第31話 旧市街
本日4話目です。
馬車で帰ってからその足で向かったのは冒険者ギルドではなく、スラム街。
日本には馴染みの無いスラム街だけれど、世界を見渡せばそこかしこに存在していた事は俺も知っている。
一体どんな場所なのか。
そう思いながらエミリアさんと向かったのだけれど、その場所は町の中心部から南西に少し離れた、古い外郭のような壁に囲まれた内側にあった。
「ここから中に入れば全てスラム街ですから、お一人の時は気を付けてください。治安はあまり良いとは言えないので、特に南側の入り口からは絶対に入らないで下さいね」
「はい……」
何気にここら一帯は新たに拡張整備された区画ではなく、いわゆる元からある旧市街らしい。
なので、計画的に作られたわけでもないので雑多で道路幅も狭く入り組んでいるし建物も古めかしい。
元の世界の感覚で言えば、中世の街並みそのままという感じで、町を綺麗に保てば観光名所にすらなるだろう趣がある街並み。
なんだろうけど……。
でもなるほど、確かにスラムだ。
そう思える程にゴミゴミとしている風景と共に、そこかしこに座り込んでいる浮浪者風の人達。
空気も若干淀んでいるようだし、これだけ見ても正常ではないと分かるくらいには、自分は恵まれていたと実感する。
「古い町ですね」
「ええ。この町が出来たのは、もう1000年以上も前になるそうです。200年前の火山の噴火で当時はかなりの被害が出たそうですけれど、こうやって未だに古い建物が残っているのを見ると、当時の町の人達がどれ程懸命に復旧を行ったかが分かるような気がします」
「ある意味歴史ある町か……」
「ですが今はもう、国の予算も回らず維持をする事すらままならないようですけれど……」
この世界にもガラスはあって、それは新市街の普通の建物にはガラス製の窓が嵌っているけれど、旧市街の建物にはガラスなど1枚もない。
しかも奥へ行けば行くほどそれは顕著で、ガラスはおろか石造りの建物の枠だけのような造りなのだから、冬はさぞかし寒いだろうに。
この町の他の地区にはスラム街は無いらしいから、都市トレゼアの暗部は、小さな旧市街に全て押し込んでしまったのだろう。
そうする事で、綺麗な町の見た目を維持しているような。言葉は悪いけれど、臭い物に蓋をしているような。
「この地の代官様は良い人なのですけれど、中央にばかり目を向けているので、もう少しだけこの旧市街にも目を向けて頂けたらなと思わずにはいられません」
「そうですか……」
大きな町を作ってしまうとそれだけインフラの整備にお金がかかるから、住んでいる人全員が満足するような統治は出来ないのかもしれない。そんな事はエミリアさんも分かっているのだろうけれど、それでもこの現状を見るにつけ、もう少し何とかならないのかと思ってしまうのだろう。
とはいえ先代の皇帝が国策として町を大きく整備しろと命令したそうだし、代官としても予算の範囲内で整備しなければならないしで、どうしようもなかったのかもしれない。もしかしたらそうでは無くもっと複雑なのかもしれないけれど……。
そう思いながらエミリアさんについて向かった先は、どうみても教会のような造りをした建物だった。
その建物の前には、100人は優に超える数の子供達が集団で待っていた。
「エミリアお姉ちゃん、お兄さんおかえり!」
「ただいま。今日は沢山ですよ」
「ほんとう!?やったあ」
「肉?ねえ、肉あるの?」
「お腹すいた!」
エミリアさんの姿を見つけるや否や、ラピスちゃんを先頭に子供達がわらわらと寄って来る。
見れば獣人の子供とヒュームの子供が半々くらいのようだ。
大人たちは少し遠巻きに眺めているけれど、皆笑顔なのだからエミリアさんが歓迎されている事は直ぐに分かる。
「中に入りましょう」
そう言われて緩やかな広い石階段を上って一緒に向かった建物は、お世辞にも立派とは言えない教会だった。いや、建物の大きさ自体は立派だけど……。
この世界にも宗教は当然あり教派も多くある。その中で一番影響力が強い宗教が帝国の国教でもあるカーリア教。美と戦いの女神らしい。
「これまた随分と痛んだ教会ですね……」
階段を上りながら上を見上げてそう呟く。
