第64話 微妙な空気
本日4話目です。
装備その他もろもろを剥ぎ取られた諸星は、項垂れながら部屋から連れ出された。
一応、服は自分が着てこちらの世界に来た時のもの、要するに学生服があるのでそれだけは情けで返され、この町の外に放り出された後に着る事になる。
衆人環視のなか、パンツ一丁で冒険者ギルドから引き出され、囲いの無い荷車に乗せられて晒し者となった後に町から放り出されるわけだけど、命があるだけましだろう。
その後はどこに行こうが、野垂れ死のうがどうぞご勝手にという事らしい。
ただし、以前も同じような事が起こった教訓から、当面の間は諸星に対して監視をつけるとも聞いた。
そして全て終わった後のギルドマスター室。
セルドさんを除く全員がそのまま残って何かを話し合いたいらしい。
俺もさっさと帰りたかったのに。
こんな緊張をする場所なんて出来れば長くいたくないのが本音だけど、解決して貰ったのだから、ちゃんとお礼は言わねば。
そして例によって、また椅子に座ってクルクル回っているギルドマスターが、回りながら口を開く。
「さて、片付いたね」
「ありがとうございます」
ギルドマスターに対し、深く頭を下げてお礼を言った。
「いやいや、シバ君がお礼を言う必要なんて微塵もないんだよ。そうだよね?ヒジカタ殿」
回りながら手を少し挙げてそう言ったけれど、はっきり言ってこっちが目が回りそうになる。
「司馬君、本当に申し訳なかった。《青鋼の騎士団》レギオンマスターとしてレギオンメンバーの過ちに深く謝罪をするよ」
ジークフリードさんに促されて、土方さんは俺に深々と頭を下げた。
なんて居心地がわるいんだ。
「い、いいですって。元々あいつと俺は馬が合わなかったんですから。それがこっちに来てタガが外れちゃった結果だと思います。だから土方さんのせいじゃなく、むしろ土方さんも被害者だと俺は思ってます」
「そう言ってくれると助かる」
「まあ、今回はヒジカタ殿にも結構協力してもらったしね。そのおかげで早く解決したのは確かだよ」
「だが、もう少しレギオンメンバーの育て方と管理は考えた方がいいぞ? ヒジカタ」
「そうよ? もう少しで大切なカズマくんが居なくなっちゃうところだったのよ?」
「そうかもしれないです。今回は俺の甘さを思い知らされました。わかっていたのに……」
聞けば土方さんは相当なやんちゃくれだったらしい。
まあ、よくある話で、魔改造した単車に乗ってパらららパららら音を鳴らしながら、道路交通法違反と喧嘩ばかりしていたお人。
だけど、こちらに飛ばされてから、ここに居るガニエさんやジークフリードさん達の戦う姿を間近に見て、考えが全く変わったらしい。
あと、土方さんが所属していた《双頭の龍》レギオンのマスターである、菅原さんという人の影響も多大に受けたと言っていた。
だから、自分と同じ歪んだ性格をもってこちらに来た諸星を、自分の手で何とかしたいと思ったのだとか。
あまりに早く奴が動きすぎたために、どうにもならなかったみたいだけれど。
「でも良かったわよね!カズマが無事で」
土方さんの話を聞き終わり、やはりというか俺の話になる。
リュミさんがその口火を切った。
「だがジークがこんなに早く出て来るとは思ってもみなかったがな」
「ははは。本当は、今僕がシバ君の前に出るのは適切では無かったんだけどね、本人が関わって居るから仕方が無かった」
確か、数日前にガニエさんもそう言っていたな。
「まあ、そうなるか」
「それで、エミリアには既に聞いたけれど、僕の方でも確認をしたい。シバ君は、君らのお眼鏡にかなったんだね?」
「それはお前が見ればいいじゃねえか。力は無くなっても、けったいな目は残ってるだろう?」
ガニエさんがそう言ったけれど、ジークフリードさんは表情を曇らせる。
けったいな目ってなんだ?
「ああ、うん。そうなんだけどね? ガニエの言う通りなんだけど、この部屋にシバ君が入ってきてからずっと感じている物がなんなのか、正直わからないんだよ僕には」
「え?」
「どういう事だ?」
分からないと言われ、怪訝な表情を見せながらガニエさんは問うた。
「魔王は既にいる。それも複数。これは僕も皇帝陛下も同じ意見だ。もちろんフェアリス殿もね」
誰だろ?フェアリスって。
「だけど、じゃあどこに? と問われたら答えられないんだ」
「そりゃあおめえ、魔の領域の奥だろ?」
「うん、そう考えるのが適切なのはわかっているんだけれど、いまいち自信がない」
「なんだそりゃ? 当たり前だろ。誰も見た事も無いんだからな」
「でもガニエも魔王は居るって感じているんだろ?」
「そうだな」
「それって何だろうねって、実は前から気になっていた感覚なんだ。僕は」
ああ……。
見た事もないのに、居るとわかる不思議な感覚か……。
所謂第六感的なものなのだろうけれど、確かに当事者にとっては不思議すぎる感覚かもしれない。
「ふむ、言われて見りゃあ確かに変だな。ヘルミーナはどう思う?」
「そうねえ……でも一つだけ言えるのは、それがカズマくんではない事は確かよ?」
え?どういう意味?
