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第35話 不穏

本日2話目です。


 俺にとって恵みの雨だったと言うべきだろう。


 体を休められた事は勿論だけれど、それよりも柊さんと初めてちゃんと話が出来た貴重な休日になった昨日。

 天地とも話をしたくはあったので、それも俺にとっては良い事ではあったけれど。


 こちらに来て最近は良い事が続く。

 でもこういう時こそ後から良くない事が訪れるのは世の常だ。好事魔多しとも言う。


 ならばそれを見越して慎重に動けばいいのだけれど、まあ、そもそも魔の付く獣なら沢山狩っているし、ホーンラビットの狩り方を覚えた俺は、楽し過ぎてそんな事など微塵も忘れたかのように狩り続けた。


 それからの二日間はそれはもう狂ったようにホーンラビットを狩り続け、たまに見かけるアルマデロを狩り、ワイルドボアからは逃げ、狩りを再開して二日目の夕方にはレベルが19になった。


 とはいえ元がへっぽこの俺の事。

 当然無傷で狩れるような事はなく、くそ硬いアルマデロにしろ素早いホーンラビットにしろ大体は1発くらい食らってしまって居たので、回復剤もかなりの数を消費した。今度30本ずつくらい売って貰おう。


 ただ、悪い事ばかりではなく、やはりダメージを受けるとVITの上りも良く、レベル19の時点で62まで上がり、ようやく見られるVITになって来た。


 とはいえ、転移者が転移した直後のステータスよりもまだまだ低いけど。確か平均でもVIT70は越えていたはずだ。


 ようやく背中が見えて来たといった所なんだから、是非この調子でいきたい。

 そんな事を思いながら狩りをしていた。



「ふぅー……これで23匹目か」


 もうこれで馬車乗り場まで戻ろうと決めて倒し、ホーンラビットをマジックポーチに仕舞いつつ小さく息を吐く。


「レベル20は遠いです、このままだと兎狩りマスターになりそうですよ、ガニエ師匠」


 レベル20に成ったら俺の所へ来いとガニエさんに言われている。

 それまでにも肉を持っていくつもりではあるけれど、レベル20になればバランスの悪い俺に合わせた新しい武器を作ってくれると言う話だ。


 ホーンラビットをあと15匹程度売れば、所持金も合わせて300万ゴルドくらいには成りそうだから、もう少し頑張ればちゃんとした価格で武器を売って貰えるかもしれない。


 いや、オーダーメイドだって話だから、桁が一つたらないような気もしなくもないけれど……。


 ただ、その辺りはあまり考えないように、今はしていたりする。

 だって1000万ゴルドとか無理だし。


「次のレベルまで兎だと50匹かな……もっとかな……」


 とはいえレベル20まで倒すだろうモンスターの数を思えば気が滅入る。

 あとレベル一つといえど、50匹でも上がらないだろう。

 しかももっと重大な現実がある。


「っていうか、レベル19になってから、兎が逃げるようになった気もするんだよなあ」


 レベル18からその兆候はあった。

 それまでは真後ろに飛ぶようになっただけで、そこからまた横に飛んだりしていたのだけれど、18から真後ろに飛んでそのまま逃げだす個体もたまに見かけ、更に19になったら3割近くは逃げ出すようになった。


 その分集団で襲われる事はないのだけれど、それでも今日の後半は兎と追いかけっこをした事も何度か。

 かといってこれより強いモンスターといえば、この近辺ではワイルドボアとかクルンミーになる。


「クルンミーは北西の森へいかなきゃだしなあ……」


 最弱がクルンミーらしいけど、北西の森はアクティブモンスターが途端に増えるとエミリアさんに教えて貰っている。


 もう俺ならクルンミー程度は倒せるらしいけれど、だからと言って北西の森に行くのは愚の骨頂だろうし、南西の森でファブリがクルンミーに成長するのを待つとかアホらしくて話にならない。


「なんでわざわざ別のとこに行くかね……生まれた所でじっとしていなさいよ」


 ぶつぶつと一人で文句を垂れつつ森を歩く。


 ただ、つい昨日の事だったのだけれど、ステータスの変化に気付いた。

 変化というのは数値の事では当然なく、俺の加護の事。

 未だに加護の意味がサッパリ分からないのだけれど、その加護がなんと変化した。


【原初の胎動】から【原初の息吹】へと。


 元の意味が分からないのに変化後が分かる訳もない。

 一体どういう意味なのだろうか。

 というかこんなに簡単に変化するものなのだろうか?


