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第62話 ギルドマスター

本日2話目です。

 朝から非常に慌ただしかった。


 今日は柊さんと絵梨奈さんをつれて、エルフ姉妹のお店に連れて行くという約束をしていたのだけれど、昨晩エミリアさんが口にしたように、俺に対するキルトレインの件がどうやら片付きそうだとなった為に。


「シバさん、片が付きそうなので、大至急冒険者ギルドへ一緒に行っていただけますか?」


 落ち着いた様子でエミリアさんが俺を呼びに来たのは、俺らが朝食を美味しく食べている時だった。


 因みに今朝もプリシラちゃんは食べる量が半端ない。

 既にトレー山盛りを2回平らげて今が3回目。

 俺の何倍食べるんだと思うくらいだった。


 もしゃもしゃとシーザーサラダを頬張りながら、美味しい美味しいを連呼する姿は可愛すぎるけど。


「片付くって諸星の事ですよね?」


 俺がそう聞くと、頷きながら直ぐに返事が返る。


「はい、ようやく網に掛かりました」


 どういう意味かは分からないけれど、それも行けば分かるだろう。

 少し申し訳なさそうに柊さん達の方を向けば、彼女達も既に納得をしてくれている様子だ。


「そういう事らしいから、お店へは少し後になるかも。ごめん」


「ううん、分かってるよ。でも後で結果は聞かせてね」


「あたし達は正午まで町を散策でもしておくわ。プリシラちゃんと親交を深めたいし」


「そうですね」


「え? あ、はい!」


 突然言われたプリシラちゃんは一瞬呆けたけど、直ぐに嬉しそうに返事を返した。

 うん、いい笑顔だ。

 やはり苦しそうな顔は女の子には似合わない。


「分かった。じゃあ行って来る」


「カズマさん、頑張って!」


 彼女達は三人で町をぶらつく事にしたようだ。 

 何を頑張るのだろうか?と俺は少し苦笑いを浮かべつつ、手をあげて宿の外に向かう。


 すると表には馬車が待っていた。


「これって……」


「はい、私の実家の馬車です。普段は使わないようにしているんですけど、今日は急ぎなので。さあ乗ってください」


 そう言いつつ先にエミリアさんが乗り込んだ。

 かなり立派な造りの馬車だ。


 しかも曳いている馬が……馬なのに尖った角が1本生えていた。

 本当に貴族の娘さんなんだなあと思いつつ、遠慮がちではあるが続けて乗り込む。


 直ぐにエミリアさんが御者の男性に「出してください」と伝えると「はい、お嬢様」などと聞きなれない呼び方と共にスムーズに馬車は走り出す。


「馬車に乗っている間に、簡単に説明をします」


 そう話し始めたエミリアさんは嬉しそうだ。

 諸星のアホが網に掛かった事が余程嬉しいんだろう。

 俺は曳いている馬が気になって仕方がない。


「モロボシは逃亡を企てていたようです」


「ふぇ!?」


 思わず変な声が出た。

 そして曳いている馬の事などすっとんだ。


「心配しなくても大丈夫です。既に捕縛を終えて冒険者ギルドに拘留中ですから」


 網に掛かった結果、不味いと気付いたのか。

 一体どんな網なのだろう。


「シバさんの疑問は尤もなので、説明をしますね」


「お願いします」



 馬車に揺られている時間はほんの15分程度だったけれど、その間にエミリアさんは簡潔に分かりやすく俺へと説明をしてくれた。


 どのような罠をしかけたのか。

 それによって誰がどれくらい動いたのか。


 聞けば聞く程、これは大事になっているんだなと。まるで他人事のように段々と思えてくるほどに大掛かりな罠だった。



「――という訳です」


「か、かなり大掛かりに動いて貰ったみたいで、すみません……」


 エミリアさんからおおよその概要を聞き、その規模の大きさから申し訳なく思ってしまった。全ては諸星が悪いとはいえ。


「当然です。モロボシが執った行動は決して許される事ではありませんし、それを管理していたレギオンにも当然監督責任は有りますから」


「そうなりますか……」


 思わず土方さんの顔が脳裏に浮かんだ。


 きっとめちゃくちゃ怒っているんだろうなと。勿論俺ではなく諸星に対してだけど。


 いや、俺に対してもいい印象はないかもしれないな。

 俺さえいなきゃ、諸星が暴走する事も無かったかもしれないんだし。


 怒っていたら嫌だなと思いつつ、もう目の前に見える冒険者ギルドの建物を見やって居た。







「なあ!どういう事だよ! おい! ギルドマスターを呼べよ!」


 扉を開ける前から耳触りの悪い声が聞こえて来た。

 どうやら諸星が喚き散らしているらしい。


「俺は転移者だぞ! 転移者って特別法があるんじゃねえのかよ! こんな勝手が許されるか! レギオンが黙ってねーぞ! おい! 聞いてんのかてめえ! オラ! クソちび! おい!!」