突然俺を出されて焦り、キョロキョロと周りを見渡す。
「そりゃ当たり前だろ!」
「そう? 可能性としては考えられた話だと思うけれど」
「うん、僕もヘルミーナと同意見だ」
ちょっと! なんだか不穏な空気になってきているような気がするんですけど!
「お、俺が魔王ですか?」
「カズマくんは成らないわ。それは私達エルフの能力と、あと、精霊の声で分かっているもの」
「そうだね。フェアリス殿もそう言っていた」
だからフェアリスって誰ですか?
聞きたいけど聞けるような雰囲気じゃないけど。
「でも、だからこそシバ君が分からないんだ。途方もないものを持って居るようでもあり、ただの凡人で終わってしまうような雰囲気ももっている。とは言ってももうレベル的には唯の凡人ではないらしいけれど」
「そうなんですか?」
黙って聞いていた土方さんが思わず聞き返した。
「カズマ、言っても良いか?」
「あ、はい」
俺の返事を聞き、ガニエさんは何故か得意そうな表情を見せつつ、
「これは他言無用だが、カズマのレベルは既に24……いや、もう26くらいになったか?」
「はい、昨日26になりました」
「なっ!?」
土方さんは目を真ん丸にして俺を見やったままフリーズした。
「考えてもみろ、ギガスボアをまぐれでも倒せるような奴がレベル10やそこらなわけがないだろ。しかも初期ステータスを知ってりゃ尚更わかる」
「確かに、うちのレギオン内でも少し噂にはなっていたが……」
「加護が生まれて、更に何度か変わっているしな」
「え?……それは本当ですか?」
信じられないと言った表情を土方さんは見せる。
それを見てリュミさんも何故かしたり顔になりつつ、
「カズマ? あれからまた変わったんじゃない?」
「んな直ぐ変わるわきゃねえだろ!」
何言ってんだ?と言った視線をガニエさんはリュミさんに送るけど。
「あ、変わりました」
「んなっ!」
「「えええ!?」」
「ほらっ!当たったわ!」
今度はガニエさんが目をひん剥いた。
当然土方さんもジークフリードさんも驚いているけれど。
「何になったの?」
「原初の聳立になったけど、どういう意味だろ?」
「調べてみたのですが、高くそびえると言った意味合いかと」
昨晩に伝えておいたエミリアさんがそう答えた。
立ち上がるではなかったけど、まあ、少しは近いか?
するとリュミさんが勢いよく立ち上がりながら、
「やっぱり立った! ほら! わたしが言った通りになった! カズマは立ったのよ!」
く、くららさんが立ったような言い方はちょっと……。
「そうね、少し意味合いは違うけれど、四本足から二本足になったのは確かね」
「では次はとうとう飛ぶのでしょうか?」
「うーん、走るという可能性もあるかも?」
「あ、そうですね、その可能性もありますね」
リュミさんとヘルミーナさんとエミリアさんの三人が輪になってあーでもないこーでもないと話し始めた。
すると話についていけないジークフリードさんが苦情を言う。
「ちょっとちょっと……僕を置いていかないでくれるかい? エミリアから聞いているのは、胎動、それから息吹、次に匍匐だったけれど、昨日”聳立”に変わったという事だよね?」
その質問に頷きつつ、
「はい、それで一つ思ったことが有るんです。気付いた事というか」
「どのような事ですか?」
「どう気付いたの?」
エミリアさんとヘルミーナさんが興味津々で聞いてくる。
そればかりかズイっと体を前倒しにするものだから、4つの並んだスイカが近寄るだけで顔から湯気が出そうになる。
「えっと、変わった時を思い出してみると、どうも俺にとってのターニングポイントのようなものが関係しているんじゃないかって。生まれたのは多分、最初の魔獣を倒した時で、二個目は分からないんですけど、三個目の匍匐の時は正しい選択が出来た時でしたよね?」
「そうだな。確かにあれは正しい選択だった」
「ど、どういう意味だい? 僕は知らないんだけど」
「説明するのは後だ、まずはカズマの話を聞け」
「えぇーー……」
ガニエさんに遮られ、抗議をするかのように下唇を突き出したジークフリードさんは子供みたいだった。
「すみません、それで昨日のは俺が初めて対等なパーティーメンバーを見つけられた瞬間だったんです」
「なるほど……確かにシバさんが言われた通りかもしれませんね」
エミリアさんは俺が言わんとする事を分かってくれたらしい。
「僕は分からないんだけど……」
「ギルドマスターにはあとで報告します」
「そんな事言って、最近家に戻ってこないじゃないか……シバ君が凄く大事だからって。心配で仕方がないって。目の中に入れても痛くないって」
どんだけ過保護なんだ? エミリアさんにとって俺は幼稚園児か?!
