第42話 覚悟
本日3話目です
「私は……」
俯き加減のエミリアさんに優しい笑みでヘルミーナさんが語り掛ける。
「エミリアちゃん? 貴方のお父さんって昔は人の可能性を見抜く能力に非常に長けた人だったの」
「はい、母からそう聞いています。なんでもガニエおじ様やヘルミーナさんや母もその能力で探し当てたとか」
「そう。人を見抜く力。人が持って居る潜在能力を見抜いて仲間に引き入れる。それって言い伝えられている勇者の力に近いの。だけれど、近いけれど遠くもあるわ。本当の勇者には自然と従者たる仲間が集まって来ると言われているのだから」
そしてヘルミーナさんの言葉を引き継ぐように、ガニエさんが言う。
「そのいわば勇者に尤も近い力を持っていたのがジークなんだが、その力がある日突然消えたってーのは聞いてるか?」
「はい……私が生まれた時だと」
「そうだ。それはつまりエミリアがジークの力を引き継いだと言われても、誰も疑いなど持たねえ。事実、俺は全く疑ってねえからな」
「だから俺、ですか?」
「そうだ。ただ、あくまでも俺らの思い過ごしかも知れんし、買いかぶりかもしれねえ。ヘルミーナが言う通り、今の加護じゃあどうやったら勇者に結びつくのかさっぱり判らねえしな。でもよ、あと一つお前の加護で気になる事が有る。いや、恐らく加護の影響だろう」
ガニエさんの言葉に、ヘルミーナさんとリュミさんは怪訝な表情を見せる。
「それってどんなこと?」
「わたしも分かんないかも」
「ギガスボアをカズマがグラディウスで倒したってー事実だ」
馬鹿にするでもなく、もったいぶるでもなく、ガニエさんは姉妹の疑問に即座に答えた。
こう言う所が仲がいいと思える部分なんだろうし、答えを聞いた姉妹も直ぐに表情を和らげる。
「あぁーっ……納得ね」
「確かにそうね。何となく抱いていた疑問が今解けたわ」
「はい、実は私もそれは凄く気になって居ました」
「やはり皆さんでもそう思いますか」
「そう思うだろ?」
とはいえ俺にはさっぱりだ。
どういう意味か分からない俺以外の全員が、ガニエさんが言わんとする意味を理解したようで、俺は少し焦って挙動不審者のようにキョロキョロと5人を見渡す。
教えてくださいよ!
「ど、どういう意味です?」
「なに、簡単な事だ。お前が倒したギガスボアって魔獣はな、最低でも鋼ランクになってなきゃ倒せねえ。これがどういう事かわかるか?」
ガニエさんは、えてして質問形式で言葉を返してくる。
全てを説明するのではなく、聞き手も考えろと言わんばかりに。
とはいえより理解度は深まるのだから、有難いとも思える。
「えっと、レベル19では本来は倒せない? でもガニエさんの武器があったわけだし」
ガニエさんは俺の返答にちょっと頬を緩めた。
なんだろ? あまり似合わない。
「いや、まあ、俺の武器をそこまで評価してくれるのは嬉しくはあるが、レベル1から持てる武器が、南西の森の領域ボスともいえる程のギガスボアに、本来ならばダメージなんざ与えられねえんだ。与えられたとすりゃあ、それは持ち手のSTRだ」
「確かに皮膚は凄く硬かったですけど、喉はそこまででもなかったような……」
「そこだ」
「どこ?」
思わずきょとんとしてしまった。
「唯一奴の弱点とも言うべき喉の一部分。範囲にして10センチ四方しかねえだろうが、そこをピンポイントで抉ったとしか思えねえ」
「いえ、急所はエミリアさんに教えてもらってましたし……」
「だとしてもだ」
「単に運が良かったのか、それとも加護の導き?」
「俺は加護の導きだと思って居る。DEXが高くなりゃあ自然と急所あたりを狙うようにもなるんだが、カズマのDEXはお世辞にもまだ高くはないからな。知っててもまず当てられねえし、運ならとんでもない運になる」
「うぐ……」
「これからよ、カズマ」
慰めてくれるリュミさんの言葉が暖かい。
そしてそんな事などお構いなしでガニエさんは話を続ける。
「しかもだ、一番わすれちゃあいけねえのは、STR100程度でギガスボアの急所を突いたとしてもグラディウスが柄まで突き刺さるような事はねえ。よしんば鍔までだ。それは作った俺が言うんだから間違いねえ。だがカズマは急所を抉って倒した。違うか?どうやったかは分からんが、お前は柄まで埋め込んだんだろ?」
まるでその場に居たかのように、俺の記憶と違わない状況を語るガニエさんが恐ろしく思えてくる。
それだけ自分の武器を把握し、しかも狩りの場数を熟している証拠なんだろう。
けれど、本当に記憶通りだったのだろうか。
「はい、記憶が確かならそうです。最後は柄を足の裏で蹴り上げて……記憶違いかな……」
段々と心配になってきた。
もしかしたら夢でも見ていたんだろうか?
