第50話 そして宴会
本日2話目です
「というか! エルフ!」
ああ、この話は続くのか。そりゃ続きますよね。
面白いように食いついてくる二人は俺に聞いてくる。
「えっと、ヘルミーナさんは布系と皮系の魔装具と、それから魔法杖も作ってて、リュミールさんって妹さんも居て、妹さんは回復ポーションを作っています」
「姉妹でネックレスなどのアクセサリー系の魔道具も作って居ますね。それから弓はリュミールさんが作られているはずです」
足りない部分をエミリアさんが捕捉してくれた。
弓も作れるし、姉妹で何でも作れるんだよなぁと改めて感心をしていると、どうも田所さんの様子が変だ。
「そうじゃなく!あ、それも聞きたかったけど、もっと別の、容姿とか……」
何時も憮然とした表情の田所さんに、恥ずかしそうな表情をされるとなんともいえない気分になるけど、今度は何とか聞いて来れましたね。
そう思って居たら絵梨奈さんが当然のように二ヨ顔で突っ込む。
「なになに?れんじいいい。さっきの獣人の娘の時とはえらい違うんじゃない?」
「ん?簡単な事だ。身近な存在は意識するだろ? でもエルフは遠い存在だ。あ、どっちも悪い意味じゃないぞ?誤解はするなよ?」
突っ込まれた田所さんはそう答えたけれど、確かに何となくわかる気がした。
そしてしっかりと絵梨奈さんの突っ込みに答えた田所さんは俺の方を向く。
「それで? どうなんだ?」
「ええ、勿論凄く綺麗ですよ? しかも神秘的な雰囲気を持ってる人達ですね」
その言葉と同時に柊さんは何故だかほっぺたを膨らませた。
俺と目があうと、直ぐに膨らませたほっぺたを萎ませたけれど。
なんだろうか? さっぱり意味がわからないんだけど。
とはいえ目が合ったのなら丁度いい。
「ああ、そうだ。柊さんと、それから絵梨奈さんも」
「え?」
「ぅん?」
柊さんは突然名前を呼ばれて困惑しているみたいだった。
絵梨奈さんはエールジョッキを抱えて幸せそうだ。
そんな二人を見やりながら、俺は構わず口を開く。
「天地のフォローじゃないけど、聞いたようにそこには魔術師用の魔法武具も売ってるし、聖職者用のローブも売ってるから行ってみればいいんじゃないかな。もしかしたら気に入るものがあるかもしれないよ。絵梨奈さんもね、行ってみたら良いと思いますよ」
絵梨奈さんは良いとしても、柊さんは青鋼の騎士団に所属しているから、レギオンお抱えの裁縫師はいるとは思うけれど、天地もガニエさんの武器を所望している辺り、外から買っても問題はないのだろう。
そう思いながら言ってみたのだけれど。
「え?……司馬君が連れて行ってくれるの?」
何故そうなる!
俺は絵梨奈さんと柊さんの二人で行ってみれば良いと思って言ったのに。
思いもかけない返答に盛大に困惑する。
表情を見る限り冗談では……なさそうだ。
カウンターを見ればエミリアさんは笑っている。
「えっと……」
「伊織、ちょうど杖とローブを新調しようかって言ってたんだから、司馬に案内して貰えば良いんじゃないか?」
なぜそこで天地まで!
っていうか絵梨奈さん、何ジョッキを抱えたまま固まってるの!
「良いの?司馬君」
「良いよな? 司馬。腕はいい人なんだろ?」
「凄く優秀な方ですよ? 恐らく帝国全体でも5指に入る程です。”ヘルリュミのお店”という名をお聞きになった事はありませんか?」
俺に聞いて来たのにエミリアさんが返事を返した。
そしてその返事に柊さんは目を輝かせる。
「あ!その名前は知ってます! 土方さんの奥さん二人もそこで買っているって聞きました!」
「お二人以外にも、上位のランカーの方は半数近くが”ヘルリュミのお店”で何らかの装備をお買いになっていると思います。彼女も元冒険者でガニエさんよりもランキングは上ですし、魔術師系の方ですから、相談にも乗って頂けると思いますし。それに、シバさん繋がりで行けば、より親身になって頂けると思いますよ」
「本当ですか!」
エミリア師匠……。
あなた何そこで悪い顔を見せているんですかね?
