第46話 ヘタレ男子Again
本日1話目です。
あの後お昼ご飯――冷製トマトスープのパスタとサラダ――を姉妹にご馳走になり、色んな話を聞かせてもらい、庭に植えてあるハーブを見ながらたっぷり癒された俺は、ラピスちゃん達に会うためにスラム街へと向かった。
「確かここから入るんだったな」
そう呟きつつ旧市街を囲う城郭を潜る。
けれど、ここで問題が発生した。
スラム街の入り口に到着した時、何食わぬ顔で中に入ろうとしたら、行き成り呼び止められたのだ。
「よう兄ちゃん、何か用か?」
「……え?」
見れば冒険者風の装備を着込んだ男が4人、既に剣を抜いた状態で俺を警戒している。
いきなり剣を向けられて腰が引ける。
前回は何も無かったのに、どういう事?
それに街中では無暗に抜剣しちゃ駄目な筈じゃ?
というか4人か……しかも強そうだし。
身の危険を感じて出直そうかなとも思ったけれど、それでもなんか用か?と聞かれたからか、警戒しつつも一応伝えてみる事に。
これでダメなら出直そう。
「えっと、あの、数日前にエミリアさんって冒険者ギルドの――」
「あーーーーああああ!!!何やってんだよ!おっちゃん!!」
「ん!?」
――ドガンッ!
「あだぅああっ!……ちょ、おい!まて!あが!がふぅ!ぐふ……」
説明をしている最中なのに、急に横から子供の声が割り込んで来た。
そしてその子供――まあラピスちゃんだったんだけど、彼女は大の大人に向かって物凄い勢いで飛び蹴りをかまし、着地と同時にそのまま足払いをして転がした後、仕上げとばかりにサッカーボールキックをお見舞いしてしまった。
ようするに不意打ちとはいえフルボッコ。
首の骨が折れたんじゃないかと思える程に曲がってた。
これが狼人族のジャンプ力か……。
20mくらいは余裕で飛んだぞ?
ってかラピスちゃんってガリガリなのに滅茶苦茶強いな。
しかも情け容赦ないし……おじさん生きてる?一応防具の障壁は発動してたっぽいけど。
ポカーンと口を開けてその様子を見ていると、その後はどうやらちゃんと話は通ったようで、見張りの大人もすまなかったと謝ってくれた。
「いや、えっと、なんかすみません」
何にもしてないけど、思わず俺も頭を下げて謝ってしまった。
それを受け、サッカーボールキックをお見舞いされた大人は首を押さえながら立ち上がり、苦笑いを浮かべつつ口を開く。
「いやいや、行き成り殺気を飛ばして抜剣した俺らが悪い。あんたがまさかエミリアさんの知り合いだなんて思ってもみなかったから」
「ごめんよお兄さん。おっちゃん達も悪気があるわけじゃないんだ」
「いや、いいけど、どうして?」
聞けばどうやら入って来ようとする人を監視していたらしい。
前回も居たっけ?などと思いつつも話を聞く。
なぜそのような事をしなければならないのか。
それはこのスラムに住む子供達を守る為だと聞かされ、ああそういう事かと。
「人攫いがさ、どうしても無くならないんだ。特にここ最近増えてるし。昼も夜も関係なくね。だから戦闘の心得がある大人達が順番にこうやって門番をしてくれてるし、弓が得意な子供も順番に見張りをしてる」
そう言いながらラピスちゃんは指を上の方に向けた。
その指が示す先を俺も見ると、崩れかけた外郭の塔には子供達が数人いて、俺に向けて笑顔で手を振ってくれている。そして塔の手すりには、青い布みたいなものが垂れ下がっていた。
「おいら達を支援してくれる人が来たら直ぐに分かるように、ああやって布を垂れ下げるようにしてるんだ。お兄さんはエミリアお姉ちゃんの良い人みたいだからさ、この前来てもらった後に皆でそう決めた。危険そうなら赤。分かんない時は黄色ってね」
エミリアさんの良い人って……俺の事か?
