第28話 スパルタ
本日1話目です。
そんな会話をしつつ森を歩いていると、突然ピタリとエミリアさんが立ち止まる。
そして目を細めるようにブッシュを見やりながら口を開く。
「ちょっと強い敵ですけど、何とかなると思います」
一体何がいたのだろうか。
俺は索敵スキルを使えないので、目に見える範囲しか分からないのだけど、エミリアさんにはその先が見えているらしい。
「どんなモンスターです?」
魔獣か魔物か亜人か分からないときは、大体がそれらをひっくるめたモンスターと言う言葉を使用する。
そんな風に聞いた俺なのだけど、どうやら魔獣らしい。
「ワイルドボアという魔獣です。大きなもので体長は3mくらいですけど、成長するにしたがって名前が変わっていく魔獣ですね。子供の頃がボアベイブで、それからワイルドボアになり、ギガスボアになって最後は領域ボスとも言うべき魔猪王になります」
「3mって……」
どうやらワイルドボアとは猪のような姿形をしているようだ。
そして成長度で名前が変わるなんて出世魚みたいだなと。
そんな風に考えて居たけれど、割とこれが強いのだとか。
「危険度で言えば、ワイルドボアだとしてもホーンラビットよりも数段危険で、モンスター討伐推奨レベルは20です」
「うわぁ……」
軽く考えていた俺の顔が途端に引き攣る。
俺のレベルってさっき15になったばかりなんすけど。5も違うんすけど?ノンアクティブなんていう素敵なボーナスはないすかね?
「アクティブです、よね?」
「はい。ですが今はこちらに気付いていないようです。恐らくは地中に居る魔物の幼虫でも探して食べているのでしょう」
俺の望みはあっさりと砕け散った。
っていうかこんな硬い地面をほじくってんのか。
一度地面に目を落とし、そしてエミリアさんを見やりながら、
「や、やります?」
「ええ、この辺りにはあまり居ないので、今日はプランに組み込んで居なかったのですが、シバさんなら大丈夫でしょう」
その大丈夫という線がどのあたりにあるのか、説くと聞きたい気がするけど。
「やっぱり突進して来る系です?」
「はい、あ、そうですね、シバさんの元世界にいた猪という動物と似たような動きをするそうです」
なるほどなるほど。
やはり先駆者が居るというのはありがたい。
俺ら後発組にとって結構なアドバンテージだな。
「ですが、その突進速度と衝撃は比では無いという事です。あくまで想像だと言っておられましたけれど」
まあそりゃねえ。
元世界で猪の突進を受けた人なんて、いったいどれだけ存在するか。
というか死ぬよな、ふつう。
「じゃあ最初は回避すべきです?」
「はい、ですが見た目とは違って俊敏ですし、眼前で突進方向を変更する個体も多いので、そこは気を付けてくださいね」
「避けられるものなんだろうか……」
聞けば聞く程不安になる。
けれど俺の気持ちなどお構いなしで、エミリアさんはどんどん話を進めていく。
「先に居る個体の大きさからすれば、能力的には結構厳しいかと思います。ですからもしも思いっきり正面からダメージを受けてしまった場合は、即座に私が瞬滅します。とはいえ戦ってみないと分かりませんね」
なにその出たとこ勝負みたいな戦闘。
とはいえ師匠がやれというのである。
俺はそれに従うしかないだろう。逃げは許されない。
「あと、治癒魔法が届く位置まで私は近寄れませんから、ダメージを受けましたら即座に下級治癒ポーションを数本まとめて飲むか、中級治癒ポーションを飲んで下さい。恐らくシバさんの体力でしたら下級を3本、中級でしたら1本で全回復できると思います」
「分かりました。やってみます」
「きっと大丈夫ですよ」
そう微笑みながら俺を鼓舞してくれる。
勘違い野郎なら間違いなく、エミリアたんはきっと俺に気があるんだぜ!なんて思うのだろう。
俺はそんな大それた事など思わないし、勘違いもしないけれど。
エミリアさんは少し俺から離れてついてくるらしい。
そうしないとやはりワイルドボア程度ではさっさと逃げて行ってしまうから。
あ、ちなみにワイルドボアはベイブも含めて全てアクティブモンスターだそうだ。ベイブとは恐らくウリボウの事だろう。小さく可愛いかどうかは知らない。
そんな風に思いつつ慎重に歩を進める。
草木が邪魔で見えにくかったので、少し大回りをしつつ近寄れば――
で、でけえ……なんだアレ。
いや、高さから言えばモアモア鳥の方が高いかもしれない。
けれどモアモア鳥は首が長いから高く見えるだけで、実際にはそうでもない。
でも、目の前で地面を掘り続けているワイルドボアは、頭部分が地面の中に埋まっているのにやたらとでかかった。
3メートル?もっとあるんじゃないか?
まるでライトバンくらいの大きさなんだけど。
どうする?
気付かない内に一気に行くか?
