第55話 犬神家の女の子
本日1話目です。
「よっし!これで35匹だ」
額に滲む汗を手で拭いながら、目の前に横たわるワイルドボアをマジックポーチに放り込む。
換金額は全く問題ないし、これで俺も銅ランクを卒業して青銅ランク。
銅を卒業すれば初心者も卒業らしい。
ようやく……という程では全然ないけれど、これで晴れて一端の冒険者と認められる。
「全然早いよな。こんなに早くてなんだか申し訳ない気がする」
とはいえ数日前に聞いたのだけれど、柊さんと天地は既に青銅ランクに上がっている。
というか今回転移して来た人の半数は既に青銅になっているみたいだし。
エミリアさんからの二度目の指導を受けた次の日から3日間、最初は諸星の件が片付くまで大人しくしていようかとエミリアさんに相談をしたのだけれど、彼女の「心配いりません」という言葉の元、俺はサザビーとワイルドボアをメインに狩り、数合わせの為にモアモア鳥を剣で狩っていた。
注意をしていれば案外とサザビーが居る事も感じられるようになり、ワイルドボアはまあ生息域は分かるので、それなりに順調に狩りを続け、そろそろ今日は終わりかなと思いながら、大木の根っこに座りつつ”マップ”を見ながら現在位置を確認する。
南西の森に限らず魔獣が生息する森は広大であり、毎日同じモンスターを狩ったとしても、同じ道順を辿る必要などないわけで、どんどんと白地図が埋まっていく。
現在も、周囲はまだ空白地帯であって、来た道をそのまま戻るよりも空白地帯を辿って戻った方が地図を埋めると言う意味では効率的ではある。ただ、
「こうしてみると、まだ1/10も南西の森を制覇してないんだな……」
マジックポーチから初心者講習時に貰った、羊皮紙で出来た地図も取り出し、自身の生活魔法の”マップ”と見比べながら呟く。
迷宮都市トレゼア周辺には3つの魔の森が有るが、南西の森が何気に一番小さい。一番大きなのは東側一面に広がる東の森だけど、面積的に言えば南西の森は東の1/5しかないらしい。
それなのに、俺はワイルドボアの領域にすら殆ど足を踏み入れていないのだから、その分まるまる空白地帯になっている。
しかもその奥のギガスボアが生息する領域など、とてもソロで向かうような場所ではないのだから、空白地帯が多くても仕方がない。まだ一度も狩ったことが無いモンスターもかなりの数居るみたいだし。
そう思いながら帰りの方向を適度に見極め、地図を収めて探査付のマップを開いたまま、次に日課であるステータスの確認作業にはいる。
魔法を使い始めてからの4日間で、レベルは2程上がり、現在はレベル26。
その間に倒したモンスターは、ホーンラビット8羽、モアモア鳥25羽、サザビー9体、ワイルドボア8体。
ホーンラビットは半分くらい焼けてしまったので、ギルドには卸さずラピスちゃん達に全部あげるけれど、モアモア鳥は剣で倒したしワイルドボアは状態もまあまあいいのでギルドに卸すことに。
そしてサザビーが幾らになるのか気になったけれど、意外とお高く買い取ってくれるようで、1匹あたり大銀貨1枚らしい。肉も当然食べられて美味しく、丈夫で薄い膜は野営用のテントなどに利用価値があるのだそうだ。
なのでエミリアさんに指導をしてもらった時の分と、ラピスちゃん達に渡す分を引いても結構な収入になり、防具についた傷をヘルミーナさんに修理してもらい、飲んだ青ポーションをリュミさんから買ったとしても、装備に投資した金額を回収できたばかりか金貨2枚分以上貯金が出来た。
そして俺のステータスはこんな感じ。
【カズマ=シバ】
【ヒューム 17歳 Lv26】
ATK=152+120 MATK=46+8+10
STR=152 INT=46+8
AGI=106 DEX=128
VIT=109
DEF=109+67 MDEF=46
ニマニマしつつステータス画面を見やる。
INT以外全部三桁になり、数値的に随分見られるようになってきた。……んじゃないかなーと。
事実ワイルドボアからの突進が体を掠っても、以前よりも耐えられるようになったし、余裕があるからかスローモーション状態も発動しなくなった。
あと、前回のレベルアップでVITが100を越えて【ラウド】というヘイトスキルを新たに覚えた。
ターゲットを維持する為の、パーティーお役立ちのスキル。
……はい、今の俺には関係ありません。
でもいつか、きっとおおお!
