第68話 幕間 元の世界では
本日2話目です。
一眞達が元世界からいなくなって1週間が経った頃。
当然元世界ではハチの巣をつついたかのような大騒ぎになっているわけで。
同じ学園の生徒が4人も同時に消えたのだから。
そして当然ながら、ここ一眞の実家である司馬家でも。
「どこ行っちゃったんだろ……かずにぃ……」
一眞の部屋に入り、ベッドに腰かけて部屋の中を見渡しながらそう呟いたのは、一眞の義理の妹の司馬 七海。
一眞とは二つ違いのその義妹は、一週間経っても戻らない義兄の事を思う。
「やっぱり誘拐なのかなぁ」
テレビをつければどこのチャンネルでも、今回の集団失踪事件に関係する話題も面白おかしく検証している。また月詠市かと。
当事者家族からしてみれば憤慨ものでしかないが、しかし今回の出来事は、面白おかしく検証をしたくなる程に不可解な事が多すぎる。
一週間経過しても犯人からの声明などは一切なく、路上カメラなどで調べても足取りなど全く掴めない。
それは過去数回起こった同一の失踪事件と同じ。
しかも単なる誘拐事件などでは決してないと誰もが思えるような、突然目の前で光ったかと思ったら人が消えたという情報もあれば、路上カメラにも光と共に忽然と姿を消したように映っていた人も居るようだった。
更にはごく狭い範囲、それこそ半径数キロメートル以内に居た人の中から20数名が忽然と消えた可能性があるとか、その20数名全員がほぼ同時刻に消息を絶った可能性が高いであるとか、普通に考えたらあり得ない事が起きた今回の集団失踪事件だった。
夕方のまだ早い時間に起こったその出来事を指して、黄昏時の神隠しなどと名を打ち、さながらミステリー小説でも書かれるのではないかといった具合に世間は話題にしている。
しかも今回失踪事件が起こった場所は、ここ数年の失踪者数が目に見えて多くなっている地域、月詠市でもあったゆえに、そういった発想を助長させる結果に繋がっているのだろう。
とうの七海も、今回の集団失踪事件が単なる集団誘拐などとは実のところ思っておらず、これは何かとんでもない謎があると直感で感じていたりもしたのだが……
「って言っても手掛かりなんて何にもないじゃん……」
義兄がその集団失踪事件に巻き込まれたのは直ぐに分かった。
夜遊びなどただの一度もしたことなど無く、LINEで話しかけてもいつまで経っても既読がつかないなどといった事は今まで無かった。
変な友達も七海が知る限りでは一人もいない。どころか一眞がぼっち学園生活を送っている事など丸わかりであったし、そもそも自身に何も言わず突然いなくなるなんて有る訳がない。
ゆえにただ事ではないと七海が感じ、その夜には同級生二人からも同じような内容の通知が届き、次の日にはテレビでそれは発覚した。
そして一週間が経過した今では、最低でも20名は居なくなっているだろうと。
「この町ってなんなんだろ……これで5回目?6回目?」
言い知れぬ恐怖と不安が襲う。
忽然と人が姿を消す。
それがどういった原理でそうなるのかなど誰にも説明できない。
ただ、人がいきなり消えてしまった。
既に死んでしまって居るのか、それともどこかに飛ばされているのか。
飛ばされているという発想自体ナンセンス極まりないのだが、それでも残された家族はどこかで生きて居て欲しいと願うために、そんなミステリー的な発想に行きついてしまうのも仕方がないところだろう。
「この町のどこかに特異点とかでもあるのかな」
七海がそう突飛な言葉を呟いたのには訳がある。
先ほど挙げたように、そもそもこの町は以前から失踪事件が多い。
それはここ数年に突然多くなったようなのだが、それでも今回のようにいきなり目の前から人が居なくなったという話は今まで無かった。
今までは夜中の内に行方不明になった事が殆どだったゆえに。
だから今回これほどまでに大騒ぎになっている理由でもあるのだが、その謎さえ解明できればきっと義兄の消息は掴めるのではないだろうか。
きっと義兄はどこかに居る。
連絡をしてこないのは、連絡が出来ない状況なのか、それとも出来ない場所なのか……いずれにしてもきっとまだどこかで義兄は生きて居る。
七海は漠然とではあるがそう考えていた。
「ということは、やっぱり情報収集かな」