俺は思わずぷしゅーーっと体の力が抜けた。
「あぁ……えるふ……」
そしてどうやら絵梨奈さんは、夢の彼方に旅立っているようだ。
祈りを捧げるように手を胸の位置で組んで、天井を見上げながら何やら呟いている。
「じゃあ司馬君お願いね!」
「エルフ……とうとう会える?会えちゃう?くふふふふふ」
何故に俺を抜きで、俺が絡む会話をしているんですかね!?
一連の会話の最中、ずーっと顔だけ俺の方を向いて、でも会話は俺以外で全て終わらせた柊さん、あなたは一体どういうつもりなんですかね?
そして絵梨奈さん?そろそろ戻ってきましょうね?
とはいえどうしたもんか。
「えっと……」
「シバさん、冒険者の戦力増強はギルドとしても奨励したいところですので、是非連れて行ってあげてください」
返答を悩んでいると、エミリアさんが正論をぶっぱなした。
とはいえ悩む必要なんて無いって分かってるんだけど。
単に恥ずかしいというか、ヘタレだから突然で心の準備が出来ていないというか。
「あ、あの、司馬君? あたしも本当に一緒に行って……いいの?」
漸く絵梨奈さんは再起動したか。
おずおずと絵梨奈さんが聞いて来た。
しかしそんな彼女は何故かチラチラと隣の柊さんを気にしている。
それに気付いた柊さんだけど、間髪入れずに言う。
「あ、はい。那智さんも行きましょう!」
「いいの?」
意外そうな表情を絵梨奈さんは見せた。
けれど柊さんは全く意にも介さないようで。
「勿論です! だって司馬君の命の恩人じゃないですか」
柊理論が俺にはよく分からない。
先ほどからなぜ俺が中心なんだ?
「あ、でもそんなに貯金は無いから、高い物は買えないかも……」
「大丈夫ですよ。金額に応じてちゃんとアドバイスしてくれると思いますから」
「じ、じゃあ行ってみるわ。ぁあ……えるふ……」
「でも、エミリアさんは良いんですか?」
「え?……何がですか」
柊さんに突然そんな言葉を言われて、エミリアさんは何がなんだかさっぱり分からない様だ。もちろん俺も分からないけど。
「いえ、何でもないです。じゃあ司馬君いいよね?」
思いのほか柊さんがぐいぐい来る。
こ、こんな人だったっけか?
今までのイメージとはかけ離れている為か、俺は当然の如く困惑の色を隠せない。
けれど、まあエミリアさんの言っている事には一理も二理も有る。
ガニエさんと違ってヘルミーナさんは……あ。
そう言えばと思い出す。
ヘルミーナさんもオーダーメイドは気に入った人にしか売らないって言っていたことを。
ま、まあ、天地とは違って既製品で良いだろうし、連れて行くだけなら良いだろう。
特に絵梨奈さんなんて、連れて行くだけで昇天しちゃいそうだ。
「分かった。でも明日は俺の予定が詰まってるんだよなぁ。だから今度休みを合わせていく? 夕方だとゆっくり見られないだろうし」
「いいの?」
「あ、うん。折角だから売り上げに貢献して機嫌をとっておくのも良いかなと」
「司馬君、やらし……」
柊さんがジト目で俺をみやる。
「なんで!? え? いや、いあいあいあ、そういう意味じゃないし!」
「いいよ、こっちの世界って独占出来ないって言うしね?」
どういう意味だ?
柊さんのジト目と彼女が発した言葉の真意が掴めず狼狽してしまう。
「ど、どういう意味か分からないんですけど」
「分からないなら、それでいいよ。うん」
いや、本当に分からないんだけど。
柊さんは少し拗ねたような表情を見せているような気がするけれど、何が言いたいのか俺にはサッパリ分からず、思わず口がポカーンと開いたままだった。
ただ一つだけ、エミリアさんが終始悪い顔を見せていたのだけは気付いていたけれど。
結局、5日後に柊さんと絵梨奈さんと俺は休暇日を合わせ、エルフ姉妹のお店へ行く事になった。
それまでに雨が降ったらその日は全員がお休みなので、その時はその時に行きましょうという事で。
休日予定を合わせてもらって相馬さんや田所さんに申し訳ない気もしたけれど、二人とも絵梨奈さんの火力がアップするのは大歓迎らしく、全く問題なく了承してくれた。
何気に二人も悪い顔を見せているような気がしたのは気のせいだろうか?
