第54話 赤点
本日3話目です
要らない部分はその場で燃やしてしまう。
嘴は硬いから何かの材料になるかと思ったのだけど、素材にする程の硬度は無いらしい。
まあ、ブロードソードで首と一緒にぶった切れたし。
なので諦めて俺がモアモア鳥の首を集めて、設置型の火魔法であるファイアピラーで燃やしている間、倒した8羽のモアモア鳥をエミリアさんはマジックポーチに入れている。
指導中は狩りの成果は全て彼女の物だ。その後彼女がどう扱おうと俺は与り知らない。また先週のような暴挙(俺の手柄)に出ない限り。
しかし設置型の火魔法は物を燃やすには最高だな。
燃え上がる炎を見やりながらそう思った。
今回使ったファイアーピラーという設置型魔法。
この魔法の魔法陣のサイズは2mくらいで、そのサイズのまま円柱状に炎が3mくらい立ち上がる。しかもただ立ち上がるだけではなく、轟轟と唸りを上げながら立ち上がるのだから、その範囲内の物は綺麗に燃える。
とはいえ俺のINTはしょっぱすぎる。なので嘴と骨の硬い部分は残ってしまったけど、それでもINTが高くなれば全てが灰になるだろう。
森で使用するにはちょっと注意が必要だけど。
「さて、もう時間も遅くなりましたし、後1か所だけ行ってそれで戻りましょう。直ぐ近くだと思います」
エミリアさんは直ぐ近くだと言ったけど、モアモア鳥が生息している領域周辺に他に何かいたか?
そう疑念の表情を向けていると、
「きっと行けばお分かりになりますよ。あ、”サーチ”を使用しながら進んでみてください」
「あ、はい――”探査”」
サーチは大層便利なスキル。
マップと連動するから何処に魔物や人がいるか直ぐに分かる。
今日は魔法をメインで戦う予定だったから切っていたけれど、普段は……あっ?
「ああああああ!」
「ど、どうしました?」
「い、いえ……」
気付いてしまった。
今気付かなくてもいいのに気付いてしまった。
昨日、街中の逃亡劇の時、何故サーチを使っていなかったのかという事を。
使っていれば、追いかけてくる男たちの様子がつぶさに分かったのに。
エミリアさんは訳も分からずどうしたんだろうかといった表情を見せている。
「いえ、昨日の事なんですけどね――」
俺はエミリアさんに昨日の出来事を簡単に話した。
それを聞いて、エミリアさんは少しだけ困ったような表情を見せつつ、
「そんな事があったのですか。……防具も無い状態でそういう事は危ないですよ。と言いたい処ですけれど、シバさんらしいといいますか、やはりシバさんですね」
なんだろか?呆れられてる?
そりゃ防具無しで冒険者に突っ込むとか呆れるよなぁ……。
「すみません……殆ど無意識といいますか……呆れますよね……」
「いえ、呆れている訳ではありません。ふふふ」
「そうです?」
「はい。そういう所も、皆さんの心を震わせているのではないかなと。そういうシバさんだから、ガニエおじ様にしろヘルミーナさんにしろリュミさんにしろ、きっとアマチさんやヒイラギさん、ナチさん達も。そして私の心も震わせてしまうのでしょう」
言っている意味がわからない。
「?」
分からないからどう返事を返していいかもわからない。
「ふふふ。分からなくてもいいです。シバさんはそのままでいてくださいね」
「あ、はい?……はい……」
俺は小首を傾げるが、エミリアさんはくすくすと笑ったままだ。
俺の話のどこに笑える部分があったのだろうか?