 加護無しから始まって胎動ときて息吹。

 もしもまだ変化するのならば、次はなんだろうか?


「しっかし、いつ変化したんだろうか……」


 問題はそこで、もしも変化した時に気付いて居れば、少なからずヒントになったかもしれないのに。


 そもそも俺は加護に期待をしていなかったせいもあって、全く気にすることなく普段からステータス画面の2ページ目を見ていなかったのが不味かった。


 気付けたのは今回のレベルアップでDEXが75になり、”探査サーチ”のスキルを使えるようになったが為、その確認でステータス画面の2ページ目を開いたからだった。


 というよりもその前の”疾走”スキルを手に入れた時、なぜ気付かなかったのか本当に謎だ。あの時点で変化していたのか、その後変化したのかすら分からないのだからどうしようもない。


「もっとちゃんとチェックしておこう……」


 後の祭りかもしれないけれど。

 ぴろりろりーんとか音が鳴って知らせてくれればいいのに。



 そんな事を考えながら、たまに見つける薬草を引っこ抜きつつ背の高い大木に囲まれた薄暗い森から抜け、解放感満載の街道沿いに到着すると、毎度おなじみのメンバーがいることに気付く。


 ただ、エミリアさんに狩り指導をしてもらった日から、魔術師の女の子を全く見なくなった。行きも帰りも。歩いている姿も見なくなった。


 狩場を変えたのか、それとも休み中なのか、冒険者を引退してしまったのか……。

 それとも、もしかしたら……。


 最悪ともいえる想像をついしてしまい、思わず大きく首を振る。


「お疲れ様、どうしたんだい?」


 俺の行動を見ていた相馬さんが少し怪訝な表情をみせつつ聞いて来た。


「あ、いえ、お疲れさまでした」


 努めて明るく振る舞うように、笑顔で挨拶をしつつ相馬さんを見たのだけれど、彼の鎧がスッパリと切れている事に気付く。 

 見れば田所さんの鎧も傷だらけだった。

 那智さんはどうやら無事のようだけれど。


「強いのとやっちゃいました?」


 そう聞いてみたけど、相馬さんはその言葉に渋い表情を浮かべつつ、傷ついた鎧を見せながら口を開く。


「いやあ、ワイルドボアを狩り始めたんだけどね、ご覧の通りだよ」


「ちょっと俺らには早かった」

「そうね、支援職が居れば違うと思うんだけど……」


「あー……なるほど」


 確かにこの人達なら、支援職が居れば楽に行けるかもしれない。防御魔法をかけて貰ったり、能力を底上げしてもらったり出来るし。

 俺の予想では、恐らくこの三人のレベルは俺と同じ18とか19とか。


 この人たちの初期ステータスは詳しくは覚えて居ないけれど、転移者の中でも俺の次くらいだった筈。まぁ、俺とこの人たちとの間には越えられない壁が存在したけど。


 とはいえそれでも俺が初めて狩ったレベル15の時よりは、ステータス的にもこの人たちの方が遥かに上回っている筈。