「いや、記憶は確かだろう。急所を的確に突いて、尚且つグラディウスの根元まで突き立てなきゃ、ギガスボアは絶命せずに暴れまわった筈だからな」
暴れて居たら間違いなく俺はミンチだろう。
「そうね。案外と喉の奥にあるものね、ギガスボアの急所って」
「だからそれらを踏まえるとだ、その意味のさっぱり分からねえ加護が、何らかの働きをしているとしか思えねえんだよ俺は」
「その可能性はとても高いわね」
「じゃあ、カズマの加護って見た目の能力値よりも高いって事? フィルターが掛かってるような」
リュミさんがそういうけれど、そんな事になんの意味があるんだろうと。
「いえ、そうとも言えません。シバさんの加護が能力値を上げるという事には納得しましたけど、それが常にという訳ではないように思います」
「ほう? 理由はなんだ? エミリアちゃん」
「以前、シバさんが偶然倒したクルンミーの切り口を見せてもらった事があるんですが、あれはガニエおじ様のグラディウスと、シバさんの当時のSTR20~30を足した分程度の切り口でした。誤差はあると思いますけど、そう違いは無いと思います。それに、狩りにご一緒した時も、シバさんの攻撃力は私の予想範囲内でしたし」
「ふむ……エミリアちゃんが言うなら間違いないだろうが……」
「もしかしてさ、死にかけた時に発動するってのじゃ?」
リュミさんが核心をついた気がする。
火事場のクソ力みたいな。
「確かにそれはありうるな……」
「俺もありうると思ってしまいました……本当に死にそうな目に合ったのって、ギガスボアだけですし」
そしてその時、ある事を思い出した。
ワイルドボアを狩り始めた時から感じていた、時間がゆっくりに流れるような感覚と、ギガスボアを狩るとき喉の辺りがぼんやり光った事を。
「あと、関係ないかもですけど、皆さんって戦闘中に時間がゆっくりと流れるような感覚ってあります?」
「そんなものはねえ。……こともねえか? いや、あるな」
「ありますよ。自身も含めた世界がゆっくりと流れて行くような感じですけど、でもそういう時は多大な危険を感じた時ですね」
やはりあるのか。
全員が同じように頷いた。
みんなどれだけ死にそうな目に逢っているのかと。
ただ、俺が言いたい事はそうじゃない。
「でも、自分はその流れの中でも、他よりも少しだけ早く動ける時ってないです?」
「な、なに!?」
「は?え?ちょっ……」
「シ、シバさん……」
俺の言葉に全員が絶句をした。
あれ?……なんか不味い事言っちゃったか?