天地は……普段と変わらない、何を考えているのか分からない表情だったけれど。
ただ、俺も正直に言えば嬉しい。
正直に言わなくても嬉しい。
柊さんの方に大した意味はないとしても。
そしてそのまま閉店終了後まで6人で飲み食い散らかし、終いには女将さんやニーナさん達も含めた宴会状態になった。当然その費用も全部俺もち。
そしてそして当然ながら田所さんと相馬さんは見つけたらしい。
「んな……んだと……」
「やっぱり天使と女神がいた……」
片付けをしつつも交代で食事に現れる獣人の娘達を。
そして今日仕事がお休みだった獣人のウエイトレス二人も、食事も兼ねて片付けのお手伝いに現れたのだから。
相馬さんは犬人族のケイティさんを、田所さんは猫人族のミルムさんを特に気に入ったようで、チラチラチラチラ様子を伺っていた。非常に不審だった。
更には奴隷の娘達も気になったようで、入れ替わり立ち代わり出入りするその娘達を目を皿のようにしつつ追っている姿は、間違いなく犯罪者予備軍だった。まあ、半分冗談だけれど。
けどまずい。何が不味いって、
「っていうか目の前の娘達ってまだ中学生くらいですよ!」
ケイティさんとミルムさんは18歳と19歳だから良いけど、奴隷の娘は確か一番年上のシトラちゃんでも13歳だった筈だ。
彼女は獣人としても珍しい狐人族らしく、ふかふかの耳と尻尾を触らせてもらったけれど凄く柔らかかった。
因みにシトラちゃんを女将さんが買う時、実の妹さん二人も一緒に買われたそうで、そこには何か理由があるようなないような、そんな女将さんの話ぶりだった。
「ああ、良いんだ。言っただろ?俺は眺めるだけで十分満足だ」
「そう、それがルールだよね」
だめだこりゃ。
酔っ払っているからというのもあるけれど、もう目が完全にハート状態になっている。
満更でもなさそうだったケイティさんとミルムさんはまだしも、シトラちゃん以下6人の獣人の娘は、全員が若干困惑しているみたいでちょっと気の毒だった。
だがしかし、ここで女将さんからとんでもない発言が飛び出す。
「シトラは駄目だよ。この娘はシバさんをお気に入りだからね」
「んなぁ!?」
「え?」
「おいいいい!」
「やるわね……」
「……」
「えっと……?」
「……////」
誰がどの反応をしたのか敢えて言わないけれど、女将さんの発言でその場が騒然とした。
なんて騒々しいんだろうか?
っていうかだからか。恥ずかしそうにしながらも尻尾と耳を触らせてもらえたのは。
っと……それよりもこの場を収めなきゃ。
「ハハハ……」
だが結局乾いた笑いしか零せなかった。
ちょっと柊さんの目が怖いんですけど!
ジト目に暗い影ががががが。
「司馬君が羨ましいよ……」
「同感だ……」
「でも大丈夫だよね?流石の司馬君でも8人全員って事はないだろうし」
「ああ、そんな事は許されないよな」
そう言いつつ俺にプレッシャーを与えてくる二人。
かなり怖いんですけど。
というか相手はまだ子供ですよ?