そう思いながらエミリアさんの方を見れば、彼女は小さく首を振る。
俺の考えなどお見通しのようだ。
恐らくは、あんな一心不乱に見えて既にこちらに気付いているとかだろうか。
もしもそうならばこのままゆっくりと近寄り、ちゃんと正対して勝負を挑んだ方がいいのかもしれない。こんな時に弓や魔法が使えれば……。
そう思いながら更に1歩を踏み込めば、ワイルドボアはピタリと動きを止め、ゆっくりと土から顔を覗かせた。
「グモッ!?」
どうやら気付いていたようだ。
もしくは今気づいたか。
どのみちまだ10m程度は距離がある。
なので踏み込んだとしても、イレギュラーが発生した可能性は高かった。
やはり師匠のいう事は聞いておくべきだな。
そう勝手に解釈をし、もう1歩前に踏み込む。
身じろぎ一つせずに俺の方を見ている。
チラリと俺の後ろに居るエミリアさんを見やったけど、遠いと判断したのかそれ以降は俺だけを凝視したままだ。
そして更に1歩を踏み込む。
するとワイルドボアはぐっと身を沈ませた。
いつでも攻撃できるぞと言われているかのような。
俺はグラディウスを構えたまま、正面に立ったワイルドボアを見やる。
まるで動物園で見たサイ程の大きさだ。けれど思ったよりも頭が小さい。
そして頭の小ささとは裏腹に下顎から上へと伸びた二本の牙の威力はホーンラビットの角どころではないだろう。
サイは草食動物のくせにやたらと強いと聞いたことが有る。
そして目の前のワイルドボアは魔獣だ。
どちらが強いかなんて俺には知る機会もなければ、知ろうとも思わない。けれどそれでもほんの10m向こうに存在する、圧倒的とも言える暴力に思わず足が竦む。
こ、こええ……ち、ちびりそうだ。
絶対に一人だと一目散に逃げ出す程の威圧を感じたけど、やはりそこは信じたエミリアさんが傍に居てくれるからだろう。
「すぅー……はー……」
大きく何度か深呼吸をすれば、次第に落ち着いてくる。
「よし、行きます」
「頑張ってください」
励ましの言葉を合図に、更に1歩左足を踏み込んだその時――
「グモオオオオオオ!!」
雄たけびを上げながら、ワイルドボアは一気に大地を蹴った。
そしてあっという間に10mという距離はゼロになる。
は、はええ!!
聞いては居たがこれ程とは!
「ぐっはっ……」
懸命に躱そうと体を横に動かす。
が、やはりワイルドボアの速度に対応できなかった俺は、左肩のプロテクターにズシリと重い衝撃を感じ、吹き飛ばされ、その直後に痛烈な痛みを感じ、顔が歪む。
いってえ……。
障壁はまともに発動したが、そのダメージの大きさから随分と吸収しきれなかったようだ。
幸い、破壊されるまではいかないが、それでも今のを何度も食らえば間違いなく防具は破壊される。
防具の耐久値が持つか、それとも――
破壊され、体がぺちゃんこになる姿を想像しかけて、思わず首を左右に振る。
余計な事は考えるな。
すぐさま息を整え、マジックポーチから下級治癒ポーションを3本取り出して喉に煽る。
エミリアさんは俺が食らった姿を見てもじっとしている。
彼女が近寄ればワイルドボアは逃げようとし、俺の特訓に成らないから。
だがじっと腕を組んだ手は力が入っているのか震えていた。
そして表情は険しい。
「だ、大丈夫です」
掠った程度でこのダメージだ。もしもまともに食らったら確かに不味い。
食らったら瞬滅します、と言ったエミリアさんの言葉は冗談でもなんでもないと悟り、大きく唾を嚥下し、再度ワイルドボアと対峙する。
距離はまたもや10m程は開いているだろうか。
恐らくこれがワイルドボアの攻撃のスタイルなのだろう。
突進力と自重のエネルギーを、太く硬い牙の根に乗せる要領で敵を圧し潰す。
ならばホーンラビットと同じように戦う事は出来ない。
少しでも掠れば吹っ飛んでしまうし、相打ち狙いなどもっての他だ。
真正面から受けるなど愚の骨頂だし、躱すにしても追撃をしなければ成らないのだからそこまで横には飛べない。
だったら来ると見越して飛び込むか?
初撃は、躱した瞬間を狙って。
それしかないな。
そう決めた俺は、半横身になっていつでも右へ飛べるようにし、飛ぶように駆け出した。
それと同時にワイルドボアも飛び跳ねる。
その瞬間、若干景色がスローになった気がした。
――えっ?