 黙って扉の前で聞いているだけで、ムカムカして眉間に皺が寄る。


 俺に向けて言っているわけでは無いのだけれど、聞くに堪えない。まるでチンピラだな。


 そんな気持ちでいると、エミリアさんは別の事を口にする。


「少しびっくりされるかもですけど、びっくりしないで下さいね?」


 変な言い回しをしてくるものだなと。


「はあ……はい」


 気の無い返事を聞いたエミリアさんは少し苦笑いを浮かべつつ、ノックをした後に返事も待たずドアを開けてゆっくりと中へ入って行った。


「お連れしました」


「ああ、ありがとう。って、お父さんに敬語なんて使わないでくれってあれほど言ってるのに……」


「……え?」


「なっ!」


 諸星は俺の顔を見やって驚いたまま固まった。

 俺は俺で今聞いた言葉の意味を咀嚼してだけれど。


「いえ、仕事中ですので」


「つれないなあ」


 今、お父さんって目の前の男性は言ったよな?


 って事は……。


「初めましてだね。君の事は娘からよーーく聞いているよ? 僕がエミリアの父でジークフリードだ」


 この人がエミリアさんのお父さん?……嘘だろ。


 ジークフリードだと口にした男性を見た俺は、その風貌を見て思わず固まる。


 大陸最強だった冒険者で元青白銀ミスリルランク。

 そしてトレゼア冒険者ギルド、ギルドマスター。


 そのイメージを強く持って居たがために、俺は勝手にエレメスさんのようなガチムチ系の長身冒険者を想像していたのだけれど、目の前に立つ男性は、ある意味その真逆でしか無かった。


 しかもしゃべり口調が妙に風貌と合っているのだから、余計にこのひとがギルドマスターなの?と思えて仕方がない。


 歳をとらないのか?この人……。


 背は俺より明らかに低く、着やせするのか体型も俺と大して違わず、むしろ天地の方が体格は全然良いように見えるし、顔も厳つい訳でもなく、どちらかと言えば幼いというか年齢を知らなければ俺と同い年くらいにしか見えない程に、スッキリと整った顔立ちをしている。


