第32話 衝撃の事実
本日5話目です。
エミリアさんと一緒に狩りをし、指導をしてもらった次の日はあいにくの雨だった。
昨日彼女が、明日は雨ですねきっとと言った言葉がばっちり当たった。
「うわぁ……結構降ってる」
結構な雨脚のようで、とてもでは無いが本日の狩りは中止せざるを得ないだろう。
窓ガラスから外を覗けば、分厚い雲に覆われた空からはバケツをひっくり返したような雨が降り続いている。
ただ、幸いにもこの町は計画的に作られた城郭都市なので、水路も下水も完備されているし主要な道路は全て石畳だ。なので水はけは良いようで、水たまりなどは出来てはいない。
この分だと濡れはするだろうけど、少し出かけるには問題はないようだ。
とはいえ転移した次の日から昨日まで4日連続で狩りをして、少々疲れが溜まって来ているのも確か。
ステータス的には何ら問題は無いから、きっと精神的な気疲れなのだろう。
起きて外を見やっていても、何となくぼーっと雨を眺めてしまっていた。
昨日宿に帰った時、5泊目という事もあって、ニーナさんに宿泊の延長と部屋の交換をお願いした。
同じ部屋でも良いかなと思ったけれど、やはりシャワーが使える部屋というものに魅力を感じ、結局今日の晩からはシャワー付きの4000ゴルドする部屋へと移動する事にした。
稼ぎ的には十分すぎる程に稼いでいる。狩場的に恵まれているせいもあるけど日に40万とか50万とか。つい最近まで義両親のすねっかじりだったとは思えない激変っぷり。まだまだ駆け出しだけど。
「初日はどうなる事かと思ったけどなー」
ぼーっと外を見ていた窓から離れ、力なくベッドに倒れ込みながら、天井を見上げつつ小さく息を吐く。
「いや、まだだ。まだ他の奴らに追いついていない筈」
勿論他の転移者がどんな狩りをしているのかとか、レベルなども分からないのだから想像でしかない。
それでも初期ステータス的にみて、最低でもレベル差は10以上はあったので、まだまだ追い付いてなどいない。
結局、昨日は最終的にレベル18で終わった。
ワイルドボアの後、カエルを3匹倒したけれどレベル19にはならなかった。もしかしたらもう少しで上がるかもしれないけれど、もし直ぐに上がったとしても、そこからさらに1レベルとなれば、恐らくはホーンラビットだと20羽倒しても上がらないような気がする。
「とは言ってもなあ……」
ソロでのワイルドボアは論外だしカエルは嫌だし、アルマデロは硬いし思ったよりも数が少ないし。
まあ、下級治癒ポーションも27個あるし、中級治癒ポーションも50本あるし。万能薬と解毒薬も売って貰ったしで、もう少しレベルが上がれば……。
とはいえ、あれを売って貰ったと胸を張って言えるのかどうかは甚だ疑問が湧くけれど。
思わずリュミさんの快活な笑顔が目に浮かんだ。
中級治癒ポーション50本とか、それだけで50万ゴルドになるのに、その時のリュミさんは『まだ当分の間、中級で全回復する筈だから、上級とかエクストラは要らないわね』と。なんだか使えるようになったら有無もいわさず持たされそうな、そんな雰囲気だったのは気のせいではないだろう。
因みに万能薬は、万能なだけに1個あたり大銀貨5枚、50万ゴルドもするらしい。材料が特殊過ぎる程に特殊なのだと言っていたけれど、それすらも5個持たされている。毒消しは20個。それらすべてを合わせて大銀貨1枚、10万ゴルドだった。大丈夫ですか?と心配になるレベル。
更に言えば、滅茶苦茶お高い筈の魔力回復ポーション=通称青ポまでも20本持たされた。これ、1本5万ゴルドもするんだよな……。
マジックポーチから青いポーションを取り出して眺める。
綺麗に透き通った青い色。
「でも、ありがたい事だよな……感謝しなきゃ」
目を瞑りながらそう感謝を呟き、今後もモアモア鳥やホーンラビットをプレゼントしよう、欲しい薬草とかあったら採ってこよう……と思って居ると、知らず再度瞼が重くなり、そのまま二度目の眠りについた。
◇
「あ、司馬君!」
疲れていたのか昼過ぎまで二度寝をしてしまい、それから起き上がって今晩からの宿賃10泊分を先に支払った後、ニーナさんの行ってらっしゃいの声を聞きながら、雨上がり直後の濡れた町を歩いた。
目的は冒険者ギルドへ行って、依頼完了の報告と新しい依頼を受けるため。
そしてカウンターにいるエミリアさんを見つけ、新しい依頼を2個うけてから、少し座ろうといつものベンチに腰掛けた所で横から俺を呼ぶ、冒頭の声が聞こえて来た。
一気に状況説明をしてしまったようにも思えるけれど、俺にとってその声は、何よりも優先順位が高いから仕方がない。
即ち顔を向けなくても誰だか分かる人の声。
「よお」
軽く手を挙げつつそう短く返事を返せば、あら不思議、今日は柊さんしか居なかった。
「あれ?天地は?」
「大河はもう少しあとで来る筈。って、別に大河とセットじゃないよ?わたし」
いや、どう見てもセットだし。
その自覚が無いのか?
