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第44話 小さな女の子

本日2話目です

 気を付けてと見送られ、ガニエさんの店へと向かう。

 一人でゆっくりと町を歩けば、案内をされた時とは違った目線で街並みを眺められるもので、今まで気付かなかったお店も目に入ってくる。

 花屋さんだとか、レストランだとか、オシャレなカフェだとか、雑貨屋さんだとか。


 新市街は計画的に作られた区画だから、やはり街並みは綺麗で、町の外郭北側を西へ流れるシスール川から豊富な水を取水出来ているからか、至る所に水路が走っているせいで空気も全く埃っぽくない。 


 元世界で言えば、どうだろうか? 写真でしか見た事が無いけれど、水の都ベネチアのような、そんな街並み。


 こうして歩いていると、一人で海外旅行に出かけたような気分になって来るから不思議だ。

 実際は海外どころの距離ではないけれど。


 そんな綺麗な町を歩いて居れば、昨日起こった出来事は夢だったんじゃ?などと思えても来るけど、やはり着ている学生服を見れば、それが夢では無かったと。


「こーんなに綺麗な町なのに、俺の心は荒んでるってね」


 そう毒づきつつ歩く。

 誰に返事を返して欲しいわけでもなく。

 言うなれば、ここには居ない諸星に対して毒づく。


「返せよホントに……くそ」


 道端に転がる小さなゴミを蹴飛ばしながら更に毒づく。


 ただ、奴を見つけても何も言えない。

 エミリアさん達からも、何も言わずに今まで通り接しろとも言われている。

 どういう意味なのかは分からないけれど、何か考えがあっての事だろうから、俺は素直に従う事に。


 本音を言えば、『そのマジックポーチの中身全部ぶっちゃけて見せろよ!』くらいは言いたい心境だけど、もしもそれで何も出なかった場合の罰則を考えたら、とてもとても気の小さい俺には無理だ。言えるわけない。そもそもそんな事をさせる権利すら無いけれど。


「出来るのは憲兵隊の隊長クラスとか、それ以上の組織の上官くらいだって言ってたな」


 それすらも強制ではないらしいし。


 あーやだやだ、転移者特権ってやだね。


 そんな風に少しヤサグレながら自分も転移者なのを棚に上げて歩いていると、先の方で何やら揉めている人達を見つけた。


「おいおい……ぶつかっといてそのままって無いだろ?」

「わたしの方からはぶつかってません……」

「うるせえ!お前の親に慰謝料を請求しなきゃなんねーから家に案内しろ。腕が折れたんだよ!」

「放してください!お願いです……」

「おい、こいつガキじゃねえぞ!」

「や、やめて下さい!触らないで……」


「ん?……なんだあれ」


 どうやら小さな女の子が冒険者風の男二人に絡まれているようだ。

 助けなければと咄嗟に思ったけど、自身の弱さと装備が無い事を思い出し二の足を踏む。


「おいおいおい……こいつはなかなか。……姉ちゃんちょーっとあっちでお詫びを受けてやるから一緒に来いよ、なあ」

「い、いやです……」


 ど、どうするよ?

 見れば小さい体を更に小さく丸めて怯えながら、掴まれた手を振りほどこうともがいている。


 テンプレ展開かよ!と思うけど、何気にこういったトラブルは珍しくなく日常茶飯事らしい。けど、まさかこんな時に目の前でそれが繰り広げられるとは。


 そうこうしている内にも繰り広げられるいざこざ。


「誰か……助けてください……」

「だーれも助けるわきゃねえだろ!」

「いやぁ……」

「ひーっひっひっひ。いいねえいいねえ」


 あ、あれって明らかに嫌がってるよな? 同意じゃないよな? 何かの撮影……なんてあるか!


 けれどそれと同時に、周囲にも人は居て、それらの人は我関せずといった様相で見て見ぬふりをしていたりするのも目に入った。


 誰か助けてやれ――


 そう思い至った瞬間に、思わず過去の自分を思い出し、そこでハッと気づく。


『おい一眞!お前変わったんじゃねえのかよ!』


 心のなかの俺がそう叫んだ。


 く、くっそおおおおおおおおおお!


 そして気が付けば、俺は男二人に向かって体当たりをかましていた。




「いってええ……くそ……」

「だ、誰だ!?」


 防具じゃないからやばいかもと思ったけれど、思ったよりも男達は吹っ飛んでもんどりうつ。

 どうやら男達は大した装備では無かったらしい。

 自分の行動に冷や汗をかきつつも、直ぐに冷静さを取り戻す。


「君!逃げるぞ!」


 そう口にしつつ小さな手を握りしめて走る。


「え?え?え?」


 何が起こったのか分からず気が動転しているのか、女の子は疑問符を並べるけれど、それでも俺の言葉に従うように一緒に走り出した。


「おい! こらまて! おい!! ジグル、追うぞ!」

「いっつぅ……ちっ!くそ! 待てやおら!」


 誰が待つか!


