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第29話 カエル狩り

本日2話目です。

 俺が倒したワイルドボアを見やりながら、エミリアさんは経験値が多かった原因を考察する。


「もしかしたら、ギガスボアにもう少しでランクアップする個体だったのかもしれませんね。だから餌を探してこのような場所にまで。……それに大きさもワイルドボアとは言えませんでしたし」


「そうなんです?」


「ええ、ですがギガスボアには有る額の赤い紋様が、このワイルドボアにはまだ無いので、ワイルドボアはワイルドボアだと思います。けれど経験値が凄かった事を思えば、やはりランクアップする寸前の個体だったのかと」


「因みにギガスボアになると、どうなります?」


「攻撃パターンは同じなのですが強さはそれこそバラバラで、仮に一番弱いギガスボアになり立ての個体でもこの個体の数倍は手こずるでしょうね。ソロ討伐推奨レベルも40ですし、掠った程度でも真正面からぶつかった程にダメージを負うと思いますし。ですから今のシバさんではまず奇跡が起こっても勝てません」


「ぐは……」


 クリティカルなエミリアさんの言葉に思わず俺は胸を押さえた。

 それを見て彼女はハッと気付く。

 

「あぁぁすみません……また余計な言葉を……」


 エミリアさんはたまに毒舌になるけど、そういうのははっきり言ってもらった方が良い。


「いえ、はっきり言ってもらった方が勘違いしなくて済むんで、エミリアさんはそのままでお願いします」


 とはいえ、そんなのに成りかけを相手にさせるとは、激しくスパルタ過ぎる。

 申し訳なさそうな表情を見せるエミリアさんだけど、一応フォローのようなものは忘れないようで。


「すみません。ですが、一応ギガスボアはパーティー討伐推奨で、レベル30以上の冒険者が3、4人のパーティーを組んで相手をするくらいなので……」


「ああ、そもそもが強いんですね」


 というか種族覚醒した瞬間に討伐推奨レベルが20も上がるのかよ……。


「はい、本来この辺りにはいませんが、今みたいに運が悪いとランクアップ直前の個体に遭遇する可能性もゼロではないので気を付けてくださいね」


 いや、たった今戦ったばかりなんで分かります。

 そんなのと戦わせるなんて、ほんとエミリアさんはスパルタだよ。凄くいい経験をさせてもらったけど。

 そう思いながら、深い森の先を見つつ聞いてみる。


「この森の奥にいるんです?」


「そうですね、数は少ない筈ですけれど。ですがギガスボアになる直前になれば奥へ移動しますので、この辺りに留まる事はありません」


「ああ、そんな事を初心者講習会で習いました」


 モンスターはレベルが高ければ高い程、森の奥深くに向けて移動をする傾向にあるらしい。

 その理由はモンスターが必要とする魔素の濃度が関係しているとか。


 魔の森を奥に行けば行くほど、モンスターにとってのエネルギー源である魔素が濃くなるから、大きくなった巨体を維持する為に濃い魔素を必要とするのだろう。


 なのでエミリアさんが言うように、ホーンラビットが居るような場所には居ないというのが定説らしい。



「しっかし、大きいな」


 立ち上がってワイルドボアを見やる。

 これが猪とか、形だけ詐欺だろうと。


「約2トン半という所でしょうかね」


「おおおー!じゃあこれもスラム街の子供達に持っていきましょう」


 さも当然のように俺は言った。

 きっとラピスちゃんも喜ぶぞ。

 そう思いながら顔を二マニマさせていたら、


「え?」

「え?」


 エミリア師匠は先ほどと同じように、きょとんとした表情で俺を見た。

 そして俺も同じようにエミリア師匠を見た。


「いえ、いいんですか?」


「え?勿論」


 そういう約束ですよね?


「これだけの個体なら金貨1枚くらいはしますよ?。それに、流石にここまでのものは倒していない私が頂くわけにはいきませんし」


 うお!100万ゴルドか!