ヘルミーナさんが驚く表情を見せたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「えっと、ハハハ……」
「おい! カズマ! まさかお前……」
「カズマくん! どうなの!?」
普段驚かない二人が盛大に食いつき、頭突きをしてくるんじゃないかと思える程に近寄って来た。
思わず上半身が後ろに倒れて行く。
「い、いや、アハハ……えっと、実は一番最初と二回目に狩ったワイルドボアの時に……あと、ギガスボアの時も……」
「え? ええええ!?」
エミリアさんが更に驚愕の表情を浮かべた。
そして直ぐに、俺に掴みかからんばかりの勢いで言葉を続ける。
「どうして言ってくれなかったんですか!」
「いあ……これが普通なんかなーって……不思議な世界だし、あるかなーって。ハハハハ」
「そんなわけあるかよ!」
「ですよ! そんなの誰も経験していないと思います!」
「あらあらまあまあ……」
「エミリア気付かなかった?」
「全く気付きませんでした……」
エミリアさんはリュミさんの言葉にがっくりと肩を落とした。
「そりゃまあなあ……不自然な部分が無きゃ気付かなくても仕方がないぞ」
「もう少し上手に避けてくださったら……変だなって思ったのに……」
「そんな無茶な!」
恨めしいような表情をエミリアさんが向けて来たけれど、ホーンラビットですらダメージを食らうのに、ワイルドボアをノーダメージとかありえませんて!……っと、あともう一つあるんだった。
脳内で盛大に突っ込みを入れつつも頭を切り替え、尚も恨めしそうに見やっているエミリアさんに向けて伝える。
「あと、喉を突く時、気のせいかもですけど、ぼんやりと喉が光ったような気がして、そこに刃先を立てればいいのかなって思って……いや、違うな、吸い込まれるような感じがしたかもです……」
「おおおい……カズマ……」
「ねえ、お姉ちゃん……それって」
「え、ええ……」
「シ、シバさん……?」
「んぁぁあぁあぁ……」
俺の言葉で更に場が混乱したらしい。
煩く騒いでいた皆が突如口を閉ざし、一瞬で場の空気が重くなる。
エレメスさんなんて、声にならない呻き声を発するだけだ。
「あ、アハハ……俺なんか変な事いっちゃいました?」
テンプレ勇者のようなセリフが思わず口を吐いた。
それは俺の目の前に立つ5人の表情が、余りに普段とは掛け離れて居たからなのだけれども。
も、もしかして凄いことなんじゃないか?
どれくらいの間静まり返っていただろうか。
俺自身焦って何も口から出てこない。
人は理解の範囲内で驚いた時はざわつくけれど、理解の範疇を越えた驚きの場合は逆に静まると聞いたことが有る。そしてそれが今なのかもしれない。
重苦しい雰囲気に喉がやたらと乾く。
数秒なのか数十秒なのか数分なのかは分からないけれど、やがてエミリアさんが口を開いた。
「ひ、一つ確認をしていいですか?」
「はい……」
「その現象はギガスボアが初めてですか?」
「はい、ワイルドボアではそもそも急所を狙って居なかったですし」
俺の返事を聞いたエミリアさんは、ガニエさん達に向けて小さく頷いた。
「カズマ、その時の状況を詳しく聞かせろ」
「あ、はい――」
その後、その時どういう状況でどうなったのかを詳しく教えてくれとガニエさんに言われ、初ワイルドボア戦とギガスボア戦を思い出しながら説明をした。
とはいえギガスボア戦は、途中から意識が朦朧としていたからあまり覚えておらず、最後のあたりは抽象的な説明になってしまった気がするけれど、それでもエレメスさんを除く全員が小さく頷きながら理解をしてくれたようだった。エレメスさんは先ほどから放心状態だ。俺の事でなので申し訳なく思ってしまう。
説明が一通り終わり、ガニエさん達も落ち着きを取り戻し、更に真剣な表情を俺に向けて口を開く。
「まあ、赤竜と黒竜に話しかけられた時以上に驚いたが、話を纏めるとだ、俺らはエミリアの目に賭けてみる事にしたんだよ。それで今の話で更に確信をした」
「ええ、私もよ」
「勿論わたしも!」
「だから仲間に、ですか……」
「そう、時間はあるようで、恐らくはそんなに無いわ」
今まで微笑みながら話をしていたヘルミーナさんが、気付けば一等真剣な表情を見せていた。
ガニエさんは何時でも怒ったような表情だけど。
そんな二人の表情を見やりながら真剣に考える。
時間が無い……それは……。
「それって、もしかして結構不味い状況だったりします? 凄く強い敵がいるとか。……例えば……魔王みたいなのがいるとか」
「ああ、恐らく既に魔王は居る。しかも1体じゃないかもしれねえし、魔王よりも上の存在もいるかもしれねえ」
魔王の上って……。
「そして向こう1年2年の内にとんでもねえ大攻勢を仕掛けてくるだろう。それは俺もジークも同じ見解だ。ヘルミーナもな。だからそういう事だ」
