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第26話 森の兎

本日2話目です

 昨日まで狩りをしていたところから少し奥へと入って行く。

 何となく森の雰囲気が変わったような気がするのは、俺の意識のせいだろうか。


 そして森の入り口から凡そ1時間程歩いた頃、エミリアさんはスッと立ち止まり、木の陰に隠れる事もなく、自然体のまま目を細めつつ前方を指さした。


「さて、色々と驚かされましたけれど、まずはこの3日間の成長を見せてもらいますね」


 そう言うエミリアさんが指をさした方向を見やると、数十メートル先に、体長1m以上もあろうかという丸まると太った兎が1匹いた。

 見た目可愛い筈の兎なのだけれど、大きくなればやはり違う。勿論大きさだけではないが。


「これ以上近づくと私を見て逃げ出してしまうので、私は最初ここに居ます」


 奴はどうやらアクティブモンスターらしい。

 けど……。


「えっと、アレを倒すんですか?」

「はい、恐らく防御障壁を突破されて少なからずダメージを負うとは思いますけれど、治癒は私がしますので、遠慮なくぶった切ってください」


 そうはいうが。


「えっと、少なからずって言いますか、普通にブスっと角が刺さりません?アレ」


 そう、大きな兎というだけならまだしも、目の前の兎の額には、50センチほどもある鋭利で立派な角がにょきっと生えていた。

 そして説明によれば、あの兎、でっぷりとした見た目よりも全然素早いそうで、その角を利用して一気に敵を貫くのだとか。


 因みに俺が持つグラディウスに使われている材料もホーンラビットの角が入っているのだけれど、自身の武器の凄さを知っているだけに、余計に目の前の角に恐怖する。


 刺さった姿を想像し、背中から嫌な汗が流れる。

 こんなことなら少しでもダメージを受ける練習をしておけば良かった。

 そんな事を思っても後の祭りだけど。


「大丈夫です、障壁がある程度護ってくれますから、致命傷にはなりません」


 おーーーい!なんか不穏な言葉が聞こえましたよー!


 とはいえ森の中を歩いている途中で、俺の現在のステータスは既に教えてある。

 だからこそ自信満々の様相でエミリアさんは言っているのだろうけれど。


「……致命傷って、まかり間違って死亡とは?」

「私が居る限りありえません」


 自信満々にそう言われた。


 断言されては仕方がない。

 どうやら女神のような微笑みを見せる何時ものエミリアさんはここにはおらず、こと狩りに関してはスパルタ鬼教官らしい。


 仕方なしに俺は覚悟を決め、ほんの10mくらいまで近寄り、角のついた兎、ホーンラビットと対峙した。


 既にホーンラビットは俺らの存在を認識しているようで、じっとその場でこちらを凝視したままだ。


 恐らく俺の戦闘力を測っているのだろう。

 自身よりもあまりに強ければ、この魔獣は即逃げて行くらしいし、逃げないという事は俺と戦っても大丈夫だと判断しているのだろうか。


 ただ、ホーンラビットも油断をしているような風では無いけれど。


「ふー……」


 一つ深呼吸をし、剣を両手で構える。

 既にグラディウスを片手で扱える程のSTRにはなったけれど、両手で構えた方が剣先がブレなくて良い。


 そして、何度か深呼吸をしたその直後、俺は一気に足を踏み込んでホーンラビットへと蹴りだす。


「シッ!」


 直ぐにホーンラビットも反応をし、逃げるでもなく、横に一瞬で飛びのき俺の初撃を躱す。


 動きはやっ!


 俺はそれを当然予期していたのだが、あまりの素早さに面食らう。けれど、どちらに避けたのかは目で追えたので、即座にそちらへと視線を移す。


 いまだグラディウスは振るった反動で動かせない。


 それを見て追撃が来ないと咄嗟に感じたのか、ホーンラビットは真横に飛んだ直後、狙いを定めて一気に地面を蹴った。


……やばい!


「ぐはっ……」


 角が鎧に到着する直前、防具の障壁が自動で発動したが、それでも吸収しきれなかったダメージが俺を襲う。

 衝撃で俺は数メートル程吹き飛ばされた。


 そしてまたホーンラビットはその場から少し離れ俺と対峙する。


 何この兎、兎なのにつええ……。

 けれど、吸収しきれなかったダメージはそれほどでもない。


 鎧とインナーの防御力は相当高い。

 特にインナーなんてシルバーランクの冒険者が着ても恥ずかしくない程の一品だ。


 明らかに角が突き刺さったかのように思えたのだが、ダメージ的にはそこまででは無いと知り、少しだけ余裕が出る。


「次、やります」


 返事は返ってこない。

 恐らく小さく頷いてくれただけだろうけれど、それで十分だった。


 何て言うか、ゴールドランクのエミリアさんが傍に居てくれるという安心感もあるだろうが、それよりも一人ではないという安心感の方が遥かに高かった。


 呼吸を整え、ほんの数メートル先に居るホーンラビットに再び剣を向ける。

 どうやらこの兎、必要以上に攻撃的ではないようだ。


 追撃を行って来なかったのが良い例で、それは即ち危険になったら直ぐに逃げられる準備を整えているに他ならないのだろう。


 という事は……。


 ダメージも左程ではなかった。

 鎧にも傷らしい傷はついていない。


 ならば――


 1歩を踏み出し、2歩目を踏み出したところでグラディウスを振り下ろす。

 兎まであと少しで到達するという所で、またしてもホーンラビットは横に飛んだ。


 今度は右か!