 だが大通りをこのまま走ってもいずれ追いつかれるかもしれない。

 冒険者ギルドへ引き返すにも、ガニエさんの工房もまだ遠い。

 エルフ姉妹の家なんて論外なくらい遠いし。

 宿屋も……どうやってこっから行くんだ?


 くそ……ならば一か八か――


「裏道へ!」


「は、はい!」


 裏道事情なんて分かる訳がないけど、構わず入り込む。

 新市街は行き止まりというものがそうそう無いのできっと大丈夫だ。


 生活魔法の”マップ”機能もあるけど、一度は通らないと”マップ”に地図は表示されない仕組みになっているので、この場合は当然未知の領域。

 そもそも”疾走”を使って全力で走っている最中に、生活魔法といえども容易く使えるわけもなく。


 ん?……”疾走”?


 全力で走っている時にふと違和感を覚えた。

 俺、今スキルを使って全力で走ってるよね?


 少し振り返れば手を引かれたまま、苦しそうだけど必死に走っている小さな……あれ? 女の……あれ?


 振り返れば更に疑問が一つ増えた。


 えっと……あれれ?


……


 混乱する頭のまま、そのまま走り続ける事十数分。

 かくしてどうやら追っ手を撒いたらしい。


 後ろを振り返っても追いかけてくる影は無い。

 そこで漸く足を緩める。


「ゼエ、ゼエ、も、もう来ないみたいだ。……あーきっつ……ハァ、ハァ……」


 俺の言葉に女の子?も後ろを向いて確認しつつ口を開く。


「フゥ、フゥ、フゥ……みたいですね……ハァ、フゥ……」



 立ち止まり、後ろを気にしながらお互い息を整える。

 恐らくはもう追っては来ないだろう。

 俺が体当たりをした冒険者風の男は転移者ではなかったようだし、もしかしたら”疾走”スキルを持って居ないステータスだったのかもしれない。


「大丈夫? ふぅ、ふぅ……」

「ふぅ、ふぅ、はい、有難うございます」


 ぶわっと噴き出た大粒の汗を拭いつつ、女の子だが幼い女の子には見えないその女性の言葉を聞き、今どこらだ?と呟きながら生活魔法の”マップ”を表示する。

 すると、眼下に半透明の地図がホログラフの要領で浮かび上がる。


「ハァ、ハァ、どこだここ……」


 当然、自分達が通って来た道筋と、現在居る場所の周辺以外は全て未調査地帯あつかいだ。あとは何にも表示されない。

 今度時間を作って町の中だけでも地図を埋める作業をしといたほうがいいなと思いつつ、以前から気付いていた地図の欠点が口を吐く。


「フゥ、やっぱこのマップの不便なところは、お店の名前とかが表示されないとこだな……」


 当たり前だろうと思いつつも、ついつい愚痴を吐く。

 このマップ、自身が見える範囲のみを記録していくようで、建物の形などは表示されても建物の中にあるお店の名前などは表示されない。所謂白地図というやつだ。非常に便利ではあるのだけれど、あと一歩足りないといったところか。


「ここは、南東地区の5番街あたりかもしれんね……ぁ……」


 彼女も同じようにマップを見ながら、ちょっと訛った言葉遣いでそう呟いたけれど、彼女はふと視線を違う所へやり、じっと見つめたまま小さく声を発した。


 ん?


「どうした?」


 そう言いつつ視線の先を見やれば――


「ぅあ! ご、ごめんなさい。も、もういいよね」


「は、はいぃぃ……すみません……」


 立ち止まってからもずっと手を繋いだままだという事に気付き、一瞬で気まずくなった。

 見れば彼女の顔も耳まで真っ赤に染まって……あれ?


 ここで新たに疑問が1個増えた。

 一体幾つ増えるんだ?と思うけど、増えたもんは仕方がない。

 一つ一つ解消していこう。


「えっと、君ってもしかしてドワーフさん? あ、俺はカズマ。ご覧の通りヒュームです」


「あ、はい。わたしはラウラっていうん……いいます。 カズマさんですね」


 ラウラ?……ラウララウラ……どっかで聞いたような聞いてないような……。

 っていうかドワーフだからか。納得した。


 おりしも三つの内二つの疑問はドワーフだと分かれば解決するものだった。

 背が140センチもないくらいなのに、顔立ちは小学生ほど幼いわけでは無く、腰回りや胸周りがとてもとても女性らしくあり、耳がエルフ程尖ってはいないけれど人間よりは明らかに長かったから。