「そ、それは今は関係ありません! というかそんな事まで言った覚えは有りません! それよりも話を続けますよ!? 良いですか!?」
「あ、うん」
エミリアさんは気合で父親を黙らせた。
「シバさんにとって大事な出来事が鍵になっているのは間違いないと思います。戦い云々ではなく、勇者として必要な資質を得るための出来事が」
「ああ……エミリアが言いたい事が分かったわ」
「そうね、私もわかったわ」
「俺も分かった。ジークは分かんねえだろうな? なんせカズマと接した時間が短かいからな。くくく」
「なんか悔しいんだけど……」
ジークフリードさんがガニエさんを悔しそうに睨みつけた。
まあ、確かに三日に一度は肉を届けたりしてるしなあ。
出会ってまだ二週間余りなのに、結構色んな話をしているのは間違いない。
「エミリアが言いたい事は何となく分かったわ。じゃあ最初に加護が変わった時って結局は何だと思う?」
元のパーティーリーダーを放置して、リュミさんは話を続ける。
「恐らくは、私とパーティーを初めて組んだ時だと思います」
あー……なるほど。
確かにそうかもしれない。
ぶっちゃけ特別な出来事って言えば、エミリアさんとの狩りくらいしかあの間に無かったのは確かだ。
「そうかもしれないですね、俺もそう思います。あと、どうもやはりガニエさんの考察通りですね」
「経験値か?」
「はい」
「正解だろうな」
「だから僕はその事を知らないんだよ! 教えてくれよ!!」
話についていけず、だんだんジークフリードさんがキレだした。というか拗ねて手足をバタバタさせだした。
流石にその姿を見せられたからか、今度はちゃんと説明をするらしい。
「シバさんはレベルアップに必要な経験値が、他の転移者も含めた私達よりも少なく済むのではないかとガニエおじ様が考察したんです」
「そ、そんな事あるの?エミリアちゃん」
驚きながら実の娘をちゃん付けで見やっている。
けれどエミリアさんは全く動揺する事もなく答える。
「そうじゃなければこのレベルアップ速度は説明がつきません。それに後で更新をしますが、シバさんは本日付けで青銅ランクへ昇格しますし」
「カズマはやい~。やるわね」
「はやっ!」
リュミさんがはしゃぐように喜んでいるけど、それについていけない人が二人いる。
「ちょっとまってくれ。 え? レベル5で、しかもステータスオール10だったシバ君が15日程で100体のモンスターを既に倒したって事なのか?」
「だからレベルが26になってるってさっき言ったじゃねえか。26なら苦も無く青銅になれるぞ」
「いや、はい、そうですね……」
優秀な転移者である土方さんから見ても驚くべき話なのか。
ジークフリードさんはエミリアさんからの報告をある程度受けているからか、そこまでではないけれど。
「まあ、加えて加護の変化の速度といい、カズマが何等かの特別な力を持って居るのは間違いねえ」
そうかもしれないけど、でもここまで変化をする必要はあるのか?
「もう既に前の3個はどんな効果だったのか検証のしようもないのが、俺的には何とも言えない気分ですけど……」
「多分経験値だのなんだのの効果が増してんだろ。本来ならレベルがあがれば上がる程、レベルを上げる為に倒さなきゃならねえモンスターの数も鰻登りに増えるからな。それの調節みたいなもんじゃねえのか?」
ああ、レベルの上がり方があまり変わったように思えないのはそういう事か。
あ、そう言えばちょっと聞いてみるか。
ふと数日前に感じた、ステータスの増え方について。
「えと、それとなんですけど質問いいです?」
「な、なんだ?」
「なになに?」
ガニエさんは、またコイツ変な事を言いだすんじゃないか?みたいな顔を見せ、リュミさんは今度は何?何?といった興味津々の表情を見せた。
耳がピクピクしているから非常に分かりやすい。
「レベルアップで増えるステータスって成長指数によって変わりますよね?」
「そうだな」
「うんうん、それで?」
「俺の場合STRが一番増えやすいと思うんですけど、その上限っていくつくらいなのかなと」
「ん?俺の場合はSTRとDEXが上がりやすいが、今まで二度指数が上がって今の上限は7ってとこ……ま、まさか、おい……」
俺の次の言葉が予想できたのか、ガニエさんが引いている。
これ、このまま言ってもいいんだろうか?
ちょっと不安になって来た。
「わたしはDEXとINT!わたしも7ね! それで?次々!」
リュミさんは前のめりの恰好のまま容赦なく急かす。
「えっと、加護が変わるたびに1ずつ増えてるんですよね……上限が」
「おい……おいおいおいおいおい!」
やっぱり変な事を言いやがった的な表情をガニエさんは見せた。
「それでいま幾つ上がるの?」
「剣だけで倒せばSTRが+8あがります。あ、加護が変わったからもしかしたら+9かも。まだ狩りをしていないんでわからないですけど」
「うわぁ……」
「「……」」
俺の告白で部屋中微妙な空気が流れた。
微妙と言うか、どう処理をしていいか分からない的な。