 10代だと言われても疑わないだろう見た目のその人は、俺の表情を見るなりニヤリと笑った。


「どうしたんだい? 見た目がこんなだから意外だったかい? それとも声と喋り口調かな?」


「あ、いえ、か、一眞=司馬です。は、初めまして」


 盛大にどもった。

 諸星が俺を見て先ほどから驚いているけれど、今はそれどころではない。


 この人が、転移者が訪れる前までは、この大陸で一番強い人族か。


 そう思えば思う程に緊張をしてしまう。

 いや、まあ、緊張をする理由はそれだけでは無いけれど。


 最近は半ばもうエミリアさんは俺専属なんじゃないか? と噂される程だから、当然ながら父親にどう思われているのかが気になる訳で。


「ふふん。そんなに緊張しなくてもいいよ? それよりもこんな朝早くから急に呼び出してしまってすまなかったね」


「い、いえ、構いません」


「なんで司馬が……もしかしてお前が……」


 状況を把握したのか、諸星は俺を殺意の籠った視線で睨みつけた。


「じゃあシバ君はここに座ってくれないかな」


 俺は奴の視線など全く気にする事もなく、ジークフリードさんに促されるまま、後ろ手に拘束されて膝立ちをさせられている諸星の目の前に座る。


 諸星の両脇には明らかに用心棒ですねと思わせる程の、屈強なギルド職員が挟む様に立っている。


「さて、もう少し時間がかかるようだから、シバ君は楽にしていてよ。といってもそれは無理だろうな」


 ジロリと諸星を一瞥し、俺には友達にでも接するかのような態度をとってくれるけれど、流石にこの状況では気持ちがそもそも楽にならない。色んな意味で。


「ハハ……まあ」


 目の前に居る諸星は、怒りのあまり額に血管を浮きだたせ、俺を射殺さんばかりに見やって居る。


 何が彼をこんなになるまでしてしまったのか。

 俺には見当もつかないので逆に興味が湧いてくるくらいだ。


 なので少し諸星に話しかけてみることに。

 そして俺はジークフリードさんの事を、敢えてギルドマスターとは呼ばない。


 面白いものが見られそうな気がしたから。

 諸星に対しての、ささやかな仕返しとも言う。


「よくもまあ、ギルドの人にあんな口調で言葉が吐けるもんだな、扉の向こうから聞いてて感心したわ」


「なんだと!?ゴミが偉そうに何を言ってやがるんだ! あ? ゴミが! 無能が!」


 こいつは人を怒らせる天才かもしれない。

 話しかけた瞬間に後悔してしまった。


 俺はもう随分と聞きなれたが、エミリアさんはやはり耐性があまりないのか、諸星が俺に向けて言葉を発するたびに、表情が冷たくなっていっているような。


「おい! だからギルドマスターを呼べっつってんだろーが! ぁああ?」


 下からしゃくりあげるように「ぁああ」を口にする人間を初めて見た気がする。

 お前本当にチンピラだな。というか安っぽいが頭に付くチンピラだ。


 けれど、ジークフリードさんは諸星の暴言など全く気にもしないかのように、淡々とした表情と口調で話を進める。


「ここにモロボシ君とシバ君に来てもらったのは、ある理由からだよ」


「どういう事だよ! なんで俺がこんなゴミと一緒に呼び出されなきゃならねえんだ! しかも無理やりよお! 拘束までしやがって! 人権侵害だろうがよ!」


 馬鹿か?こいつは。

 ここがどこか忘れてるんじゃないか?

 ここは民主国家じゃなく専制国家だぞ?


 っていうかもうお前の目の前に、ギルドマスターはいるんだけどね?

 思った通り面白い展開になりそうだな。


「まあ、少し落ち着こうか? モロボシ君」


「これが落ち着いてられっかよ! 下っ端のお前なんざ用は無いんだよ! さっさとギルドマスターをよべっつってんだろーが!」


 あくまでも強気な諸星だが、大丈夫か?お前。

 聞いてひっくり返るなよ?


 因みに別室では例の二人も別々で尋問を受けているらしい。

 答えが出ている尋問なので、もう奴らも終わりだろう。


 追放とまでは行かないから転移者特別法の剥奪はないらしいけど、それでも今後の動きが制限されると聞いたし。


「早くしろ! 俺様は転移者様なんだぞ! 丁重に扱えよ!」


 たったの二週間程でどうしてここまで傲慢になれるのか。


 流石にジークフリードさんも眉間に皺を寄せ、聞くに堪えないなと言った感で口を開く。


「せっかちだねえ君は。でもまあ早くしろというからそろそろ始めようか。本当はシバ君にコーヒーが出てからでもと思ったのだけれどね」


「なに言ってんだ? このチビが!」


 あーあ。アホだこいつは。

 面白いけど憐みの表情を思わず向けてしまう。


「諸星、お前きっと後悔するぞ?」


「ああ!? 何偉そうに言ってんだ!? 殺すぞ!」


 二度も殺そうとされるなんて勘弁してくれ。


「ふぅ……報告書通りの転移者だね。まあいい、では最初に自己紹介を始めようか」


「はぁ? なんでお前のような下っ端と俺が話をしなきゃいけねえんだよ!」


 えっと、貴族に対してのここまでの暴言は不敬罪にもあたると思うんだけど。どうなの?