 目で追いつつ、縦に振り下ろしたグラディウスを横に向けたところで角兎が俺の脇腹を目掛けて大地を蹴った。


 けれど俺の初撃はいわゆるフェイントだ。思いっきり振り下ろしたかと思わせて、実は二撃目が本筋だ。


 くおおおおおおおお!


 歯を食いしばって無理やり剣先を止め、手首を右に90度回す。


 そして狙い通り、ホーンラビットの鋭利な角が俺の鎧に届くと同時に、俺のグラディウスは兎の頭を横に薙いだ。


「ぐっはっ!」


 同時だった事もあり、当然ながら俺も吹っ飛ぶ。

 しかし先ほどよりもダメージは無い。

 それでも脇腹がじんじんと痛み、思わず顔を顰めた。


 やっぱいてぇ……。


 すると直ぐに近寄って来たエミリアさんが俺の脇に手を翳し、ヒールを唱えてくれた。

 暖かい温もりが患部に浸透するような、そんな感覚を覚える。

 そして落ち着いた表情で、


「少し強引だった気がしないでもないですけど、作戦としては良かったですよ?」


 お褒めの言葉に嬉しさが込み上げる。


「ふぅー……有難うございます。間に合うかなって思ったんですけど二度目も食らっちゃいました。ほんとこの防具のおかげです」


「はい、ですが防具の性能を考慮し、相手からのダメージを計算したうえで立てた作戦でもありますし、悪くないと思いますよ。それに、今のシバさんでは無傷で倒す事は難しかったと思いますし」


 そうだろうな。

 もう何個かレベルが上がり、剣速が上がれば、ホーンラビットの攻撃が届く前に倒せる気がするけれど、若干まだホーンラビットの方がスピードが速い気がした。


「今のホーンラビットはアクティブモンスターの中で最弱の部類です」


 え?


「ま、まじで?」


 顎が外れそうになった。

 アクティブモンスター恐ろし過ぎる。


「ですがソロでの討伐推奨レベルは15近辺とそこそこ高いので、本来ならば初心者さんが手を出すような魔獣ではありません」


 え?俺初心者なんすけど?レベルも13だったんですけど?


 唖然としつつエミリアさんを見やる。

 けれど、俺が何を言いたいのかなどお見通しとばかりに。


「ですから本来ならば、と言いました。私がサポートしているのですから、これくらいはしてもらわないとですよ?」


 悪戯っぽく笑顔で片目を瞑りながらそう言った。

 ほんと、スパルタだなあ。


「かないませんね……ははは」

「ふふふ」


「あはははは」


 ぺたりと地面に座ったまま、思わず空を見上げながら笑いが込み上げた。

 同じようにエミリアさんも笑っている。


 うん、この人は俺にとって狩りの師匠だな。

 この人が指導してくれるなら、俺でもきっと生きていけるだろう。


「ふふふふ。ですけど、これでホーンラビットの動きは理解できたと思います。後はそうですね……真後ろに飛ぶ個体も居ますし、今みたいにシバさんの実力を測って、自分よりも遥かに弱いと思った時は、そのまま剣先をかいくぐって突進してくる事も有ります」


