第43話 それって談合?
本日1話目です。
翌日。
決して清々しい朝を迎えられたとは思えないけれど、それでも疲れが残っていた俺は、昨晩ぐっすりと泥の様に眠り朝を迎えた。
昨日は結局、心配だからとエミリアさんはわざわざこの宿に泊まり、俺をガードしてくれたという申し訳ない行為に出てくれ、尚且つヘルミーナさんが結界を張ってくれたので俺は安心して眠る事が出来た。
なんて過保護なんだと思ったけれど、相手が俺よりも確実に強い諸星なので、結局のところ素直にお願いをした。
そして宿屋の女将さんやニーナさんにも俺が遅かった事と、エミリアさん達馴染みの人と一緒に帰って来たことで、あっさり何があったのかが知られてしまった。というか、俺の服装を見て直ぐに分かったらしい。自分の服に着替えはしたけれど、初日に着ていた学生服だったのだから。
おかげで既に客が居なくなって閉めた食堂をもう一度開け、夕飯を作ってもらったなどという申し訳ない結果にもなった。
ただ、その時ニーナさんが少し悩みがあるような感じに見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか?
その時の言葉で、お互い面倒ごとが多いねみたいなことを言っていたのが気になった。
何も無ければいいんだけどな。
「ムカついて眠れないかと思ったけど、そんな事なかったな……」
案外神経が図太いんだなと自己評価を下しつつ、顔を洗って歯を磨き、着る装備がないので学生服を着て、食堂へと向かう為に扉をあければ。
「あ、お早うございますシバさん」
本日の出勤は朝の9時からという事で、少し寝坊をした俺と同じタイミングで目の前の部屋からエミリアさんが出て来た。
そしてエミリアさんはどうやらフレックスタイム契約らしい。とはいえ殆どフルに働いているらしいけれど。
「おはようございます」
「ちゃんと寝ましたか?」
「はい、ムカついて寝られないかなと思ったんですけど、思ったより疲れてたみたいです」
「でしょうね。体中に大怪我を負っていましたし、それに、ポーションは連続で飲んでも効果がある代わりに、沢山飲むと利き目が薄れて体が徐々に重くなりますし、頭痛も酷いですから」
昨日頭が痛かったのはそれでか。
「結構飲みました。たぶん昨日だけで50本以上。ストックも無くなりましたし」
「でも良かったです。シバさんがご無事で本当に……」
少し昨日の事を思い出したのか、エミリアさんが眉根を歪めた。
師匠にそんな顔をさせるようでは弟子失格だな。
「本当に皆に感謝です」
「そうですね。今日はどうされます?予定は」
「朝食を食べ終わったら、直ぐに冒険者ギルドへ行ってワイルドボアを換金して、その足でガニエさんの所へ行こうかと」
「そうですか。では冒険者ギルドまではご一緒できますね」
「はい」
その後はエルフ姉妹の所へ行って、夕方には馬車ターミナルで那智さん達の帰りを待つ予定だ。
ああ、その前にスラムへ行ってラピスちゃん達に魔獣の肉を少しだけ渡そう。本当はもっと渡せる予定だったのにと思うと残念だけど、無いよりはいいと思いたい。
二人で階段を降りながら、今日の予定を決めた。
「そうそう、明日は時間を空けてくださいね?」
「え?あ、魔法ですか?」
「はい、お休みなのでまた1日お付き合いできます。午前中までに魔法の基礎を覚えて頂いて、午後は南西の森へ少しだけ向かいましょう」
「ありがとうございます。楽しみだなぁって、半日で基礎?」
思わず聞き流すところだったけど、半日ってことは柊さんとかと同じ方法か?
「はい、アマチさんやヒイラギさんに聞かれたかどうかは分かりませんが、基礎を直ぐに理解してもらう為の別の方法があるんです。ちょっと恥ずかしいんですけどね?」
「えっと、どんなのだろ……恥ずかしいって」
「内緒です。今口にしたら私まで恥ずかしくなります」
おいおいおい……どういう事だ?
既にめちゃくちゃ顔が赤いですよ?エミリアさん。
もしかして柊さんが驚いたのはこれの事だったのか?
「……わかりました、お願いします」
「ふふふ。今のINTは、えっと30ですか?」
よく覚えてるなあ。
まあ、1ずつしか上がってないから簡単か。
「正解です」
「でしたら何とか実用範囲ですね」
「お願いします、師匠」
とうとう心の中だけではなく、口に出して言ってしまった。
でも後悔はない。
ただ、エミリアさんは立ち止まり、その言葉にきょとんとする。
「えっと? 師匠? ですか? 私が?」
「はい、エミリアさんは俺の狩りの師匠です」
「えっと……あの……その……」
何故かエミリアさんはしどろもどろになった。
なんでだ?