とはいえそんな不毛な会話をするつもりもない。
「そうだな、勘違いだったかも」
「そうだよ?別にただの幼馴染だし、って、今報告をしてたの?依頼の」
ん?……ただの幼馴染?
んな馬鹿な。
でもそう言えば二人が付き合っているって本人たちが言っていたと聞いた奴は一人もいないな……俺が知らないだけかもだけど。
いや、いやいやいや、単なる照れ隠しなだけかもしれないし、ここはひとつスルーを決め込むしか。
そう切り替えて後半部分だけの返事を返す。
「ああ、グリーンフロッグ討伐の依頼報告と納品」
「……ふーん……北西の森にはいなかった」
そりゃ居ないだろう。だって南西の森でもそこまで奥に行かなくても生息しているモンスターなんだから。
「南西でも弱い部類に入るからさ。北西には居ないだろ」
「そっか、ねえ、今お暇?」
「ん?まあ、もう用事は済んだし、暇と言えば暇かな」
ふと見ると柊さんは何だかソワソワしているような。
「じゃあさ、お茶しない?」
そう口にしつつ視線を冒険者ギルド内のカフェに向けた。
カフェとは言っても、真昼間から飲んだくれた冒険者が居る、料理も簡単なものしか出ない酒場みたいなもんだけど。
とはいえ珍しい事もあるもんだ。
どういう意図があるのかは分からないけれど、この提案に乗っかるのもやぶさかではないだろう。ここらで一つ女性と話す特訓をするべきだろうし。
そう言い訳じみた事を思って居るけれど、実のところ非常に嬉しい。小躍りしたくなる程に嬉しい。
小鼻がぷくぷくと膨らみそうになるのを必死に抑えて居ると、ふとある事に気付いた。
そう言えば何故かエミリアさんやヘルミーナさん達とは普通に話せるなあ、と。
何でだろうか?そこまで意識をしていないからか?
それとも相手がお姉さんで、しかもグイグイ話しかけてくれるからか?
まあ、エミリアさんは俺の師匠だし、ヘルミーナさん達も似たようなもの……というか俺の保護者みたいな感じだし、そういう気持ちもあるから女性として緊張しないのかもしれないけれど。
「どうしたの?」
柊さんに誘われたのに、違う事を考えるとか。
不審に思った彼女は少し体を前に傾けながら俺の顔を覗き込む。
と同時に真新しい神官服の胸の部分がゆさっと……。
「あ、ああ、いいよ」
咄嗟に視線を逸らし、横を向いたまま返事を返した。
「ほんとに?用事があるんじゃない?」
「いや、大丈夫、いこうか」
そう口にし、一人で勝手にカフェの方へと歩いた。
少し遅れて柊さんもついてきたらしい。
そのまた後ろの方でエミリアさんがニヨニヨと笑いながら、俺らを見ていたのは気付いては居なかったけど。
「その神官服、似合うよな」
素直な感想だった。
身内以外の女の子と二人きりでお茶を飲むなんて、生まれて初めての経験だった。
一体何を話していいやらさっぱり分からなくなり、つい口を吐いたのが今の言葉。だが柊さんは殊の外嬉しそうで。
「ほんと?ふふ、わたしも気に入ってるの。セイントって言っても聖属性が付与されているわけじゃないけどね?」
「そりゃ流石にないだろ……聖属性が付与されている防具なんて目玉が飛び出る程高額だって聞いたし」
「うん、最低でも大金貨が2枚くらい必要だって聞いた」
「うへ……」
四元素とは別枠に扱われる聖属性。
この聖属性という属性は特殊で、闇属性を持つガーゴイルやインプと呼ばれる悪魔系の魔物や、レイスやグールなどのアンデッド系に対し、絶大なアドバンテージを持つ。
闇属性の魔物を攻撃すればダメージが倍化し、闇属性の攻撃を受けてもダメージを半減させる。
この事実から、高レベルの悪魔系やアンデッド系に対峙する場合は聖属性付与をされた防具や武器が必須とも言われている。
が、残念ながら僧侶や聖職者が少ないように、聖属性を防具に付与できる鍛冶師や裁縫師も非常に少ない。しかも輪をかけて。
故に高額になるのだとヘルミーナさんに聞いた。
因みにヘルミーナさんは精霊魔術師だから聖属性を扱えない。