 といった具合にエミリアさんを見やると、彼女は先ほどから諸星を睨みつけたままだった。


「うん、そうだね。だから自己紹介をする。僕の名は、ジークフリード=フォン=ローゼンブルグ。一応侯爵の爵位を陛下から賜って頂き、ここトレゼア冒険者ギルドのギルドマスターをやらせてもらっている身なんだけれど、僕では不服かい?」


「なっ……は、はぁ?」


 笑顔で自己紹介を済ませたギルドマスター。


 そしてその言葉を聞いた諸星は、口を開けて驚いたような表情で固まった。

 一体何が起こっているのかサッパリ分からないらしい。


 それを見たジークフリードさんは、ワザとらしく呆れ顔を作る。


「状況判断能力と言語理解能力に乏しいね君は。ギルドマスターをご所望だったんだよね? 違うのかい?」


「ま、ままままてよ……いや、まってください……」


 途端に今までの暴言の数々を思い出したのか、盛大に焦りつつ諸星は狼狽える。


 権力者にめっぽう弱い諸星らしいと言えばらしいけど、今までさんざんボロクソに言っていたんだからなあ、狼狽えて当然だろうけど。ほんと口は禍の元を地で行くやつだな。


「必要なら、もう一度自己紹介をしようか?」

「い、い、いえ……」


 諸星の返事を聞き、では本題とばかりにジークフリードさんは途端に笑顔を消した。

 

「分かってくれたようで嬉しいよ。因みに今回の事は、皇帝陛下から直々に裁可を任されているのでそのつもりでいてくれたまえ。ああ、君の承諾は必要ない。今の話はあくまでも通告に過ぎないのだからね」


 先ほどまでの口調とは若干異なり、丁寧にそうジークフリードさんは諸星に伝えているけれど、丁寧なのが逆に威圧感を増している。しかも完全に上から通達するような口調だし。


「まず、君にはシバ君に対してのキルトレイン疑惑が掛かっているのだけれど、それについて何か反論や申し開きはあるかい? あるならば一応聞くけれど」


「な、何を根拠にそんな事を言っているんですか!」


 相手が権力的に強いと知るや、途端に敬語になる諸星はカッコ悪いことこの上ない。


 しかも実力的に見ても足元にも及ばないのだから、それが理解できていなかった諸星の滑稽な事。思わずヘソで茶が湧きそうだ。相手はミスリルだぞ?


 つい可笑しくて、口角を一瞬吊り上げて笑ってしまった。


「なっ……おい司馬!お前なに笑ってんだよ! あ?クソが!」


「いやいや、悪かった」


 頭など下げないが、一応謝っておく。

 そしてジークフリードさんは私語を口にした諸星だけを窘める。


「モロボシ君。私語は慎んでくれないか?」


「くっ……はい……」


 納得いかないといった表情だけれど、ギルドマスターで、しかも貴族だと知っても尚食って掛かる程馬鹿ではないらしい。


「では君の質問に答えるとするけれど、そうだね、モロボシ君、君には当日のアリバイがある。同じ転移者二人どころか、こちらの世界のヒューム三人の証言もね」


「そうだよ、だったら何で! それに、証拠はあるんですか!?」


 しゃべり口調は丁寧になったけど、まだ諸星には余裕があるように思える。

 勿論ジークフリードさんには絶対的な余裕があるのだが。


「証拠ね。まあもう少しそれは待とうか。一つ一つ終わらせよう」


 そう口にしつつジークさんは、タイムの生活魔法を使って時間の確認をした。


「まず、シバ君がキルトレインで死にかけた時、君は娼婦を買い、日がな一日中励んで居たそうだね?」


「っ……」


 若干オブラートに包みはしたけど、ジークフリードさんの言葉は、もろヤッてただろう?と言っている。


「どう? 励んでいたんだよね? 一日中」


 口ごもる諸星にジークさんは容赦がない。


「あ、ああ、その通りですが、何か? 別に狩りは強制じゃないでしょ? 別に女を買う事も禁止じゃないですよね」


「そうだね。それらについては何も無いよ。女に関しては、むしろ帝国の経済を回す為にどんどん買って欲しいくらいだ。だが、君は、本当に、その宿に1日中いたのかい? 部屋から1歩も出ずに昼から夜中までずっとだ」


 そんな訳はないと既に分かっているのだから楽な尋問だ。まるで茶番かと思える程に。

 ただ諸星の方はその事を知らない。


「居ました。それは娼婦にちゃんと聞いて貰えば分かる筈です」

「そうだね。勿論聞いた。そして君も居たと三人とも言っていた」

「だったら!」


「でも少し妙な話を嗅ぎつけたんだ。何だかわかるかい?」

「ど、どういう事ですか?」


 ここで一瞬諸星が緊張をした。


「君が”ペナンス香”を町の錬金術師から買ったという情報をだ。知って居るかい?君は”ペナンス香”の効果を。因みに買って居ないなどという嘘はつかなくてもいい。きちんと調べはついているのだからね」


