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第67話 幕間 パンイチの激怒

本日1話目です。

「くそっ!くそっ!くそが!」


 地面を蹴り上げ石が遠くに飛ぶが、諸星の怒りは晴れない。晴れるわけがない。


 完璧だった筈なのに。

 何が悪かったのか思考を巡らせても、運が無かったとしか答えは出ない。

 まさか奴があんなにも護られているなどとは思いもよらなかった。

 今まで誰にも護られて居なかったのに、何故今になって奴は護られているのか。


「納得できねー!くそっ!」


 我ながら妙案だとすら思った策が、あっさりと瓦解した事に苛立ちを隠そうともしない諸星は、それでも何故こうなってしまったのかを振り返る。


 切っ掛けはこちらの世界に来てから4日目の夜だった。


 この世界に来て15日あまり。その間、諸星が女を買わなかった日は1日たりとてない。それだけ初めて知った女体に狂っていたのではあるが、”ペナンス香”を知ったのは4度目に買った娼婦からもたらされた。


 更には副次的な効果を知った時、キルトレインによる犯行を思いついた。


 完璧にアリバイを作り上げて犯行を行い、奪った魔獣とグラディウスも西のゲルクマルスの町までわざわざ行って売ったのだが、結果は全てが裏目に出た。


 まさか”ペナンス香”が規制対象になっている媚薬だとは。

 まさかガニエの武器にあのような魔法が仕掛けられていたとは。

 それまでは、疑わしきは罰せずで行けるだろうと踏んでいたのに。


「なんで俺がこんな目に逢わなきゃならねえんだよ!畜生が!」


 遠目に見える衛兵から冷めた視線が飛んでくる。

 何因縁着けていやがるんだと言ってやりたいが、ここで問題を起こせばもう自身を守る法律はこちらの世界の帝国法のみ。だから滅多な事はするものではないと判断した諸星は怒りを別の所へ向ける。


「それもこれも司馬のクソやろーが全部わりい! 死ななかったあいつが全部悪いんだよ! くそが! あーー!ムカつくわ!」


 暴言を吐いても誰も肯定してくれることはない。

 更には下着姿のまま強制的に外殻まで運ばれた羞恥も、諸星の怒りに拍車をかける。


 皆の蔑むような視線をこれでもかと全身に浴びた。

 ギルド員は勿論の事、冒険者全てが敵に見える程に侮蔑の視線を送って来た。

 挙句は賭けをした奴らですら諸星に苦言を呈して来た。


『馬鹿じゃねえの?お前は』

『お前はやり過ぎだ』

『そこまでやるとは思わなかった』

『ちょっと引くわぁ』


 と。


 うるせええ!


 てめーらだって娯楽の一部だと言ってたじゃねえか!

 てめーらだって笑いながら賭けたじゃねえかよ!