複雑な意匠を施された飾りは全て崩れ、元は豪華絢爛だったのだろうに、今は見る影もない。
「そうですね。ここはフライヤ教の教会ですから」
「え?……国教ってカーリア教ですよね?」
「はい――」
聞けば、もう随分昔になるけれど、この大陸で一番信徒が多かったフライヤ教とその次に信徒が多かったカーリア教との宗教戦争が勃発したのだとか。
大地と豊穣の女神フライヤ。
美と戦いの女神カーリア。
色々理由はあるにしろ、結果的にフライヤ教がカーリア教に敗れた。
その後はカーリア教が旺盛を極め、元はフライヤ教を国教としていた帝国ですら国教を変えざるを得ない程にまでなったのだとか。
ゆえにこの惨状。
宗教なんて寄付や支援がなければ存続すら危ういのだから、その寄付や支援が途絶えればこうなってしまうのも必然なのだろう。
まあ、俺は基本無神論者なので、この有様を見たところで、廃墟だなくらいにしか思わないけれど。
エミリアさんも別段カーリア教やフライヤ教の熱心な信者ではないらしく、要するに、貧しいスラムの子供が親を亡くし行き場が無いところで、この教会に保護されているからまとめて支援をしている。ただそれだけらしい。
分かりやすくていい。
単に教会に子供がいるから支援をしているというだけなのだから。
ちなみに、旧市街にあるのは全てフライヤ教の教会で、新市街にはカーリア教の教会しかないらしい。
「今ここには神父様はおらずシスター様だけで面倒をみています」
「そりゃ大変だな……」
どうやらシスターは、施設の園長先生みたいな扱いのようだ。
神父はいないけれど、シスターはそれなりの人数がいるそうで、そのまま歩を進めて教会内の奥に進めば、俺達を……というかエミリアさんを待っている、修道服を着て、ウィンプルを被った女性の姿があった。
若いシスターから年配のシスターまで8人程いて、皆笑顔で迎えてくれた。
「エミリア様、今日もありがとうございます」
エミリアさんよりも少し年上に見えるシスターが、大きくお辞儀をしつつそう告げると、彼女は少し微笑む。
親しい間柄なのか、お互いに壁のようなものは感じられない。
「裏手に置けばいいです?」
「ええ、解体は必要ですか?」
「一番大きなものは既に解体したのですが、その他はまだなので、素材を売って皆の生活費に充ててください」
「ありがとうございます」
エミリアさんの言葉に、シスターさんたちは両手を胸の位置で組んで深々とお辞儀をした。
見ればシスターさんたちも、少し痩せているようだ。
自分たちが食べる分も子供達に分け与えているのだろうか。
「ではシバさん、教会の裏手に行きましょう」
そう口にしたエミリアさんは、慣れた足取りで教会の奥へと進み、扉を開けて出ていった。
後に続いてそのまま出てみると、そこは極普通に裏庭だった。当たり前だろうけど。
そしてそこには先程表にいた子供たちや、大人たちが中央を空けて今か今かと待っていた。
「では、此処に出しましょう」
そう言って、まずはワイルドボアの肉とホーンラビットを5羽とアルマデロを3匹取り出し、俺もマジックポーチからモアモア鳥3羽を取り出した。
それを見たシスターや子供達、それから取り分ける作業を担当するのだろう大人達は目を見張った。
そりゃワイルドボアだけでも800キロの肉の塊なのだから相当だ。しかも脂肪や筋肉がついたままなので、その倍くらいはあるし。
「こんなに……」
「うわ、うわ!肉!」
「にっくううううう!!」
「すげーー!でっけええええ!」
「うひゃああ!」
「肉っ!肉っ!」
「きゃ~おにくぅ~!」
もう皆、目の色が違う。
中には既に涎をたらしている子もいるくらいだから、よほど楽しみだったのだろう。俺も自然と顔が綻ぶ。
とはいえ肉肉やかましい。
わからなくもないけど。
ただ、あまりに量が多かったからか、シスター全員の表情が強張って居る。
そして最初に挨拶をしてきたシスターが戸惑いの表情を浮かべながら、
「よ、良いのですか?エミリア様……こんなにもたくさん……」
「はい、今日は全部こちらのシバさんが提供してくれました」
そう口にしつつ俺を手のひらで軽やかに指し示した。
ちょっ!おい!