「冒険者をやめて、その時が来た時に直ぐにでもサポートが出来るように、ね」
「俺らが数年間レベルを必死に上げるより、そうすることがより正解だと判断した」
「それが俺……ですか……」
「それは分からねえ。ただ、その可能性はあると、ここに居るエレメス以外は全員思って居る。エミリアもそうだろ?」
「……はい」
若干考えた後、エミリアさんは俺を真っすぐに見やりながらはっきりと肯定した。
「ですが、まだシバさんはそのような事は考えないで良いと思います。無理に考えてしまえば、それは加護の成長を妨げる事にもなりかねませんし」
「ああ、それは十分にある。だからこそ、ジークはカズマの前に現れないんだろうしな。自身が関わる事への影響が大きすぎるからだろうが」
「はい。はっきりとは言いませんでしたけれど、数日前に父と話をした時、内容から私はそう解釈しました」
凄い話になって来た。
昼過ぎに死にかけたのに、まさかこんな話になってくるなんて……。
「今回の第三段階に加護が変化した事にしても、一歩間違えばカズマの加護を消し飛ばしかねねえ程だったと俺は思って居る」
ガニエさんは苦虫を噛みつぶしたような表情でそう言った。
「そうね。カズマくんがちゃんと正しい選択をしてくれたから良かったけれど、多くはあそこで甘えるわね」
今度はヘルミーナさんも申し訳なさそうに眉根を下げる。
申し訳ないなんて思って欲しくないな。
凄く有難い申し出だったのは確かなんだから。
「だから俺らもある意味、カズマの加護に試されていると思った方が良いかもしれねえ」
「ええ、ついつい甘やかしてしまいたくなるものね」
ヘルミーナさんはなんだか意味深な視線を送って来る。
あれか?俺って親戚の子供みたいなものか?
「だが、俺らの善意が切っ掛けで、カズマの加護が変わったってーのも事実だ。ただまあ、加護が変わるタイミングってのは、その時その状況じゃなければ絶対にダメだという訳じゃあねえ気がするし、ここまで加護がコロコロ変わってしまうなら、もしかしたら道は一つではねえ気もする」
「という事はよ?カズマもわたしたちも加護を過剰に意識しない方が良いって結論?」
「そういう事だ。まあ、何が言いたいかというとだな、カズマはこのまま必死で強くなれ。その為のサポートは俺らがする。あと、装備は定価でとお前は言ったが、仲間内に定価で売りつける奴なんざ俺らの中には一人も居ねえ。だから仲間価格で半額だ。それだけは俺らも譲れねえ」
「そうね。譲られないわ。私達を仲間として迎え入れてくれるつもりがあるのなら、だけれどね?」
「どうする?カズマ。勿論おーけーよね?」
なんだろ?この、有無を言わさないと言わんばかりの威圧感。
「それは……」
俺が返答に困っていると、ヘルミーナさんは優しく微笑みながら、
「仲間と言っても、今はまだ私達が狩りのお手伝いをする事もないし、つもりもないわ。それはエミリアちゃんのお役目ですもの」
「その通りです!」
エミリアさんは腰に手を当てて胸を張ってドヤ顔を見せる。
そして俺は胸の部分を見てはいけないと視線を逸らす。
「それに、ジーク程じゃないが、俺らが今の時点で直接動けばそれなりに騒ぎになる。だから今は表立って動かねえ」
「それは有りますね。皆さんは凄い功績を上げた方たちばかりですから」
ガニエさんの言葉に対し、いつの間にか復活したエレメスさんが肯定した。
「それにカズマはカズマで、一緒に育っていく仲間をちゃんと見つけないとだしね?」
「その通りですね」
「でも時が来たら、私達も一緒よ?」
「当然よね!カズマ!」
「その通りですね!」
エミリアさんは何度も頷きながら肯定をしている。
しかも最後のは、私もですよ!と言った具合に勢いよく。
「だがな、それでもカズマの意思一つだ。それすら必要ねえというなら、残念だが俺らは受け入れて引き下がる」
そういったガニエさんは少し寂しそうな表情をみせた。
けれどそれを一切ぶった切る発言が隣から。
「あら?わたしは受け入れないわよ? それに引き下がりもしないしね?」
「そうね、私も受け入れないわ? 何を言っているの?ガニエは」
「受け入れて引き下がるのはガニエ一人にしてよね」
「お願いだから私たち姉妹を巻き込まないで欲しいわ?」
寂しそうな表情を見せたガニエさんは、姉妹の発言で一瞬の内に表情を強張らせた。
「さ、流石は自己中エルフ種族だ……」
「あら? 残念ゆるキャラ種族に言われたくはないわ」
「そうよそうよ!しかも頑固で融通がきかないし、”疾走”があってもマイナス補正で足遅いし、兎に逃げられるし。器用なんだから弓くらい使いなさいよ!」
「お、お前ら……」
攻撃したら倍以上で返されたガニエさんの顔が更に引き攣った。
残念ゆるキャラて……そこまで言うか?