なので聖属性を付与したいときは、知り合いに協力してもらうのだとか。
「でもね、いつかこんなのを着たいなーってずっと思ってたから。夢がかなったーって感じ」
そう口にした柊さんは嬉しそうに笑った。
どうやらこちらの世界を楽しいと思って居るようだ。
「ああ、やっぱり柊さんもこっちに来たかった口か」
「うん、大河もそうだよ。意外でしょ?」
「二人とも意外だ。あっちの世界に何も不満なんて無いもんだと思ってたし」
「えー?あっちの世界に不満が無くても、こっちの世界に憧れるってのはあると思うよ?まあ、それでも不満がなかったかって言われたら嘘になるけれどね」
「確かにごもっとも。って、不満があったのか……」
話をしてみれば案外と話せるものだなと。
相変わらず真っすぐに彼女の目を見ての会話は出来ないけれど。
柊さんの方は俺の目をちゃんと見ている気もするけれど。
「不満はあったよ。でも、それは今のところ解消しそうだけどね?」
「そうなのか?」
「うん、あ、そうそう、狩りはどう?」
どんな不満なのか分からないけど、それが解消しそうならそれに越したことは無いな。
「前にいったと思うけど――」
「よう」
話に夢中になっていた訳では無いけど、天地が近くまで来ていた事に気付かなかった。
なんだか寝取ったみたいな気分になる俺。
いや、まあ、手すら握って居ないので考えすぎかも。
「よお、柊さんを借りてる」
不自然に成らないように返事を返したつもりが。
って、これバッドエンドパターンか?
これって仲がいい友達相手にいうセリフだろ!
何でお前に貸さなきゃならないんだよ!って怒られるパターンじゃ??
冷や汗をかきつつそんな風に思いながら、恐る恐る死刑執行人天地からの返事を待つ。
んが、次の瞬間に、聞き間違いかと思うような言葉が。
「ん?別に伊織は誰のもんでもないけどな? だから別に俺に借りてるとか言う必要もない」
「そうだよ?司馬君なんか誤解してる」
「え?」
何を誤解?
「ん?変な事言ったか?」
「え?……お前ら付き合ってるんじゃないのか?」
「え?いいや?」
「うん、違うよ?」
何言ってるんだ?といった具合に天地と柊さんは俺を見やるけれど、それは俺だけが思って居たわけでは絶対にない。
「だって噂が……」
「ああ、まあ、お互いそんな風にしておかなきゃ面倒くさい事になりそうだって話し合ってさ、中学の時から否定はしないでおこうってなったんだ」
合点がいったと言った具合に天地はそう口にした。
だけど俺は当然合点などいっていないわけで。
「ま、まじで?」
「うん。大河は幼馴染でしかないよ?それ以上でもそれ以下でも」
「俺もだ。いや、妹くらいには思えるか」
「えー、それ言うなら大河は弟くらいには思える。誕生日もわたしの方が早いし」
衝撃の事実であった。
言い合いを始めた二人を見やって唖然とする。
もしこれを聞いたらクラスの奴らや学校中の奴らや、他校の生徒は卒倒する程に驚くだろう。
もう知られる事は無いけど。あ、諸星のアホには知られる可能性があるか。
「それって諸星は知ってるのか?」
「ああ、随分前だが偶然知られたから説明はした」
「あまり聞かれたくは無かったんだけどね?」
「そうか……まあそうだろうな。でも生まれて一番驚いた衝撃の事実かもしれない」
「大げさだな」
「いや、本当に……」
「だから別に伊織とお茶してても全然いいんだぜ? 伊織にとっても司馬は数少ない知り合いなんだから」
少し意味深な表情を天地は俺に見せた。
どういう意味なのかさっぱり分からないけれど。
「そ、そういう事ならまあ、今日みたいに時間があえば、俺からも誘う……かな?」
社交辞令的にそう言っておいたけど、それでも最後はお伺いを立てる言い方に。
なのに柊さんは、さも当然かのように。
「じゃあわたしもまた誘うね」
「お、おう」
そう返事を返したけれど、どうしても信じられない自分がいた。
えっと、ほんとのほんと?
社交辞令じゃなく?