 まあ、ゲームじゃないんだから当然か。


「という事は俺は少しくらいは警戒された?」


「はい、間違いないですね。もう少しレベルがあがれば、若干の恐怖からか今度は真後ろに飛ぶようになると思います。ステータスはどうなってます?上がってますか?」


「あ、ちょっとまってください」


 そう言いつつステータスを開く。


 見ればレベルが14になっていた。


 しかもダメージを食らったからだろう、VITも今までのように2ではなく6上がった。とはいえ漸くVITが28。


「14になってますね。1個上がりました」

「ふむ……どれだけ経験値が溜まっていたのかが分からないので、まだなんとも言えませんね……」


 エミリアさんは俺のレベルの上がる速度がやはり少し気になっている様だ。

 俺も気になるから、一緒に考えてくれるのは有り難い。

 この人なら信用できるし。


「あと1羽2羽狩って見ます?」


「そうですね、それで少し分かるかもしれませんね」



 それから直ぐに立ち上がり、次のホーンラビットを探しに森を探索した。

 その途中、先ほど使ってくれたヒールについて聞いてみる。


「ヒールって治癒魔法はどうやって覚えるんです?」


「シバさんに聖属性魔法の適性があればよいのですが、現在の所、ステータスに見えている属性適性は火と土なんですよね?」


「ですです」


「でしたら今の段階では無理です」


 ポーションの節約になるから良いと思ったのに、世の中そんなに甘くはなかったらしい。

 がっくり肩を落とす俺。


「そうですか……」


「ですがもしも隠れた状態の適正属性に聖属性があれば、覚えられる筈です」


 隠れた属性とは、今はまだINTが低くて表面上ステータス欄に現れていないけど、INTが高くなってくれば自然と現れる属性の事らしい。

 とはいってもその属性に対して全く才能が無ければ、いくらINTが上がっても現れないんだとか。


「どのみち当分無理か……」


「そうですね、ですがINTがあがってステータス欄に運よく載れば覚えられますので、その時は私がお手伝いします」


「はい、その時は是非お願いします」


「今のINTは20ですか?先ほどレベルがあがって」


「そうですね」


「でしたら攻撃魔法を使用してもいいかもしれません。実際は少しINTが低いと思いますけど、そこはヘルミーナさんにお願いをして。ふふふ」


 どうやら魔法武器を安く売って貰おうとしているらしい。

 何となく悪戯をしかけているような表情のエミリアさんだけど、俺としては本当にありがたい。


「あ、でも換金したのと今持っているモアモア鳥を全部足したら、金貨1枚ちょっとになりますよ」


「そうですね、報告していただいたのは薬草採取任務だけですからね」


「はい、だから普通に杖は買えそうな気がします」


「ふふふ、そこはまあ、ふふふふ」


 それでも悪そうな含み笑いを浮かべるエミリアさん。

 間違いなく何か企んでいるのだろう。

 どんな企みが飛び出してくるのか気になるけれど、それとは別に感慨深いものを感じる。


 それは言わずもがな、魔法。


「でも魔法かあ……使ってみたいですね」


 生活魔法も魔法だろ?と言われそうだけど、俺の中ではちょっと違う。

 確かに指先から水が出るのだから不思議な感覚だけど、何て言うか、魔法を使ったといった実感みたいなものが無い。


「ふふふ。やはり憧れがありますか?」


「それは勿論。だって元の世界には無かったものですし」


「とはいえ四属性プラス聖属性の基礎は私がお教え出来ると思いますが、全属性の、それこそ空間魔法や時間魔法、重力魔法のような特殊な魔法を扱える人となると、ヘルミーナさんでも少し役割が違いますね……」


 エミリアさんの言葉を聞く限り、ひょっとするとヘルミーナさんって可成りの実力者なんじゃないか?


「ヘルミーナさんって、もしかして結構な人です?」


 俺の質問にエミリアさんは意味深な笑みを浮かべる。


「ふふふ、どう思います?シバさんから見て」


「いや……そういうのが分かれば良いんでしょうけど、生憎とさっぱり」


 そういった機微に鈍感だからなあ俺は。


「あの方も父と母と一緒にパーティーを組んでいらした方です。リュミさんは主に私と組んで居ましたけど」


 リュミさん凄そうだけど、ガニエさんの事も気になった。俺の予想通りなら、エミリアさんのお父さん関係だろう。


「ガニエさんもですよね?」

「はい、ガニエおじ様もです」


 やはりそうだった。


「なんか、やっぱり横の繋がりって大事なんだなって、思います」


「そうですね。とは言ってもあの方たちは特別だと思います」


「そうなんですか?」


「そもそもエルフの方とドワーフの方が、同じパーティーという事も滅多にありませんし」


「ああ、仲が悪いんですか……」


「そうですね、もう何千年もだそうです。お互いがお互いの悪口を言ってばかりです。ふふふ」


 何故かエミリアさんは笑った。


「もしかして同族嫌悪みたいな?」


「よく分かりましたね?そうです。私から見たらあの二つの種族は同じにしか見えませんし。勿論、見た目は全く違いますし、生活様式も全く異なりますけど、それでも同じ種族から派生したと言われているくらいですから、やっぱり似ているんですよ」


 確かに見た目は似ても似つかない。


「なるほど。でも仲が悪いと」


「はい。ヘルミーナさんリュミさん姉妹と、ガニエおじ様はお互い認め合っているので、そのような確執はないそうですけどね」


「そっか。なんかそういうの良いですね……」


 やはり羨ましいと思うのは自然な事なんだろう。

 すると俺の気持ちを汲んでくれたのか、エミリアさんは優しく答える。


「シバさんもきっと素敵なお仲間が見つかりますよ」


「だと良いですね……」


「大丈夫です」


 否定的な俺の意見など聞こえていないかのように、エミリアさんは微笑みながらそう断言した。 


 本当に、出来れば嬉しいんだけどなぁ。



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