そう口にした彼女はよいしょっと掛け声をかけつつ立ち上がり、見渡していた一眞の部屋のめぼしいところから調べる事に。
これが他人の失踪ならばそこまで興味も湧かなかっただろうが、血が繋がってはいないとはいえ、大切な家族で大好きな義兄の失踪なのだからと、並々ならぬ思いで。
「あと、日和ちゃんとも一緒に調べなきゃね」
本棚から1冊ずつ本を抜きつつ、かずにぃ勝手に漁ってごめんねと思いながらも、同じように失踪事件に巻き込まれたであろう家族を持つ友達の名を口にした。
「あと、雲河くんもかな。他にもいるみたいだから、調べられる人は全員調べよう――って! なにコレ……」
今後のプランを練りながら本棚を調べていたのだが、思わぬものを見つけてしまった七海は一瞬で顔を赤くしてしまう。
それは参考書と参考書の間に挟まった薄い本。
「うわぁ……かずにぃって……うひゃあ……」
出てきたのは、男ならば、家族に知られたくはない事の上位に必ずくるであろうエロ本だった。
しかも二次元三次元どちらも。
「バイトしてこんなもの買ってたの? って、うわぁ……おっきぃ……」
何が大きいのかなど、この後に七海が執る仕草を見やれば直ぐに分かる。
彼女が執った行動とは、自身の胸に手をあてて大きさを確かめる仕草。
そもそも二次元ものは実際のサイズよりもかなり増量して書かれている事が多いのは七海も知っていたが、三次元の写真集などはごまかしがきかない。
画像修正すればそれらは可能ではあるが、それでも二次元もののような誇張描写など出来ないのだから、殆どが実際の大きさそのままを画像に納めているのであるけれど、その写真集の表紙に写る笑顔が可愛らしい女性は、ものの見事に巨乳だった。しかも全て。
「やっぱりかずにぃっておっぱい好きかあ、まー男子ならそうだよね、うん」
更に自身の胸を触りながら呟く。
とはいえ七海の胸も同級生から見れば十分大きい部類に入るのだが、そこはまだ中学生だからか、日和の姉の伊織と比べれば3サイズ程下回る。
「って、これはある意味貴重な情報? んなわけないか」
自分で突っ込みを入れつつ、一眞にとってのお宝は見ないようにし、気持ちを切り替えながら本棚にある別の本を見やる。
そして切り替えつつ本棚の本を全て確認した結果、分かり過ぎる程の情報があっさりと手に入った。
「やっぱり小説が殆どかな。……それになにこれ、分かりやすい程に統一感があるし」
100冊は優にあるだろう文庫本の中身は、その全てが異世界もの。それ以外のジャンルは一切なかった。
しかも高校生が買えるのかどうかは分からないけれど、ちょっとえっちな異世界召喚ものも。
その事に呆れつつも、七海はこれが有効な情報なのではないだろうかと考える。
「とりあえず、趣味を纏めてみるのは大切かも。嗜好は……どうなんだろ?」
失踪者を何人調べる事が出来るかは分からない。
ただ、全員の共通点を洗い出すであるとかは基本中の基本だろう。
その中でも趣味は当然だろうが、性的ともいえる嗜好は必要なのだろうか?
「かずにぃは……まあ、巨乳好き。これは間違いないよね。後別に熟女好きとかロリ好きとかって嗜好も無いぽい……はずかし……」
口に出して言ってしまい恥ずかしくなる七海。
これが本当に必要なのかどうかは分からないけれど、少しでも手掛かりに繋がるのなら。
実際、何かしていなければ発狂してしまいそうになるのも確かだと、自分自身で分かっている。
突拍子もない事を考えてしまうのも、それはひとえに義兄に逢いたい一心からだという事も。
「だけどほんと、このままお終いってないよぉ……バカにぃ……」
机の中を調べながらぽつりとつぶやいた。
物心ついた頃から想いを寄せ続けている義兄。
例えこの思いが成就することが叶わないとしても、この先眺める事すら叶わないなど、到底受け入れたくはない。
好きだという気持ちを抑えるために敢えて憎まれ口を向けても、いつでも笑って流してくれる義兄の優しい顔。
目を閉じれば直ぐに思い出せるその顔が、いつしか記憶の波に消されて行くなど考えたくもない。
だからそうならないように、必ずもう一度逢いたい。
逢って義兄の笑顔を見続けたい。
たった二人の兄妹として、ずっと一緒に居たい。
たったそれだけの思いで、七海は一眞の情報を集めるのだった。