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第36話 人生最大の危機

本日3話目です。

 那智さん達に諸星の話を聞いてから二日目。

 少し俺も注意しつつこの二日を過ごして来たのだけれど、この二日間は特別何も無かった。


 とはいえこのまま狩りを終えて帰ってからも、用心をしなければとは思ってはいるけれど。


「しっかし……ただでさえステータスが低くて必死なのに、本当に余計な奴だ」


 諸星の狙いは何なのか。

 あれからずっと考えているけれど、思いつく事は一つしか無い。


「賭けだろうな……やっぱり」


 奴は俺がいつ死ぬかを掛けていると言った。

 今朝の馬車の中で那智さんが教えてくれたのだけれど、他の転移者も何人か賭けているらしいし、その発起人というか賭けの胴元がどうやら諸星幸男らしい。


 とはいえ10日以内に死ぬと賭けたのは諸星だけだったそうで、その賭けに負けると結構な金額が奴の懐から消えてなくなるらしい。


 そして今日がその10日目。


 なので、今日これから帰って日付が変わるまでの間が一番危険だろうと。

 相馬さん達も心配をしてくれて、自分達が一緒に居ようか?とも言ってくれた。


 けれど聞けば諸星の奴は指導員からの激しいスパルタで相当なレベルになっているらしい。恐らくはレベル27以上。でもレベル30には届いていない。


 あくまで予想でしかないけれど、こっちに来た時のレベルは確か20くらいだった筈だから、スパルタならそれくらいじゃないかと。エミリアさんから得た過去の転移者情報から割り出した。