っていうか、その失礼な呼び方は多分先輩転移者が流布したんだろうな。
それと、足が遅いのは関係ない気がしますよ?リュミさん。
とはいえ、こんな俺なんかにそこまで言ってくれるのかと。
そう思うと嬉しいのは確かなんだけど、なんだろう。分からない。
「シバさん」
エミリアさんが俺を呼ぶ。
俺は彼女の目をジッと見つめた。
けれども、彼女はそれ以上何も言わない。
「俺は……」
「まあ、直ぐに答えは出んだろうが、考えといてくれ」
話を切る為にガニエさんがそう口にした。
いや、ちゃんと今返事を返すべきだろう。
伸ばして俺の都合がよくなってからとか、どれだけ失礼な奴なんだと思うし。
「いえ、あの、考えといてくれとか、俺次第とかじゃなく、仲間っていうのがどういうものかいまいち分からないんですけど、でも、俺は、俺も……皆さんのお仲間に加えて貰えるなら、これほど嬉しい事はないなと思います」
上手く言葉を綴れなかったけど、気持ちだけは伝わったようだ。
俺の言葉でガニエさんは、初めてともいえる程に嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれた。
「そうか。じゃあ決まりだ」
「ええ、たった今から私達は貴方の仲間よ。これから長~い時間をかけて親睦を深めましょう?」
「あ、はい」
そう言ってヘルミーナさんは先ほどとは違う、少し色っぽい視線を浴びせて来た。
その視線はやめてください。他の人なら誤解しますよ?
「じゃあ、仲間になったんだから、わたしに敬語はなしね!」
「いあ……えっと……はい」
48歳だから無理ですなんて言えない。絶対に言えない。
「あと名前もリュミって呼び捨てよ?」
それは無理ですよ?いや、無理ですって。
「いあ、えっと、それはちょっと……善処します……」
「もー。でもまあ最初はそれでいっか」
「ハハハ……」
この人凄くグイグイと懐に入って来る。
しかもそれで嫌悪感が湧かないのだから不思議だ。
最初は、美人って得だなと思っていたけれど、きっとそれは違っていて、恐らくはリュミさんの持つ内面の裏表の無さがそうさせているのかなと。
「まあ、こんなおっさんおばさんに言い寄られて今は戸惑うだろうが、どうせ近いうちに答えは自ずと出る。俺の予想では1年程でこの世界の誰よりも高いレベルになっていると思うがな。それこそ第4ヘルなんぞ一気に突破するかもしれん」
第4ヘル……レベル199。
でも、やはりガニエさんの言う通り必要経験値が少なかったのか。
確かにそれらは確定ではないだろうけど、俺も何となくそんな気はしていたし。
でも、もしも本当にそうなら……。
覚悟を決め、真剣な表情を皆に見せる。
「分かりました。俺、頑張ってみます」
「それでいい」
「良い顔ね。子宮のあたりがグッとくるわ」
突然のヘルミーナさん下ネタ発言に場の空気が壊れた。
めちゃくちゃ真剣な話をしていたのに、生温い風が流れてしまった。
そして見かねたガニエさんは、下腹部を押さえつつそんな事を口にしたヘルミーナさんを憐れむように見ながら、
「全くお前は……だから駄目なんだと、ジークと一緒にあれほど言っても分からんらしいな」
「なによう……それと私がまだなのは関係ないでしょう?」
まだって何がまだなんだろうか?