そう言われて途端に恥ずかしくなる。
だがしかし、スルーしてしまってはダメな部分だと心の中の俺が叫ぶ。
「いやいやいやいや、エミリアさんと俺はそんなんじゃなくって! 単に狩りの師匠と弟子ってだけだから!」
子供に何を必死になっているのかと思う。
けど間違いは正しておかなければ後々怖い大人が出てきかねない。
「そうなのか? うーん……そんな風に見えなかったけど。うーん……まあ、どっちでもいいけどな? お兄さん良い人だし」
「ハハハ……でも、そっか……やっぱりこういう場所から攫って行くんだな……」
「攫いやすいからな。親もいないチビ共もいっぱいいるし、こんな小さな市街地内でも縄張り争いみたいなのもあるし、ああやって少しでも監視しておかなきゃ不幸な子供が増えるんだ」
この子は、今の境遇をどん底だとは思って居ないのだろうか?
今の生活を不幸だと思って居ないその物言いに、俺は少しばかり気になった。
「今の生活って不幸だとは思って居ない?」
俺の質問に対しラピスちゃんは少し小首を傾げつつ。
「変な事をいうなあ? おいらたち子供は、この生活しかしたことないんだぜ?だから不幸だなんて思わないさ。悲しい事もそりゃああるけど、この生活の中でも楽しい事はいっぱいあるしな」
彼女は嘘偽りの無い瞳で確かにそう言った。
「そういうものかもな……うん、そうだね」
「だろ?」
確かに俺は施設に居る時、自分の事を不幸だとは思った事は無かった。
それはまだ幼かったからという側面もあるだろうけれど、それでもお金持ちの生活をしらなければ、不必要に求める事もない。
でも、攫われるという事は、今までの生活とは全く違う生活を強いられるのだから、そう考えればラピスちゃんが言っている話はしごく真っ当なのだろう。
「でも、綺麗な服とか暖かい家とか美味しい食べ物を一杯たべられる生活にも、憧れはやっぱりあるけどな!」
そう言ってラピスちゃんは笑った。
うん、正直なのは良い事だよ。
俺も釣られて顔が綻んだ。
「で? 今日は何の用?」
「あ、エミリアさんからのお使いで肉を持って来たんだ」
「お!まじでえええええ!?」
「やったああ!」
「いやっほおおおおう!」
これらの言葉は塔の上にいた子供たちの声だった。
ずっと聞き耳を立てていたらしい。
まあ、小声で話をしていた訳では無いので聞こえても当然だろうけど。
そして俺はこっそりと仕返しを開始した。まだまだし足りないデスヨ。
「そっかそっか、ありがとな!お兄さん!」
ラピスちゃんも屈託のない笑顔でそう言った。
その後、見張りの大人に再度挨拶をして、ラピスちゃんと一緒に旧市街の奥へと入って行く。
入り口でひと悶着あったけれど、それからはラピスちゃんがいるという事もあってかスムーズに旧市街を歩けた。
というか、まだ2回目の訪問だと言うのに既に結構な人に顔を覚えられたらしく、もの凄い歓待をされる。
それは教会に到着した後も続くわけで、俺は盛大に頬を引き攣らせつつ、廃教会か?とも言うべき教会へと入り、ラピスちゃん以下大勢の子供が見守る中、モアモア鳥5羽を寄付して来た。
ちゃんとエミリアさんからです!と一言添えて。
だからといって俺への対応が変わる事なんて無かったけれど。
相も変わらずラピスちゃん達子供は痩せているけれど、これをエミリアさんと続けて行けば、少しは状況は良くなるだろうか?なれば良いんだけれど。
そんな風に思いながら、必死の形相で肉を睨みつけながら涎を垂らす子供達の頭を撫でていた。
ただ、根本的な解決はしないんだよなとも思いつつ。
◇
「お兄さん、紹介するよ」
教会の裏手の作業場で、子供達と戯れながら解体される肉を考え事をしつつ眺めていると、突然後ろからラピスちゃんにそう言われた。
何だろ?と思いつつ振り返ってみると、彼女の両隣には小さな獣人の子供が2人いる事に気付く。
姉の服をしっかりと握って離さないでいる。
「おいらの妹と弟だ。ほら、挨拶をしな。こないだ言ったエミリアお姉ちゃんの知り合いだ」
そう姉に促された幼い子供獣人は、少しおずおずとするように、
「こ、こん、こん、ちは……」
「はぅ……はじゅ……あぅ……」
ヒュームで言うとまだ5歳前後だろうその妹弟を見やる。
少し警戒しているのかも?尻尾も耳も元気が無さげに垂れているし。