まあ、ドジった話だから可笑しいと言えば可笑しいだろうけれど。
「では行きましょう」
「はい……」
いまいち納得できていないまま、森を少し進んだところで、マップの中心付近に突然緑の光点が。
「あ、あれ?いきなり?」
それもそのはずで、現れた光点は俺やエミリアさんから幾ばくも離れていない。
距離にすればほんの十数メートルといったところだろうか。
けれども、目の前のそこには何も居なかった。
緑の光点という事はノンアクティブモンスターなのだが……。
「スキル壊れた?」
アホかと。
そんなわけあるかと自分に言い聞かせる。
「ふふふ、上を見てください」
エミリアさんは当然この現象の理由が分かって居る。
指を上に向けた彼女の先を目で追うと……。
「あれ……って……なんですか?」
上空20mくらいの高い場所、ぶっとい木の幹にしがみ付いた魔獣のような塊がこちらを見やりながら、それでもジッと動かないでいる。
目を凝らしてみれば、どうやらリスのような、尻尾がぼわっと膨らんだ魔獣だった。ただしサイズはとんでもないけれど。
「あれはサザビーという魔獣です」
赤くないけど逆襲してくるのか?と思った。
いやまあ、攻撃すれば逆襲して来るだろうけれど。
「どんなタイプです?」
「えっと、たしかシバさんの世界で言えばムササビ?だと思います。それで分かります?」
そこでニュータイプです。とか言われたら大うけだったのに。
まあそんな事も無く。
そもそも赤い人はニュータイプじゃないし。
「それって……もしかして、飛びます?」
「飛びます」
今度は思わずコント55号を思い出した。いや、実際にネタを見た事はないけど。
というかそんなネタを思い浮かべている場合ではない。
「サザビーはノンアクティブモンスターですけど、魔法の詠唱に反応をしますので魔力を感知した途端に襲って来るタイプのモンスターです」
「じゃあ、えっと、魔法じゃなく、弓が一番いいんですかね?」
「そうです。弓での攻撃が最適ですけれど、魔法でも問題なく倒せます。属性は風ですし」
「なんと!」
土じゃない事に思わず歓喜。
消し炭にせずに済むどころか、木を狙ってファイアーボルトなんて撃てば、森林火災になりかねないとも思ったし。
けれど、ここで一つ重大な欠点に気付く。
「でも、アースドライブって3mくらいしか地上から伸びませんよ?」
「ふふふ、その魔法ではなく、アースチェインという魔法はありませんか? 初級ですから既に持っているはずです」
そう言われつつメニューを開いてリストを確認する。
あ、あるわ。直ぐに見つかった。
他にもまだ使って居ない魔法は2個あるけど、ひとまずは放置だ。
「ありました。これって、どんな魔法です?」
魔法のリストには、フレーバーテキストのような説明書きなど何もない。
だから聞くしかない訳で。
「モンスターの動きを確率で半減させる魔法です。これ自体に殺傷力はありませんが、魔法に反応するサザビーですから、当然攻撃とみなしてこちらへ飛んできます。因みにアースチェインは標的型の魔法です」
「へえ……ああ、なるほど」
標的型だから地面から離れていても大丈夫ってことか。
「シバさんは理解力が高いですね」
何故か突然褒められた。
ゲームのおかげですなんて言えないけれど。
「ハハハ……でも確率という事は、必ず掛かるという訳では無いんですよね?」
「はい、成功率は自身とモンスターのレベル差ですとか術者のINTやDEXも関係しますし、あとは状態異常に対する耐性の有無でも変わります」
「なるほど……じゃあこのサザビーにはある程度はかかると」
「はい、レベルはワイルドボアよりも少し低く、討伐推奨レベルは18ですが、魔法への耐性も低く、シバさんのレベルは24ですから恐らくは50%程度の確率で掛かると思います」
「50%……低いです、よね?」
いや、低いだろ。低くないのか?
