第19話 幕間 皇帝2
本日1話目です。
25名の集団転移者が、異世界のルフェルド帝国に召喚されたその日の深夜。
帝都にある皇帝執務室において、皇帝ハインツと冒険者ギルド、トレゼア支部ギルドマスター、そして自身を賢者だと口にしたハイエルフは極秘裏に会合を行って居た。
「して、今回の者達はどう視えましたかな?フェアリス殿」
皇帝は、フェアリスと呼ぶハイエルフに問いかける。
両肘をテーブルにつき顎に手を当てつつ、これから聞けるだろう報告に期待を膨らませているかのようなその仕草に、フェアリスはクスリと小さく微笑みながら答える。
「そう……ですね、”栄光”の加護を持つ者が一人、”聖者”の加護を持つ者が一人。だけれどそれ以外に一人、面白い子が居ました」
「ほう?フェアリス殿がそのような物言いをするのは初めてであるが……してその者とは?」
「全てのステータスが10しか無かった。……でも、だからこそとても興味深くもあります」
フェアリスは感情の薄い口調で、呟くように告げた。
だが、それを聞いた皇帝ハインツは思わず絶句をし、ギルドマスターであるジークフリードはそれでも可能性を探る。
「それは……むぅ……」
「その者の加護は?」
「ありません」
「そ、それは……」
皇帝は言葉の続きを口にするのを躊躇う。
そしてジークフリードもそれは同じ。
加護が無い転移者。
今まで100名以上の転移者が訪れたが、その中に加護を持たない者は一人として居なかった。
今まで居なかった。だからこそ必ず加護を得てこちらへと訪れるものだと決めつけていたのだが、そうではなかったという事実をどう受け止めたらよいのか。
しかもその転移者が気になるのだと、他ならぬフェアリスが口にした事によって、皇帝もジークフリードも流石に戸惑いの色を隠せなかった。
(酔狂で言っているわけでもない、か)
加護無しの者が気になると口にしたフェアリスの表情は、いつもと変わらない神秘的な笑みを携えているだけだった。
(ここで理由を聞いたところで、まともに答えてはくれぬだろうな)
そう頭を切り替えた皇帝は、冒険者ギルドトレゼア支部ギルドマスターであるジークフリードを見やりながら、意見を求める。
「ジークはどう思う?」
「返答にお答えしかねます、陛下」
会った事もないのに分る訳がないだろうとジークは思った。
それと同時に、この目で視れば、もしかしたらという思いが湧きはしたが、加護も無く、ステータスも最低の人物だと聞けば、今の自分では到底フェアリスと同じ思いを抱ける自信は無かった。
あるいは失ってしまった魔眼が有れば……と。
そうジークが思考を巡らせていると、フェアリスから思いもよらない言葉が。
「正確に言えば、加護が視えなかった、と言った方が良いでしょう。加護は確かに存在する。極々小さな加護の波は感じられたから。けれど視えなかった、という事です」
その言葉は追い打ちでしか無かった。
皇帝とジークフリードは先ほどよりも更に顔を強張らせる。
「フェアリス殿でも見えないとなれば、他の誰にも見えぬのではありませんか?」
「その通りです。だからこそ、気になりました」
なるほど、そういう事か、と。
加護は存在している。ただ、見えない。だからこそ気になると。
それだけで二人は納得をした。
フェアリス=ネス=ロ=ミスティル。
帝国の北東に位置する、山と森と湖に囲まれたエルフの国。
彼女はそのミスティル皇国の女皇王である。
だからこそハインツも一定の敬意を常に払っている。
例え帝国の国土と比較し、その1/100も領土を持たなくとも。
神の使徒の末裔であるがゆえに。
そして敬意を払う理由は皇国というだけではなく、フェアリスその者にもあった。
彼女は1000年の時を生き、世界でも数名しか使用できない転送門と呼ばれる時空魔法を操り、既に失われた筈の数々の古代魔法を操る、まさに賢者、いや、大賢者の名に相応しい人物がゆえに。