俺をもみくちゃにしている子供達よりも随分小さい為なのか、人見知りが強いのかもしれない。
なので二人に目線を合わせるようにしゃがんで、目を見ながら返事を返す。
努めて優しい笑顔で。
「こんにちは、カズマです」
そう言っても何も変化がない。
そればかりか余計に姉の後ろに服を引っ張った。
「ちょっ!やめ、破れるだろ!……ったくもー」
文句を言いつつも困った表情のまま妹達の頭を優しく撫でるラピスちゃんは、立派な姉だった。
うん、男だと思ってほんとごめん。
心の中で謝った。
「ごめんよ、まだ無理だったみたいだ」
「いいよ、俺も子供の頃は似たようなもんだった」
そう笑いながら言いつつ、妹と弟を見やる。
やはり、ラピスちゃん同様痩せこけている。
ただ、血色はそこまで悪くはないのが救いだろうか。
それでも栄養が足りていないのには変わりは無いだろうけど。
食材を持ってくる人が俺一人増えたくらいで劇的に変わるなんて思っていないけど、やはり何とかしたいという思いがふつふつと沸き上がってくるわけで。
「こっちが弟のゼノンで、こっちが妹のスピラだ」
お、おい。
思わず妹の名前に内心突っ込んだ。
だってラピスを逆に読んだだけだ。
もうちょっと親はまともに考えてあげられなかったのか。
少しばかり気の毒に思ってしまった。
それが分かったのか、ラピスちゃんはニィっと笑いながら、
「おいらと名前が反対だって思ったんだろ?」
「な、なんの事かな」
あからさまに視線を逸らしてしまったけれど、幼い妹は気付いていないっぽい。ラピスちゃんは、まあ……。
「いいって、っていうか獣人はそういうの多いんだぜ?」
「あ、そうなの?」
「ほらやっぱり思ってたんじゃないか」
は、嵌められた!
手玉にとられた気分だ。
「うっ……鋭いな」
「あはは、まあ、そういう名付けは本当に結構あるんだ。お兄さんの世界じゃあそういうの無いんだろ?」
どうだろうか?と。
……
ないな。
そういう名前は思い出せない。
「無いなぁ」
「まあ、そういう事だから、今後ともチビ達共々よろしくな!」
何がどういう事なのかは分からないけど、よろしくという言葉に対する返事は決まっている。
「勿論だよ」
笑顔でそう言って、出来もしない力こぶを作って見せた。
と思ったら出来た。
モリっと盛り上がった上腕二頭筋に自分自身ビビる。
そう言えば急激に筋肉がついて来たような?
この世界の鏡は非常に高価で、しかも出来が悪くてまともに見えないから分からなかったけど、身体能力を数値化しているだけなのだから、STRやVITが高くなったということはそういう事なのだろう。
自分も少しは強くなっているんだなと、変な部分で実感した。
そして、今度はもう少し多めに魔獣の肉を持ってこようとも。
その後、ラピスちゃんと会話をしていたからと遠慮気味だった子供達の更なる襲撃を浴びて、順番に肩車をさせられたり、ちょっと過激なメリーゴーランドごっこをねだられたりした後、全ての魔獣が解体されたのを見届けて教会を後にした。
そして思った。
ヒュームの子供は普通の元気がいい子供だったけど、獣人の子供は子供でも凄い運動神経だったと。
「お兄さんありがとうな」
「おにいちゃんありがとね!」
「ありがとー!」
「ああ、また来るよ」
君達に癒されにね。
見えなくなるまでずっと手を振る子供達。
そして俺は、ラピスちゃん達が見えなくなった後も、頬が緩んだままだった。
◇
時刻は夕方の5時30分。
養護施設とも言うべき教会での、楽しくも少し切ないひと時を思い出しつつ、あと30分どうするかなと思いながら、ルート馬車のターミナルの入り口に備え付けられているベンチに腰掛ける。
目的は当然、那智さん達に昨日のお礼を言う為。
今の俺は、ヘルミーナさんが売ってくれた皮装備を着て、腰にはブロードソードを差している。
昨日は鉄のライトアーマーを着ていたのに、今日は皮装備。
一見ダウングレードしてしまったと思われるかもだけれど、何気に攻撃力は格段に上がって居たりする。
防御力は少しさがったけれど、そこはまあ、鉄と皮の差という事で仕方がない。その代わりステッキを持てば、ステッキの障壁によって防御力も元と同等までに上がるので問題なし。
諸星が俺を見たらどう思うだろうか?
目を見開いて驚くだろうか?
それとも唇を噛み締めて悔しがるのだろうか?
