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第66話 縮まった距離

本日6話目です。

 その後忘れずに魔獣を売り払いギルドを後にした。青銅ブロンズランクへの昇格手続きは少し時間がかかるとの事で、また後日にしたけれど。


 ただその時、土方さんから金貨や銀貨がざっくりはいった巾着も、ほゞ無理やり渡された。「お金はいくらあっても困るもんじゃないぞ」と言いながら。


 こっそりと逃げるつもり満々だったのに。


 なので行き成りお金持ちになってしまい、所持金は諸々経費を引いて5600万ゴルドにもなってしまった。


 こんな大金、本来なら何に使おうかと悩むところだけれど、貯めるだけ貯めて装備は後回しなど愚か者のする行為だというのは俺でも分かる。なので一応は考えていたり。近いうちに装備を新調するってだけなんだけど。


 因みにガニエさんとエルフ姉妹は、ギルドマスター室での話が終わると真っすぐ先に帰って行った。


 俺はこの後、宿屋で柊さん達と合流して、それからエルフ姉妹のお店へ向かう予定だ。勿論事前にちゃんと姉妹に伝えておいた。


 伝えた二人は何やら非常に嬉しそうだったけど。



 そして冒険者ギルドからの帰り道。

 歩いて宿屋に一旦帰る途中。


 隣には、今日はもう正午に仕事を終えたエミリアさん。


 エミリアさんも今回の件で朝早く、それこそ朝5時から動いていたらしいので、ギルドマスターの命令で早く帰らされたらしい。早く帰らされて暇なので、俺についてエルフ姉妹のお店に一緒に行く事に。


「父はどうでしたか?」


 そんな中、エミリアさんは父であるジークフリードさんについて聞いて来た。


 それはどういう意味で聞いているのだろうか?

 とはいえ思った感想を言ってみる。


「失礼な言い方かもですけど、掴みどころのない、雲のような人かなあ……」


 勿論悪い印象では無い。

 そればかりかマスター室を退室するときには殆ど緊張をしていなかった。


 実力的にも、立場的にも、普通に考えたら直立不動のまま時間が過ぎるのを待たなければ成らないだろう人なのに、知らない内に緊張は解けていたのだから考えて見れば不思議な人だった。


「やはりそう見えますよね」

「ただ……」


「ただ?」


「俺は凄く気が楽に話せたので、気を遣ってもらってたのかなと」

「それは有りません」


 ピシャリと速攻で否定をされた。


「あれが父の素です。少なくとも、私が物心ついた頃からあのままですよ?」


「だったらやっぱり人の中心になってる人は、ああいった人なんだなあって思えてきますね」


「という事はシバさんから見て、ち、父は印象悪ではなかった……んですね?」


 なんだろうか?

 少し聞きにくそうにソワソワしているような。


「全く。むしろ俺がどう思われたか不安で仕方がないです」


「シバさんはそのままで十分です」


「そうですかね? でもまあ、緊張をしていたのは最初だけだったので、俺としては凄く接しやすい人だなと。ただ……」


「ただ?」


「やっぱり怒らせたら怖いんだろうなとも。怒らせないようにしなきゃって。ハハハ」


 そりゃ大陸一の強さだった人なんだから当然だろうと。


「滅多な事では怒ったりしない父ですけど、どうですかね……私の記憶の中だけで言えば……あー、いえ、なんでもありません」


 どういう事!? 途中まで言っておいて引っ込めるとか、めっちゃくちゃ気になる!


 なので俺はエミリアさんをジト目で見やりながら、


「それ、駄目ですよ? 言い出した事はちゃんと言わなきゃ」


「ぅ……そ、そうですよね……」


「はい、そうです」


 そう言うと、観念したようにエミリアさんは話し始める。


「え、えっと……父は過保護と言いますか、どうしても私や妹弟達の事になるとムキになる性格と言いますか……」


 エミリアさんには弟と妹がいるのか。


「そりゃ自分の子供だから当然なんじゃないです? よく分からないけど」


「そうなんですけど、それが度が過ぎていると言いますか、もう10年前なんですけど、9歳の頃の私には許嫁が居たんです」


 貴族だって言ってるからそりゃそういうのは有るだろう。

 しかも9歳の頃のエミリアさんは、そりゃもう天使のように可愛かっただろうし。


 ただ、少し胸の奥がもやもやしてしまった。何故だかは分からないけど。


「い、今は居ませんよ!? 昔の話ですから」


 もしかしたら表情に現れていたのかもしれない。直ぐにエミリアさんは手をぶんぶんと振り出して昔の事だと念を押した。


「顔に出てました? 俺」


「……はい、何となく」


「すみません。関係ないのにもやもやっとしたものが。ハハハ」


「ふふふ。それで、その許嫁が私を襲うといいますか、手籠めにしようとしたと言いますか、既成事実をと言いますか……そういった計画を練っていたらしいんです。全くの未遂なので私は最後まで知らなかったんですけどね?」