そんな彼女の目に留まった者ならば、十分に可能性がある。
そう皇帝とジークフリードは思った。
ただ……
「ステータスがオール10か……どう見る?ジークよ」
「率直に申し上げて危険ですね。この世界を生き抜くには脆すぎます」
「ふむ……」
皇帝ハインツは、そんなジークフリードの言葉に眉根を歪ませて渋い表情を見せる。
だが、その理由は決して一眞のステータスだけが原因ではない。
「ジークよ、この場には余とフェアリス殿しかおらぬ。ゆえに昔通りでよいのだぞ?というか呼び捨てでよろしく」
「よろしくって……まー、君がそう望むならそうしようか。僕も本音を言えば堅苦しいのは苦手だし」
ジークフリードの返事に皇帝は顔を綻ばせ、仕方が無いなと言いつつもジークフリードも顔を綻ばせた。
本来ならば相手は皇帝なのだから、いついかなる時でも敬語を使用するのは当然なのだろうが、この二人はそれを超越した莫逆の友の契りを結んでいる。
そう、それは若き頃の二人の関係によるもの。
実のところ、ジークフリードは元青白銀ランクの冒険者であり、転移者が訪れるまではこの世界で最強の人族だった。
勿論今でもその戦闘力は健在で、最強の称号こそ転移者に譲り渡したが、それでも現在においても五指に入る強さをいまだ誇る豪傑であり、元七英雄と呼ばれる者達の一人でもある。
そして当時の皇帝は、継承順位第三位だったという事もあり、身分を隠し冒険者として生きた経験を持ち、その際ジークフリードに見出され、彼のレギオン《アスカロン》に所属し、白金ランクにまでその実力を伸ばした。
皇帝ハインツはジークフリードを師と仰ぎ、友として常に傍らにて魔獣と戦ったのだ。七英雄の一人として、彼……ジークフリードの仲間と共に。
その事が有る故に、ハインツは臣下が居ない場ではジークフリードに友としての振る舞いをいつも期待している。
勿論、本音を言えばジークフリードとしても、その方が気が楽なのではあるが。
「でもまあ、気になるのは確かだよね」
「うむ。フェアリス殿はその者が勇者になるとお思いですか?」
皇帝の問いにフェアリスはゆっくりと首を振る。
長く美しくきめの細かいプラチナブロンドの髪がゆっくりと揺れる。
「気になってはいるけれど、今の彼は、一遍の痕跡もないでしょう。力も弱く、魔力も弱い。……ただ、加護は変わるもの」
生まれ持った加護が無ければ、その後に加護が芽生える事は無い。
だが、加護を持って生まれた者は、その後の生き方によってその加護を変化させることが出来る。
ゆえにフェアリスはそう口にした。
そして一眞が持つ、見えない加護も例外ではない。
「そうであるな」
「まあ、そうだね。視えない加護が視えるようになるって事もありうるよね」
「……だがやはりオール10では些か厳しいのではないのか?」
やはり皇帝ハインツにとっては、著しく低いステータスが気になる。
「ハインツがそう思うのも無理もないけどね。……その人の年齢は分かる?」
「17歳でした」
それを聞き、ジークは顎に手を当てつつ考える。
「まだ伸びしろは十分にある、かな。……成長指数はよくても”C"ってところだろうけど、それすら変わるかもしれないし。例えば、加護が見えるようになった瞬間から、とか」
独り言のような呟きに対し、フェアリスは薄い表情のまま小さく頷いた。
彼女もまたジークフリードと同じ考察だったのだから。
「とはいえこちらのヒュームよりも低い基礎では、ジークが言った通り生きて行くのもつらいと思うがな」
それでも皇帝はステータスのあまりの低さに否定的になる。
それはある意味仕方がない事。冒険者としての経験があるならば、分かり過ぎる程の現実だからだった。
だが、ジークフリードは首を横に振る。
「うーん、そこはほら、何とかなる気もするね」
「ふむ……ではどうする?ジークよ」