とはいえ俺自身もスローの中に居るのだから同じこと。
ただ、思考だけは異様にクリアになり、その結果、避けなければ成らない瞬間が何となく分かった。
「っ――ココだ!!」
眼前に迫りくる暴威を見極め、体を横に投げ出しでんぐり返しの要領で後転をすれば、今度は掠る事もなくワイルドボアの突進は空を切った。
俺が攻撃できないのには変わりは無いが。
「いいですよ!その要領です!」
突然エミリアさんからの声が聞こえた。
見れば視線は未だに厳しいが、それでも口元に少しだけ笑みが零れている。
よし、次は行ける。
そう自分に言い聞かせるように再度ワイルドボアと対峙する。
「次は、やる」
奥歯をギリっと噛み締めて、ワイルドボアを睨みつけ気合を入れた。
それを感じたのかワイルドボアはより一層、体を沈める。
少しは手ごわい相手だと認識してくれたらしい。
そう思うと気持ちがスッと楽になる。
やはり体が硬くなっていたのだろう。
だが、躱せたからといって攻撃できなければ意味が無い。
いつまでも躱せると思ったら大間違いだろうし、瞬間に方向を変えたらそれこそ最初と同じ目に合う。
ならば――
無い頭で考え、攻撃方法を決め、グラディウスの刃先を外に向け、そして俺は大地を蹴った。と同時にワイルドボアも。
あっという間にお互いの距離が縮まる。
先ほどと同じようにアドレナリンが噴き出したのか、視界がスローモーションになる。
だが今度は自分の体は先ほどとは少しちがって、少しだけ鈍い程度で収まる。
――これは……?
そう思うと同時に先ほど掴んだタイミングが訪れ、今度は先ほどとは違い、背中を投げ出すように左斜め後方へと飛んだ。
するとワイルドボアも先ほど躱された出来事を教訓にしたのか、少しだけ突進する向きを変える。
――よし!
だが俺はそれを織り込み済み。
エミリアさんの言葉にそって行動したまでだが、思った通り、ほんの10センチほどではあるがワイルドボアは向きを変えて来たので、それをもギリギリで躱し、そしてすれ違いざま、宙に浮いた体を右から左へ回すように、捻る!
「うおおおおお!」
目測を誤ったらといった恐怖や不安もあったが、これくらいしなければ今の俺ではこいつを倒せない。
そう思いつつ――
刃先を地面すれすれから、一気に真上へと回転させた!
――いっけえええ!!
「グモォゴオオオオオオオオ!!!」
勢い余りもんどりうって地面を転げるが、しっかりと手ごたえはあった。
直ぐにワイルドボアが突進した先を見やる。
まだ油断はしていない。
だが、とうのワイルドボアはゆっくりとした歩足となっていた。
見れば腹から背中に向けて縦に裂けている。
血がドクドクと流れている事からも、かなりの深手だろう。
や、やったか?!
そう思った瞬間だった。
「まだです!トドメを!シバさん!!」
遠くからエミリアさんが大きな声で俺に指示を飛ばす。
そうだ、まだ奴は倒れていない。
ならば止めを刺さなければ何が起こるか分からない。
エミリアさんの声を聞き、直ぐに立ち上がり、真上に振ったグラディウスを前に突き出しながら、俺はワイルドボアのお株を奪う程の突進をお見舞いし、そして奴の開いた傷口に全身全霊を込めて――
「うおおおおおッ!!」
――グラディウスを突き刺した!
「ガゴ……グボ……」
既に断末魔を上げる程の気力が無かったのだろう。
ワイルドボアは短く呻きながら、ゆっくりと俺の反対方向へと倒れて行く。
途中視線があったような気がしたが、気にするな、俺の方が少しだけ強かっただけだ。
そう呟きながら見ていると、ワイルドボアはそのままドサリと沈んでいった。
「ふう、ふぅ、ふぅ……」
俺にとって死闘とも言える一戦終え、またもや憔悴しきった俺は力なくペタリと地面へとへたり込む。
1匹ずつでこれだと、2匹出た時はどうするんだ?と思いながらも体は動く事を拒否する。
めっちゃきっつい。
「素晴らしい戦いでした、シバさん!」
エミリアさんが駆け寄りながら、満面の笑みを向けつつそう口にした。
師匠に褒められると嬉しくなる。
まるで調教されているかのような。
そんな事を思いつつも笑顔には笑顔で返す。
「ふぅ、ふぅ、す、凄く経験になりました。あ、多分経験値も凄いです、きっと」
「はい、でもまずは念のためにヒールをしますね」
そう言いつつ最初にダメージを受けた場所に手をあて、エミリアさんがヒールを唱え始めた。
「ふぅーっ、ありがとうございます」
ヒールを浴びた時の独特の暖かい心地よい癒しに、ほぅっと息を吐きつつ、ステータス画面を開く。
「うわ……え?」
「どうです?」
エミリアさんも気になるようだ。
「えっと、18です……」
その言葉に、エミリアさんは目を真ん丸にして驚いた。
【カズマ=シバ】
【ヒューム 17歳 Lv18】
ATK=93+60 MATK=24
STR=93 INT=24
AGI=59 DEX=74
VIT=56
DEF=56+99 MDEF=24
土日は6話ずつ投稿します。
0時12時15時18時20時22時予定です