 凄いな。

 でも良いんだ。


「いいです。どれくらいの肉がとれそうです?」


「ワイルドボアのお肉は高級品ですけど、その部位は50キロ程度です。あとはそれなりのお肉がこの個体ですと800キロ程度で、残りは内臓や筋肉や脂肪や骨ですね。ワイルドボアの内臓は食べられませんし、脂肪や筋肉はお安いです」


「思ったよりもないんですね」


 2.5トンならそんなもんなのか。

 まあ、モアモア鳥も美味しく食べられるのは1/3くらいしか無いらしいし。

  

「十分ですよ?筋肉も煮込めば美味しいですし、脂肪も用途はありますから」


「なるほど。じゃあこれも持っていきましょう」


「有難うございます。では牙はガニエおじ様へあげて、皮はヘルミーナさんへ持って行ってもいいでしょうか?」


「どうぞどうぞ」


 俺の返事に嬉しそうな表情のエミリアさんは、何をするのかボアまるごとをマジックポーチの中に入れないらしい。


「ではこのワイルドボアだけは《解体》しますね。教会にこのまま持っていくと残処理が大変なので」


「お、初めて見ます」


 《解体》魔法は生活魔法なので俺も使えるのだけれど、実は一度も使ったことが無い。


「そうですか? 解体魔法は何度もかけなければ成らないので、要領を覚えておいてください。それに回数をこなせばそれだけ綺麗に解体出来るようになりますから」


「熟練度のようなものですね」

「はい、ステータス的には変わりはありませんけれど、スキルや魔法関係は数を熟せば明らかに結果は違ってきます」


 慣れだと思えばそうだろうな。

 エミリアさんの言葉に納得した。


「まずは血抜きから――」


 そう口にしつつ、エミリアさんは手の平をワイルドボアに着くかつかないかまで近づけ、そして術を唱えた。

 すると、まずは血とその他で分かれ、次に皮とその他で分けられ、そして内臓とその他の部位で分けられ、最後に肉と骨を分ける。


 目の前には、肉の部分と皮の部分とその他で綺麗に分けられた状態の、つい先ほどまでボアだったものが鎮座している。


 綺麗なもんだな。

 こういうのも性格が出るのかもしれない。

 俺なら辺り一面ばらまいてしまいそうだ。


 合計4回の解体魔法の使用だったけど、それらは見た目まんま解体だった。違うのは手を直接汚さないことだろう。


「あとは牙を切り取って……よいしょ! 終わりました」


「ぅえ?」


 肘から先が一瞬ブレたようにしか見えなかったよ……。

 だけどエミリアさんの手元には、何時の間にか顎骨から切り離された長い牙が2本ある。


 恐らくは手刀で切ったのだろうけれど、可愛らしい掛け声とは裏腹に、いとも簡単に切り離して除けたその技とスピードに思わず顎が外れそうになる。  


 そしてそんな俺の気持ちなど、どうやら彼女はお構いなしのようだ。


「では少し離れてください。ダメージは受けないでしょうが熱いと思いますし」


 何をするのだろうか?

 そう思いつつ言われるがまま距離をとる。


「火の精霊よ、炎玉となりて彼の者を焼き尽くせ――ファイアーボール!」


 手を前に掲げて詠唱を唱えると、エミリアさんの手のひらの先に直径20センチ程の火の玉が現れ、そして詠唱完了と同時に射出された。

 高速で飛んでいく火の玉は、ワイルドボアの必要が無い部位に着弾し、すぐさま轟音を上げつつ骨までをも燃やし尽くした。


「す、すご……」


「INTはこれでも400を越えて居ますから、これくらいなら造作もありません」


 そう何時ものように微笑みながら言うエミリアさんだけど、俺は顔を引き攣らせながらこの時心に誓った。


 決してエミリア師匠を怒らせないようにしようと。





 ちょっとしたアクシデントというか寄り道をしてしまったけど、程なくして目的の狩場に到着した。


 そこはちょっとした沼のようになっていて、水深は深くはなさそうだが沼と言っても綺麗な湧水が湧いているような場所だった。


 そんな場所にはお目当てのカエルがわんさか。鳴き声が非常に煩い。


 さて、グリーンフロッグ。


 どんなカエルかと思えば、やはりサイズがとんでもないアマガエル。

 この世界の魔獣は、地球に居たような動物が絶滅した物も含めて多いらしいけれど、その殆どが地球サイズの数倍あるらしい。


 モアモア鳥のようにそうでもない、地球サイズと同じ大きさのものもいるけれど、基本的には数倍から数十倍の大きさだと思って間違いないそうだ。


 因みにそれはエミリアさんが調べたわけではなく、先輩転移者が出版したモンスター解体新書なる書物に書かれているとの事。


 そりゃそうだろう。エミリアさんが地球の事を知っている筈もないのだから。

 というか欲しいな、解体新書。


「でっかいな……どいつもこいつも」


 馴染みサイズのカエルは居ないのだろうか?こちらの世界には。

 エミリアさんは俺の言葉に苦笑いを浮かべる。


「このフロッグの生態は、雨の日の前にゲコゲコって鳴くとか、昆虫系の魔物を主食にするとか、卵で産卵し幼体の時は水中で生活し、成体になれば陸に上がります。幼体は黒っぽい色をして、形はまるで食器のお玉のような形をしていますよ」