 明らかな動揺を諸星は見せた。


 ここで知らないと言う愚かな言葉を発するつもりなのか、それとも正直に言うのか。


「し……知って居ます……」


「ふうん? ではそのお香の効果をしっていて買ったという事になるね? それでいいかい?」


「……はい、でも、別に珍しくもないですよね? だって気持ちよくなる薬だし」


 そうらしい。


 エミリアさんが馬車の中で顔を真っ赤にしつつ教えてくれたんだけれど、ペナンス香は幻覚を見せる為に使用するのが本来の目的ではなく、少量を焚いた時に得られる効果が本来の目的なのだそうだ。


 まあ、所謂ドラッグに似たような効果らしい。

 お互いの性感が高まるとか。


 ただ、大量に焚いた場合に起こる副次的な幻覚作用も広く知られているがために、犯罪に使用されるケースも多く、現在は国が管理する錬金術師以外からの購入は固く禁じられているし、使用する際も、相手との同意や使用量を守らなければそれだけで罪になるらしい。


 そして諸星は正規のルートで購入をした。

 娼婦に紹介をしてもらって。

 けれど、そこに奴のミスがあった。


 国が管理しているとはいえ、そこはやはり裏のルートは少ないが存在する。だから裏ルートを見つけて購入すれば、もしかしたら発覚も難しかったかもしれないのに、諸星はそこまでは頭が回らなかった。


「そうだね。ただ、大量に使用すれば幻覚を見る。しかも使用中に見ていた人物がずっとその場に居ると錯覚をしてしまう類のね。持続時間は量にもよるけれど、最大でも凡そ半日だ」


「そ、そんな事知りませんでした……」


 はい、ダウト。


「そうか、知らなかったんだね。でも、これで君のアリバイは完璧ではなくなった。そうだね?」


 真綿をゆっくりと締め付けるような追い込み方をジークフリードさんはしている。


 現に諸星の表情は焦りに染まってきている。


「か、完璧じゃないけど、俺は知らなかったんだから証拠に成らないですよね?」


「ならないね。娼婦の三人が幻覚を見たと思って居ないのだから」


 その言葉に諸星は、ほっと胸を撫でおろしたように小さく息を吐いた。


「では次に行こうか。君はシバ君が死亡する日を賭けの対象にしたそうだが、その事については本当かい?」


 その瞬間、エミリアさんの怒気が分かりやすい程に膨れ上がる。


「ひっ……」


 怒気を一身に浴びた諸星はエミリアさんの方を向きながら、短い悲鳴をあげつつ驚愕の表情を浮かべた。


 それを見たジークフリードさんは一瞬苦笑いを浮かべ、そしてそのまま諸星に返答を迫る。


「どうなんだい?」

 

「そ、それは……」


「しかも賭けの立案者は君という話だけれど、それは本当かい?」


「は……い……」


「賭けに参加した人数は君を入れて7名。内容は、10日以内にシバ君が死ねば君に金貨が12枚入って来るけれど、11日になった時点でシバ君が生きて居れば、君は金貨12枚を失くす。そういう賭けだったようだけれど、それで合っているかい?」


 賭けに参加した奴の内一人を突き止めて尋問した所、実際は、最初の段階でその金額だった訳ではないらしい。

 それを諸星が俺を殺すと決めた時かどうかは分からないけど、配当金の吊り上げを提案した。


 賭けに参加したのは転移者ばかり。

 既に1週間程度経っていたのだから、一人金貨2枚程度は苦も無く出せる。

 