 そして、諸星の基本ステータスは24人中丁度真ん中(俺ぬき)だった筈で、ステータス特性や加護の特性はアサシンという戦闘職業用ともいえるもの。


 という事はAGIとDEXが高いという意味でもあり、スパルタでもそのステータスを伸ばす狩りをしたと見るのが妥当で、今なら両方が150越えも有り得る。


 初日から両方とも100を越えていたのだから、奴のシャドーボクシングが全く見えなかったのはそういう事だ。

 当然、回避も高いだろうから、今の俺でも全く歯が立たないと見た方が良い。


 例え優秀な武器を持って居ようとも、例え防具が優れて居ようとも、逃げる事も出来ず攻撃も当てられないなら、後は嬲り殺しにされるだけだ。

 しかもレベルが27ともなれば、相馬さん達でも全く歯が立たないだろうし。


【カズマ=シバ】

【ヒューム 17歳 Lv19】

ATK=100+60 MATK=25

STR=100 INT=25

AGI=63 DEX=79

VIT=62

DEF=62+99 MDEF=25


 今現在の俺のステータスはこんな感じ。


 相変わらずレベルは19のままだから、例え4人で対処したとしても焼け石に水だろうなと。


 相馬さん達に言ってもらった時、言葉は非常にありがたかったけれど、三人に危険を冒してもらうのは申し訳なかった。なので丁重にお断りをした。


 エミリアさんには相談をしてみようかとも思ったけど、生憎と賭けの詳しい内容を聞いたのは今日の朝だった。

 なのでこれから帰ってから、少し話が出来ればなと。


 あと一応、《探査サーチ》のスキルは常に使っている。

 下級サーチだから索敵範囲は半径50m程度と狭いけれど、使って見れば非常に便利だった。


「ちゃんと”マップ”に連動されるってのが秀逸だよな」


 《探査サーチ》は魔力を帯びた生命体を感知するスキル。

 しかもサーチを使えば自動で半透明のホログラフマップが眼下に現れ、地図上にちゃんと生命体の光点が示される。


 しかもアクティブなら赤、ノンアクティブなら緑、人族なら白と色分けされた状態で。


 因みに亜人も白色で表示されるらしい。

 まあ、オークやゴブリンは魔物と人の中間みたいなものらしいから、そういうものなのだろう。

 繁殖も人種全般を母体にしているらしいし。


「このマップといい、サーチといい、魔法って優秀過ぎるよなあ」


 使用している間、常に目から50センチ程度離れた左下にホログラフで表示され続ける円形マップの画面を不思議な気分で眺める。


 とはいえ50m程度だから、ちょっと足が速い魔獣ならほんの3、4秒で到達してしまう距離でしかない。

 しかも対象が使用するスキルや魔道具によっては感知できないという。

 なので過信はいけないとエミリアさんには教えられた。


「大丈夫です。エミリア師匠」



 そう呟きながらこの日の狩りを終え、いつもの日課であるステータスを開いてのんびりしていると――



 森の奥の方から突然不穏な空気を感じ取った。

 今まで感じた事の無い、物凄い重圧を。

 けれど、”探査”には何も反応は無い。


「な、なんだ!?」


 咄嗟に目視できる範囲を見渡すけれど、今のところ異常はない。

 だが、確実に何かが迫ってきている。


「この辺りは、まだ大丈夫だった筈だけど」


 今日は最後にワイルドボアを狩るかとなり、途中で中級治癒ポーションを使ってびびりながらも何とか倒した。


 普通のワイルドボアなら案外行けるじゃないかと思いながら、再度減った体力を下級治癒ポーションで補ったのだけれど。


 そんな場所ではあるが、普通のワイルドボアならば何とか倒せる。

 けれど、今迫って来る脅威はワイルドボアの物では決してない。

 そればかりか先日倒したギガスボアになりかけのモノよりも遥かに強大だった。


 これは不味い!すっげー不味い!


 後退りをしつつ考え、これヤバいぞとなった時だった。


 ドンッ!と地面が鳴り響き、ダンプカーのような物体が突如遠くの藪から現れた。

 それと同時に漸く”探査サーチ”にかかった。


「なっ!?あああ!?」


 どう見てもギガスボア。

 ワイルドボアではないその大きさに愕然とする。


「ンブゴォオオオオオオオオオオオオ!!」


 に、に、にげなきゃ! いや、無理ぃぃぃ!


 そう思ったけど逃げたところで明らかにギガスボアの方が足が速い。


 でも何故こんな場所へ!?

 そう思っても仕方が無いけど、危機は直ぐ目の前まで迫っている為、それ以上思考をシャットアウトした。


 やるしかないと。


「くっそ……」


 それでも暴言が口を吐く。

 だがグラディウスを鞘から取り出す事は忘れない。

 この10日間ですっかり身についたようだ。


 身構え、まずは基本通り避けに徹する。


 そう思った時だった。


 目の前の視界が一瞬ぼやけたかと思えば、空気がスルリと頬を撫でるような感覚を覚えつつ、体の横を何かが通り抜けた。


 なんだ?今の。

 ”探査サーチ”にはギガスボア以外何も反応は無かったぞ?

 いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない。


 明らかに俺を目掛けて突進してきているギガスボアに意識を切り替える。


「ふー……ふー……フー……くそ……やってやるさ!――疾走スプリント!!」


 震える足を無理やり抑え、気合を入れ、疾走スキルを発動し、迫りくるギガスボアを睨みつける。

 タイミングは一瞬だろう。

 もしも失敗すればきっとミンチだ。


 例えこの防具が優秀だからといってもそれは変わらない。そう直感で感じ取った。

 だから最初の回避に全てを掛ける。


「うおおおおおおおお!!!」


 その瞬間、景色がスローモーションに成った。


 けれど、先ほどのワイルドボアの時のように俺だけが動けるような事もなく、俺も、ギガスボアもスローだ。


 最初のワイルドボアの時と同じ現象だけど、違うのは生半可な回避では横幅も広いギガスボアに対して通用しないし、恐らく平気で進路を変更して来る。


 そう思いつつ待ち構え、ここだと感じた瞬間。


 真横に全身全霊を掛けて飛んだ。

 しかし、ギガスボアは俺など全く見向きもせず、方向を変える事もなく真っすぐに突き抜けた。


「え?」


 どういう事?

 方向転換しないのか?いや、そんな馬鹿な。ワイルドボアの上位種が、ワイルドボアよりも劣化している筈がない。

 じゃあなんだ?今のは……。


 通り過ぎてギガスボアが急停止するまで、俺はそんな事を考えていた。


 急停止したギガスボアは、そのまま辺りを見渡しながら振り向いて立ち止まる。

 だがやはりその行動が少し妙だった。


「……グモッ?」


 たしかエミリアさんから聞いた話では、ギガスボアはターゲットをロックしたら決して動きを止めないと。

 しかし今の目の前に居るギガスボアは、明らかに戸惑って居るような。


 額には真っすぐはっきりと赤い筋が走っているので、ギガスボアで間違いはないようだけど。


 どういう事だ?

