう事だね」
「でも、でしたらイオリさんはどうされます? あの人達ってレギオンに所属していらっしゃいますよね?」
そうなのだ。
プリシラが言ったように、そこだけが少し引っかかっている。
「まあ、そうなんだよね。そもそも転移者の移動に関しても制限があるし、それよりも何より大手のレギオンから弱小レギオンに引っ越ししてくれるのか? って話もあるし」
普通に考えたら移籍なんて出来ないししないだろう。
だってメリットが殆どないもん。
そう思って居たらこれもエミリアさんが。
「それも含めて今から動こうかと思って居るんですよ」
「そうなんです?」
「はい、恐らくは大丈夫かと。いえ、間違いなく大丈夫です」
もしかして、もしかする?
「まさか……」
「はい、そのまさかです」
いや、俺、土方さんに嫌われたくないんだけど……。
「だ、大丈夫なんですか? その、土方さんとか……」
「はい、あの時の話を思い出してください。ギルドマスター室での話を」
「いやまあ、確かに協力してくれるとは言ってもらえましたけど……でもまるっきり損じゃないですか? 土方さんにとっては」
「ですからちゃんとヒジカタさんにもメリットがある様に交渉するんです。幸いにもヒジカタさんはカズマさんの秘密の殆どをご存知ですし」
そりゃあの時殆ど話したけど、そんな事できるのか?
エミリアさんなら出来るんだろうな……。
到底どんな方法で納得させるのか想像もつかない俺を後目に、エミリアさんはさも自信ありげにそう言った。
プリシラは話の内容が分からずに、ぽーっと俺とエミリアさんを眺めているだけだった。
「あの、じゃあイオリさん達も大丈夫という事です?」
「はい、大丈夫ですよ」
まあ、大丈夫だと言ってくれるんだから、きっと大丈夫だろう。
でもそれなら俺も気兼ねすることなく全部を話せるという事だ。
そっちの方が俺にとっては嬉しかった。
伊織ちゃん達や相馬さん達に秘密にしておくのは、何となく気が引けていたから。
けど、皆入ってくれるだろうか?
エミリアさんは苦も無く入ってくれるような言い方をするけど。
レギオン渡り云々は抜きにして考えてみるけれど……相馬さん達はまあ、多分だけど大丈夫だ。
だけど伊織ちゃんや大河は……無理じゃないか? 気持ち的には入ってもいいと思ってくれるかもしれないけど、実際入るとなるとデメリットしか思い浮かばない。例え経験値の恩恵があったとしても。
レギオンに所属してくれなきゃ同じパーティーにならない。なんて気が狂ってアホな事でも言えば少しは考えるかもだけど、生憎と俺はそんなゲスでもなければクズでもない。
人にはそれぞれ受けた恩ってのは必ずあるし、恩をないがしろにするような大河や伊織ちゃんではないだろう。だからこそ俺は二人を気に入っているんだし。
だから入ってくれなくてもパーティーは普通に組むだろうし、レギオンに入ってくれないからって俺が何か思う事も全くないと言い切れる。
まあ、今それを考えても仕方がないか。
まずは軽く言ってみて、それで感触を確かめてからにするって事で。
そう思って居たらエミリアさんが変な事を口走る。
「それと、私が入る事に関しては、冒険者に復帰をするだけなので左程問題はないと思いますけど、私が入ってしまえば確実に入りたがる方が……3名程」
「え? そうなんですか?」
「ま、まさか……」
プリシラは分からなかったようだけれど、俺は直ぐに分かった。
3名と聞いて直ぐに思い浮かんだのは、ガニエさんとヘルミーナさんとリュミさん。
「実を言いますと、カズマさんがレギオンを作ったら真っ先に知らせろと、特にガニエおじ様が……いえ、ヘルミーナさんもですね。リュミさんはそもそも私の相方でもありましたから、私が復帰をすれば同じレギオンに入ろうとなさるでしょうし、それがカズマさんのレギオンなら尚更入る事は当然と考えていると思います」
「え?」
「ハハハ……やっぱり」
あのエルフ姉妹のレベルを何となく知っているプリシラは、目を真ん丸に見開いて驚いた。
俺も驚くべきなんだろうけど、もうそういう時期はとっくの前に過ぎてしまってさして驚きも無い。
「とは言っても、今のお仕事が半休止状態になってしまいますから、リュミさん以外が直ぐに入る事はないと思いますけど、それでも作ったら知らせろと」
「元七英雄がですか……ハハハ……」
「はい、元七英雄が、です。大変ですね?カズマさんも。ふふふ」
そう悪戯っぽく笑ったエミリアさん。
いやはや笑いごとじゃないですって。
何となく思い至ったレギオン作成だけど、これはもしかしたら大事になってしまうんじゃないか?