そう思いながら、助けを求めるかのように絵梨奈さんを見れば……。
「あはははは、この二人ってどーしよーもないでしょ?」
笑いながら言った絵梨奈さんは、気付けば24杯ものエールを飲み干していた。
「大丈夫です?」
「まだまだいけるよーぅ?」
頬がほんのり赤く染まり、流石に少しは酔っているようにも思えるけれど、呂律はまだしっかりしている。楽しそうではあるけど。
けれどもう時刻は夜の11時を回っている。
都合5時間も飲み散らかした。
「時間も遅いし、今日はもう泊って行ったらどうですか? ニーナさん部屋はあります?」
「ほえ?……あぅ…………すぴー……すぴー」
寝てしまった。
一瞬だけ顔を上げたけれど、酔いでぐるぐると頭が回ってしまったのかあっさりと落ちて行った。
「あははは、ニーナは酒に弱いからね。まあ、部屋は空いてるさね」
「じゃあ今日から泊まろうか? 荷物は全部マジックポーチ内だろうし」
「あたしはそれで良いよ~」
「ああ、それが良い。明日へのやる気に満ち溢れる様だ。なんなら今からでも行ける」
田所さんが真顔で恐ろしい事を口走った。
行けるわきゃないでしょうに。
「夜中って魔獣が活性化しちゃって、俺ら初心者じゃあ手に負えないって言うじゃないですか」
「そうだったような気もする」
胸を張りながらそうドヤった。
ほんと駄目だこりゃ。
「でもまあ、あっちの宿屋代が勿体ないけど、どうせ二日で元は取れるし、今日からお世話になります」
「あいよぅ」
「じゃあそろそろお開きにしましょうか」
「そうだね。司馬君ご馳走様」
「司馬君~沢山飲ませてくれてありがとうねー」
「いい目の保養が毎日出来そうだ。ありがとう司馬君」
「あははは。いえいえ、お礼ですから気にしないで下さい。俺も楽しかったですし」
本音だった。
こんなに楽しかったのは、元の世界でもしばらく経験していなかった程に。
「また明日も時間が合えば飲もうよ! おねーさんは君を気に入ったからね!」
絵梨奈さんがじゃれ合うように、俺の首に手を回してそう言って来る。
ふくよかなおっぱいが押し付けられて困惑するけど、嬉しいのには変わりは無い。
「は、はい、有難うございます」
「じゃあお休み~」
そう絵梨奈さんは口にしつつ手のひらをヒラヒラさせながら、しっかりとした足取りで教えられた部屋に向かった。
そもそも24杯飲んだ事実を鑑みれば、まともに歩ける方がおかしい。
あれが本当に24杯もエールを飲んだ人なのかと。
っていうか20リットル近くものエールは、あの細い体の一体どこに入って行ったのだろうか?食事もそれなりに食べていたのに。激しく謎であった。
そして意外にも柊さんまでもがお酒に強く、途中から参加したにも関わらず8杯ものエールを軽く飲み干していた。天地は逆に凄く弱いけど。たったの1杯で現在もダウンしている。ニーナさんと同じだなと。
おれ?俺は4杯飲んで全く酔っていないくらい。
最初は可もなく不可もなくの味だと思っていたのに、飲んでいる内に割といけるじゃないのさ。という感じで気付けば4杯飲んで居た。
うん、次もエールを飲もう。
ミード酒なんてお酒もあるから飲んでみたい気もするけれど。
「司馬君、わたしと大河も泊まるよ。流石に一人じゃ帰るのが怖いし」
「あー……この様子じゃあしょうがないか。俺が送って行こうか?」
「う、うううん、大丈夫大丈夫。ほら、まだ危ないかもしれないじゃない?司馬君」
「ああ、まあそうだよな」
何故か焦る柊さんを横目に、仕方がない奴だなと思いつつ、潰れてしまった天地を二人して眉を歪めながら見下ろす。
そんな天地は視線に気づいたのかすくっと立ち上がり、どこを見ているのかすら分からない目線のまま敬礼をしつつ、
「だいじょーぶれす!俺はまだいけまふ!戦えまふ!…………ぐぅ……ぐぅ……」
そして再度落ちて行った。
お前は今、何と戦っているんだ?