 エミリアさんの言葉が間違っていた?


 いや、そんな筈はない。

 あの人は何匹もギガスボアを倒した経験があるどころか、その上の魔猪王ボアキングですらソロで狩るような人だ。

 それにエミリアさんが俺に嘘の情報を流すわけがない。


 だったら……。


 そこまで思考を巡らせた時、ギガスボアはゆっくりと俺の方へ向けて歩を進めだした。

 どういう事かは分からないけれど、その様子は絶対的な強者が見せる余裕とでもいうべきか。


 けど、やはりおかしい。


 今目の前に居るギガスボアは、まるで初めて俺を認識したかのような――


「グモオオオオオオオオ!!」


 そう思った瞬間に、ギガスボアは雄たけびを上げ地面を蹴った。


 意識を逸らしてしまった俺は、当然の如く対応が遅れる。


 馬鹿野郎!何やってんだよ!


 そう自分で毒づきながらも賢明に回避をする。


 が……。


 反応が遅れたその分ブーツの先を掠め、そして反動で俺は空中を駒のように舞った。


「ぐがっ……ぐハッ……い゛……」


 い゛でえええええええええ!!


 もんどりうって倒れたけど、それでも直ぐに起き上がる。

 そしてブーツを見れば、先っぽ3センチはもう原型をとどめていなかった。

 ちゃんと障壁が発動をしてこれである。


 爪が砕け、潰れた指から血がしたたり落ちる。

 恐らくもう、このブーツは魔法防具の体を成していないだろう。


 という事はブーツ片足分、障壁が弱まったという事でもある。

 直ぐに下級治癒ポーションを4本がぶ飲みする。


 昨日リュミさんから50本貰っておいて良かった。

 まだ30本以上は残っている。


 ポーションを飲めば、たちどころに出血は止まり、痛みも和らぐ。

 欠損をしていなければ傷もある程度は塞がっているだろうけど、未だ痺れがあるし、そもそも確認する余裕もない。


「くそっ!絶対におかしい!」


 そう叫ぶが、もうギガスボアは待ってはくれない。

 勢い余ってしまい急停止をし、そのまま向きを変えて間髪入れず再度突進して来る。


「くっ……」


 逃げるならあの時しか無かった。

 いや、最初の段階で無理だと分かって居ても、逃げれば良かったのかもしれない。


 その後、連続で突進して来るギガスボアを無理やり躱しながら、宿屋の女将さんやガニエさん達の言葉が脳裏に浮かぶ。


 逃げる時は逃げろ。と。


 特に俺はソロだ。

 ソロということは守るべき仲間は居ない。

 だから危険な時はさっさと何も考えずに逃げろと、そう口を酸っぱくして言われた。


 こういう事だったのか……。


 実際に経験してみて初めて本当の意味で理解をした。

 腕を掠め血を飛び散らせ、レギンスを掠めた牙は防具もろとも太ももを裂き、白い肉が飛び出る。

 致命傷だけは避け躱しては居ても、全てを躱す事など俺に出来るわけがない。


 治癒ポーションをその都度飲めば、傷はある程度回復するし出血も止まる。

 けれど失った血は回復などしない。


 段々と意識が遠くなる。

 血の流し過ぎだろう。

 もしくは障壁を発動しすぎて魔力が底を尽きかけているか。

 ポーションを取り出す為のマジックポーチを開く作業も失敗が嵩む。


 もうだめかも……。


 そう思った時、エミリアさんや柊さんやガニエさん達の顔を思い出した。

 優しい笑顔、ぶんむくれの顔、厳つい顔、神秘的な顔。

 そして最後に全員が俺を優しく見守ってくれている顔。


 俺はここまでなのか……。


 そう思った瞬間に、エミリアさんが俺を叱咤する顔が浮かび上がった。


 諦めては駄目です!と。


「くっ……いや、まだだ!」


 反射的に起き上がり、間一髪で躱す。

 そして直ぐに治癒ポーションを喉に煽り、更には何本目かの青ポーションも一気に飲み干した。


 十数回の突進でいくつか分かった事と思い出した事がある。

 ワイルドボアの時のように腹を切ってみたけど、皮膚が硬いのか毛が硬いのか殆ど刃は立たなかった。

 弱点だとエミリアさんに教えられた喉は、真正面や横からはどうやっても突けない。

 