混乱しつつそう聞いたのだが。
「低いですね。ですがワイルドボアですと恐らく20%程度しかかからないと思います。シバさんのINTが低い為に」
「ああ、そうですね」
なんだか最近はズバッとものを言われても、大して気に成らなくなってきた。
現実を受け入れて慣れてしまったのか、エミリア師匠の調教の賜物かはわからないけれど。
「じゃあ、もしも掛からなかった場合は、直ぐに剣ですか?」
「そうです。剣のみで倒す場合は注意をしてくださいね。地上では戦おうとしませんし、動きも自在ですから」
「ふむふむ……じゃあ魔法が成功したら?」
「魔法がかかった場合はサザビーが真下に落下しますので、そのまま距離をとって、落ちた事を確認後に動きを予測してアースドライブで倒しちゃってください。アースチェインが成功すれば真っすぐこちらに向かって来ようとする性質があるので予測は簡単です」
予測は簡単って……まあいい、やってみるさ。
「わかりました、やってみます」
ぐっと身構えるようにサザビーを見やる。あ、ちょっと離れよう……。
そう思いサザビーから距離をとっていると、思い出したかのようにエミリアさんが口を開く。
「伝えるのを忘れて居ましたけれど、サザビーの爪にはエスカルゴと同じ麻痺系の毒が含まれているので、障壁を貫通するような真正面からのダメージを、肌が剥き出しの腕とかには受けない方がいいです」
「え"」
思わず距離をとる為に動いていた足が止まった。ギギギギと首をゆっくり回してエミリアさんを見やる。
「ま、麻痺毒とか大丈夫ですか?」
エスカルゴと同じと言われても、エスカルゴを見た事すらないので分からないし。
そう不安な顔を隠さないでいると、
「心配なさらくても私が解毒を使えますし、シバさんも解毒薬をお持ちですよね?」
「は、はい……リュミさんからちゃんと」
「それに、攻撃速度はワイルドボアの突進程ではありませんし、毒も詠唱をさせないようにする程度の軽いものですから、毒を受けた状態でも何とかなると思います。ただ、麻痺系の毒は解毒するまで非常に辛いですから、その覚悟だけはしておいてください」
か、覚悟とか。
よし分かった。覚悟をしようじゃないですか。
半ば開き直る。
エミリアさんの表情をみても全く緊張を見せていないし、言えばグリーンフロッグの時みたいにリラックスをしていらっしゃる。
それに何か嫌な予感めいたものも感じはしたけど、それでもまあ、嫌だなんて言える筈もないのだから、さっさと覚悟を決めてさっさと戦おう。
そう心に決めて再度距離をとり、くるりと振り返り、木の幹にへばりついているサザビーを見上げる。
距離は30m程度だろうか?
「よし、行きます」
ずっと上を見上げていても疲れるだけなのでさっさと行く。
魔法が失敗した時の為に、武器には手をかけておく。
よし。
ステッキを掲げ、体内の魔力をブラックオニキスに流し込み、詠唱を開始する。
足止めの呪文はごく短いので楽だ。
「――土の精霊よ、大地の鎖を持って、かの者を縛れ――」
サザビーが居る場所で魔法陣が現れ、そして回転を始る。
それと同時にサザビーは反応をし、即座に俺に向けて幹から飛び立ったけれど、標的型魔法なのでそのまま魔法陣もついていく。
「――アースチェイン!!」
アースドライブとは違い、魔力消費はそれ程でもないようだ。
わずかな魔力が消費した感覚と共に、土色をした鎖がサザビーに巻き付いた。
「お、成功か!?」
そう思った瞬間だった。
ぐるぐる巻きに巻き付いた土の鎖は、ガラスが砕け散るかのようなエフェクトと共に跡形もなく消え去った。
「でえええ!」
失敗した事を悟り、反射的にブロードソードを鞘から引き抜いた。
よかった、手を柄にかけておいて。転ばぬ先の杖ならぬ柄だ。
サザビーは両手と両足を広げ、俺へ向けて尚も飛んでくる。
その速度はめちゃくちゃ速い。
「なんじゃこりゃああああ!」
目の錯覚かと思える程にあっという間に距離を詰められ、俺は思わず横に飛んで逃げた。
間一髪で差し出された鋭い爪を避ける。
初撃が失敗したサザビーは、そのままグライダーの如く別の木に飛び移り、瞬時に俺へと目掛けてグライドを再開した。
もしかして延々と飛びつつ襲って来るパターンじゃないか?