 尋問された奴も、まさか殺すなんてことはしないだろうと考えて、軽い気持ちでベットの上積みに乗った。


「はい……ですが、賭け自体別に禁止でもなんでもないですよね?」


 諸星はそう平然と言ってのけた。


 賭けの対象者が目の前にいるのに、よくも平然としていられるなと。

 俺には到底無理だ。


「非常に不謹慎極まりない反吐がでそうな程の賭けではあるが、賭け自体は禁止でも何でもない。だからそれ自体に罪は無いね」


「そうですか……」


 罪は無いと言われて諸星はホッとしたようだけど、ジークフリードさんは追い込みを続ける。


「だけれど、その事実は動機として十分なものとなるのは明らかだよね」


「それは……」


「そして賭けの結果、君は大きなミスを犯したのだよ。それが何かわかるかい?」


「いえ……俺はやってませんから……第一、レベル27の俺が討伐推奨レベル40とかの魔獣なんてどうやったらトレイン出来るんですか!?」


 俺がギガスボアで死にかけたという話は広まっている。

 だから諸星がその魔獣をトレイン出来ないと口にしても違和感はない。


「そうかい? 僕も一応冒険者の端くれだったから分かるけれど、AGIが150あれば、疾走++……40%上昇スキルで可能なんだよね」


「……で、でも可能だとしても、擦り付けたらわかるじゃないですか、相手に」


「そうだね。そのままだと当然シバ君にバレてしまう。けれど”クローク”という特殊スキルを修得していれば、知られる事なく擦り付けられる。そして君はつい先日”クローク”を修得したんじゃないかい?」


「っ!」


「そして君も大手のレギオンに所属している身なら説明を受けただろうけれど、特定のスキルを修得した場合、速やかに冒険者ギルドに報告しなければ成らない義務があるんだ。”クローク”はその対象スキルなんだよね」


 ここで諸星が嘘をついても意味が無い事は本人も分かって居るだろう。

 なにせ初日に手を翳したアーティファクトをこの場に持ってきて手を翳させれば、持って居るスキルが全て表示されてしまうのだから。


「すみませんでした……報告が遅れたんです……」


 まあ、そう言うしかないだろう。


「それについての罰則も一応はあるけれど、それはひとまず置いておこう。では君は”クローク”を持って居るんだよね?」


「……はい」


「そのスキルを修得したのは10日よりも以前で間違いないね?」


「……はい」


 これに関しても嘘は言えない理由がある。

 それを諸星は理解しているが為か、唇を噛み締めて肯定した。


「宜しい、では質問をしよう。シバ君がキルトレインの被害にあったのが7月10日だ。そして今日は16日なんだが、君は10日から今日まで狩りをしていないね? ただの一度も」


「それは……土方さんが……」


「そうだね。10日の夜に僕の指示でヒジカタ卿に来ていただき、君に理由をつけて狩りを行わせないよう動いた結果だ」


「なっ!」


 そうらしい。

 あの日、諸星が犯人だと決定づけたエミリアさんとエレメスさんは、ギルドマスターであるジークフリードさんへの報告と同時にその案を提示したらしい。


 その結果、直ぐに土方さんが呼び出され、説明を行った後にギルドマスター権限で諸星に狩りをさせず泳がすようにと要請をしたそうだ。


 当初土方さんは自身のレギオンメンバーを守るという理由から難色を示したらしいけれど、理由を聞いた土方さんは静かに激怒し、ギルドマスターからの要請という事も有り、調査に協力する事にもなった。


 狩りをさせない主な目的とは、クロークを10日以降に修得したと言わせない為と、諸星が持つゴルドを消費させる事。


 奴の所持金はある程度レギオンが把握をしていたし、諸星の浪費は激しく、狩りをさせなければ数日で所持金が枯渇する事は分かって居た。賭けの負けを対象者に支払った事も既に確認済みらしい。


「その結果君が執った行動は、君が一番よく知って居るだろう?」


「そ……それは……」


 諸星の表情が青くなってきた。

 必死で逃げ道を探しているようにも見える。


 所持金が底をつけばどうなるか。

 俺から奪った魔獣か装備を何処かに売り飛ばすしか無い。


 内緒で狩りをする事も可能ではあっただろうけど、レベルを無理に上げ過ぎたから体を休めるために狩りはするなとの土方さんからの命令通り、諸星はここ5日間毎日遊び続けていた。


 ゆえに俺の装備を売り飛ばす為に諸星は動いた。狩りをしていないのだから装備を売り飛ばす時間もある。


 それらを冒険者ギルドの諜報部に監視されているとも知らず。


 それを聞いて、こわっ!と思ったけれど、そういう組織は有って当然だろうなとも。


 そう思って居るとジークフリードさんが、徐に来訪者の登場を告げる。

 

「さて、そろそろ来る頃だ」


――コンコン。


 そう口にしたほんの少し後に、ドアをノックする音が部屋に響いた。


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