「へ? エミリアさんが9歳の時? ですよね?」


 思わずきょとんとして聞き返した。


「はい、9歳の時です」


「えっと……相手は何歳です?」

「当時30歳です」


「……」


 とんでもねえペドに近いロリ野郎だな。

 21歳差は別にいい、許嫁でも別にいい、だが30歳が9歳は無いわ。


 なんかムカムカして来た。

 そいつどうなったんだろ。


「そ、それで、その時未然に防いでくれたのが父でした。それはもう烈火の如く怒りながら家を飛び出して、その後その貴族家は壊滅したそうです。見た人の話では鬼神のようだったとか、大きなお屋敷が剣で真っ二つになったとか」


「そ、そりゃあ自業自得だし、当然の報いだろうけど……家が真っ二つですか……」


 物理的には不可能だろうから、魔法剣士の魔力によるところなのだろう。

 けど、家なんて真っ二つになるものなのか……それも大きな屋敷が。


「お、怒らせないように気を付けよう……」


「大丈夫ですよ? シバさんなら」


「そ、そうですかね?」


「はい、大丈夫です。父は一目見た時からシバさんを気に入っていましたから」


「い‶……何か言われました?」


 恐る恐ると言った具合に聞いてみる。

 だけど、エミリアさんの表情は至っていつも通り、にこやかな笑顔だ。


「いいえ? 父の表情を見ていれば直ぐにわかります。それに、椅子に座ってくるくると回って居ましたから。ああいう時の父は機嫌がいい時です」


「そ、そうなんですか……」


 あれって機嫌がいい証拠だったのか。


「あの段階で、もう仕事は片付いたとなったんだと思います。人に任せる時はそういう時ですし」


「ガニエさんとヘルミーナさんに丸投げした時ですか」


「はい、父は問題が解決しない内は決してそんな風にはしませんし、そうした時はもう結論は出ていますね」


「さ、流石親子……よく分かってる……」


「ふふふ」


 エミリアさんはお父さんの事が好きなんだろうな。


 そりゃ娘を大事にしてくれて、いざとなれば同じ貴族だろうが関係なく制裁を加えられる程の力で守ってくれるんだから、そりゃねえ。


 というかスルーするところだったけど、エミリアさんは19歳か。

 俺より2歳年上ってことになるな。やっぱりお姉さんだ。


 その後も少しだけジークフリードさんにまつわる武勇伝を聞いたけれど、それとは別に、俺には気になる事が一つ残って居た。


 それは諸星の仲間二人について。

 なので、処分が気になったので聞いてみる。


「結局あとの二人はどうなるんですか?」


「別室で尋問していたエレメスさんから聞いた話では、軽い気持ちで諸星に協力していたそうです」


 軽い気持ちでキルトレインの隠蔽に加担されちゃたまったもんじゃない。


「なんか腹立ちますけど、それで罰は?」


「実行犯ではない事は既に判明していますし、アリバイ作成に協力をした程度の罪ですので、そこまで重い罪にはならないそうです。特別法もありますし。ですから罰も罰金刑程度かと。ただ、彼らが所属をしていたレギオンは中堅ですけど、しっかりとしたレギオンなので、恐らくは追放処分となるかと」


「罰金とレギオン追放だけですか……」


「金額はかなり高額で、直ぐに支払えるようなものではないのですが、納得いきませんよね? あの二人は賭けにも参加していたようですし」


「ええ、昨晩のニーナさん達の話もありますからね」


「そうですね……」


 昨晩のニーナさん達の浮かない表情と、その原因となった堀尾と山内の毒々しい舐めるような視線を思い出す。


 ただ、結論から言うと、まだ何も事件性になるような事は起こって居なかった。


 三人から話を聞いた結果、単にしつこかっただけだと言う。

 しかもここ数日はどうやら二人はまともに狩りをしていなかったらしい。


 諸星は狩り禁止令が土方さんから出されていたのだけれど、二人もどうやら諸星に合わせていたのだろう。


 暇が出来れば女を探す。まあ、生物としては間違ってはいないけれど、度を過ぎれば相手にドン引かれたり嫌がられるのは当然なわけで。


 ニーナさん達三人が食材の買い出しに出かけた所を、毎日毎日卑猥な言葉と共に声を掛けられ、相手にしないのにずっと後を付けられたりしていたそうで、それで気味が悪いと思って居たそうだ。