そう思いつつも一番気になる部分が。
「うん、やっぱりレベルが上がるのが早いな。それから何となくステータスの上りも多いような?気のせいか?」
段々と実感して来る。
既にレベルは26なのに、明らかに格下レベルのワイルドボアやサザビーを狩っている状態でもレベルが上がるのだから、どう考えてもガニエさんの考察は正しいだろう。
しかも加護が”原初の匍匐”になってから特にそう思うように。
ステータスの増え方は、他の人のを知らないので何とも言えないけど。
「でもなぁ……」
先ほどまでのサザビー戦を思い出して、今後どうするか思案を巡らせる。
エミリアさん曰く、ワイルドボアはそうそう逃げ出さない。これは良い。俺のレベルはまだ26だからもう少し大丈夫だろう。
けれどサザビーは少し前から逃げ出す個体が散見しだした。ノンアクティブは、攻撃をしたら狂ったように襲い掛かって来る筈なのに。
どういう事かと考えた結果、恐らくサザビーは、アクティブ要素とノンアクティブ要素がないまぜに成っているモンスターだからだろう。
とはいえアースチェインが失敗しても、敵が逃げ出すのならリスクは格段に下がる。だけど逃げ出すという事は経験値的に美味しくないわけで。
「まー、仕方がないか。追いかけてっても追いつけないし、それに木の上だし」
そしてワイルドボア狩りは、剣だけで狩るよりも格段に楽になった。
属性が土のワイルドボアには火魔法を使う。
ファイアーボルトで真っ黒こげになったらどうしようかと最初思ったけれど、サイズがサイズだけに、ボルトが貫いた部分とその周辺だけが焦げるのみで収まった。あー、うん、貧弱なINTのおかげでもあるのだけれど。
そしてその貧弱なINTでは貫いても即死とはいかず、暴れまわるかのように突進して来るけれど、それでも結構なダメージを受けているからなのか、動きは鈍いので余裕で躱せるし倒せるようになった。
レベルアップ時にVITも上げたいので、敢えて障壁を発動させる余裕すらある程に。
因みに、防具や肉体にダメージを受けなくても、障壁を発動させるだけでレベルアップ時にはVITは上がる。
自身の魔力を疑似防壁に変換したのが障壁で、それに干渉するからだとエミリアさんは教えてくれたけど、真剣に考えたら頭が痛くなったので、そういうもんなんだろうなと無理やり納得した。魔力とは、げに不思議な物質なんだなと。
とはいえ、ワイルドボアを苦も無く狩れるようになったら南西の森は卒業。
その言葉を思い出す。
「よし、青銅にランクアップするし、今日で南の森は卒業だな」
決定とばかりに、パンと膝を両手でたたいてそう口にした瞬間、一つの心配事が脳裏を過った。
……あの魔術師の女の子はどうしてるだろうか。
北西の森に狩場を変更すれば、この森で偶然出会う可能性も無くなる。
そもそもそんな可能性なんて限りなくゼロに近いくらい大きな森だけれど、それでも今日まではゼロでは無かった。
それがゼロになってしまう。
あれからもう四日も過ぎた。
ロータリーで偶然見かけてから。
「なんであの時もう少しちゃんと言えなかったんだろ……」
後悔だけが沸き上がってくる。
そもそも、何故俺はこんなにあの娘の事が気になるのか。
それすらもはっきりとは分からないけれど、それでも、どうしても放っておけなかったのは確かだ。
きっと今もこの森のどこかで頑張っているんだろう。
思い浮かぶのは辛そうな表情ばかりだけれど、それでもきっと歯を食いしばって……。
「……やっぱもう少しこの森で狩ろう」
そう考え直すまでそんなに時間はかからなかった。
「北西の森には何時でもいけるしな。うん」
狩りに余裕が出来てきたからか、不思議と心にも少し余裕が生まれる。
レベル何てそこまで急いで上げる必要は無いし。
誰に急かされている訳でもないし。
ガニエさん達にも、自分の思う通り、自由にこの世界を楽しめとも言われたし。
「よし、どこかで会えるまでここで狩りを続けるのは決定として、とりあえずは、今度こそはちゃんと勇気を持って話してみよう」
恐らく、馬車で出会わないのは、毎日徒歩で森への往復をしているから。
それならもう、俺があの娘に会えるように動くのも有りかもしれない。
一つ前の馬車で戻って外郭で待つとか。
もしくは彼女が狩りそうなモンスターを俺も狩る、とか。
いや、ちょっとストーカーっぽいか?
相手が本当に嫌がっているなら、待ち伏せなんてまるっとストーカーになるよな?