地面に降りたところを追撃しようと一瞬考えたけれど、それが叶わないと知るや覚悟を決める。
飛行速度にビビって避けたけれど、落ち着いてみれば大きさも2m弱しかないし、尚且つこいつは飛行しているのだから、急な方向転換はそうそう出来ないだろう。
ならば――
俺は逃げず、真っ向から打ち合うかの如く、愛刀二号ブロードソードを上段に構える。
そして、タイミングを見計らい、思いっきり振り下ろした。それはもうスイカ割りの様に。
違うのは目的のモンスターは地表ではなく空中だという事だけ。
「グギギッ!!」
歯ぎしりにも似た絶叫が響く。
骨を断つ感覚が手に残り、そして障壁が発動する。
が、サザビーの爪は貫通する事なく、その前に頭を割る事に成功した。
ドサリと地表に音を立てて落ちるサザビー。
両手両足を広げた大きさは畳2枚分くらいは余裕である。
これを小さいと言えるようになったくらいは、俺も少しは成長しているんだなと感心しつつ大きく息を吐く。
「ふぅーーーっ」
しかし、戦いの一部始終をみていたエミリアさんからのお褒めの声が掛からない。
あれ?どうしたんだ?と思いながら彼女の方を振り向くと、
「残念ながら30点ですね」
「あ、赤点ですくぁ!」
思いっきり駄目出しを食らった。
生れてはじめて食らった赤点にショックを受けたけど、エミリアさんの表情はもっと優れない。まるで駄目な生徒を見やる先生のようだ。
その目が癖になりそうだけど、一体何がいけなかったのだろうか?
ダメージは食らって居ないし、綺麗に頭を割ったので、素材としても十分だと思うのだけれど。
「えっと……どこが駄目でした?」
「まず、今の戦いは、シバさんに運がありすぎました」
「へ?」
どういう事だろう?
そう思いながら考えていると、
「サザビーは空中で急な方向転換が出来ないと、恐らくは思われましたよね?」
「あ、はい……おもいっきり思いました」
「それは間違いです。ですから今のは運が良かったと言いました。本来、サザビーは空中での方向転換が非常に得意なんです」
ようやくエミリアさんの言葉を理解した。
地上では戦わないという事と、自由自在という言葉の意味を。
「私のアドバイスを少しだけでも深く考えて欲しかったのですけれど……」
「あ……もしかしてあえて情報を少なく俺に伝えてくれたんですか?」
「そうです。少ない情報の中から正解を自ら導き出していただきたかったので……」
エミリアさんは渋い表情のまま俺にそう伝えた。
そういう事だったのか。
最初にそれを言ってしまえば俺の成長に成らないし、むしろ失敗しなければ理解しなかったかもしれない。
サザビーを無傷で倒した嬉しさなど一瞬で吹き飛んだ。
確かにエミリアさんは言った。魔法が成功したら簡単だと。それは即ち効かなかったらそれ相応に苦労するという事。
毒に気をとられ過ぎてしまったと言えばそれまでだけれど、言葉をよくよく考えて見れば、地上に降り立つなどとは一言も口にしていないどころか降り立ちませんよと言ってくれている。
その上で方向転換が得意ですよとエミリアさんは言った。
それを俺は地上で俊敏なのかと勝手に勘違いをしていたに過ぎないのだから、そりゃあ赤点で当然だろう……。
「そういう事だったのか……」
俺はがっくりと項垂れ、膝と手を地面についた。
エミリアさんからの駄目出しが、これほどまでのダメージを負うとは。
「ですが、失敗も必要ですよ? むしろ今のは失敗をして頂きたかった部分も往々にして有りますし」
「そう、なんですか?」
泣き出しそうな顔をしながらエミリアさんを見上げる。
「はい、失敗をしなければいつまでも私の言葉だけを鵜呑みにされるままでしたし」
「はい……それは思います」
「偶然にも倒せたことで失敗が帳消しになってしまう所でしたが、シバさんはちゃんと理解をして頂けましたし」
「そりゃあ……」
「ですが、これでもっとシバさんは強くなれます。ですから、今の事を忘れないでくださいね」
「はい……忘れません」
どうやら俺は、またしても有頂天になってしまって居たようだ。
レベルも上がり、魔法も覚え、装備だって2ランク上の冒険者が持つようなガニエさんとヘルミーナさん謹製の装備を売って貰い、それで強くなった気でいた。
何度もミスを繰り返してしまう自分の性格が嫌になりそうだけど、それでも同じミスだけは繰り返さないようにしなければ。折角期待をしてくれているエミリアさん達にも申し訳が立たないし。
「気を付けます」
「ふふふ、では時間も遅くなりましたし帰りましょう。次はまた6日後ですよ」
そう口にしつつ、エミリアさんは膝をついた俺に手を差し伸べて来た。今までと同じ優しい笑顔で。
その手を俺はそっと握り、そしてゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます」
そう口にしながら。