 そりゃああんな舐めるように下心見え見えの視線を投げかけられれば、気持ちが悪いと思っても仕方がないかもしれない。俺が見ても気持ち悪かったし。

 加えて言うなら、田所さんと相馬さんが彼女達を愛でる視線とは全く異質だったし。


 それにエミリアさん曰く、田所さんと相馬さんは獣人の娘の印象も悪くないばかりか、優しいから少し気になると言っていたらしい。


 二人とも良かったですね!

 教えてあげないけど。


 とはいえ、ガサツな男も多いこちらの世界では、少々の卑猥な言葉は日常茶飯事だという。

 モラルもへったくれも無いなと思うけど、実際そうなのだから仕方がない。


 諸星達もその風習に習い過ぎて同じような行動に出たのだろうけれど、何か有ってからではやはり遅い。

 実際に性犯罪は滅茶苦茶多いらしいし。


 女性が多い世界だからか、性犯罪に逢った女性の嫁ぎ先は殆どない。だから被害者も殆ど泣き寝入り状態だとか。


 なので、その時は「じゃあ、ひとまずは直接の被害は無い?」「はい、大丈夫です」「何かあったら直ぐに言ってください」「有難うございます」で終わってしまったけど、今後気を付けていた方がいいような気がする。


「ただ、あの3人のリーダー的な存在だったモロボシが居なくなったので、状況は変わるかもしれませんね。それが良いように出ればいいですけど、悪い方に変わる可能性もあるので、今の段階ではどうとも言えませんけれど……」


「ですね……」


 ほんと、大人しくしておいてくれれば良いんだけどな。


 そう思いながら、柊さん達が待つ小鳩亭へエミリアさんと歩いた。





「二人ともお疲れ様。どうだった?」


 宿屋小鳩亭に戻ると、食堂から柊さんの声が飛んできた。

 見ればプリシラちゃんと絵梨奈さんも。


 俺とエミリアさんは三人にただいまと返し、ひとまずは少し遅い昼食を摂る事にし、摂っている最中に簡単に説明をした。


 因みに天地と相馬さんと田所さんは少し前に三人で出かけたらしい。

 行き先はガニエさんのお店だとか。


 野郎3人で武器を見に行くとか、色気も何も無いな。

 しかも見に行くのがガニエのおっさんだし。



「ふぅん……じゃあ後の二人は殆ど罪に成らないんだ?」


「らしい。転移者は、ある意味向こうの法律よりも守られている事が分かったよ」


「なんでだろう……」


 絵梨奈さんの疑問は尤もだと思う。


「悪い事をしたら、こっちの法律で捌いても良いと思うんだけどねえ……」


「俺らはそう思うけど、そう思わない人もいるって事じゃないか? 166人も転移者が居れば」


「そういう人に限って悪い事を企んでると思っちゃうのはあたしだけ?」


「絵梨奈さんに1票!」


 若干興奮しつつ柊さんは指を1本縦に伸ばした。


「ただ、私達から言わせてもらえるならですけど、やはり腫れ物を扱うような気持ちが少なからずあるのは確かですね」


 エミリアさんが俺らの話を聞いていて、自身の考えを口にした。

 えもすれば、それはこちらの人殆どの気持ちかもしれない。


「異世界人だもんなあ……俺らって」


「それね」


「そうよね。ステータスも高くって、ある意味エイリアンみたいなもの? 同じ姿形をしているけど」


 流石にエイリアンは言い過ぎだと思いたいけど、あながち間違って居ないような気もするから恐ろしい。

 ただ、ここでプリシラちゃんがおずおずとではあるけど口を開く。


「でも、わたしから見た限りではですけど、転移者さんが悪い事をすれば目立つだけだと思います」


「どういう意味?」


「今まで166人? ですよね? 転移者さんって」


「そうですね。合計すればその人数がこちらに来られて居ます」


「その中で権利を剥奪された人って何人いるんですか?」


「今回のモロボシを入れて4人ですね」


 人数を聞いて、納得をしたような表情でプリシラちゃんは言う。


「それって少ないように思うのはわたしだけでしょうか?」


 確かにそう言われて見れば……どうなの?