「どうするのが一番いいんだろ……」
頭をボリボリと掻きながら結局どう行動するか決めかねたまま、時間も無くなったので馬車乗り場まで戻る事にした。
とりあえずはこのまま南西の森での狩りを続ける事にして。
◇
「あれ?……ここって……」
マップを見やりながら適当に歩いて、魔獣を見つけては狩ってを繰り返していると、進行方向の先に既に通ったことが有る地形が表示された。
そしてそこは、忌々しいグリーンフロッグの生息地。
「だった筈だけど……残念だけど、倒す事はないな」
俺の魔法に風属性でもあれば、親の仇だと言わんばかりに全滅させてやろうかと考えただろうけれど、生憎とそんなものは無い。
なので、少し進路を変更してカエルの生息地を通り抜けようとし、あー残念だ残念だと口にしつつ横目でチラリと憎きグリーンフロッグを見た時――
「な、何あれ……え?」
思わず見間違いかと思えた程の景色が目に飛び込んで来た。
しかも見たことが有るような光景。それも元世界のホラービデオで。
いや、水に沈んでいる訳ではないので少し情景は違うけど。
「足……だよな?……って!ちょ!おいいいいいいい!!」
ぼーっと何となく眺めていて、ホラーだなーと思いながら、それが本当に人の足だと分かった瞬間に、一気に焦りが全身を駆け巡った。
「あれって人の足だろ!!」
そう、カエルが人を呑み込もうと口を天に向けている為に、人の足が2本天高く真っすぐにそびえ、それはまるで犬神家の一族のような状態にしか見えなかったのだ。
そして呑み込もうとしている当事者以外のカエルモンスターは、近くにいるにもかかわらず、もう俺の得物ちゃうしみたいに我関せずでゲコゲコ鳴いていた。
「おい、おい、おい、おい……勘弁してくれ……」
唐突に人の生死を間近に感じ、急に体が寒気を帯びる。
それでも急いで走り、どうしようかと一瞬考えたが、直ぐにブロードソードを抜く。
恐らく周りのカエルモンスターは逃げてくれるだろう。
まさか人を咥えたままの奴は逃げないとは思うけれど。
祈る様に近づけば、やはり他のグリーンフロッグは焦る様に逃走を開始した。
よし。
犬神カエルは――
よし、飲み込もうと必死でそれどころじゃないな。
何が良しなのか分からないけれど、逃げないなら屠るまで。
そして、カエルの横に回り込み、バスケットボール大の目玉を目掛けてブロードソードを思いっきり突き刺した。
ここなら人には影響はないだろうと考えて。
目を刺され、反対側の目まで突き抜けたカエルは、閉じようとしている口を大きく開け、嘔吐するかのように泣き叫ぶ。
「ゴゲエエッ!……ゴッブ!……ヲッブ!……ゴボ……」
「吐き出せよ!!おい!」
けれど、虚しくも吐き出す前にグリーンフロッグは息絶えた。
そしてゆっくりと横に倒れる。
人の足もそのまま一緒に倒れる。
やばいやばいやばい。
気が焦りながら直ぐに回り込み、見た感じ女性だろうその細い脚首を2本まとめて思いっきり引っ張った!
んが!!!
粘液が体中に纏わりついているせいで、ズルリと滑って思いっきりすっころび、浅い池に後頭部からダイブした。
「ぶはっ!ど、どうしよ……」
考えている暇なんて無い。
微かだけど足は動いているようだから、まだ息はある筈だ!
「ごめんなさい!!!痴漢じゃありませんから!」
そんな訳の分からない言葉を口走りながら、今度は足首ではなく、ニーソックスから覗く白く艶めかしい太ももを抱え込み、ごめんなさいと言いつつ引っ張った!
――ズッポンッ!
よっしゃあああ!
手を滑らせつつも、狙い通りズルっと中から引きずり出す事に成功した。
が、んが!!
またもやバランスを崩し、俺はそのまま女の子らしい体を太ももに抱えたまま、後頭部から仰向けで池へとダイブした。当然女の子も一緒に。
ちょっ!うわ!