 諸星はやり場のない怒りに支配される。

 が、それと同時に例えようのない不安に駆られる。


 あれから諸星はギルドマスター室からギルド員に両脇を抑えられ、馬車に乗せられて外郭の外へ放り出された。


 問答無用でマジックポーチや装備を取り上げられ、トレゼアはおろか近隣の町すらも出入りが不可能となった身に、どうやって生きていけというのか。


 身分の証明を必要としない町や村は沢山あるが、それらに行って一体何をすればいいのか。

 仮に盗賊紛いの事をすれば、判明した瞬間に討伐対象となるだろう。


 先ほど土方が告げた言葉と視線を思い出し、諸星の顔は青ざめる。

 諸星が犯罪を犯せば自身が討伐に向かうと。


 嘘偽りなどでは決してないと思わせるに十分の視線だった。

 あれは人を殺した事がある目だ。

 その目を見た瞬間に背筋が寒くなった。


 更にはギルドマスターの言葉。


「奴隷とか冗談じゃねえ」


 自身が奴隷をこき使う側なのに、自分が奴隷になるとか諸星にとっては耐え難い屈辱だ。


 先輩冒険者に色々聞き、これから先の人生は酒池肉林のバラ色だと妄想を膨らませていたのに、行き成り人生の崖っぷちに立つ羽目になろうとは。



 城門から少し離れ、気持ちを落ち着けるために諸星は座り込む。

 外郭に背を預ける諸星は、まるで初日にみた司馬のようであった。


 何故こんなことになったのかなど、今更考えても仕方がない。

 大事なのはこれからどうするか、どうやって生きて行って司馬に復讐をするか。


 その考えに帰結するまで、そんなに時間は必要では無かった。


「司馬の野郎……ゴミクズの癖しやがって、良い気に成んなよ? ぜってー仕返ししてやんよ」


 全ては自身がまいた種による自業自得なのだが、そんな事を諸星が反省する筈も無い。


 一眞がそこに居るかのように眼前を睨みつけ、一眞に対する憎悪の炎を極限まで燃やす。


 諸星は元々一眞の事が嫌いだった。


 何故嫌いなのか、それは彼にとって単純明快。

 自身が気に入った物を、欲しい物をことごとく奪っていくから。


 一眞はそのつもりなど無いばかりか、一眞自身自分がモテるなどと露ほどにも思って居ない。しかし諸星には分かる。いや、知ってしまった。


 柊伊織が一眞の事を好きだと言う事も。

 それから、一眞の義妹も一眞の事を好きだという事も。


 諸星の家は裕福だった。


 父親はそこそこ大きな会社を経営し、母親は息子の諸星を溺愛するがゆえに、彼自身何不自由なく暮らしていた。


 好きなものを好きなだけ買い与えて貰える環境に慣れ切ってしまう。


 欲しいと思えば手に入る。

 それが当たり前なのだから。

 自分は何でも手にすることが出来る。


 そう思い出した時は既に諸星の心は歪んでいた。


 そして、欲しいものが有れば直ぐに提供する親ですら、何時しか諸星は単なるATM程度にしか思わなくなった。


 歪んで育った諸星は自身の歪みなど自覚しないし、する必要すら無かった。

 そういう家庭に育ったのだから。


 だが、違った。


 最初は柊伊織だった。


 入学した当初から目立って可愛かった伊織に、諸星は好意を寄せていた。

 だが、彼女には何時も天地の存在がちらついた。

 天地では流石に勝てない。何においても。


 それでも今まで手に入れられなかったモノなど無かった故に、諦められず思い切って告白をしてみたのだが、結果は全く相手にもしてもらえなかった。


 はっきりと「好きな人がいるからごめんなさい」と言われて玉砕した。


 初めての挫折だった。それによって更に諸星は伊織に異常とも言える恋慕を抱き、常に彼女を見続ける事に繋がった。


 そして日ごと伊織の視線を追ううちに、諸星はある事に気付く。


 それは病的に相手の事を思っていなければ、恐らくは気付かなかっただろうその視線の先の男の存在を。


 彼女の視線の先には常に一眞が居たのだ。


 自身に向けてくるよそよそしい視線とは明らかに違うばかりか、天地に向ける視線とも全く違うそれに気付く。

 その時の心境は筆舌に尽くしがたく。


 ゆえに諸星は一眞を虐めの対象になるよう仕向けた。

 自身は極力裏で動き、同級生や兄のつてで先輩を使い、じわじわと真綿を締めるかのように。


 ありもしない噂を流し、一眞本人には陰湿な嫌がらせを続ける。

 一眞は嫌われている。そう伊織に認識させれば彼女の気持ちも薄れるだろう。


 そういう目論見の元での行動だったのだが、ある日、決定的な言葉を耳にする。


 天地と伊織が小声で会話をしている内容を諸星は聞いたのだ。司馬に告白をしないのか?と。


 伊織はその時こう口にした。


「高校を卒業するまでには何とか告白できるようにがんばる」と。


 冗談でも何でもなかった。

 許せる筈も無い。

 相手はあの司馬だ。


 何をしても取り柄の何にもない、しかも親の顔すら知らない捨て子でしかない奴に、伊織が恋慕しているなど許容できる筈も無いだろうと。


 それでも伊織に関しては一眞を虐め続ける事で堪えたが。天地がいる為に。


 だが二人目で諸星は確実に一眞を敵視するようになる。


 一眞の義妹の七海ななみだ。


 初めて見たのは1年前の学園祭の時だった。


 可愛い中学生が校内に遊びに来ていると噂になり、連れと一緒にその女を見に行った。


 そして目的の美少女を見た瞬間に諸星は恋に落ちた。


 元々惚れっぽい性格ではあったが、伊織の件で沈んでいた心が満たされて行くのを感じ、瞬く間に恋に落ちた。


 だが――


 現実は非情とはこの事かと。

 まさかその女が司馬の義妹だとは。


 一眞の傍らへと赴いたその美少女は、一眞に親し気に話しかけていた。


 どういう事だと思ったが、一緒に見ていた一人が「司馬の義妹らしいぞあれ」とにべにも無い言葉を告げられ、次にはどうやって一眞に取り入ろうかと思考を巡らせる。


 奴は馬鹿だから仲良くするのは簡単だ。伊織の件は未だにムカつくが水に流してやろう。


 今まで散々陰湿な虐めを繰り返して来た事など都合よく忘れ、そう行動に移そうとしたのだが、またしても諸星は気付いてしまった。


 その美少女が司馬を見る目は、まるで伊織が一眞を見る目そのものだった事に。


 咄嗟に諸星は思う。


 こいつも司馬なのか――と。


 諸星にとってはその二つで十分だった。


 だから諸星は司馬一眞を徹底的に憎んだ。

 そして一眞への当たりを更にきつくする。


 司馬と会話した奴を呼び出させて脅し、司馬が孤立するよう仕向けた。決して自身は表に出ないように気をつけながら。

 お前らに指図されるいわれはねえと言われた事もあったが、今度は親の力を使ってそいつを服従させた。


 聡い天地にはそれらのことがバレてしまっているが、天地はあの性格ゆえに、極端に人に嫌われる事を嫌う。


 それでもやんわりと諭してくるが、適当に返事を返しておけばそれで済んだ。奴は弱い人間だからだ。


 しかも諸星は天地の性的嗜好を偶然とは言え知っていた。

 それがバレた時の事を想像し、天地は諸星に対して強く出られない面もあっただろう。


 一時期はそれをネタに天地を意のままに操ろうと考えた事もあるが、それは早々に断念したし、諸星が天地を使って伊織をものにする事など出来ない事は、諸星自身が十分分かって居る。


