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第49話 乱入者

本日1話目です

 突然現れた二人はずっと走って来たのか肩で息をしている。


 俺はどう返事を返して良いか分からなくなり、思わず以前と同じように手を挙げつつ。


「よ、よう」


「よう……って、違うだろ!」

「そうよ!司馬君聞いたよ!? 何があったのか詳しく説明して!」


 あー、まあ1日も経ったらそりゃ知るかもなあ。

 とはいえこれではお店の迷惑になる。

 いきなり入って来た男女のカップル……じゃないな、後ろから苦笑いをしつつエミリアさんまでも来ていた。


 エミリアさんは俺と目が合い、すみませんと口を動かしつつ申し訳なさそうな表情を見せた。


 勿論、店内の客から大注目なのは間違いない。

 何があったんだ?と言った具合に全員が俺らの方を見ている。


 なので肩で息をしつつ、今にも覆いかぶさって来そうな程に近い柊さんに向けて、落ち着かせるように、


「あ、えっと、とりあえずは席に座りなよ」


「あ……う、うん……し、失礼します……」

「すまん、少し焦りすぎたみたいだ、失礼します」


 丁寧に相馬さん達に頭を下げつつ、二人は俺らと同じテーブルの長椅子に座った。詰めなくても6人くらいどうってことない。

 俺と相馬さんが座っている長椅子に天地が座り、絵梨奈さんと田所さんが座って居た椅子に柊さんが腰かけた。


 そしてエミリアさんは俺らの所へは来ずに、何事かと厨房から顔を覗かせた女将さんと何やら話をしているようだ。どうやら説明をしているらしい。


 とは言っても女将さんも状況は既に知っているので、はは~んと言った具合に笑いながら俺を見ているけれど。

 何がはは~んなのか俺もさっぱり分からないけど、何となくそんな雰囲気。





「案外知るのが早かったな?」

「エミリアさんが教えてくれたの」


 ああ、だから先ほどの口動かしか。

 別にそんな事で謝らなくてもいいのに。

 しかも宿屋へ案内までしてくれたなんて。


「それ以前にも、冒険者ギルド内の雰囲気が少しおかしな感じがしたからなんだが、それで伊織がエミリアさんに聞いてみたんだ」


 そう言えば、エミリアさんって今日は残業だったのか?

 もう結構良い時間だけど。


「そっか。まあ、ご覧の通りだよ」


 そう口にしつつ、自身の真新しい装備を見せる。

 天地は既に気付いていたようだけれど、柊さんは今知ったみたいで、眉毛を歪めつつ泣き出しそうな表情を見せた。


「……やっぱり全部盗られたの?」


「ああ、ここに居る相馬さんと田所さん、それから那智さんの三人に助けられたんだけど、その時は俺ってば血まみれでしかもパンツ一丁だったらしい。ハハハ」


「あの時は本当に焦ったわ」

「だな。一瞬死んでるのかと思った」


 なんかさっきと同じ発言がリピートされた。

 それだけそう思ったのだろうけれど。


「そっか……でも良かったな。確かに装備を盗まれたのは最悪だが、三人が近くにいたってのは運がいい」


「いや、まあ、見つけられたのは運だけじゃないんだよな」


「……どういう事?」


 含みを持たせつつそう言えば、顔を歪めたままの柊さんが聞いて来た。


 俺は、相馬さん達がどんな報告をギルドにしたのかを、エミリアさんから一応は聞いている。

 その中で、三人は諸星の件が気になってしまい、俺に伝えて以降の二日間、無理をしてずっとワイルドボアが居る領域で狩りをしていたと聞いた。


 そして俺を助けてくれた。

 なので、俺が今生きて居られるのは目の前の三人のおかげでもある。


 たったの11日間で、命の恩人とも呼べる人が7人にもなり、一体これからどれだけ増えるのかと思いつつ、それらを軽く説明すると、見る見るうちに柊さんの表情が強張っていく。