 攻撃力と防御力に関しては、武器と防具のおかげで俺の方が高かったかもしれないけれど、その分このパーティーには魔術師である那智さんが居るから火力は十分だろうし。


 となると、あとは相馬さんと田所さんのどちらかが、盾を持った方が良い気もするな。

 支援職が居れば楽に狩れるとは思うけど、防具の痛みは支援職では回復できないし。


「でも狩れはしたんですか?」


「うん、何とかね。ただ、鎧が破壊されてしまった」


「二人分の鎧だから結局は今回のワイルドボアでの儲けはトントンだな」


 そう言った田所さんの防具もボロボロだった。


「これだけ痛んだら修理するよりも、もう少し良い防具を買った方が今後を考えればお得だろうね……」


 防具には個々に耐久値というものがある。

 障壁とは別の概念で、障壁は装備者の魔力を利用して発動するが、その障壁を突破された攻撃は防具そのもので防ぐ事になる。


 だからその攻撃を何度も食らい続けると、防具が破壊されて使い物にならなくなる。

 正しく今の相馬さんと田所さんの状態がそれだ。


「このレベルの装備だとそうよね」

「まあ、安いからな。障壁自体もしょっぱい」


 発動する障壁の防御力は、防具そのものの防御力に依存する。

 だから防具そのものが傷ついてしまうと、発動する障壁も弱くなるし、防具が破壊されればその部位の障壁は発動すらしてくれない。


「仕方がないよね、レギマスに勧められるまま買った防具だし」


 二人の防具一式は同じもので、一人25万ゴルドだったそうだ。

 だから、あともう少し予算をかければもっとマシだっただろうにと、二人は言いたげだった。


 そんな二人の会話を聞き、那智さんが何てことないかのような表情を見せつつ、


「仕っ方ないか。今日のあたしの取り分は二人に渡すわ」


「いいのか?」


「いいわよ。タンク役や前衛が潰れたらあたしなんて逃げるしか無くなるもの。だけど二人は今晩エールをあたしにおごる事!」


「……わかった。ありがとう」

「すまない……」

「ふふふ、いいわよ」


 パーティーで助け合うってこういう事でもあるんだな。

 やっぱり羨ましいや。


「じゃあ今度はアルマデロの表皮をなめしたレザー鎧にするかな。軽量だし、下手な鉄のライトアーマーより丈夫だっていうし」


「そうだよね……それくらいは必要かもね。僕もそうしよう」


 アルマデロありますよ!ってか、スルーをするところだったけれど那智さんアレボアから逃げられるのか。

 そう考えれば、転移者って凄いんだな(俺を除く)と改めて思った。


「でもやっぱり支援職は欲しいわね」


「そうですよね」


「ヒールは当然だけど、魔法的に物理障壁を強化するプロテクションや、ステータスを底上げできるブレッシングとかがあれば狩りも凄く楽になるって聞くからね。だから僕らも冒険者ギルドで支援職を探そうと思って居るんだ」