会ってみたい気もするけど、会っても平常心で居られる自信は正直言って無いので、やはり会わない方が良い気がする。
そんな風に一人で考えていると、思いもかけない人が、ロータリー沿いの道を南の外郭方向から歩いて来たのが目に入る。
「あ……」
それは、ここ6日程見かけなかった女の子。
名前すら知らないけれど、妙に気になった魔術師の女性だった。
そしてその子の表情はやはりというか、相変わらずというか、暗く沈んでいる。
ローブも前にもましてボロボロになってしまっていて。
ちょっと……大丈夫かな……。大丈夫じゃないよなあ……。
そう思いつつ見ていると、またしても不意に俺と目があった。
心臓の鼓動が一瞬の内に早まる。
何か声を掛けなければ!
気になるんだろ!?
だったら!
彼女は俺と目が合い、少し驚いたような表情を見せたけれど、直ぐに目を逸らして足早に通り過ぎようとする。
俺、もしかして嫌われてる?
だとすれば声なんて掛けたら迷惑になるんじゃないだろうか?
不意にそんな思いが過る。
いや、別にナンパとかではないんだ。
ただ気になって、心配で声をかけるだけ。
だからナンパなんかじゃ無い。
そう念仏のようにぶつぶつと唱えていると、あっさりと俺の前を通り過ぎてしまった。
ふぁあああああああああああああ!
駄目だろ俺!
いけよ!一眞!
そう自分を叱咤し、ようやく声を絞り出す。
「あ、あの!」
その声に女の子はビクッと肩を震わせ、ピタっと立ち止まった。
なんだろ?俺って凄く悪い奴に見える?もしかして。
そう思いつつ、そうじゃないんだと気合を入れながら、続けて声をかける。
未だに女の子は前を向いたまま立ち止まり、こちらを向こうとはしない。
「えっと、あの、その……」
何やってんだ俺!
段々と自分が情けなくなって、思わず涙が零れそうになる。
そう思っているとゆっくりと目の前の女の子は振り返った。
近くでみれば尚更分かる。
肌もボロボロで食事も満足に食べていないかのような。
本当に大丈夫か?
魔術師は前衛よりも、食事は勿論の事、栄養にも気を付けなきゃならないってヘルミーナさんもリュミさんも言っていた。そうしないと魔力の回復に影響を及ぼすどころか、魔力を練る事が難しくなり、空気中の魔素が暴走して詠唱が上手くいかないからと。
「…………」
女の子はじっとだまって俺の言葉を待っている。
「あの、ナンパじゃありません!」
だあああああ!何言ってんだ俺!
女の子は俺の言葉にきょとんと首を傾げる。
きっと変な奴だと一瞬で思ったに違いない。
「ご、ごめん。えっと、最近見かけなかったから、どうしたのかって」
「……はい」
「歩いて南西の森へ行ってる?」
「……はい」
俺はそれを聞いてどうしようと言うのだろうか。
じゃあ俺が馬車代を代わりに出すよなんて、失礼にも程があるというか不審極まりない。
でも……。
「……ちゃんと食べてる?」
「……はい」
きっと嘘だろう。
でも、これ以上何を言えば。
そう思っていたら、
「あの、もう良いですか?」
俯き加減にそう言われてしまった。
完全に終わった気がする。
「あ、うん。ごめん」
「では……すみません……」
そう言い残して彼女はまた歩き出す。
これで良いのか?俺!
駄目だろ!
せめてちゃんと言えよ!
「あの!」
再度の呼びかけに女の子は再度ピタリと足を止めた。だが今度も振り返ろうとはしてくれない。
負けんな!俺!
「もしも、何か困ったことがあったら、俺、小鳩亭に居るから! 宿屋街の端っこの方にある宿!」
それだけを告げると、彼女は少しだけ顔をこちらに向け、小さくお辞儀をして、そのまま歩いて行ってしまった。
後に残ったのは体中を支配する虚脱感と虚無感だけ。
やはり迷惑だっただろうか?
いや、普通に考えれば迷惑この上ないだろう。
俺が人に助けてもらって、それで感謝したからといって、皆が同じように喜んでくれるわけが無いだろうに。
一歩間違えば変な奴でしかない。
「思い上がりだな……これじゃあパーティーに誘うどころの話じゃないや……」
そうボソッと呟いて、茜色に染まった夕焼け雲を見上げながら、俺は盛大に溜息を吐いた。