第34話 幕間 柊伊織
本日1話目です。
本日は6話投稿予定です。
「やった!やったやったぁ!……うん、うん……くふ……くふふふふ」
わたしは嬉しさのあまりベッドにダイブする。
枕を抱きしめて顔を埋めるけれど、知らず知らず笑みが零れ、だらしなく綻ぶ顔は恐らく人には見せられないものになっているかもしれない。
それでもいい。それだけ嬉しかった。
やっと、漸く彼と普通に会話が出来た。司馬君と会話が出来た。
この世界に召喚される前から合わせて実に3年もの間、わたしは彼と話がしたかった。ううん、彼の視線の先にわたしが少しでも入って居さえすれば、それで十分だとも思って居た。
「ううん、やっぱり話をしたいもの。見てるだけじゃ嫌」
彼は読書が好きなようだった。
毎日図書室に通って小説を読みふける彼の傍に居たくて、わたしも本を読んだ。彼から少し離れて、でも彼の視界に入るような位置に座って。
特別好きでもなかった読書なのに、気付いたらわたし自身が本ばかり読むようになり、天地に『お前ほんと染まりやすいよな』などと呆れ顔で言われもしたけれど。いいもの。ちょろくっても別にいいもの。当時はそんな風に言い返していた。
そんな学生生活の日々ですら楽しかった。
彼と同じ空間に居るというだけで。
この世界に召喚された時は驚いた。
暗闇の中、直ぐに大河が傍に居る事は分かったけれど、それでも驚愕した。そして落ち着いた頃にわたしは直ぐに理解をした。ここが異世界だと。
でも、それと同時に、もう司馬君を見る事は出来ないのだと、彼の行きつけの本屋に偶然を装って視界に現れる事も出来なくなった。そう理解をした瞬間、絶望で眩暈がするほどだった。
まだ何も伝えていない。
まだまともにあの時のお礼を言って居ないのに。
そう思って居たところに聞こえた、わたしの名前を呼ぶ声。
そして反射的に振り向けば、そこには毎日のように見ていた彼が居て。
半信半疑の中、わたしも彼の名を呼んだ。『司馬君?』と。
驚く彼の顔。その瞬間にわたしの心臓は破裂してしまうかと思ったけれど、それと同時に言い様の無い安堵感にも包まれた。ああ、途切れて居なかったと。
「はぁ~……うん、いい感じに話が出来たかも。それに、ちゃんと誤解が解けてよかったぁ」
途中おじゃま虫の大河が来たけれど、その時に、ちゃんと勘違いを解く事にも成功した。
皆に勘違いをさせるように敢えてしていたわたし達が言うのも変だけれど、それにはちゃんとした理由があったのも事実だった。
でも、もうそれも問題ない。
わたし達を知っているのは4人になったのだから。
諸星君は、ある理由から少し苦手だけれど、彼は大河が抑えてくれるから、あとはわたしの頑張り次第。
「でも、ほんの少し見ない間に、司馬君……随分変わったような」
こちらにきてまだ一週間も経っていない。
最初、かなり彼にとって重い出来事があったけれど、それから立ち直った彼はなんだか……。
「たぶん、エミリアさんのおかげなんだろうなあ」
悔しいけれど、この世界の事を何も知らないわたしでは彼の力には成れない。それは大河にもはっきりと言われた。『今後あいつと一緒に居たいと思うなら、まずは自分が強くなれ』と。
「分かってるよそんな事……」
だから一旦は一緒に行動をしようと声をかけかけたけれど、現実を考えれば大河や土方さんの提案に従う方が正しい。
その上で力をつけて、自分が司馬君を支えられるようになったら、改めて傍に居させてもらおう。今度は少し離れた場所ではなく、手の届く場所で。そう決意をしたのだけれど。
「なによ……今まで全く女っけなんてなかったのに。エミリアさんと親し気に話しちゃって。鼻の下びろーーんて伸ばしちゃってさ」
司馬君の担当員なのだから、ある程度親しくなるのは当然だと思う。それは分かっている。
それでもなんだか、モヤモヤっとしたものを抱かずにはいられない。
彼女は冒険者ギルドの受付員ではあるけれど、なんと金ランク冒険者なのだと土方さんの奥さんから聞いた。だから彼のサポートは他の担当員よりも仔細なく出来ることも。それは分かって居る。でもそれとこれとは別。
「一緒に狩りに出かけたって言うし……もう!、もう!!司馬君のバカ!」
抱きかかえていた枕をベッドに投げつけ、ボスボスとパンチする。
八つ当たりだと自分でも分かっている。自分勝手だなと嫌悪してしまう。