見れば非常に悪い顔を見せている。
これはー……やられた……
咄嗟にそう思ったけど、直ぐに否定を出来るような雰囲気では無くなる。
すぐさま年若いシスターの一人が俺の手を取って涙目で見やって来る。
「ありがとうございます、シバ様」
「あぅぁ、えっと……ハハ……ハハハ」
「うそー!お兄ちゃんぼうけんさ!?」
「あ、あー、冒険者だよ?」
「ぼけんはだ!すげー!」
「にくうううううう!」
「うん、肉だね」
「早く食べたい……おなかすいた……」
「そかそか、沢山食えよ?」
「うん!」
「やたーーっ!」
「シバ様に神のご加護がありますように……」
「あ、えーっと……」
俺は後で何を言ってやろうかと考えながらも、勘違いをした子供達にもみくちゃにされ、他のシスターからも涙目でお礼を言われるがままだった。
そしてそんな俺をエミリアさんは、何時しか嬉しそうに眺めているだけだった。
◇
「やってくれましたね……エミリアさん」
教会からの帰り道、隣を歩くエミリアさんを恨めしそうに見やりながら苦情を言った。
けれど彼女は予想通り悪い笑顔を見せながら、
「ふふふふ、子供達はどうでしたか?」
「いやぁ、やっぱり可愛いですね。って、違うでしょう?」
「いいじゃないですか、子供達にとってはどちらから頂こうと関係はないのですから」
「そうかもですけど……」
なんだか手柄を横取りしたような気分だ。
なので今度絶対に仕返しをしてやろうと心に誓った。
「大切なのは、あのお肉であの子たちが生き延びられるという事なんです」
そう……だな。
俺も経験があるけど、クリスマスとかでどこかの企業がボランティアでホームパーティーを開いてくれたこともあった。それは単純に嬉しかったし、今思えばやはり誰かの善意というものは嬉しいものだ。
「焼石に水ですけどね……」
そうなのだろうか?
「この町だけでも2000人近い子供達がスラムに居ます。ですが、私が支援出来ているのはそのうちの2割にも満たないんですよね……」
2000人とは……多いな。
「そんなにいるんですか……」
「はい。この町で生まれた子供も居れば、そうではなく、農村が壊滅してこの町に家族で流れ着いた人たちの子供もいます。その中でも両親が居ない子供達だけは、優先に食材を配って貰っているのですが……あまりそういうのも良くないみたいで」
子供達にとっては親が居ようが居まいが、食べるものが無い事には変わりは無いのだろう。
子供ゆえのストレートな感情は、大人の都合など意味を持たないのだから。
「……俺、施設で育ったって言いましたっけ?」
誰にも言うつもりは無かったのだけれど、何故か話してみようと思った。
そんな俺のカミングアウトに、エミリアさんは少し驚いたような表情を見せる。
「いえ?聞いていません」
「俺は物心ついたころには既に施設に居ました。所謂捨て子です」
「そうだったんですか……」
「もっとも、6歳の頃義両親に引き取られたんですけどね。だから施設での思い出はあまり無いんです」
「それは、この世界では殆ど起こらない幸運です」
そう言ったエミリアさんは暗い表情を見せる。
「幸運なんでしょうね。……うん、確かに幸運でした。義両親は優しかったですし、義妹もいましたけど、本当の兄のように慕ってくれてましたし」
三人の顔を思い浮かべながら、しみじみと語る。
「そうですか……」
「今日の昼に、モアモア鳥を提供したいって言った時に、それだけでは無いんですけどねって言ったじゃないですか、俺」
「はい」
「自分の境遇を思い出したからという理由もあるんです」
エミリアさんは俺から視線をそらさない。
「そうだったのですね……」
「勿論、エミリアさん達から頂いた恩が一番の理由ですけどね」
「そんな……」
「だから、これからもちょくちょく顔を出してみます。俺にどれだけ出来るかはわからないですけど」
「……」
俺の言葉を聞き、エミリアさんは無言のまま俺を見つめた。別段表情に変わりは無いようだけど。
「どうしました?」
妙に居心地が悪いと思って居たら、いつもの微笑みを携えて……。
「いいえ?何でもありませんよ?ふふふ」
「そうですか。じゃあ、次はガニエさんの所ですね」
「はい、行きましょう!おじ様、ホーンラビットのお肉が大好物なんですよ?」
「へえ……だったら自分で捕まえに行って居たりとか?」
「いえ、おじ様は弓を使えませんから……それに足も……」
「ああ……」
男ドワーフの特性を思い出した。
近寄る前に脱兎の如く逃げ去るだろうな。