 全員の視線がエミリアさんへと向く。


「エミリアさんその辺りどうです?」


「プリシラさんが言われるように、少ないと思います。現在、帝国内にて活動をされている冒険者の方は約60万人程ですが、去年1年間で問題を起こして鉱山奴隷や討伐対象となった冒険者は1万人以上います」


 お、多いな。


「これを5年で計算すると、詳しい数字は朧気なのですが、6万人はいるかと。ですから比率的には圧倒的に転移者さんの犯罪比率が少ないのは確かですね。あと、情報が伝わりにくいエルネスト王国や小群国家の冒険者ギルドもありますが、さほど比率は変わらないと思います」


 1/41と1/10だから4倍以上じゃないか。

 って!!たった5年で6万人!?表に出ているだけで!?


「え?6万もいるんですか!?」


「それすっごく多くない!?」


「でも、だったらほんとはもっと居るって事ですよね……」


 柊さんも俺と同じ事を思ったらしい。

 年1万人という数字も大概だけど、俺は潜在犯罪者の数が非常に気になった。

 恐らくは倍どころの騒ぎではないんじゃないか?と。


 でもまあ、それを言っちゃあ俺ら転移者も隠れて悪さしている奴もいるだろうけど。


「ヒイラギさんの言われる通りですね。ですがこれでも減少傾向にあります」


「ならず者が多いって事なのね……」


「残念ながら。元来、冒険者とは他で生計を立てられない人達が就く職業ですし。勿論、そうではない方も多くいらっしゃいますけれど」


 そう言われて昨日の馬車での会話を思い出した。

 どうにもならなくなったから冒険者になったと。


 けれど、気になったのは、俺や柊さんと絵梨奈さんは数を聞いてびっくりしたのに、エミリアさんとプリシラちゃんは全く動じないどころかごく当たり前のような感じでいる事だった。


 まあ、だからこその転移者うんぬんの発言なんだろうけど。


「でしたらやはり目立つだけではないかなって」


「そういう見方も出来るか……」


「だからって悪い事をしていい理由にはならないと思いますけど……」


「その通りだよね。 プリシラさんの言う通りだ」


 するとここでプリシラたんがおずおずといった具合に口を開く。


「あの……話は違うんですけど、カズマさんにお願いがあります」


 急にお願いとか言われると、怖くて身構えてしまうんですが。


「な、なに?」


「年上の男性に”さん”付けをされると緊張してしまうので……出来れば……」


 こ、これはチャンスくぁ!?

 ドキドキしつつ願いを口にする。


「えっと……じゃあ、プリシラたん?」


「何言ってるの?司馬君」

「あ、はい。ちょっと調子こきました。はい」


 柊さんのジト目を浴びて、直ぐに断念をした。


「あの、出来れば敬語もなしで、それから、呼び捨てで……」


 手をもじもじと弄りながら上目でそう言われるとドキリとする。

 けれど、それを悟られないように平静を装いつつ、


「わ、分かった。じゃあそうするよ」


 年下だし、可愛らしいしで呼び捨て自体は割と抵抗は無い。

 というかむしろ嬉しいかも。何気に義妹以外で初めてだし。

 プリシラたんと呼べなかったのはちょっと残念だけど。


「有難うございます」


 嬉しそうに手を合わせてペコリと頭を下げる仕草がたまらんです。

 こちらこそ有難うございますと思わず言ってしまいそうだ。

 けれど、それを見ていた柊さんと絵梨奈さんが不満顔を見せた。


「それなら司馬君、わたしも柊じゃなくって名前で呼んでほしいかも」


「あ、それあたしも」


「えっと……い、伊織ちゃん? え、絵梨奈さん?」


 は、は、は、恥ずい。まじで転げまわりそうになる程恥ずかしい。

 一瞬の内に顔が熱くなってしまった。


 なのに柊さんは容赦がなかった。


「うーん……ちゃん付は逆にいらないかも」


「い″っ」


「あたしはどっちでもいいかな。年上なのはどうしようもないし。言いにくいってのもあるだろうしね。でもあたしは一眞って呼ぶから」


 確かに絵梨奈さんは、田所さんや相馬さん達を呼び捨てにしている所を聞きなれているから、あまり違和感はないな。恥ずかしいのには変わりはないけど。


「絵梨奈さんは呼び捨てを聞きなれてますからね、何とかなるけど、い、伊織ちゃんは違和感があるのは分かる」


「カズマさん! イオリさんの事も呼び捨てで呼んであげてください!」


 何故にプリシラたんがそんな事を……。


 握りしめた両拳を肩の位置まであげて、ふんぬ!といった表情を見せる姿はリスっぽくて可愛らしいけれど。


 とはいえどうするよ……。


「いあえっと……柊じゃだめ?」


 その言葉で柊さんは下唇を出して抗議した。

 まるでジークフリードさんだな。


「そこ、下唇出さない」

「うー……」


「シバさん、呼んで差し上げればいいじゃないですか」


 なんで未だに苗字呼びのエミリアさんに言われなければ。

 いや、まてよ?