自分はあの時、彼と一緒に歩んでいく道を選ばなかったのに、エミリアさんは仕事とはいえ、ちゃんと彼に手を差し伸べた。だから仲良くなったとしても当然だと思う。
だけれど、やっぱりわたしも一緒に狩りに行きたい。
ステータス面で運が良かったから、足手まといには成らないだろうけれど、まだ彼を守れる程の自信は全くない。だから我慢をしているけれど、それでもやっぱりもっともっと彼と一緒に居たい。わたしが守りたい。
今日、司馬君の武器と防具を見た大河は『エミリアさんも居るし、恐らくは大丈夫だろう』と言ったけれど……。
「あとどれくらい頑張ったら一緒にいられるかな……」
毎日が驚きの連続で、最初は昆虫型のモンスターなんて気持ち悪くて仕方が無かったけれど、それでも元からこんな世界に来たいと思って居たせいもあったからか、思ったよりもすんなりと色々な事を受け入れるのは早かった。
自分でもびっくりだけれど、大きな昆虫も、大きな猪も、亜人と呼ばれるオークやゴブリンを見ても、それが倒す敵だと思うのに時間はかからなかった。特にオークやゴブリンは女性の敵でしかないし。
あと少しでレベルは32になると思う。
ゲームのように1日でレベルが10とか20とか上がるような事は無いし、今はレギオン……というか土方さんの方針で世界に慣れる期間らしいからレベルは殆ど上がらないけれど、それでもこの期間を過ぎればサクサクと上がっていくようになると言われている。
一緒にパーティーを組んでいる大河も随分慣れてきたみたいだし、諸星君は……別にパーティーは違うし、例え一緒だったとしても、知りたくも無いし興味もないけど。あぁ……もう……。
思わず嫌な男子の事を思い出し、顔を顰める。
「なんであの人はあんなに司馬君にちょっかいを掛けるんだろう。……大河は大河で、絶対に諸星君と二人きりになるなと言って来るし。っていうかならないわよ、あんな人と」
わたしの知らないところで何かあるのだろうか?
もしかしてまだわたしの事を思っているのだろうか?あの時ちゃんと断ったのに……。
思えば大河は以前からそんな事を口にしていた。諸星君には気をつけろって。
理由を聞いても教えてくれないから、いつしか聞かなくなったけれど、何かあるのだろうか?何があるのだろうか?
それよりも司馬君に嫌な事を平気で口にする諸星君は嫌いだ。
元々そんなきらいはあったけれど、特にこちらに来てから酷くなった気がするし。
「はあ……」
ため息の数だけ幸せは逃げて行くぞと大河がいつも言うけれど、良いよね、貴方は大して深く考える必要もないんだし。
そんな風に言うといつも決まって『そんな事はない。俺の嗜好はちょっと特殊だからそこが悩みと言えば悩みだ』なんて言う。
それはまあ……『合法ロリ以外俺の目指す道は無い、それ以外の女なんて案山子だ』なんて、普段の大河からは想像もできないような言葉を真顔で告白された時は、どう答えていいか皆目見当もつかなかったもの。
もしも周りにいた大河のファンが聞いたらドン引きも甚だしい。
それこそちょっと特殊どころかマイノリティも良いところじゃないのよ。そんな特殊な悩みとわたしの悩みを一緒にしないでほしいわよ。合法がつく分マシだとは思うけど。
でもだからかな?
最近の大河は妙に嬉しそう。
具体的に言うと、ドワーフの一部の女性を見る彼の目は凄く幸せそうだ。頬がだらしなく緩んでいる。
「英雄候補が聞いてあきれるよ」
まあ自分達より全然大人でも身長は140センチ程度しかなく、胸も薄い人が少なからずいるドワーフの女性は、究極の合法ロリに当てはまるといえば当てはまる。
だから幸せな気分にもなるのだろう。
そういう理由で異世界へ行きたいと本気で思っていた大河に、わたしはドン引きしたけれど。
とはいえども、司馬君以外の人の嗜好なんてわたしにとってはどうでもいい事だけれど、本音を言えば幼馴染としては出来れば大河にも幸せになって欲しい。
特殊な性癖が漸く解消される世界に来ることが出来たのだから。
そしてわたし。
漸くスタートラインに立てたようなものだけれど、これをきっと生かして見せなきゃ。
大人しそうに見られるし、実際大人しく行動していたけれど、もう誰彼憚らなくてもよくなったのだから、自分が決めたままに行動して見せなきゃ。
だから、彼と話が出来るきっかけをくれたこの世界に感謝だ。
そして、彼と共に歩める未来を夢みさせてくれるこの世界に、有難うございます。