「あと、キャストタイムを短くしてくれる魔法を使える人もいるらしいぞ」


「そういう支援職さんってそうとうレベルが高いって話よ?」


 俺もつい昨日知ったのだけれど、どうやら魔法の発動に呪文的な言葉は必要ないらしい。

 魔法を使ったことがないから知らなかっただけだけど、魔法の発動は、極端に言えば心の中でこの魔法を使う!と念じれば発動条件を満たすのだとか。


 ただ、発動するにはキャストタイムという一定の時間が必要になるのだけれど、その時間を短縮する魔法を上級支援職の人は扱えると言っていた。


 というか、じゃあなんで口に出して呪文を唱えているんだろう?と思ったけれど、そこはそれ、気分だと言われた時は、あー、うん、気分って大切だよねと。

 ただ、発動する魔法の種類だけは、周囲に告げるのがマナーというか、ルールなのだそうだ。どんな魔法を使うのかパーティーメンバーが分からないと都合が悪いから。


 その通りだなと。

 そんな風に昨日聞いた話を思い出しながら話を続ける。


「支援職がいれば良いとは思いますけど、でもどちらかは盾を持った方がいいんじゃないです?」


 どっちがタンクか分からなかったのでそう言ってみたら、どうやら田所さんも同意のようで。


「そう思うよな。やっぱ尚樹さんは盾も買いなよ。俺も少し出すから」

「あたしも少しは出せるわよ」

「それが良いと思いますよ。ワイルドボアの攻撃はえげつないんで」


 相馬さんは尚樹って名前なんだな。

 田所さんにそう言われた相馬さんは、少し考える素振りを見せる。


「そうだね……ちょっと金銭的にきついけどそうしよう。でもそうか、司馬君もワイルドボアを経験したって言ってたね」


「エミリアさん付きでしたけどね」

「そっか、そうだったね」


 俺の言葉の意味を、相馬さん達はきっと理解してはいないと思う。

 きっと、半分くらい弱らせてもらったのを、俺が倒したくらいにしか。

 それでもいいけど。

 エミリアさんが居なきゃ、倒せなかったというのは間違いないし。


 その後馬車が到着し、乗り込んだのだけれど、何気に会話は途切れなかった。

 俺らは一番後ろに陣取って、狩りの情報交換などを遅ればせながら話していた。


 こちらに来て8日目。

 漸くというかやっと冒険者らしい会話が出来た事に喜んでいると、ふと那智さんが他の転移者の話を振って来た。


「でも皆どうしてるんだろう。ちゃんと狩れているのかな」


「俺らのほかにも四人ほど南西の森に来ている転移者がいたけど、その四人は揃って北西の森に出かけたらしい。今朝ターミナルで別の馬車に乗って行くのを見た」


 その他にもこちらの人同士が組んだパーティーも十数名いるけど、どうもお互いが壁を作って居るような感じで全く我関せずのようだ。


 俺としては、今目の前に居る別の3人パーティーや4人パーティーとも会話をしてみたいんだけどな。


「まあ、あいつらはちゃんとしたレギオンに入っているからな。指導もしてくれるしさ」

「はぁ~……羨ましいわね」

「ははは、本当に」


 相馬さん達はステータス的にワースト2位3位4位だったらしいけれど、それでもこちらの人よりかははるかに高いから、初日にちゃんとレギオンに誘われた。


 けれど、入ったところは1年前に此方に来た転移者達が作った弱小レギオンだったそうだ。なので狩りの支援も禄にしてもらえないと嘆いている。現地指導の有難みはエミリアさんで十分味わったので、その気持ちはよく分かるけど……。


「俺なんてどこにも誘われなかったですよ、ハハハ」

「誘われてもメリットが無いなら同じよ?」

「あー、まあ確かにそうですね」


 那智さんの言葉に納得する。

 俺が嘆いているのは単に誘われたかどうかだけだし。

 実が無ければ一緒だという那智さんの言葉はもっともだ。

 そういう意味で言えば実は俺の方が断然多い。


 多い?多いな。あれ?じゃあ……。


 ふと気づいてしまった。

 俺、もしかして凄く恵まれている?


 そりゃあ天地みたいな上を見れば全然だけど、この三人には既にレベルも追いついてしまったような気がするし、ステータスは……那智さん達は転移者ボーナスがあったからもう少し追い付かないだろうけど、それでもそこまでもう差はないんじゃないか? うわぁ……。


 俺は改めてエミリアさん達に感謝をしてしまった。

 いや、いつも感謝してるんだけど。

 っていうかお前は今頃気付いたのか!なんて突っ込みはしないで下さい。お願いします。


「後12日あるけど、仮レギオン期間後はどうする?抜けるのか、そのままなのか」


 俺が一人でメタ的に考え込んでいると、ここで相馬さんが例のクーリングオフの権利をどうするか二人に聞いた。

 俺には全く関係の無い話なので、邪魔にならないように静かに聞いている。


「そうね……でもだからって他のレギオンはどうなの?」

「頼めば入れてくれるところはあるだろうが……」

「転移者がマスターじゃないところは結構ギスギスするって聞いたわ」


 あー、そうなっても仕方がないか。

 なにせ、入った時はマスターの方がステータスが高くても、数年もすれば軽く追い抜いてしまうとなれば、何となくお互い居心地は悪くなるような気がする。


「今のマスターは良い人なんだけどなあ……やる気がなあ」

「薄いわよね……」

「徐々に夢だった商人に比重を移していくって言ってるしな」


 田所さんと那智さんが遠くを見やりつつそう愚痴った。


 商人目指してる人がスカウトするなと。

 あれかな?