 天地は天地で、表情が徐々に消えて行き、終いには能面のような表情になった。


「という訳で、相馬さん達三人に俺は恩がありまくる。気にしてくれたから今俺がここに座って居られるんだ。俺はそう思ってる」


「それは良いよ。無事だっただけで」

「そうよ。元々ワイルドボアを狩り始めたついでだったしね」

「だな」


「……」


 この人たちは本当に良い人達だ。

 けれど、ここで少し柊さんの様子が変わった。


 じっと黙って視線を下にしたまま固まっている。


「柊さん?」


 どうしたのかと気になり名前を呼んでみるが反応がない。

 そして柊さんは無言のまま、何故か分からないが突然涙を零した。

 見れば白く変色している程に、両拳を握りしめても居る。


「ど、どうした?柊さん」

「どうしたの?」


「い、いえ……何でもありません……」

「…………」


 天地はそんな柊さんを見やりながらじっと黙っている。 

 俺は意味が分からず狼狽してしまうけれど、この雰囲気は居た堪れない。


「ま、まあ、こうやって無事だったし、うん。心配をしてくれてありがとうな?柊さん」


「……」


 俺の言葉に顔を上げ、じっと見つめてくる。

 目には涙が一杯溜まってしまって。

 そして瞬きをした瞬間に、更に二筋の涙が零れ落ちた。


 女の子が目の前で泣く姿を見たのは生まれて初めての俺には、この状況をどうしていいのかさっぱり分からない。


 やべえ……俺なんか悪い事したか?

 っていうかこの空気を何とかしなければ!


「と、とりあえず二人も折角来たんだし、エールでも飲む? な? から揚げもたべなよ、美味いよ」


「あ、ああ……貰うよ」


「ひ、柊さんは?」


「……のむ」


 俺をじっと見たままの柊さんは、ボソッとそう呟くように答えたけれど、未だに涙は止まらないようだ。

 鼻をすんすん鳴らしながらも、懸命に堪えようとしている風にも見えるけれど。


 それを見た絵梨奈さんは、茶化すでもなく、煽るでもなく、優しい表情を見せながらそっと柊さんの背中をさすり、その光景を見ていたエミリアさんと女将さんとニーナさんも、二人を優しく見やって居るようだった。


 そして俺はエミリアさんを見る。

 彼女も丁度俺と視線が合ったらしく、一際優しい笑みで俺を見つめ返しつつ小さく頷いてくれた。


 ここに居る人たちは、俺をこんなにも心配してくれたんだなと。

 そう思うだけで俺は生きてて良かったなと。





 結局、6日目の雨の日に三人で会話をしたから、俺の情報が漏れたかもという話は二人にしなかった。


 そもそも確定ではないし、例え確定だとしてもこの二人のせいでは勿論無いどころか、俺が調子に乗って口にしたのが悪いのに、余計な気を遣って欲しくなかったから。


「じゃあ証拠は無いんだよね?」

「ああ。全く無い。だけど間違いない。気を失う寸前に諸星を見たし」

「何て奴だ……」


 天地が静かに怒りを滲ませている。


「気を失う前にやっぱり見たのね」

「ええ、見ました。それに動機はあり過ぎる程にある。ほら、あいつって俺の事すっげー嫌ってるだろ?」


 絵梨奈さんの疑問に対し答え、そのまま天地達に同意を求めるように話す。


「うん……」

「そうだな」


「賭けの事も有るしね。最終日だった筈だし、動機として成り立つわね」


 絵梨奈さんの言葉に天地も相槌を打ちつつ、


「俺も何となくそんな話は耳にしました。諸星が他の転移者と大きな賭けをしているって。どんな内容かは知らなかったけど、まさか司馬の死を賭けの対象にしていたなんて……」

「わたしは全く知らなかった……」


 天地は唖然としている。

 そしてどうやら柊さんは全く知らなかったらしく、悔しそうに唇を噛んだ。


「流石に女の子の耳に入るようなヘマはしないでしょ。あたしだって蓮司が噂に聞いたから知っただけだし」


「とは言っても諸星は俺にはっきりと言いましたけどね。俺の死が賭けの対象になってるって初日に言ってきた。まさか諸星自身が胴元だとは思いもよらなかったけれど」


「な……」

「……」


 どうして言ってくれないの!といった非難の視線を投げかけるのはやめてくださいよ柊さん!

 そもそもどう言えばいいっていうのさ!