「じゃあエミリア師匠も司馬さんじゃなくって、一眞とか一眞さんとか一眞君って言ってくださいよ!」


「え?! え、え、え……い、いいですよ? カ、カズマさん。どうですか?」


「ぅ……こいつは想定外だった……」


「ふふふ」


 思ったよりも早く承諾されてしまった。

 俺の狙いは、拒まれてなし崩し的にうんたらかんたらで行こうかと思ったのに。


「ふふふ、じゃあわたしも伊織で! ね? 一眞君」


 なんなんだこの雰囲気は。

 甘酸っぱいような感じはどこから発生しているんだ。


 あ、ここか。


 女将さんとニーナさんがニヨニヨこっちを見ているし。


 お願いね、といった感じで手を合わせて柊さんは見やって来る。

 めちゃ可愛いなおい!


 ……だが断る。


「うーん……あと50話くらいまでを目途に誠意努力しますから、伊織ちゃんで……すんません、勘弁してください……」


 思わずメタ発言をしてしまったけど、今ここで柊さんを名前呼びでしかも呼び捨てにしておかなければ、呼び捨てにするのは当分後になるのは分かり切っている。

 でも無理なんだ……本当無理です勘弁して。


 そんなヘタレていると、どうやら俺の性格をだいぶ分かってくれたらしい。


「うーん、わかったよ。あまり追い詰めても良い事ないしね?」


「はい、いきなりは無理です。でも何とか頑張ります」


「ふふふ。期待してる。じゃあそろそろエルフさん姉妹のお店に行こうか、一眞君」


「そうね、いきましょ、一眞」


「行きましょう!カズマさん!」


「カズマさん、私も行きますね」


「なんで行き成り不必要に名前を混ぜるんですかね……もう無理だ」


 恥ずかし過ぎて思わずテーブルに突っ伏してしまった。


「ふふふ、良いじゃないですか。それだけカズマさんと仲良くしたいんだと思っていただければ」


「そういう事だよ」


 突っ伏した俺に向け、代表してエミリアさんが答えて柊さんが肯定したけれど、そのエミリアさんと柊さんも何気に顔が赤くなっていた。勿論、絵梨奈さんもプリシラたんも。

 

 そして当然俺も、生まれてから初めてともいえるこの独特な雰囲気に対し、盛大に戸惑っていた。


 けれどそれと同時に、少しだけ皆との距離が縮まったような気がして、嬉しく思っていたけれど。





 そんな訳で、今日は普段よりも暑いななんて思いながら、プリシラたんとエミリアさんも加えた5人でエルフ姉妹のお店へ繰り出す事になった。


 俺は女子4人がきゃいきゃい騒いでいる後ろ姿を眺めながら一人で歩いている。

 別に4人のお尻を見比べたいだなんて思っての事では決してない。


 単にこの4人との出会いとか出来事を思い出したくて、後ろを歩いているだけだった。



 俺にとって初めての相方であるプリシラ15歳。


 帝国北部の、エルネスト王国に程近い小さな村の出身。

 肩で揃えた薄ピンク色の髪は地毛なのだとか。

 光に当たるとピンクパールっぽい輝きを放つので、非常に綺麗だ。


 可愛らしく小さな顔に小さな体に女性らしい体型を見せる、超優良物件。


 性格はおとなしそうに見えて、実はけっこう元気が良い気がするけど、ネガティブな所は俺と同じくなんとかしなきゃなと。


 そして何気に滅茶苦茶大食い。

 でも食べなくても何とかなるし、味覚音痴というわけではないらしい。


 ちなみに彼女の所持金は端数切捨てで3万ゴルド。あ、俺が渡したカエルも含めて4匹未換金で残って居るらしいから、換金すれば合計15万ゴルド。でもどのみち少ない。


 彼女は大方の予想通り、食事は1食、狩場への往復は徒歩で、宿なんて1泊1500ゴルドという、到底若い女の子が泊って良いような宿ではなかった。


 流石にその時ばかりは「女の子なんですからもう少し自分を大切にしてください!」とエミリアさんが激怒してしまい、元々背が小さいプリシラたんが更に小さく縮こまるという。