そう思いながらエミリアさんの言葉に俺は半笑いを浮かべた。
◆
夕暮れ時のガニエの工房。
既に日が落ちそうな時間なのだが、お店の奥からはいまだにガンガンと金属を叩く音が鳴り響いている。
そこで槌を振るっているのは、ガニエではなくガニエの弟子たち。
その中には当然ガニエの娘であるラウラも居た。
長い藍色の髪を紐で結び、額や頬に大粒の汗を垂らしつつ、真剣な表情でオリハルコン製の金敷に向けて魔力を籠めたハンマーを振るっている。
その様子をじっとガニエは見ている。
(我が娘ながら、非凡過ぎる才能だ。あと、5年……いや、下手をすれば1,2年程で俺を抜くかもしれんな)
見ればラウラが製作する作業を他の弟子たちも見ている。
ラウラの可愛らしさと、流れる様なそのハンマー捌きが合わさって、彼らにとってはまるで光り輝く女神のようですらあった。
とはいえだからと言って粉を掛けるなどもってのほかであるし、そんな素振りを見せた途端にこの工房から蹴りだされてしまうのは皆が分かっていた。
だから誰も手を出せない。
しかしそんなラウラの様子が最近変わったと皆が感じている。
ハンマーを握っていない時のここ最近のラウラは、まるでどこか遠くを見ているような、物憂げな雰囲気を醸し出すようになったと。
それは近くにいない遠くの誰かに対し、思いを馳せているかのような。
これはきっとただ事ではない。
弟子たちの何人かはそんな感じで大騒ぎだったのだが。
(だが……これは不味いぞ、激しく不味すぎるぞ……)
ガニエは焦っていた。
これ以上ない程に焦っていた。
それを表には出さないようにしては居たが。
「ふぅー……」
完成した剣をくるくると回しながら、光に当ててその出来を確かめるラウラ。
その表情は満足がいっていないようにも見える。
「どうした?」
「んー……ちょっと配合を間違えちゃったんかも……」
どれ見せて見ろと言いつつ、ガニエはラウラからロングソードを受け取り、同じようにくるくる回して出来を確認してみる。
「ふむ……0.1グラムほど魔鉱石が多いな」
魔鉱石とは、魔力を籠めた装備を作る時に必ず必要になる、触媒のような役割をする鉱石。
その魔鉱石を粉末状にしたものを、その他の材料に混ぜたり振りかけたりして武器や防具を作成する。
その他の用途としては、魔道具の動力源にも利用される為、ある意味、魔法が絡む物全てに必須の鉱石だったりもする。
それが多いとガニエは瞬時に見破った。
武器防具制作に関しては、魔鉱石の量は一定でなければ成らない。
とはいえ、どんなものでも誤差範囲というものは存在するわけで、それが0.1グラムとなればとても誤差とは言えないのではあるが。
「やっぱりなん?……はぁ、まだまだだなあ……」
弟子たちはその会話を聞き戦慄する。
たったの0.1グラムなのに!?と。
それだけで納得できない武器になるのか!と。
遠くから見る限り完璧に見えるロングソードなのに!?と。
「やっぱり雑念が入ってるからかな」
その言葉にガニエは苦虫を噛みつぶしたような表情をみせた。
ラウラが言いたい事は百も承知だったから。
「あー、うむ……まあ、仕方がないだろう?」
「えー……折角どこに泊っておいでなのか分かったのに、なんでこんなに大量に注文をうけるん? 普段なら絶対に受けないのに」
そうなのだ。
ガニエの最後の悪あがきが発動した結果だった。
仮にその間、ガニエのお店に一眞がやってくるような事があれば、この悪あがきも無駄に終わるのだろうが、生憎と一眞は狩りで忙しいとエミリアから聞いた。
ならばと思い立ったのが、帝国内の東に位置するメサイア伯爵領の領主からの依頼を受ける事だった。
依頼内容は、軍用として耐えられる強度のロングソード100本の納品。
条件としてはガニエ作ではなくともよく、技術が確かな弟子でも可。