 そう強気に思ったけれど、結局俺は彼女の訴えかけるような視線に腰が引ける。


「ま、まあ、何とか生きて居るし。それでも俺は諸星を絶対に許さないけどさ」


「当たり前だよ!」

「そうね。あたしも絶対に許さないわ」

「お、おぉ……」


 柊さんはテーブルをダンッと叩いて立ち上がった。

 何故か絵梨奈さんまでもが俺や柊さんに同調したけれど、俺は二人の威圧にまたしても腰が引けた。


「許さないのは当然だが、それじゃあどうするんだ? このままだとどっちみち泣き寝入りだろ?」


「そう、それでだ。二人にお願いがあるんだけれどさ」

「なに?」


 俺が小声でそう言うと、柊さんも小声で返事を返して来た。

 エミリアさんが居る以上、恐らくこの場は大丈夫なんだろうとは思うけれど。


「諸星がキルトレインを仕掛けた事は知らないふりをして欲しい。勿論、装備を盗んだことも」


「どうして?」


 柊さんは、全く意味が分からないんだけどと言った表情を即座に見せる。

 この人を放って置いたら明日にでも諸星を追及してしまいそうだ。


「エミリアさんに何か考えがあるらしいから、俺は彼女に任せている。そもそも、証拠が全くないんだから、俺らは下手に動かない方が良い」


 そう言いつつカウンターに座ってエールを飲んでいるエミリアさんを一瞥した。

 それに釣られるように柊さんもエミリアさんを見やり、少し何かを考えるような沈黙の後、


「……わかった」

「司馬がそう言うなら、そうする」


「相馬さん達もお願いします」


「いいよ。どのみち彼とは接点も無いし、会っても普通にしておくよ」

「俺もそうする」

「そうね、腹が立つけどエミリアさんが何か考えているっていうなら任せましょう」


「エミリアさんというか、ガニエさんやエルフの姉妹も巻き込んで何か考えがあるみたいですけどね」

「「!?」」

「あ!そうだ! その話をしていたんだった!」


 思い出したかのように、相馬さんが立ち上がりつつそう口にした。

 ああ、そう言えばそうだった。

 タイミングよく柊さんと天地が現れてしまって話が流れたんだった。


「その武器ってやっぱりガニエさん作か?」


 相馬さんの代わりに天地がそう聞いて来た。

 別に相馬さんが興奮しすぎて言葉にならない訳ではなく、単に天地も気になっただけらしい。


「そうだね。見る?」

「ああ、頼む」


 俺は腰にぶら下げたブロードソードを天地に渡した。

 天地はそれを受け取り、邪魔にならないようにスッと引き抜いて刀身を見つめる。


「やっぱり、グラディウスよりもかなり良い剣だ」


 分る奴には分かるんだな……。

 そして相馬さんも直ぐに質問をぶつけてくる。


「ガニエさんってあの有名なガニエさんだよね?」

「未だにレベルのトップ100に名を連ねている凄腕の元冒険者だとも聞いたな」


 流石有名人だなぁ。


「そうですね。サブギルドマスターが冷や汗をかきつつ、直立不動で話をするくらいには凄いと思います」

「ぷっ……」


 その言葉が聞こえていたのだろう。

 エミリアさんがカウンターで、ぷっと笑った。


「だが俺はそれとは違う言葉が気になった」

「そう!それよ!」


 そして今まで黙って居た田所さんと絵梨奈さんが口を開いた。

 俺何を言ったかな?と思い出そうとするけれど思い出せない。

 何か気になる事を言ったか?


「えっと……?」


「「エルフ!!」だ」


 ああ……。


「ヘルミーナさんって人に、このインナーとか皮防具を売って貰ったんですよ。二人は元々同じパーティーの冒険者だったそうですから、その繋がりで紹介してもらいました」


 エミリアさんの名前は極力出さない方がいいだろう。

 立場を秘密にしているみたいだし。

 そう思いつつエミリアさんを見たのだけれど、こちらの事は大して気にもしていない風で、ちびちびとエールを飲み続け、たまに枝豆をつまんでいるようだった。


 でも会話は聞こえる距離なので、ちゃんと聞いているのだろうけれど。


「俺は漸くレベルが1個あがって35になったし伊織もレベル32になったから、明日ガニエさんの所に行こうと思って居るんだ」


 唐突に天地がそんな事を口走った。

 自分のレベルを言うとか、大丈夫か?

 っていうか柊さんのレベルを言うとか、何考えてんだ?