「んー……関係あるとおもうよ?」
「リュ、リュミちゃんまで!」
「たまーにお姉ちゃんって下品になるもの。特に気を許してくると」
「ありますね」
「ああ、ある」
リュミさんの言葉にエミリアさんとガニエさんは、大げさな程に頷いた。
「ほら見てごらんなさいよ」
「ううう……」
珍しくもヘルミーナさんが皆にやり込められてしまった。
どうやら彼女は残念なエルフさんらしい。
ただ、俺にはそうは思えず、とても素敵な女性にしか見えないけれど。
それに、少しくらい欠点があった方がより素敵に見えるさ。
というか、初日のガニエさんの方が余程に下品だったなと。
ズコズコパコパコとかありえんよ。
「だって本当にきゅんきゅんしたんだもの……子宮が……」
「まだ言うのか……このエロエルフが。いや、エロフだな」
「お姉ちゃんに関してだけ言えば、何も言い返せないわね」
「うぅぅ……カズマくぅん……えい!」
「うわっ!」
皆に弄られてヘルミーナさんはしょげてしまったのか、助けを求めるかのように、あろうことか俺に抱き着いて来た。
びっくりした!
「ちょっ!」
「ちょっと!」
むにゅうっと非常に柔らかい感触が腕に……っていうか腕がうずまって見えなくなってしまったじゃないか……それに凄くいいにおいだあ……って言うか何を!
童貞男子にそれは危険極まりないです!
あまりにも突然の不意打ちで、思わず体が硬直してしまった。
「あー!お姉ちゃんまたそんな事して!」
「ヘルミーナさん!だ、だめですよ!」
突然の出来事にリュミさんは呆れエミリアさんが焦る。
「あ、あの……ヘルミーナさん?」
「皆が私をいじめるのよぉ」
顔を向ければヘルミーナさんの芸術品のような美貌が目と鼻の先に。
そして未だにぐりぐりと豊満な胸を押し付けつつ、甘えるような仕草に戸惑いを隠せない。
これは……嬉しいけどまずいだろ。主に俺の俺が……。
っていうかヘルミーナさんてこういう人だったのか。
「やれやれ……ほらヘルミーナ、カズマが混乱してるじゃねえか」
「あら?そんな事ないわよね、カズマくんは?」
ヘルミーナさんが図星った。
抱き着いたまま俺を超至近距離で見つめるライトグリーンの瞳は、相変わらず吸い込まれそうになる程に綺麗だ。
まるでチャームの魔法にかかってしまったかのように、思わず頷いてしまいそうになる。
「い、いや……ハハハ……」
「カズマは割と喜んでるわね。ま、仕方ないか、男の子だもんね!」
ちょっと!リュミさん笑いながらそういう事言わないで!
その言葉でエミリアさんは顔色を変えた。
「もう! シバさんも! 離れなさい! はなれなさいーー!」
「あ、はい」
何故かエミリアさんはぷりぷりと怒りつつ、無理やり俺とヘルミーナさんをひっぺがした。
しかも命令形。俺は当然素直に命令に従うけど。
「もーエミリアちゃんったら」
そしてヘルミーナさんは全く悪びれて居ないどころか、意味深な視線をエミリアさんに送っている。
「な、なんですか?」
師匠がキッと睨むけれど、ヘルミーナさんには全く効果はないようだ。
「ううん、何でもないわ?ふふふ」
「ち、違いますからね! シバさんが迷惑そうだったので!」
「ふぅん」
「ったく、いろいろ拗らせたエルフはこれだから駄目なんだよ」
「悔しいけど事実だから返す言葉も無いわね」
ガニエさんが盛大に呆れつつそう口にした。
俺は俺で何となくヘルミーナさんの性格が分かって来たのだった。
正直に言わせてもらうとするならば、全然嫌いじゃないどころかむしろ嬉しかった。
◇
その後、エレメスさんとエミリアさんがエミリアさんの父親であるギルドマスターに報告をする為に席を立ち、残った俺らもエミリアさんが戻って来るのを待って帰ろうかとなる。
「はぁ、ふぅ、お待たせしました」
エミリアさんは走って来たのか、息を弾ませながら医務室に戻ってきた。
「おう、ジークにゃあ当分会ってないが、相変わらずか?」