「迷惑ですか?」
「い、いえ。ただ私はそんな事を言われたことがないので、少し驚きました」
「迷惑じゃないなら師匠と言わせてください」
「むぅー……」
頭を下げつつそうお願いしたのだけれど、どうも納得できないらしい。
何が納得できないのだろうか?
「駄目です?」
「むぅー……いいです、よ」
先ほど迄と全く変わらず顔を赤らめながら、エミリアさんは小さな声で了承してくれた。
何故顔が赤いのかはわからないけれど、とにかく了承してもらったのだから喜ばしい。
「ありがとうございます、エミリア師匠!」
「わ、わ、わ! やっぱり駄目です!凄く恥ずかしいですよ!」
「じゃあ、あまり言わないようにします……」
「お願いします……」
なんだこの空気は。
食堂について食事をしている間も、エミリアさんは顔が赤いままだった。
途中で「それならそれで、いい訳がたちますね」などとぶつぶつ独り言を言っていたようだけど、どういう意味かはさっぱり分からなかった。
その後微妙な空気のまま、エミリアさんと冒険者ギルドへ赴き、カウンターで魔獣売りの申告をし、そのままエミリアさんの案内で魔獣などを卸す為にただっぴろい中庭へと行き、今まで倒したワイルドボアやホーンラビットやアルマデロを売ることに。
この場に来るのは何度目だろうか。
ただ、前回までとは違い、そこには手ぐすねを引いて待っている人達の群が。
依頼を受けずにギルドに魔獣を卸せばこう言った形になる。
依頼を受けてギルドに納品する場合は、ギルドが責任を持って預かる。
どちらもギルド経由で卸すのだから、同じく冒険者の功績になるし、値段も若干の増減はあるけれど、殆ど変わらないという。
今回こうしたのは、持って居る魔獣の殆どを売りたいが為。依頼にすると端数が出るから。
今日は、ワイルドボアを売りたかったので、こうするしかなかった。
指定された場所へ次々と魔獣を出していく。
魔獣を出すごとに商人達の目の色が変わる。
基本的に、買い取りをしてもらえる物は決まっているので、それに沿って卸せば売れ残りを気にする必要が無いのは嬉しい。
「ほう……程度が良いホーンラビットですな」
「ワイルドボアも余計な傷がない」
「アルマデロはやはり今の時期は数が少ないですか……」
「暑くなってきましたから、昼間は穴倉に潜っていますからな」
「あ、ワイルドボアは私が70万ゴルドで買いたい」
「仕方が有りませんね、今回は譲りましょう」
「私も欲しかったのですが、まあいい、でも次はお願いしますね」
……おいおい。
売り手の前でそんな話をしないで頂きたい。
思わず苦笑いが零れる。
「皆さんホーンラビットは欲しいとの事でしたので、均等にわけて一人1羽という事で?」
ホーンラビットは今回は5羽しかない。
重量制限の関係上、溜めて置く事は怖いので、ウサギ1匹70kgだとしてもほぼ毎日換金しているから。
「そうですな」
「やはり良いですな、このホーンラビットは。首を一刀の元切り捨てているから状態が非常に良い」
それはアレですよ、一人で狩っているからですよ。
誉められているのに、どこか虚しくなる。
「相場が少し上がって居ますから、先ほどと同じくホーンラビットは銀貨7枚と大銅貨2枚ですかね」
「それで良いでしょう」
こういう時の為に、冒険者ギルドにはお抱えというか出入りの商人が結構な人数常駐していて、その商人達が品質をチェックしつつ会話をしている。
さながら競り市だ。
とはいえ談合に近い……というかモロ談合だ。しかも売ってる本人の前で堂々とするのが凄いな。そういう風習なのだろうけれど。
「モアモア鳥は……」
「すみません、今回はないです」
「そうですか……残念です」
レベルが低いからか、どうやらモアモア鳥をわざわざ狩る人は少ないらしい。
そんな残念そうな顔を見せても売りませんよ? ラピスちゃん達に渡すんですから。
残すと決めていたのは、リンクさせずに狩れるかどうか試したモアモア鳥5羽。それを全てスラムの子供たちに渡す。
「あの、グリーンフロッグは……」
あんなもの狩る訳がない!