 だけど、この森の圧倒的な強者で、そもそも周囲を気にする必要がないからなのか、ターゲットを捕捉したら周囲が全く見えなくなるようで、先ほどから木々を薙ぎ倒しつつ真っ直ぐ突進している。


 さらに、方向転換をする時だけ、思ったよりも動きは鈍重だ。

 あれだけの巨体なのだから急に止まれば硬い地面に足がめり込む。

 しかもその場で振り向こうとするのだから余計にもたつく。


「となると、やっぱあれしかないか……」


 急所を突くしか俺には勝ち目はない。

 そして既に治癒ポーションは中級を含めても後数本。

 しかもポーションの飲みすぎで傷が殆ど塞がらない。


 だからもう覚悟を決めるしかない。


 俺は方向転換のタイミングを利用して、少しずつ誘導する。


 出来るかわからないけど、成功すれば、たぶん、なんとか。


 そう思いつつ躱し続け、チャンスをつかむ。


 狙うはあの大木!


 重い体を奮い立たせるようにして目指したのは、大木が立ち並ぶ森の中でも一際大きな巨木の根元。


 猪突猛進なら遠慮せずにこのまま突っ込んでくるだろう。

 もしもこの大木すら薙ぎ倒して進むようなら、俺はここで終わる。


 そう思いつつ直径が3m程もある巨木の前に立った。

 そして最後の治癒ポーションを喉に煽り、瓶を投げ捨てる。


「さあ、最終決戦といこうぜ」


 息も絶え絶えだけれど、最後の力を振り絞るように、ギガスボアを睨みつける。


 睨みつけられたギガスボアは、苛立ちを隠せないかのように、口から涎を垂らしながら前足で地面をガシガシ削っている。そうとう怒っているようだ。


 そして、体を目いっぱい沈めた瞬間に、雄たけびを上げつつ今までよりも速度を上げて突っ込んで来た。


「グモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 こえええええ!


 それでも俺には後が無い。

 これしか思いつかなかったし、たぶんこれが今の最良だろう。


 頼んだ!巨木!何とか耐えてくれ!


 そう心で念じつつ、ギガスボアの突進を待った。

 だが恐怖心は半端なものでは無く。

 回避をしようとしていたから、今まではまだ恐怖心に打ち勝つことが出来たのに、今度は回避をするつもりが無い。


 無いのだからその分も恐怖が襲ってくる。


「くっそこええええええぞおおおおおうおおおおおおお!!!」


 恐怖を大声で搔き消すかのようにグラディウスを構えれば、またしても景色がスローモーションになる。そして今度は俺だけが早く動けるバージョンらしい。

 

 よし!……今!!


 視界がスローモーションのまま、俺は体の力を抜くように後方へ飛び、巨木の根と根の間にすっぽりとはまり込むように地面にあおむけに成る。

 すぐさま鼻先をギガスボアの牙が掠め――


 ――次の瞬間、けたたましい轟音と共に、ギガスボアは大木へと激突し、それと同時に俺は急所である喉を睨みつける。


 すると喉の一部だけが薄く光を放ったように見え、俺は何も考えずその位置にグラディウスを思いっきり突き刺した!


 メキメキと巨木が軋む。

 ズブズブとグラディウスがギガスボアの喉に刺さっていく。


「いっけええええええ!!!!」


 突き刺したグラディウスを、更にねじる様に奥へと入れ込む!


「ゴグッガッグボ……ゴボッ……」


 最後の足掻きか、前足でバタバタと地面を叩き、耳だの肩だのを掠めて傷みが走るけど、俺は気にせず更に捻じりこむ!

 

「まだまだあああああ!」


「ゴボッ……グボッ……」


 そして最後とばかりに、ギガスボアの喉に刺さったグラディウスの柄を、足の裏で思いっきり突き上げた。

 グジュリと鈍い音がし、鞘の部分までグラディウスが埋まる。


「ゴフッ……」


 その瞬間にギガスボアは動きをピタリと止めた。


 や、やったか……?


 でも、どっちにしろ俺はもう、無理……。


 ゆっくりと体が右に傾いているような気がしたけれど、それを確認する事も無く、ついに力尽きてしまい――


 ……え?


 意識を手放す瞬間、俺は見ては成らないものをこの目ではっきりと見てしまったのだった。


 諸星幸男の卑下た笑みを――


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