 いや、それもだが柊さんをガニエさんの所に連れて行ってどうするんだ?連れて行くならヘルミーナさんの所だろうに。


 そんな疑問を覚えつつも天地に苦言を呈する。


「天地、レベルはあまり言わない方がいいらしいぞ」


「ああそういえば言われたな。 でもまあ、知られても困るようなものでもないし」


「あー……天地はそうかもなあ。でも他人のレベルは言わない方がいいと俺は思う」


「あたしもそう思うわ。自分の事は自分で決めれば良いけれど、人の、ましてや女の子のレベルを口にするのはちょっと駄目ね」


 俺の指摘に絵梨奈さんも同意した。

 それを聞いた天地は柊さんのレベルを言っていた事に気付き、ハッとした表情を彼女に向けた。


「そ、そうか……すまん、伊織」


「いいよ。考えているようで何も考えていないのは何時もの事だし、長く幼馴染をやってるからそれくらいは織り込み済みだもの」


 意外にも天地は殊勝な態度で謝った。

 それでも眉根を歪めつつ、呆れた顔で柊さんが辛辣な毒を吐いたけれど。

 っていうか彼女にかかれば天地も形無しだな。


「まあ、言ってしまったものは仕方がないけど、柊さんをガニエさんの所に連れて行ってどうすんだ? あの人金属をこよなく愛する人だぞ?」

「ぷふっ……」


 またもやエミリアさんのツボに嵌ったらしい。


「いや、話の流れで言ってしまったからだが、行くのは俺だけだ。それでだが、一品ものは作ってはくれないだろうって土方さんも言っていたけど……どうだろうか?」


 どうだろうかって俺に聞くか?

 まあ、俺は実際ガニエさんと接点が有る訳だし、全く接点が無い天地からすれば情報を聞き出したくなるのも無理もないか。


 とはいえ、どうなんだろう?

 俺が作ってやってくださいって言って、それで作って貰えるもんなんだろうか?


「どうだろうかって、俺の意見を聞いているんだよな?」


「そう。とても気難しい人だって聞いた」

「んー……単なるエロドワーフにしか見えないな俺は」

「ぷふっ……あ」


 カウンターに座るエミリアさんが、咥えたばかりの枝豆を勢いよく、ぴゅーーっと噴き出した。

 そしてそれをバッチリ俺に見られてしまったエミリアさんは、俺を見つつほっぺたを膨らませる。


 お、俺のせいですか!?


 お互いが目で語り合う。


 そうですよ!とでも言って居そうな視線だった。


 そこで俺は、いやいやいやいや!違うでしょ!?と。


 そうしたら更に、図星をつくからですよ!と言われた気がした。


「……司馬君?」


 俺とエミリアさんが無言で会話をしていたのが気になったのか、柊さんは俺とエミリアさんを交互にみやってどうしたの?と聞いて来た。

 それに対して、何でもないと言いつつ、


「いや、まあガニエさんは気難しい人なんだろうけれど、正直に言うと俺もよく分からないんだよなあ」


「そうか……」


 そしてこのタイミングでエミリアさんが、カウンターに座ったまま口を挟む。


「最初は恐らく作っては頂けないと思います。依頼者の地位や能力がいくら高くてもガニエさんには関係ないようですし。けれど、根気よく通って居ればもしかしたら気まぐれで作って頂けるかもしれませんし、アマチさんの性格を見極めて作ってくださるかもしれません。ガニエさんはそういう人ですから」


 エミリアさんはガニエさんの事を、普段口にしているおじ様呼びではなく、さん呼びでそうアドバイスをした。

 余計な問題を抱えたくはないのかもしれない。


「やはりそうですよね。わかりました。根気よく通ってみます」

「それが良いと思いますよ」


 流石空気を読む事が上手な天地だ。

 エミリアさんのアドバイスを聞いて、あっさりと引き下がった。


「司馬にお願いしようと思ったけど、やっぱりこういうのは自力で何とかしなきゃだよな、うん」


 自分に言い聞かせるように天地が頷く。


 まあ、確かにそうかもしれない。仮に俺が言えば作ってくれるとしても、それを俺は言うべきではないなと思うし。

 エミリアさんはそういう事を俺にも伝えたかったのかなと、そんな風に考えていた。



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