第61話 アリバイ
本日1話目です。
◇
「ほんと何あれ!」
「ああ、ブチ切れる所だった」
「司馬君が目で牽制して来るから、耐えてあれくらいしか言えなかったけど、わたしもう、嫌だよ!」
「私もあやうく立場を忘れてしまう所でした……」
奴らが去った後は激しく空気が悪い。
8人中プリシラさんを除いた7人全員が大なり小なり憤怒状態に陥っているからなのだけれど。
当然俺は当事者なので腸が煮えくり返っている。けれどどう見ても、エミリアさんと柊さんの方が憤怒具合としては勝っているような。
当事者よりも憤怒しているってどういう事だろうかと思うけれど、それだけ心配をしてくれていると思うと、ありがたいなと。
「で? その後はどうなんだ?」
珍しく天地がそう言った。
とはいえ天地は責任感が強い男ではあるし、皆を纏める力も有る。
ただ俺は、こいつの弱い所を先日柊さんから聞いてしまった。
『大河は、昔から人に嫌われる事をとことん怖がる弱い心の持ち主なの。だから――』と。
だからの続きは天地がトイレから戻ってきたので聞きそびれたけれど、恐らくはそのせいで俺を今まで助ける事が出来なかったんだと言いたかったのかもしれない。
俺を助ける事で諸星に嫌われてしまうと思ったのだと。諸星程度の男にすら嫌われる事を恐れるとしたら、確かに弱い心の持ち主だなと、一人で納得をしてしまった。
そんな彼が、今はあからさまに諸星に対して嫌悪感を滲ませている。
俺が知らん顔をしておいてくれと言っていなければ、柊さんと一緒になって諸星を糾弾したかもしれない程に。
彼の中で何かが自然と変わったのか、それとも変えざるを得なかったのか。
「恐らく、もうじき結果は出るかと。いえ、もしかしたら既に出ているかもしれません」
天地が俺に聞いた質問に、エミリアさんが答えた。
俺に聞かれてもさっぱり分からないけど。
とはいえ既に結果が出ている?
「どういう意味です?」
「私の予想が当たっていれば、今頃はとある場所が大騒ぎでしょう」
ほんとどういう意味だろうか?
ちんぷんかんぷんでエミリアさんを見るけれど、エミリアさんはそれ以上教えてくれそうもない。
「明日が待ち遠しいですね」
エミリアさんは小さく微笑みながら、話を無理やりに纏めた。
もしかしたら既に諸星の運命は決まっているのかもしれない。俺の与り知らない所で。
柊さん達もエミリアさんの表情と、その言葉の意味を理解したようで、少しだけ表情が和らいだ。
「それなら良いです」
「ああ、そうだな」
「何かあったんですか? あの人ってカズマさんに言いがかりをつけていた人ですよね?」
当然全く知らないプリシラさんは――というか年下だし、プリシラちゃんとこれから脳内で呼ぼう。
そんなプリシラちゃんは、俺らよりもチンプンカンプンな様相を見せている。
「ギガスボアを偶然倒せたって言った話、あれってキルトレインされた結果なんだ」
「……え?」
思っても見なかった返答が帰ってきたからなのか、口をあんぐりと開けて驚愕の表情を浮かべた。
変顔でも可愛らしいのだから本当に困る。
というか何気に今この店に居る女の子達って、他の客や従業員も含めて美人美少女率がやたらと高い。
奴隷の娘達も可愛らしいし、ニーナさん達三人も美人だし、エミリアさんや柊さんや絵梨奈さんは言わずもがな。
とはいえ今はそんな事を考えている場合でもなく。
簡潔にでもプリシラちゃんに説明をしなければ。
「証拠はないけど、今の三人組の一人がモンスターを使って俺を殺そうとしたんだ」
「それって……」
そう言葉を切り、プリシラちゃんはエミリアさんを見て、俺を見て皆を見た。
どうやらそれで理解をしたらしく、表情が途端に険しくなる。
かなり飲み込みが早いな。
「それで泳がせている最中だったんだけど、危うく手が出る所だった」
「俺も出すところだった」
俺の言葉に続けて天地がそう言った。
感情を露にすることなんて見た事ないのに、まだ怒っているように見える。
けどさ、君が手を出したらシャレにならんと思うよ?
「恐らくそれが手だったのでしょう。シバさんを誘ったかと」
あー……そういう事か。
「出してしまったら処罰を受けるのは俺らだからなあ。なにせ証拠もなければ、奴にはアリバイすらあるらしいし……くそっ」
手のひらを拳でたたきつつ、悔しそうに田所さんが吐き捨てた。
「確かにモロボシにはアリバイがありました。もっとも、それは今居た残りの二人と街角に立つ娼婦三人の供述でしかありませんけど」
あの日諸星は狩りを休み、昼間から娼婦を買ったらしい。勿論もう二人も一緒に。
それで昼前から夜中までずっと宿で励んでいたそうで、その時の娼婦もアリバイ供述をしたそうだ。
「恐らくは、お金を握らせたか、そうじゃなければ最初はその場に居て、その後薬を使ってモロボシが常に居ると幻覚を見せたか……」
へ?
エミリアさんが恐ろしい事を言った。
「そんな事って可能なんですか?」
「はい、ペナンスという植物型モンスターから摂れる成分で可能です。もともとペナンスとはそういうモンスターですから」
「怖いですね……」
またもやプリシラちゃんがぷるぷると小動物のように震えた。
だめだ、この娘は非常に庇護欲をそそる。
守ってあげなくちゃとついつい思ってしまう。
「大丈夫ですよ。相手に同意なく使用をすれば重罪ですし、お香で独特の香りなので焚かれれば直ぐに分かります」
「そ、そうですか……じ、じゃあ少しは安心ですね」
お香か……。
ある種の催眠状態に持っていくのかな。
「とはいっても、俺はもう一つ不安があるんですよね」
俺はそう口にしつつニーナさん達を見た。
釣られて皆もニーナさん達を見やる。
どうやら俺以外は気付いていないらしく、皆小首を傾げているけれど。
いや、エミリアさんは何となく気付いているっぽいな。
「不安とは?」
「それはお店が終わった後で、三人を交えてちょっと話をしましょうか。諸星達に関係してます」
そう口にすれば、エミリアさんは納得をしたらしい。
「分かりました、女将さんにもそう伝えておきます」
さて、どういう話が聞けるのか。
既に表情は元に戻り、元気よく仕事に精を出しているニーナさんとミルムさんとケイティさんを見やりながら、大した話にならなければいいのだけれどと思うのだった。