 天地は弱い。だが、弱すぎるがゆえに最終的には自分の全てを壊せる男だからだ。


 それが分かって居るから伊織には手が出せない。天地が居る内は。



 城郭にもたれ掛り、昔の事を思い出す諸星。


「くそっ……結局司馬さえいなきゃ俺は今頃ウハウハだったんだ。折角異世界に来たのによお。……なのに……全部司馬のせいじゃねーか」


 犯罪を犯しても許される世界。

 性犯罪を犯してもバレない世界。

 好きなだけ女を抱き、好きなだけ奴隷を虐げて笑って過ごせる世界。

 力こそが全ての世界。


 そう望んで願って呼ばれた結果がこれだ。

 だがこのままでは決して終われない。終われる筈も無いと。


 そして諸星は二つの目標を心に誓う。


 絶対に司馬を殺す。

 今度は確実に自身の手で殺す。

 だが司馬の周囲は当分警戒が薄れないだろう。


 だからまずは柊伊織をものにするのが先だ。

 天地が相変わらず邪魔だろうが、常に二人が一緒にいる事もない。

 ならば方法はいくらでもあるだろう。


 俺を振った事を後悔させてやる為に、絶対に犯して肉便器にする。


 どこか遠くの村か小さな町を拠点にし、そこに柊伊織を攫って行き犯しまくる。拠点に到着する前にも当然犯しまくる。


 なあに、”ペナンス香”を使えば大抵の女はよがり狂い一匹の雌に成り下がるのだから、柊も同じだろう。女なんてそんなもんだ。


 そうした上で伊織を奴隷に落とし、手足の様に扱いレベル上げを手伝わせる。そして最終的には司馬を殺す。今まで散々邪魔をした天地も殺す。


「あー……良い事思いついたわ」


 司馬も柊の事が好きなのはとうの昔に気付いている。

 ゆえに、殺す前に奴の眼前で柊を激しく犯せば、奴は一体どんな表情を見せてくれるだろうか?


 発狂をして血の涙を流すのか。

 それとも興奮をして勃起をするのか。


 どす黒いタールのようなドロドロの感情が脳裏に渦巻く。


「アヘアヘよがり狂う柊を見た司馬の顔とか想像するだけでイっちまいそうだ。くっくっくへっへっへひやああああ堪んねえええ!」


 既に自身に都合が良い未来しか見えなくなった諸星は、とても矯正など不可能な程に心が歪んでしまっている。

 そしてそれを咎める者はこの場には居ない。


 土方の下に居さえすれば、もしかすれば歪んだ性格も矯正が可能だったのかもしれないし、土方もそう出来る事を望んでいた。

 だが、矯正出来たであろう土方からは既に見放された身だ。


 ゆえに諸星はどこまでも暴走する。


「見てろよ?司馬ぁ!」


 そう吐き捨てた諸星は、立ち上がり、とりあえず南西かといった具合に歩き出した。


「ゆくゆくはエルネスト王国か。あそこは帝国の影響力もすくねえって言うしな」


 エミリアが懸念を持って居た事を、諸星は実行に移そうと考えた。


「そんで何とかして加護を復活させて貰いさえすりゃ、復讐も楽になるってもんだ。そっから柊を攫って――」


 その為に、まずはレベルを上げて力を蓄えなければ成らない。

 王国へ渡るまでの拠点とする場所も探さなければならないが、ひとまずは路銀稼ぎだとばかりに思考を切り替える。


「武器もなんもねーからな。 一先ずは武器になりそうなもんを探して南西の森か……」


 歪み切った思考ではあるが、生きる目的を見出した諸星は笑みさえ浮かべながら歩く。身体能力は依然として高いままなのだから、1時間もかからず南西の森へと行けるはず。


 そして石でも何でもいいから武器になりそうなものを探し、弱いがゴルドになるモンスターをまずは数体倒す。何だったら素手でもいいだろう。


 それを小さな町で売り、路銀にして今度は西へ向かい、そして北へと上る。


 そう次々に諸星の思考は纏って行く。


「あとは、仲間がいるな。手足になる仲間が」 


 諸星が思う仲間とは、自身の思い通りに動く都合の良い存在のみで、それ以外は不要でしかない。


 よしんば自身がより強い者に従うとしても、いずれはその立場から引きずり下ろすまで。

 そうして力を蓄える事が、復讐への一番の近道だろうと。


 恐ろしいまでの執念が諸星を生への本能へと結びつけた。

 既に一眞への暴言は口を吐かない。

 そんなものは既に当然のように心の奥に沈んで固まっているのだから。


 だからまずは自分のレベルを上げる事に全てを注ぐ。

 天地ですら容易に手を出せない程の力を。

 天地ですら殺せる程の力を。


 そう心に誓った諸星は、知らず、卑下た笑みを浮かべながら足早に歩いていたのだった。


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