「はい、変わりは無いと思います」
「そうか、まあ奴に任せとけば大丈夫だろ。エミリアちゃんの考えも伝えたんだろ?」
「伝えました。これから直ぐに動くそうです」
「分かった。じゃあ帰るか。って、今晩は俺の家に泊まって貰ってもいいんだが、何せ年ごろの娘がいるからな。手を出されたら泣けてくる」
「あー、ちっちゃくて可愛いからねラウラってば」
「だろう?そうだろうそうだろう?カズマ……手を出すなよ?」
「親ばかだねー」
ガニエさんにギロリと睨まれた。
「だ、出しませんよ!」
とんでもない事を言われた。
幾ら可愛いからって、こんな時に手を出すような俺ではない。
こんな時じゃなくても出せるかどうか甚だ疑問なのに。
「でも今日はもう大丈夫よ。私が小鳩亭に結界を張っておくから」
「おい!人が侵入できねえ結界は駄目だぞ! 営業妨害になるからな?」
「そんな事する訳が無いでしょう?ガニエじゃないのよ?」
ガニエさんの正論に呆れかえった表情と仕草で答えるヘルミーナさん。
けれどどうもガニエさんは納得がいかないようで。
「おい……ヘルミーナ。お前は俺が言った言葉を聞いていたか?」
「ええ、聞いていたわ」
「そ、そうか……ならいい……因みに言うが、俺は結界なんぞ張れんからな?」
「ええ、知って居るわ」
当然でしょ?と言わんばかりに返されたガニエさんは、例えようのない微妙な表情を見せた。
「そ、そうか……ならいい……」
何となくガニエさんが気の毒に思えるけど、この二人の会話を聞いていると面白い。
どちらかと言えば――いや、明らかにヘルミーナさんが一枚上手に見え、ガニエさんもそれを仕方なしではあるが受け入れているような。
「あ、そうそう、カズマくん?」
ガニエさんに対しマウントを取ったヘルミーナさんは、何かを思い出したように俺を呼んだ。
「あ、はい」
「明日ガニエの所に寄った後で、私達の家に来てくれるのよね?」
「はい?あ、はい……」
装備云々は関係なく、明日はヘルミーナさんとリュミさんの家にお邪魔をする予定になっていた。
だがそこに装備云々の話も湧いて出て来た。
申し訳ないという気持ちが顔に出ていたのだろう。
優しく微笑みながら、ヘルミーナさんは綺麗な細い指で俺の頭を優しく撫でてくる。
「もう、そんな顔をしないの。ちゃんとカズマくんが持って居るゴルドの範囲内で見繕うから。半額でね」
「そう!半額でね! ポーションも半額よ!あとアクセサリーもね!」
「すみません……」
「でも、そこがカズマの良いところよね」
「謙虚は美徳でもあるが、謙虚過ぎるのは相手をするのが面倒くさくて仕方がないがな」
せ、正論過ぎる。
「うぐ……はい」
「ガニエは一言多いのよね、全く!」
「ふん……俺は事実を言ったまでだ」
その通りだと思います。
思わず苦笑いが浮かび、それを見たヘルミーナさんも笑顔を見せる。
「ふふふ。じゃあそういう事で、戻りましょう」
「では私がシバさんを小鳩亭にお送りします」
「私もついていくわね。結界を張らなければいけないもの」
「わたしもー」
「なんだ俺だけのけ者か」
「ガニエは待っている奥さんと娘さんがいるでしょう?」
「……うひゅむ」
「声が破壊的にきもち悪いわね」
「ヘルミーナうっさいぞ」
確かに、厳つい顔のどっから出たんだろうか、その声。
そんな変な返事を返したガニエさんと別れ、医務室を後にした。
既に夜の10時を過ぎている為か、ギルド内には人は殆どおらず、当然ながら那智さん達も居なかった。
明日お礼を言えればいいんだけれど。
あ、そう言えば、あれから見なかったけれど、結局あの眼鏡美人は誰なんだろうか?
そう思いつつ、等間隔に据えられた魔道ランプが煌々と灯る夜の町を、リュミさんを先頭にして、ヘルミーナさんとエミリアさんに挟まれながら、宿屋に向けて歩いた。
なんて贅沢過ぎるボディーガードだろうか。
などと思いながら。