 目がくりくりっとして、えもすれば太い眉毛もチャームポイントになる程に可愛らしいその女性は、顔を真っ赤にしつつ、ブンッと音が鳴るくらいの勢いで頭を下げた。

 腰まである長い髪を、毛先の方で束ねた藍色の髪が忙しなく揺れる。


「あの、助けて頂いて有難うございました」


 律儀にお礼を口にしつつ大きくお辞儀をする姿は、どう見ても小学生にしか見えない。

 まあ体つきは違うんだけど、身長が身長だけに違和感が凄い。ドワーフはガニエさんで慣れているはずなのに、達磨みたいなガニエさんとも全く違うし。いわゆるトランジスタグラマー。


「いえいえ、何か困ってるっぽかったからだけど、大丈夫でした?」

「はい、あんな風にしつこかったのは初めてでした……」


 怯えるように自身の体を抱きしめれば、薄手のワンピースという事も相まって、おのずと一部分が強調される訳で。アンバランスとも言える程に、たわわな果実がそこにはあった。

 でっけ……いいいいかんいかんいかんぞ!目を逸らせ俺!


「こ、この辺に住んでます? 良かったら送るけど」


 紳士的に振る舞いつつそう口にした。

 っていうか、まだ付近をうろついているかもしれないし。


「いえ、ちょっと遠いんです。それに、お使いを頼まれちゃってて……」


「そっか……そう言えばラウラさんって”疾走”を使えます?」


 俺より年下に見えるけど、長寿のドワーフだからもしかしたら年上かもしれない。

 だからラウラちゃんではなくラウラさんだ。

 そういえば最初の訛ったような言葉遣いじゃなくなってるな。


 そして最初の疑問について聞く。

 俺が”疾走”を使用して全力で引っ張ったのに、その速度について来た。

 ドワーフはただでさえ足が遅いと聞いていたのに、”疾走”を持って居ないと言われたら納得ができなかったから。


 そう思って聞いたのだけれど、やはり予想通り。


「はい、疾走はあります」


「じゃあ、同じ奴らにまた出会ったらすぐに疾走で逃げるといいですよ。あいつら使えないみたいだし」


「そうですね、さっきは気が動転してしまって使えませんでしたが、次はそうしてみます。あの……カズマさんは転移者さん? ですよね?」


 何とかして最初の訛りを聞きたいけど、無理だな。

 何で聞きたいのかは自分でも分からないけれど。


「ああ、うん」

「そうですか……あの、でしたら今度改めてお礼がしたいので、宿泊なさってる宿を教えてください」


 いや、ここで教えるのってどうよ?

 ここはスマートにさようならするべきなのが、日本男児ってもんじゃないか?


 そんなフラグを折りまくるような事を考えつつ、


「いや、お礼の言葉をもらったからいいよ。じゃあ俺も急ぐんで行きますね」


「あ……じ、じゃあこれを!」


 俺が焦ってこの場を去ろうとしたからか、彼女も焦ってマジックポーチから拳よりも少し小さい鉱石を取り出した。

 色は青白い。


 ハイっと渡され思わず受け取ってしまったけど、そこそこの重量を感じた鉱石だ。明らかに鉄よりも重い気がする。


 って、これって……。


「これはミスリルって言います。少ないですけど装備を作って貰う時にでも渡せばその分良いものが出来ると思います!」


 やっぱりか!


「ちょ!、こ、これちょっ! 駄目だって!」


 ミスリルと聞いて盛大に狼狽しつつ鉱石を返そうとする。

 ミスリルなんて貰えるか!


 焦って戻そうとするけど、彼女は両手を突き出して首を左右にふりながら、


「いいんです。わたしの家は鍛冶師をしてて、わたしは鍛冶師見習いなんですけど、それくらいは修理用に常に持ってるんです。って、ドワーフは殆ど鍛冶師なんですけどね? えへへ」


 か、かわいい。


 恥ずかしそうに笑う笑顔は、どこか幼さも残した飛び切りの美少女に見えた。

 不覚にもその笑顔にドキリとさせられ、動きが止まる。


「では!わたし行きますね! ありがとうございました! ではではでは! またいつかーー!」


 そして俺が怯んだその隙に、用事は済んだとばかりにラウラさんは体を翻し、脱兎の如くぴゅーーーっと走り去って行った。


「あ!……ああぁ……」


 その足は非常に早かった。

 ある意味俺が助けなくても、自分で逃げようと思えば簡単に逃げられたのではないかと思えるくらいに。


 ぽつんと残された俺。


「ぱ、パンツ見えてますよー……」


 割と短かったワンピースだったので、白のパンツがばっちりと見えてしまった。 


「てか、どーやって戻るんだ?」


 仕方がないので常にマップを開いた状態のまま、溜息を零しつつほゞ元来た道を戻って行き、結構な時間を歩いて漸くガニエさんの工房へ到着した。


「方言……聞けなかったな」


 そんなどうでも良い事も呟きながら。


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