そしてエミリアさんの言う通り、ガニエさんはワイルドボアの牙よりもホーンラビットに飛びついた。そのあとヘルミーナさんとリュミさん姉妹の所にも寄り、お礼に姉妹の手料理をごちそうになって、この日の狩りは無事終了をしたのだった。
◆
一眞がエルフ姉妹と楽しい会食をして、宿に戻っている途中。
小鳩亭では目つきの悪い三人の転移者が食事を摂っていた。
「ここの料理美味いな……」
「だろ?量も多いし、結構穴場だ。昨日偶然見つけた」
「結構店の女の子も可愛いかも」
「へへへ、だろぉ?実はそれが狙いでもあるんだけどな」
「ああ、まあそうじゃないかと思ったわ」
賑やかな食堂の椅子に座る男3人。
テーブルの上にはこの店のおすすめ料理が、山のように並んでいる。
彼らはつい先日この世界へ来た転移者。
その中の一人が偶然見つけたこの店に、歳も近く、性格的に気の合った三人で訪れたのは夕方の事だった。
「冒険者もいるっぽいが、現地の人族ばかりだな」
「まあ、少し外れてるってのもあるか?」
「それが良いんじゃん。余計な先輩面してくる奴もいねーしさ」
「言えてる」
店は14程度のテーブルがあり、長いカウンターもある中規模の飲食店。
宿屋も兼業しているその飲食店は、地元でも結構有名なお店だった。転移者たちを除いてではあるが。
転移者は転移者だけでコミュニティーを構築しがちな面もあり、しかも既に6回にも及ぶ集団転移が行われたとあって、先人が行く店によく後輩も足を向ける。
冒険者なのに冒険をしたがらないのは元日本人ゆえにだろうか。
新規のお店になかなか足が向かないのは、どこに行っても同じである。
だが、それを疎ましく思う新米転移者もやはりいる。
それがこの三人なのだが、ゆえに今日誘われた食堂には滅多に転移者は立ち寄らない。
宿屋街から少し外れているせいもあるだろうが、この宿で泊まったという転移者も聞かない。
値段が安い事は先ほど聞いて知ったが、どうしても4000ゴルドと聞けば、元世界の記憶からは敬遠してしまうのも仕方がないところだろう。
かくいう今日ここに初めて訪れた諸星も、今日まで1泊2万ゴルドの高級宿に泊まっているのだから。とはいえ2万ゴルドもの高額な宿には、今回転移してきた25名中この場に居る三人しか宿泊していないが。
(4000ゴルドってどんだけチープな宿だ?ありえねーって。まあ、飯は不味かねーがよ)
「お、あの娘だ。ニーナちゃんって言うんだ」
一人が頬を緩めながら、忙しそうに配膳を行って居るニーナに視線を投げかけた。
それを聞き諸星も彼女を見やる。
(確かに可愛いな。だがまあ、柊には適わねえ)
自身の想い人と比べ、そこまでではないと見切りをつけて、興味は無くなったとばかりに腹を満たす。
だが、その諸星の頭にはもう一人の女性の顔が浮かんだ。
(まあ、柊とタメ張るのはエミリアって受付嬢くらいなもんだな、今んとこ)
初日に見て、瞬間に心を鷲掴みにされたかのような感覚を諸星は覚えたが、よりにもよって司馬の担当になったと聞き、腹が立ってからかってやった。
あれで司馬の野郎の評判は地に落ちただろうと、少しは留飲を下げた諸星ではあるが、それでも担当だという事実を思い出すだけで腹が立つ。
しかも何度かそのエミリアという受付嬢に話しかけたのだが、どうにも反応が良くない。
笑顔を向けてはくれるのだが、どこか見下されているような、軽蔑されているような気分になる。
俺は転移者様なのに。貴様らみたいな下等な奴らとは根本的に造りが違うんだ。
そう思ったとしても口には出せない苛立たしさも相まって、ここ5日で諸星のストレスはマッハで溜まり続けた。
支給されたゴルドで、転移したその日に娼館へと出かけたが、それでも諸星の心と体は満たされる事は無かった。
(くそ……エミリアの乳を揉みてえ……無茶苦茶にしてやりてえ。柊でも構わねえが、あいつには天地が近くにいやがる……)
自身が転移者だと鼻にかける者は実のところ多い。
それが少なからず問題になる事もあるのだが、やはり能力的に高く、冒険者の中での地位が高い事と、帝国内でも貴族の称号を受けている者も居る以上、一定の問題は目を瞑って居るのが実情。
諸星もそんな見逃されている転移者の一人ではあるのだが、実のところ《青鋼の騎士団》は初日から諸星幸男の行動を監視している。
それは2年前、訪れた転移者が転移して半年後に起こした殺害事件が理由だった。
加害者も被害者も《青鋼の騎士団》の団員ではなかったが、それでも被害にあったのは協力関係にあったレギオンのメンバーだった。