 とはいってもゴルドが無いのだから仕方がないわけで。

 それでも一時は所持金18万ゴルドまで増えたそうだけど、一番少ない時――俺がロータリーで見かけた時――は、売るモノも無しで2万ゴルドにまで減ってしまったそうだ。


 なんていうか、本当に極貧状態だったんだなと思わず絶句をした。


 そして更に三日前に、この3か月間使っていたワンドが折れてしまったそうで、新しく買い替えたせいで3万ゴルドなんだとか。


 聞いた時に、支援しようかどうしようか悩んだのだけれど、やはり対等な相方なのだからと支援をする事は辞めた。


 どのみち明日から二人で狩りに出かけるし、一先ずは俺が考えた方法で狩りをすれば、彼女のレベルも上がるし、ゴルドもちゃんと溜まっていくだろう。


 とはいえどうなる事やら。


 パーティーを組んでの狩りが一体どういったものになるのか、今から楽しみで仕方がない反面、不安も少しだけある。

 大変な目に逢うだろうし、迷惑もお互い掛けるだろう。


 だけど、このパーティーをずっと続けられるように。

 愛想が尽きたなんて言われないようにしなければ。



 そして柊さん。


 俺と同級生で17歳。

 まあ、心の中では伊織と呼び捨てにしてしまおうか。


 ……おうっふ……やっぱ無理だ。ヘタレでごめんなさい。


 彼女が何故俺に構うのか、いくら考えても謎でしかない。

 俺の事を好きだという事など決してないだろうからその線は除外するとしても、それでも少なからず気にはしてくれているとは思う。いや、思いたい。


 まあ、恐らくは知らない場所に来て、知り合いが俺と天地だけになったから、今は心細いだけなんだろうなという線が一番強いと思うけれど。


 でも、これから先、もっと距離を縮められるといいなあという願望もあったりなかったりする。だってずっと好きだった女の子なんだから。


 今に満足しないで。

 まあ、どうなる事やら。



 絵梨奈さんか。


 今年20歳で元の世界では大学生だったらしく、他大学に通って居た田所さんも聞いた事がある程に有名だったとか。勿論スタイルが良く美人という意味で。


 そんな彼女がファーストキスの相手ときたもんだ。


 惜しむらくは意識が無かったのが非常に残念でならないけれど、意識があれば口移しにならなかっただろうから、どのみちやっぱりノーカンかもしれない。


 とはいえ俺も男なんで、昨日から絵梨奈さんの唇を意識してしまうようにはなった。


 あの柔らかそうなぷるんっとした唇に触れたんだなーと、変態チックに想像してしまうと途端に恥ずかしくなってしまってどうしようもないけれど。


 絵梨奈さん自体、俺の事は弟のようなものだろう。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 口移しの件で恥ずかしがっていたのは、弟だと思っても所詮は他人なので、やはり恥ずかしい思いをしたというだけなんじゃないかなと。


 実際のところは俺には分からないけれど。



 そしてエミリアさん19歳。


 非常に美人でスタイルも抜群で俺とは違って社交性もあり、誰に対しても子供にですら敬語で話し、冒険者ギルドの受付嬢にしてゴールドランクの元冒険者で、更には侯爵家の令嬢でギルドマスターの娘さんという、キャラ盛り過ぎな感がするスーパーな女性。


 正直、彼女には感謝をしてもし足りないどころか、足を向けて寝られない。


 何故ここまで親切にしてくれるのかは最近少し分かって来るようになったけれど、それでも声を掛けてくれて励ましてくれて力になってくれたのは間違いないわけで、その縁が無ければと思うとぞっとする。


 頼れるお姉さんであり、師匠であり……そうだな、おこがましいとは思うけれど、伊織ちゃんと並んで俺にとって大切な人だ。


 俺の気持ちが受け入れられる事はないだろうけれど、それでもまあ、このままでも良いかなとも思ったりもするんで、もしかしたら素敵なお姉さんに憧れているだけなのかもしれないなと。


 いずれにしても、これからも不肖の弟子を、どうかよろしくお願いします。



 そんな風に思いながら目の前を歩く4人を俺は眺めていた。

 皆、素晴らしい女性だなと思いながら。




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