 護衛出来るメンバーを揃えて費用を安くしたいとか、そんな感じか?


 思わず穿った見方をしてしまい、流石にないよなと反省。


「まあ、どのみち転移者がマスターをしている他のレギオンには既に入れないし、後12日あるからもう少し様子を見よう」


 転移者が作ったレギオンの渡りは1年間は禁止らしい。

 強引な引き抜きとかが以前起こって揉めた為らしいけれど。

 俺には全くの他人事だけど、何かと大変なんだなと。


「そうね、自分達が強くなればそれで済むし、それに、何となくやれるような気がしだしたもの」


「だな、ワイルドボアを苦も無く狩れるようになれば、南西の森は卒業しても良いって話だから」


「あ、俺もその話は聞きました」


 その話はエミリアさんから聞いている。

 なのでついつい話に参加してみた。

 するとちゃんと三人は俺の方を向いて、話に加えてくれる。

 嬉しい。


「例のギルド員さん?」

「はい」


 南西の森で一番強いのは、ギガスボア。

 ただ、その強さは北西の森でも結構な強さになるので、それの一つ前のワイルドボアを楽に狩れる事がこの森を卒業する目安なんだとか。


 そのワイルドボア。こちらの人達ならば、レベル20の3人パーティーにプラス支援職も居て、丁度苦も無く狩れる強さなのだ。パーティー討伐推奨レベルとは基本的にそういう構成。


 でもきっと那智さん達ならば、そこそこ丈夫な盾さえ持てば今でも楽に倒せるような気がする。支援がいなくても。


「凄く綺麗よね。どうだった?」


 本人が居ないからこそ聞ける話だろう。


「めちゃくちゃ強かったですよ。流石ゴールドランクって思いました」

「そうじゃなくって」

「え?」

「浮いた話は?」


 どうしてそうなるんだろう?

 前のめりになり、頬杖をつきつつニマニマと笑いながら那智さんが聞いて来た。


「えっと……エミリアさんは師匠ですよ?僕の」


 とはいえ勝手にそう言っているだけだけど。


「そっか。まだ司馬君には早かったかぁ」


 那智さんは残念そうにそう口にした。

 いや、早いというかそういう事を抜きの関係なだけですって。

 俺だっていざとなれば出来る男ですよ。いざとなればね。…………無理だな。


絵梨奈えりな、あまり司馬君をからかうなよ」


「あはは。ごめんね?」


 すると窘めるように田所さんが那智さんに苦言を呈した。

 そうか、那智さんは絵梨奈という名前なのか。

 というか田所さんは那智さんの事を名前呼びできる程仲がいい訳だな。

 ふむふむ。


「あ、いえ。でも本当に何もないですよ?それに、あの人って冒険者ギルドのアイドルらしくって、変な事にでもなったらとんでもない大人が沢山出て来るそうですから」


「あ、それあたしも聞いたわ。凄い人気なんだってね。あと、今回一緒に転移してきた柊伊織さんも、既にアイドル化してるって聞いたわ」


「絵梨奈は……相変わらずそういう話が好きだな?」


「くふふ、だって自分はそういうの全く興味ないけど、人のそういう話は興味あるでしょう?お酒のつまみにもなるしね。あー早く帰ってエールを浴びる程飲みたい!あははは。今日はおごりだから飲むぞー!」


 そう言いつつ那智さんはケラケラと楽しそうに笑った。


「那智……」

「絵梨奈……」

「那智さん……」


 なんて人だ。

 美人なのに、ナイスバディなのに、既に近所のおばちゃんと化してるじゃないか。勿体ない。


 けれど、その言葉で相馬さんと田所さんの目が曇ったのを俺は見逃さない。どういう理由かは、推して知るべしだ。

 そして俺はこの件に関してあまり触れないでおこうと誓った。

 余計なトラブルに巻き込まれたくないし。


「ああそう言えば……」


 思い出したかのように那智さんが俺を見た。

 まだ何かあるのだろうか?