その事もあって、大手のレギオンではそれからというもの、性格的に難がある人物は転移者に限らず出来る限り監視をするようにしている。
勿論、諸星の行動のみならず、天地大河と柊伊織に関しても同じなのではあるが、大河と伊織に関しては早々に問題なしと判断されて、監視対象から外れている。そんな事など三人は知りうる筈もないのだが。
だが、諸星に関しては少し状況は違う。レギオンマスターの土方は既に初日から諸星の素行に難が有り、問題が発生する可能性を見抜いていた。力が付けばより増長する類の転移者だと。
それでも追い出さないのには、それ相応の理由もあるのだが。
そして何も知らない諸星は、今日も女を物色する。
まるで性欲を満たす道具としか見ていないかのような視線で。
(今度どっちかの女を犯すか。二人ともなかなかいいケツをしてんじゃん。って、二人とも獣人かよ。まあ、獣人を試しに犯すのもいいかもしれねえ。何やっても壊れねえくらい体は丈夫だっていうしよ。)
ニーナではない、もう二人いる獣人のウエイトレスに狙いを定め、諸星は舌なめずりをする。
ここ4日で娼館の女は飽きた。そうなれば次は町に居る女性に手を出そうとするのは諸星にとって簡単な帰結。
ここは日本ではなく異世界で自身は貴重な転移者様だ。そう言った思考が働く程に諸星はこの世界を嘗めていた。
それというのも、レギオンに入って5日目にも関わらず、担当メンバーの激しいスパルタによって幸か不幸か狩りには既に慣れてしまっていた。
レベルは三つしかあがっておらずレベル25でしかないが、元々のレベルとステータスのアドバンテージもあり、この世界で1年以上冒険者をしている同じレギオンの剣士をあっさりと力で追い抜いてしまったがゆえに。
元々調子に乗りやすい性格をしていたからだろうが、更にそれが原因で歪み、増長した。土方が懸念した通りの結果になりつつある。
ゲームのようではあるが、この世界はゲームでは無い。土方が最初に口にした言葉は、既に諸星の頭の中からは消え去っていた。
ヌルゲーじゃん?と。なんせ俺は選ばれた人間なのだからと。
同じ選ばれた人間だとしても司馬のようなゴミとは違うのだと。
あんなバグのようなゴミと一緒にされるとか不幸でしかない。
そう思いながら諸星はそこそこ美味い飯をかきこんで、今飲んでいるエールを空にしたら店を出ようと話していた時だった。
宿の側のドアを開けて、司馬が入って来たのを三人は目にした。
酒場入口付近の椅子に座っていたがために、偶然目に入った結果だが、その瞬間に感情が荒ぶるのを諸星は感じる。
「おい……あいつってゴミ転移者だろ?」
「あ、そうだな、初日以来見てなかったがな」
「確か諸星の同級生だったよな?」
「ああ……あっちでもゴミだったがな)
(司馬の野郎まだ生きてやがるのか……)
三人は司馬の行動を観察する。
食堂に来るのか、それとも宿に泊まるのか。
食堂と受付カウンターの間には扉があり、食堂内が煩い事も相まって残念な事に会話は聞こえない。
「この宿に泊まってんじゃねえか?」
その言葉通り、司馬はカウンターにパタパタと走って行ったニーナと親し気に話をし、そのまま上階へと階段を昇って行った。
「おい……なんでニーナちゃんと親し気なんだよ!」
エールのジョッキを乱暴にテーブルへと置きながら、憤慨するように一人の男がそう口走る。
もう一人の男は少し冷静なようで、ここに泊まってりゃ少しは話をするだろと思ったが、それでも口にはしなかった。
ただ、諸星だけは違ったようで。
「俺が何とかしてやろーか?」
「お?やるか?」
「頼む!何とかしてくれ!」
「ステータス的には雑魚だ。殺しちゃあ流石に問題になるだろうが、どうせ少々痛めつけたくらいじゃああいつは何も言わねークソヘタレだ」
(それに、未だに死んでいねーのがムカつく。しかも噂じゃあ、結構稼ぎ出したって話じゃんか。あんなレベルとステータスでどうやってとは思うが、まあ、運が良かっただけだろ)
「じゃあどうやる?」
ニーナの事を気に入った男は体を乗り出しながら諸星に方法を聞く。
もう一人は大して興味もなさげだ。
「まあ、ちょっと気になる事もあるから、それを確かめてからだが、俺に良い考えがある」
諸星は二人にそう口にしつつ、残って温くなったエールを一気に煽った。
(死ぬことは無いだろうが、いや、まあ死んでも良いか。証拠さえ出なきゃ関係ない。なんせ俺は選ばれた人間だからな)
深く沈み、腐った汚泥のような目で、諸星は一眞が昇って行った階段方向を見つめていた。