「がぼがぼがぼ……ぐっ……ぐるじい……がぼっ……」
もがくもがく。
激しくバタバタもがいた。
俺の顔面に女の子が馬乗りになってしまい、間違いなくこのままでは死ぬと思った。溺れ死んでしまうかと思った。
後から考えればとんだラッキースケベも良いとこだろうに、今はそれどころじゃない。
深さ数十センチでも溺れるんだなと一瞬思いつつも、もがく。
そして漸く女の子を押しのける事に成功し、息も絶え絶えに様子をみる。
「はふっ、はふっ、はふっ……はぁー……ま、魔術師? か?」
見ればローブが逆さまにめくれ上がり、顔すら隠れてしまっていて。
パンツ丸出しで、あやうくブラまで見えてしまいそうな程に。
とはいえ、動かない。
先ほどは少し動いていたのに今は動かなくなってしまった。
カエルに飲み込まれたらどうなるのか等、俺には想像すらも出来ないのだけれど、窒息しかけているのは間違いないかもしれないと思い、直ぐに顔が隠れたままの女の子を岸に運び、ローブをめくって見れば――
「あ……」
思わず絶句をしてしまった。
あろうことかそれは、今日まで俺が気にしていた魔術師の女の子だったから。
何という運命だろうか。
「神様、悪戯が過ぎるだろ……あ、えっと」
ハッと我に返り、息をしているかどうかの確認をする為に耳を口の傍に近づける。
が、息をしていない。
「やっべぇ……」
そして次に申し訳ないと思いつつ胸に耳を当てて鼓動を確認するも、動いていないと分かると、もうどうしようかと半分パニくる。
「ぽ、ぽ、ポーションとかじゃ……無理か?」
無理に決まっている。
所謂仮死状態なのだからポーションで生き返る訳がない。
こんな時どうするか、水と粘液との違いはあっても溺れたのには変わりは無いのだから……。
そう思った瞬間に、紫になりかけの小さな唇と、濡れたローブをこれでもかと押し上げる胸が目に入った。どうやら胸の山脈が邪魔をして、それ以上めくれ上がらなかったらしい?らしい。
「いやいやいやいや、何躊躇ってんだよ!非常事態だろ!」
そう自分に言い聞かせる。
人命救助だと無理やり思考を固め、つい最近学校の保健体育で習った人命救助の方法を試す事に。
その前に当然清浄はお互い掛けて置く。滑ってどうしようもない。
「ふぅー……まずは心臓マッサージを30秒」
女の子の右手に回り込み、左手の上に右手を重ねて組んだ俺は、小さく息を吐き、ごめんなさいと思いつつ彼女の胸骨部分に当てる。弾力があり過ぎて苦労するが何とかなりそうだ。
乳首は何処か分からないけど、確かここで良い筈。
「そして肘を真っすぐに伸ばし、4センチくらい沈む程度の力で30回、そして早く!」
口に出して確認をしつつテンポよく押していく。
30回押した後、次の段階に進むのだけれど……。
「し、失礼します!」
聞いている訳もないのに断りを入れ、気道を確保するように顎を上げつつ鼻をつまみ、そして勢いよく息を2回吹き込んだ。
「どうだ?……だめか?くそっもう一度!」
駄目なら何度も繰り返せばいい。
そしてそのサイクルを3回繰り返した頃。
「ん……ごふっ……ごぼっ……げほっ、げほっ……」
あ!
「い、やった!!生き返った!」
まさか本当に生き返るとは。
涙目になりつつ蘇生作業を続けていたけれど、実のところ半分諦めていたのに。
焦りからか大粒の汗をかき、それが涙と混ざって頬を伝う。
人を生き返らせることが出来たその事が、この上なく気持ちを高ぶらせる。
「げほっ、げほっ……ごふッ、ごほっ、げほっ……」
「大丈夫か!?」
俺の問いかけに咳き込みながらも、ゆっくりと目を開けた女の子は、最初は焦点が全く合って居ないかのように瞳を揺らす。
けれど徐々に覚醒して来たのか、俺と視線を合わせる事が出来るようになったようだ。
「気分はどうだ? どこか痛いところは無いか?」
「ぁ……ぁ……っ!」
そして状況がうっすらと分かったのだろう。
彼女は眼を見開いて固まってしまった。
「落ち着いて、喋らなくていい。でもいいか?思い出してくれ」
その言葉に小さく頷く。
「君はグリーンフロッグと戦っていた?」
その言葉にも小さく頷いた。
「でも飲み込まれてしまった?」
さらに頷く。
「ミスしたのか?」
「はぃ……」
どうやら誰かに嵌められたわけではなさそうだ。
それだけでもほっと一安心になる。
「そか、俺はたまたま通りかかったから君を助けた」
「ぁ……ありがとうござい……ます……」
「いいって。ほんと助かってよかった……本当に……」
未だ青い顔が元に戻りきらない女の子だが、俺の問いかけにはちゃんと答えてくれた。
その事が嬉しくて、思わず涙が溢れた。
それはこの子だから涙が溢れた訳ではなく、ただただ助かって良かったと思えたからこそ溢れた涙だった。
土日は6話ずつ投稿予定です。
0時12時15時18時20時22時