ジークがそう言うならばと、相変わらず掴み処の無い飄々(ひょうひょう)とした表情を見せる友を見やりながら、皇帝ハインツは今後の方針を確かめる。
異様な光景に見えるが、こと魔物や亜人との戦闘に関して、更には冒険者に関する事案に対しては、皇帝は信頼を寄せるジークフリードに、多大な決定権を与えている。勿論最終的には皇帝が採択するのではあるが、その殆どがジークフリードの意向による。
その事を宰相のケネスは好ましく思ってはいないが、皇帝としては、自身よりも見識に優れ、武にも優れ、そして人間としても尊敬できるジークフリードの言葉に耳を傾けるのはある意味当たり前だった。
自身に足りないものを補う為に皇帝としてのプライドを捨てる事など、皇帝ハインツにとっては取るに足らないものゆえに。
「さて、どうするかなあ」
そんな皇帝の問いかけに対し、はぐらかす様に言葉を返した。
とはいえジークは何気に気分の高揚を感じても居る。
自分の椅子ならくるくると回れるのにと思いながら。
(とは言っても一先ずは様子見だよね。どうせ僕は直ぐには会えないだろうしさ)
これから飛竜に乗り迷宮都市トレゼアへと戻れば、明日にはサブギルドマスターのエレメス、更にはヒジカタに直接聞けばわかる事もあるだろう。
そう考えを巡らせつつ、ジークフリードはハインツに答える。
「どのみち少し様子を見た方がいいね。監視ではないけれど、気になるのは確かだし。だから、ちょっと僕に任せてよ。といっても僕自身は動かないけれど」
様々な要因から、自身が今大っぴらに動くわけにはいかないと知るジークフリードは、自身の代わりに動いてくれるであろう人物達の顔を思い浮かべる。
(まー、もしかしたらもう動いてるかもだけどね)
ジークフリードの言葉に、安堵の表情を見せつつ皇帝は小さく頷く。
「分かった、では任せたぞジーク」
「ああ、任されたよ。あぁそうだ、フェアリス嬢にも何か頼むかも」
「ええ、分かっています」
「まあ、頼まなくても動いてくれそうだけどね」
「それは、どうでしょうか」
「またまたー」
「それは、どうでしょうか」
意味深な視線を送るジークに全くの無表情のまま、同じ言葉で答えるフェアリス。
彼はそれでも構わず口を開く。
「んー……相変わらずだよね、君は」
「貴方程ではありません」
「あはは。でもまあ、よろしく頼むよ。基本、君は君の思うがままに動いて欲しいし、そもそも僕達に君を御する力もないしね」
「ええ、思うがままに」
表情の薄いハイエルフとじゃれ合うように会話を続けるジーク。
彼は誰にでも同じ距離感で接する。勿論己の敵以外、ではあるが。
そんな昔と変わらないジークの態度を見て、皇帝ハインツは更に安堵を深める。
(ジークに任せておけば、一先ず問題はないだろう)
とはいえ、その転移者は確かに気にはなるが、今の時点ではそこまで気にする必要は無いのではないか?と皇帝自身は考えてもいる。
転移者とて不死身では無い。
事実、今回まで166名もの転移者がこの世界へと訪れたが、その内の半数は既に命を落としているか、魔獣との戦闘に心が折れて冒険者ではない職業を選んでいる。
此度召喚されたその少年も、ステータス的に見ればまず命を落とすと思われるし、貴重な転移者だからとは言え、あからさまな特別待遇に遇するなど、帝国貴族連中、特に宰相のケネスに不満を抱かせる結果となるのは必定だろう。
頼りにはしているが、実績も無い者を遇する程愚かな事は無い。
そう皇帝ハインツは考えているのだから。
だがしかし神の遣いとも言われるハイエルフ、その中でも妖精皇女フェアリスの目に留まったという事実を考えれば……。
更に、思ったよりも高い興味を示したジークフリード。
それらを加味すれば……。
「もしかすれば、もしかするのやもしれぬな」
「うん、まあ、そうなるといいよね……この世界の為にも、未来の子供達の為にも」
「そうであるな……」
そう皇帝ハインツとジークフリードは呟いた。