なので今日は小鳩亭に宿泊して帰るらしい。
その煽りで柊さんも泊まる事に。勿論別々の部屋。
けれども……。
柊さんに介抱してもらうなど、とんでもない奴だなと。
激しく羨ましいと思ってしまったのは秘密だ。
因みにエミリアさんは普通に、ごく当たり前のように素で泊まるようだけれど。
夜も遅くなったので帰るのが面倒くさかったのかもしれないなと。
とはいえ、明日は俺と一緒に出掛ける予定なので、都合がいいのは確かだった。
◆
その日の晩。
町の中心地付近にあるヴァイス家の食卓では、一つの事件が起こって居た。
ヴァイス家。要するに鍛冶師ガニエの家で、ヴァイスとは彼の姓なのだが。
「てーことは、そのカズマ……って転移者に助けられたってんだな?」
「うん、黒髪黒目だったから直ぐに分かったんよ」
「そ、そうか……」
一眞が昼間助けた女性は、大方の予想通りガニエの娘であった。
その事をラウラは父親であるガニエに告げたのだが、とうのガニエはカズマという転移者が誰なのかなど、誰に言われるまでもなく知っている。
ゆえにどう答えていいか分からずにいた。
いや、勿論助けてくれたのがカズマであったことに、嬉しい気持ちと感謝の気持ちは当然あるのだが、何故知っているのかを告げれば、娘は更にカズマに対して興味を持つだろう。
現に今ですら両手を胸の位置で組み、王子様に助けてもらったかのような星がきらめく瞳で語る娘なのだから。
(いやいや、相手がカズマで良かったと思うべきか。だがなあ……)
娘を溺愛する父親の心情としては、複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
カズマが自身が思うような人物だと確信した今、これ程喜ばしい事はないのだろうが、それとこれとはやはり別である。
「どうしたん? もしかして知っている人なん?」
覗き込むように聞いてくる娘のなんと可愛い事か。
(しかし我が娘ながら勘の鋭い)
ただここで知らないと告げるには無理がある。
いつかはカズマと鉢合わせる事になるだろうし、そうした場合嘘を言っていたという事にもなる。
ガニエは嘘がとことん嫌いだった。
実直で正直で嘘はつかない。
それは今まで80年間一度も違えたことのない誇りだ。
ゆえにこの場で嘘などつこうものなら自分自身を偽る事と同義。
しかも嘘だったと知られた時の、娘から送られるであろう軽蔑の視線を想像すれば、ガニエはそれだけでも耐えられそうもない。
「い、うーん、知ってなくも、ない……かも……しれない、かも、しれないな、うむ。ぶ、武器を、買いに来た……」
なんとも歯切れの悪い、往生際の悪い男に成り下がるしかなかったらしい。
「うそ! カズマさまってどんな人なん!?」
星がきらめく瞳のまま、ズイっと父親に迫る娘。
これが父親である自分に興味があって近寄って来るのならば嬉しいのだが、生憎とそうではなく、昨日仲間になった男に対してのものなのだからやるせないことこの上ない。
だが言ってしまったからには後にはひけない。
「いや、まあ、ヒュームだしな? そこそこだと父さんは思う、かも、しれないな、うむ」
娘の質問に対しまともに応える事すらできない。
そしてその一部始終を眺めていたガニエの妻であるヘルタは、ため息交じりに呟く。
「あんた一体どっちなんよ……」
昨晩カズマの事を嬉しそうに語り聞かせてくれた時のガニエと、今のガニエは全く異なる。
あの時はついに見つけた!と言わんばかりに大騒ぎだったのだが。
それが今ではいかにして娘にカズマの事を隠すか必死である。
「情けないったらありゃしないね」
「うぐっ……」
呆れてそう口にしたヘルタの言葉はもっともである。
「あたしもちゃんとお礼を言わなきゃだから、今度来た時には教えてよ? あんたもお礼を言わんとだめだかんね?」
「う、うむ」
母として当然の台詞をヘルタは口にし、そして無常にも、愛娘は父親であるガニエに最後通牒を突きつける。
「んじゃあお父さん! 今度カズマさまにわたしを紹介してね!」
(ああ、やはりそうなるのか)
ガニエは自分の性格が、今日ほど恨めしいと思ったことは無かったのだった。
もしかして、これも勇者への導きの一つなのだろうかと思いながら。
(いや!まだだ!諦めたらそこで終わりだ!)
ガニエが諦めようがどうしようが、全く意味をなさないとも知らずに。