「まんまカエルじゃん!」


 思わず口走ってしまった。


「ふふふ、そのようですね。ですが大きさは随分と小さいんですよね?」


「良く見たのは5センチくらいです。でも大きいカエルも確かにいたんです。見た事は無いけど、それでも30センチくらいが最大だったはず」


 なのに目の前でゲコゲコ煩いカエルは2mくらいはある。勿論足を延ばさない状態で。


「こちらの世界へ来られて一番驚かれるのが、その大きさだと言われて居ますし」


「そうだと思います。で、このグリーンフロッグって食べられます?」


 食べられますと言われても食べたいとはあまり思わないけれど。


「はい、たんぱくな味で高級食材ではないですけど美味しいですよ?」

「やっぱり食べられるんだ……」

「食べられる部分は太腿だけですけどね」

「こんなに大きいのにコスパ悪いな」

「ふふふ、そうですね」


 とはいえ、何時までもそんな会話をしていても始まらない。

 このグリーンフロッグの戦闘面での特徴を聞く。


「攻撃をする上で気を付けた方がいい何かアドバイスはあります?」


「はい。まず一番は見られてわかるように、体表面がネバネバしている事ですね。これによって1確殺で倒せない場合は相当苦労すると思います」


「それって剣にネバネバが付いてしまうから?」

「はい、付着した粘液は”クリーン”でとれますけど、なかなか難しいですね」


 確かに、戦っている最中に一振り毎に”クリーン”を掛けるとか無理だろう。

 絶対出来ないとは言わないけど、面倒くさくて仕方がない。その間反撃も食らうだろうし、反撃とは丸飲みらしいし……。


「そ、それで、俺だと1確殺できそうです?」


「大丈夫だと思います。強さ的にはホーンラビットやアルマデロの方が厄介ですし。リンクもしませんし、グリーンフロッグは大きいだけで歯も有りませんから、丸呑みにされなければ大丈夫かと」


 丸呑みとか普通にされそうな大きさなんですけどね!


「あと、風魔法が得意な人でしたら、そうですね……INTが40程度ですと何とか2確殺できると思います。勿論、魔法を増幅するロッドやワンドを持って居る事が条件ですけど。20でも4~5回くらいで倒せるかもしれません。その場合逃げ打ちと青ぽを1本服用という方法になります」


 逃げ打ちって……あれだよな。

 ゲームでやってたやつ。


「逃げ打ちが出来るのか……って、青ポーション使うんです?魔力を回復する?」

「はい」


「1本5万ゴルドの?」

「そうですね」


「このカエルって……依頼書通りなら1匹3万だった気が……」

「そうなりますね」


 ものすごい赤字だった。

 淡々と返事を返してくるエミリアさんが非常に怖いです。


「それに、逃げ打ちをするには詠唱を確実に成功させる必要もあります」


「あー……そりゃそうか」


「足が遅いといいましてもこの巨体ですから、1回の跳躍が10mくらいには成りますし」


「うげ……想像しただけで無理っぽい」


「高ランクの魔術師さんでしたら移動しながらの詠唱も出来ますけど、普通は立ち止まって集中しながら詠唱を行わなければ、ほゞ魔法の発動が失敗します」


「こりゃ魔法は大変だな」


 ふとソロをしているであろう、あの背の小さな魔法使いさんを思い出した。


「ここよりも少し離れた場所にエスカルゴという同じ水属性の魔獣が居ますから、まずはそのモンスターを1確殺できるかどうかで決まりますね、このフロッグを2確殺出来、尚且つソロの風魔術師さんに少し余裕が生まれるのは。ただ……」


「ただ?」


「火魔法か土魔法を使えるならまだしも、他の属性ですとこの森はソロの初心者魔術師さんには辛いと思います。エスカルゴを1確殺できるINT値になるまで、かなり苦労すると思いますし」


「そうなんですか……でも、足が遅いんですよね?エスカルゴ」


 足の速いカタツムリとか気持ち悪すぎる。


「それがそうでもありません。元々アクティブですし、距離が離れた状態で魔法を撃っても詠唱反応をエスカルゴはしますし、近づけば麻痺の体液を飛ばしてくるので、やっぱり1確殺が基本ですね」