「確か司馬君ってその柊さんと同じ学校で同級生だったのよね?」


「はい、そうですけど……」


 もしかして今度は柊さんのカップリング話か?

 そう思って居たらどうやら違うようで。


「他にも同級生が居たのよね?司馬君」


「あ、はい、えっと、その柊の幼馴染で天地大河って奴と、あと諸星幸男って奴ですね」


 諸星の名前を口で言わなければ成らないとは。


「そうそう、その諸星って子、ちょっと気を付けておいた方が良いかも?」


 つい先ほどまでとは違い、真面目な表情で那智さんは言った。


「……どうしてです?」


「なんだかね、司馬君の事を聞いて回ってるのよ」

「ああ、僕も聞かれたよ」

「俺もだ」


「どういう事で……す?」


 意味が分からない。

 いや、奴が俺を嫌っているのは知っているけど、だからって俺の事を聞いて回る必要なんてあるのか?


「主に装備の事だったと思う」

「レベルは幾つくらいかとかも聞いて来たわね。いきなり話しかけて来たからびっくりしちゃったけれど」


「なんだろ……」


「勿論僕たちは何も言って居ない。そもそもレベルも装備も聞いていないしね」

「そうだな。こんなに話をしたのは今日が初めてだしな」

「もしかしたら、今日来ていない4人にも聞いたかもしれないわよ」


「何か思い当たる事でもあるのかい?」


 相馬さんが俺の表情を見やり、そう聞いて来たのだけれど……。


「思い当たる事があり過ぎると言うか……諸星は元々俺を弄って楽しんでいた奴なんですよ」


 一応少しオブラートに包んで言ってみた。

 何となく、俺いじめられっ子なんですよねとは言いたくなかった。


「そうだったの?」


「はい、理由は分からないんですけどね」


 ただ、俺に分らなくても諸星には俺を嫌う理由がある筈だ。何も理由が無くて陰湿な虐めをするなんて小学生で終了するだろうし。


「そう……でも、目つきが凄く気持ち悪かったわ」


 その時の事を思い出したのか、那智さんは眉間に皺を寄せた。


「だから気を付けろと?」


「ええ、折角こうやって話をするようになった訳だし、あの子はあたしの趣味から1260度離れているしね?」


 すげえ!三回転半かよ!トリプルアクセルじゃないか!

 でもじゃあ俺はどのあたりなんですかね!?

 まあ、そんな冗談を言っている場合ではないような気がする。


「僕もちょっと雰囲気が悪い子だとは思ってた。だって司馬君に無意味に突っかかっていただろう?」


「そうですね」


「俺は異常な雰囲気を持った奴だと思ったな。明らかに絡み方が変だった」


 二人とも初日の事を言っているのだろう。


「あの時に、あたし達が何か言えていれば良かったけれど、あたしもいっぱいいっぱいだったし……ごめんね?」

「大人の僕たちならあの時何か出来たんじゃないかって、ずっと引っかかって居たんだ」


 那智さんは両手を合わせ、相馬さんと田所さんは申し訳なさそうな表情を俺に向けてきたけれど……。


「いえいえいえ、それはもう、こうやって話をして貰えるだけでお釣りが来ます」


 あの場の雰囲気で自分以外の事を考えられる奴なんて、天地や柊さんくらいのものだろう。

 だから那智さん達が言ってくれなかったからといって何も思わない。俺だって同じ立場なら絶対に言えなかった。


「そう言ってくれるとありがたい」


 そう思ってくれていただけでありがたいです。

 だからこそ狩りの初日に俺に声を掛けてくれたのだろうし。


 ただ、諸星は少し気を付けておいた方が良いかもしれないな。

 とはいっても何を気を付ければいいのかが分からないから、ほんとどうしようもないけれども。


 さしあたっては町の中で襲われないようにって所か。


 しかし、何を考えているのか、本当に。


 那智さん達の話を聞き、それまで楽しかった会話が一気に沈むものとなった事で、余計に諸星に対して憤慨しつつ町へと戻った。



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