本来なら受ける必要もない依頼なのは確かで、メサイア伯爵もダメ元で依頼をかけてみただけだった。
しかもその依頼が来たのは1年も前。
先方は既に諦めかけていたのだが、突然の制作受諾の報を受け、メサイア伯爵は小躍りする程に喜んで、宴まで開いてしまったとか。
それ程までに珍しい出来事だった。
全てはガニエのしょーもない悪あがきによるのではあるが。
受諾を伝えた時、当然ながら不満顔をふんだんに見せたラウラに、ガニエは居心地の悪い思いをしつつも作戦が上手くいったと考えていた。
100本ものロングソードともなれば、ラウラを含めた5人の弟子でかかっても10日はかかるだろう。
それをガニエは策を弄してラウラ一人に打つよう指示したゆえに。
理由は、品質を一定に保つ為。弟子の中でもラウラの実力は群を抜いているからと。まるでとってつけたような丁度いい理由だった。
ラウラは当然拒否を示したが、これで沢山の人の命が救われるんだと半ば泣き落としのようなガニエの演技に絆されたラウラは、ならばと思い立った妥協案とも言うべき提案をガニエにし、そしてガニエはそれを受ける。
単なる結果の先延ばしだという事などガニエには分っている。
だが少しでも先延ばしをすれば、もしかしたらという思いもある。
例えばラウラの熱が急激に冷めるとか。
そんな事など、決してあり得ないのではあるが。
「まあ、カズマが来ないんじゃあ仕方がないじゃないか」
「むー……お父さん?」
「な、なんだ?」
「分かってるんよね?」
「な、何をだ?」
「約束、忘れとらんよね?」
「う、うむ」
ラウラが父ガニエと交わした交換条件とは、このロングソードを作り終えたら、しばらく自由にするという約束。
苦渋の選択だったが、その時は少しでも時間が稼げれば良いと思って承諾した。
しかし100本ものロングソードを打つとなれば、いかなラウラとはいえ1か月はかかる。
当初はそう楽観視しての交換条件の受諾だった。
だが既にラウラはこの4日程で40本ものロングソードを打ち終えた。
その事がガニエを焦らせる要因だったのだ。
(まずいな……このままじゃあ、あと6日程で依頼分が出来上がるじゃねえか)
ならばどうするか。
新しい依頼をぶっこむ度胸などガニエには無い。
それをすればラウラがキレるのは明白なのだから。
(いや、約束は、しばらくという話だ。だったらそのしばらくを短く……)
既にガニエの頭はカズマとラウラが邂逅する前提で進んでいた。
そんな変化などガニエ自身は気付いてすらいなかったが。
(あとは、カズマが工房に来なくていいようにするか……)
「よっし、青ポを飲んでもうひと頑張りしよう」
父親の稚拙な策など全くしらないラウラは、マジックポーチから今日だけで5本目となる魔力回復ポーションを取り出し、それを一気に喉へ煽る。
「そこまで急いで頑張らなくてもいいんじゃねえか……?」
「何言ってるん?沢山の命が助かるんでしょ? だったら少しでも早く打たんとね」
「そ、そうだな」
自分が口にした正論を言われては、ガニエはぐうの音も出ない。
しかもきっちり1日5本を守っているのだから、体調を心配するのもおかしな話になる。
(俺は侮っていたかもしれん……色んな意味で)
今回の事で急激にその実力を伸ばし続けるラウラ。
ガニエはその成長を嬉しく思う反面、そこまで一眞の事を思って居るのかと思えばやるせない気持ちに。
(カズマが気に入らねえわけじゃねえんだ。むしろカズマ以外なら切り殺してしまうかもしれねえ。だからカズマで良かったと思うべきなんだろうが。だがなぁ……)
腕まくりをしつつ炉の前に向かうラウラを見やり、ガニエは少しだけ寂しく思った。
このまま遠くに行ってしまうんだと、何となく分かってしまうから。
そしてそんなガニエの心も虚しく、今日も夜遅くまで工房の火が落ちる事はなかった。