「あー、なるほど……足の遅さをそういうので補ってるのか……弱いって言われるモンスターでも厄介ですね」


「そうです。油断は大敵です」


「うぐ……身に染みてます……」


 思わずファブリたん事件を思い出して顔を顰めた。

 とはいえあの子がどの属性を使えるのかは分からない。

 なんせ話をしたことすらないのだから。


 南の森には何気に土属性が多く、火属性の魔物が居ないと聞いた。

 そして水属性の魔物もエスカルゴが最低らしいし。


 魔法はその威力の高さゆえにパーティーでは重宝される。

 けれど、それは敵の属性を理解してこそ発揮できる力なのだそうだ。

 従って、属性さえ有利ならば、剣での討伐推奨レベルより格段に低くなる場合が多い。


 この世界には属性という物があり、その属性に有利な属性魔法を使用する事で膨大なダメージを与える事が出来る。


 なので基本的な四元素、すなわち火と水と風と土を全て操れる魔術師ならば殆どの魔物に対してアドバンテージをとれるけれど、そうではなく、二種類しか操れない魔術師さんだと、場所によっては途端に戦力ダウンになるのだとか。


 こりゃ魔法について勉強する必要があるな。

 俺も今のところ火と土の二種類しか魔法適正がないみたいだし。


 そう思いながらグリーンフロッグに近寄って行った。

 勿論アクティブらしいので、反応する直前まで。


「では、思い切り行っちゃって下さい!ただ、恐らく今回の依頼分が終わったら、二度と剣で攻撃しようとは思わないかもしれませんけど」


「え?」


 どういう事?

 振り返って確認してみた。


「戦ってみれば分ると思いますよ」


 何となくエミリアさんの頬が笑いをこらえて震えているような。


「すげー不安なんですけど……」


「大丈夫です、毒を吐いたりはしませんから」


 ってことは毒以外はあるって事?


「さあ!一刀のもとに!」


「あ、はい、では……」


 激しく不安だけれど、諦めてそう返事を返しつつ、1匹のグリーンフロッグの反応範囲に足を踏み入れる。

 すると、全く無反応だったグリーンフロッグの1匹が、突如として俺の方を向き、すぐさまその跳躍力を持って俺へとすっ飛んできた。


 まさしく一足飛び。


 俺はそれを待ち構えるように、グラディウスを振り上げ、タイミングを見計らい……。


「シッ!」


 歯の間から空気を噴き出すような小さな声と共に、グラディウスを袈裟切りに振り下ろした。


 んが……。


「ゲコオオオオ!ンベッ!」

「どわぁぁ!!」


 いや、手ごたえはあった。

 

 刃渡り50センチだから寸断出来る筈もないのだけど、それでもカエルの脳天はしっかりと割る事が出来たのだから、1確殺であろう。 

 言われた通り二の太刀要らずで屠れたのだけれども……。


「これは……うえぇぇっ……くっさ……めっちゃくっさ!!」


「ふふふ、それがこのグリーンフロッグが、採れる素材の割に狩りに人気が無い秘密です」


 先に言って欲しかったですよ師匠。


「臭いですよ……これ……おぇ……」


 そう、俺は今カエルの粘液を体中に浴びてしまって居る。


 目の前にはでかいカエルが横たわっているのだけれど、カエルを切りつけた瞬間に、あろうことか、奴は俺に向けて唾を吐きつけやがった。バケツどころか、たらいの水をぶっかけられたくらいの量を。


 しかもその唾は、奴の体表面を覆っている粘液と比べて、匂い以外は全く同じらしくネバネバが凄い。

 しかもしかも匂いは臭いと言いたくなるような、何て言うか、玉ねぎが腐ったような臭い。鼻がもげそうだ。


 気付けばエミリアさんは風上を探して移動している。

 しかも明らかに笑いをこらえている顔を見せている。

 俺はそんなエミリアさんに向けて少し恨めしそうな表情を見せながら、


「これは確かに魔法で狩りたくなりますね……うっぷ……」


 わざわざエミリアさんが魔法でならーと発言した意味が分かった。

 これはとても剣でなど狩りたくない。


「はい……”クリーン”を持って居ないと最悪です。持っていても最悪ですけど……」


「だと思います……」


 毒も無いし、肉もそこそこ美味しいらしいし、狩る事自体は楽なのに、なんとももったいないモンスターだった。


 そして流石にグリーンフロッグだけは依頼達成用に頂きました。

 もう二度と狩るもんか。

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