「いません!あ、いえ、ありません!」
「残念です……」
「ふふふふ」
エミリアさんに笑われてしまった。
どうせ粘液塗れの姿を思い出したのだろう。
そうして売れた魔獣の合計金額は1,160,000ゴルド。
予想よりも少し多かった。
因みに、競り落とした金額の10%を、商人は冒険者ギルドへの手数料として余分に支払うらしい。俺にはまったく関係ないけど。
という事で、手持ちにあるゴルドは約4,180,000ゴルド程なので、合計すれば約5,340,000ゴルド。
金貨5枚に届いた。
これだけあれば最初に売って貰った装備は十分買えるだろう。
あとはローブをどうするかな。当分鎧が要らないならライトアーマーやショルダーガードは必要ないだろうか? そうすればローブか杖にお金をつぎ込めるんだけど。あと、大量に消費してしまった治癒ポーションも必要だな。
あ、那智さん達へのお礼もしなければ。
何がいいかな……。
そんな事を考えつつ売買を終え、ギルドからお金を受け取る為にカウンターへと戻ったのだけれど、時間が遅かったという事もあってか冒険者ギルド内は人がまばらだった。
ただ、昨日の騒動を知っている人も俺の服装を見て、小声でしきりに何かを話しているのだけはやたらと耳に着いたけれど。
そして当然のように諸星には会わなかった。
今頃奴は、にんまりとしつつスキップをしているんじゃないか。そう思うだけで、腸が煮えくり返りそうになる。
内心ムカムカしつつも換金を終え、ガニエさんの店へ向かおうとしたのだけれど、その前にエミリアさんから待てがかかる。
「今回までの功績を計算したのですが、あと少しでランクアップしますよ」
え?
「ほ、ほんとに?」
「はい。銅から青銅への昇格条件は、100体の魔獣を卸すか討伐して頂き、尚且つ総換金額500万ゴルドです。現在までにシバさんが卸してくださった魔獣の総数は65体で薬草採取も合わせた総換金額は481万ゴルドです。なので、あと19万ゴルドと魔獣35体だけでランクアップします」
それって今の俺なら何とかなるんじゃないか?
換金額はクリア出来たも同然だし、数に関してはホーンラビットでもモアモア鳥でも良いみたいだから、35匹は余裕でクリアできそうだ。
ホーンラビットは逃げるようになったから、追いかけっこをしなきゃいけないけど、それでも今なら余裕だろう。
「おおおお!よっし!がんばろ!」
「ふふふ、頑張ってくださいね」
俄然やる気が出て来た。
先ほどまでのムカつきすら薄れ……ないけどさ!
それは別腹だ!
「それから、ガニエおじ様のお店までお一人なのが心配なので、それまでこれを持っていてください」
そう言いつつ差し出されたのは、グラディウスよりも短い細身の短剣だった。
色は……緑がかった色をしている……か。
これってもしかして……。
「アダマンタイトのダガーです。ガニエおじ様作ですよ?」
やっぱりか!
でも良いのだろうか?見るからに高価そうだし。
「良いんですか?」
「はい。幼少の頃、昔護身用にとおじ様から誕生日プレゼントで送られたものですから、今は全く使って居ません」
そりゃ魔闘士なら刃物は使わないだろうけど、やっぱりアダマンタイトだったか。
確かミスリルと比重が殆ど変わらないのに3倍の価値がある鉱石。ミスリルが100グラム金貨1枚だから、アダマンタイトは金貨3枚。たけえ……。
おっかなびっくりで受取り、薄緑色のダガーを光に翳してみると、なんだか不思議な色合いに変化をする。
「その武器には一応、障壁を発動する効果もありますから、防具を着ている程ではないですけど、一時凌ぎくらいには成ると思います」
「ありがとうございます。お借りしますね」
「はい。大切に使ってください」
それ言葉の意味が若干違う!
なので齟齬が無いように言い換える。
「ガニエさんの所に行くまでお借りします」
「はい、分かって居ますよ?ふふふ」
笑われた。
どうやらからかわれたらしい。
ただ、不思議な事に、これらの会話をエミリアさんとしている間、昨日までなら飛んできていた殺気のような嫉妬のようなものが全く飛んでこなかった。
何があったのだろうか?
後ろを見渡して目が合うと直ぐに視線を逸らし、誰も俺を見ようとはしないし。
「では気を付けて。シバさんは防具を着ていないので特に」
考えても仕方がない事は考えないに限る。
鬱陶しい視線も無くなったんだから良かったと思うべきだろう。
そう思いつつエミリアさんの忠告に返事を返す。
「はい。危ないと思ったらすぐにスキルを使って逃げます」
「それでお願いしますね」




