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第18話 幕間 皇帝

本日3話目です。

 時は一眞達が異世界召喚をされる10日前まで遡る。



 皇帝執務室では何時になく緊張した雰囲気が流れている。

 現在その執務室には、帝国の中核を担う者のほゞ全てが皇帝の前に並んでいるがゆえに。


 そしてそれは10日後に起こる、有る一つの出来事のみの為に集まったとも言える。


 そこに居るのは、帝国宰相、帝国軍務総督、帝国魔法省筆頭魔術師、帝国魔導省筆頭魔道技師という、凡そ全てが揃う事など滅多にない顔ぶれだった。


 そしてそれらを仕切るのは当然、ルフェルド帝国の最高権力者である、第14代皇帝ハインツ=ハロルド=フォン=ラインフェルドだった。


 更にはそれらとは異質な雰囲気を醸し出す男、冒険者ギルド、トレゼア支部ギルドマスターの姿も。


 彼らは今、皇帝執務室において、一年に一度訪れる出来事に関しての話し合いを行って居る。

 帝国ばかりではなく、人類にとり非常に重要な事案について。


 そんな中、豪華な意匠を施された椅子に腰かけつつ、若くとも威厳を感じさせる表情と声で皇帝ハインツが口を開く。


「ふむ、して、此度の状況はどうなのだ?」


 皇帝の声に反応した魔導省筆頭魔道技師の名はヨッヘム=ヘルンシュ。


「徐々にではありますが、アーティファクトは此度も起動の兆候を見せているとの報告がありますれば」


「起動までの予想期日に狂いはないか?」


「このまま順調に魔力が増幅いたしますと、起動まで予定通りあと10日かと。現在は例の淡い光を断続的に放ちつつ安定しております」


「そうか、では引き続き監視を怠るな」

「は!」


「……しかしこれで6度目になるか」

「その通りでございますな」


 恭しく一礼をしつつ、だがほゞ無表情で皇帝の言葉に同意を示したのは、先代皇帝から帝国宰相を務めるケネス=フォン=アダルベルト。

 それを見て、相変わらず芝居じみた奴だなと内心思いつつ、皇帝は別の男に質問を投げかける。


「此度は誰に向かわせている?ジークよ」


 この面々の中では、ある意味浮いた存在だろう男に皇帝は言葉を向けた。

 それを受け、冒険者ギルド、トレゼア支部ギルドマスターである、ジークと呼ばれた男性は、恭しく口を開く。


「ヒジカタ卿にてございます、陛下」

「そうか……あの者ならば仔細なく迎えよう」

「はい。つきましては転送術師への依頼を此度もお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」


 ジークも若干芝居がかっているが、こちらの場合、皇帝にとってはある理由から内心可笑しくて仕方がない。

 ただ、その言葉の意味を理解しているがゆえに、皇帝はそのまま続ける。


「うむ。それは余の方から要請しておこう」

「お願いいたします」

「尤も、フェアリス殿はアーティファクトから漏れる魔力を、既に感知しているであろうがな」


 皇帝はそう口にしつつ、大魔術師である一人の女性に思いを馳せる。

 初めて彼女を見たのは5年前であったかと。大層美しく、気品があり、それはどのような手段を用いてでも手に入れたいと思えた程の女性。


 しかしそれと同時に直ぐに悟る。その者は人族の半数近くを統べる我が身ですら決して手に負える人物ではないと。いや、自身ばかりか帝国最強と謳われるかの者ですら、手に負えはしないだろう。


「恐らくは」


「あとは、そうだな、エルネスト王国と、それから教皇国の狸ジジイどもの動きは常に把握しておけ」


「はい、常に諜報部が目を光らせています」


 返事を返したのは帝国諜報部の最高責任者である、グエル=アドバンスという男。

 他国及び自国の諜報から謀略、果ては暗殺までを一手に担う組織のトップである彼は、元プラチナランクの冒険者という肩書を持つ。


 そんな彼の返事に満足したハインツは小さく頷く。

 今現在、王国とは休戦協定を結んでいるとはいえ、この先も協定が続く保証はどこにもない。


 先帝には、協定など破り破られる為に存在するものだと教えられた。

 それはこちらが破るつもりが無かろうとも、相手の都合次第でいくらでも破棄される危険を孕んでいるという事でもあるし、勿論、その逆も当然ある。


 国力に明確な差があれば、弱い方が破棄をする可能性も低い。

 そしてルフェルド帝国とエルネスト王国の国力差は明確な差が存在する。

 しかも今は帝国に存在するアーティファクトによって、更なる戦力差が生まれている。


 だがしかし、ハインツが狸ジジイどもと呼んだ、宗教国家である教皇国の枢機卿達とエルネスト王国が裏で繋がりを持てば、国力差は無くなってしまうどころか逆転してしまいかねない。


 そしてそう思わせるだけの、看過できない情報を掴んでもいる。

 ゆえに先ほどの発言であったのだが。


(よもや亜人どもの大攻勢のタイミングを狙っているわけではないだろうが……いや、それよりも例の情報の真偽を確かめるのが先か)


 帝国が滅んでしまえば間違いなく大陸に住む人類は滅ぶ。

 異世界の人族を転移させ続けるアーティファクトが亜人の手に落ち失われれば、間違いなく世界は混沌への道を突き進む。


 それが理解できているのならば良いのだが。


(いや、仮にこちら・・・のアーティファクトの奪取が目的だとすれば……)


 考えれば考える程に焦りを生む。

 亜人からの危険を排除する前に、何としてでもケリをつけねば。


 だが今は6度目の召喚が仔細なく行われる事が先決かと考えを纏め、臣下の全員へ視線を巡らせる。


「6度目とはいえ、そもそもが我が帝国の、いや、人類の支配下に無き類のアーティファクトである。何が起こるか分からぬゆえに、各自不測の事態に備えつつ、かの者達を迎える準備は委細抜かりなく進めるのだ」


「はッ!」

「御意に」

「分かりました」


 皆がそう返事を返し、それぞれの職務を執り行うために執務室から退室していく。



 一人になり、椅子に深く己の身を沈めた皇帝ハインツは、小さく溜息を吐く。


「この世界の命運を、他の世界の者に委ねざるを得ないとはな……」


 仕方がないとは言えども、皇帝には当然葛藤がある。

 先代の皇帝の力により、国力を一時は大陸一へと押し上げた。

 今も大陸一ではあるのだが、人類一の強国といえども、大陸の大きさからすればほんの2割弱の勢力圏しか持ちえない。


 王国が1割、その他の小群国家全てを合わせて1割。

 その他の小さい大陸も含め、残る6割強は全て魔の領域と呼ばれる、魔物や亜人しか存在しえないと言われる未開の地。


 そこに何が存在するのか。

 魔王は居るのか。

 それすらも伺い知れない。


 5年前、それまで数百年間もの間に渡って均衡を維持していた魔の領域との境目にて、突如大規模な魔物や亜人との戦闘が始まり、その後魔物は大挙し人類の生存圏へと侵攻して来た。


 誰が操っているのか統率のとれたその軍隊は、圧倒的な数によって帝国とその周辺国家を呑み込んで行った。


 だが、人類とて手をこまねいてばかりではなく、それまでいがみ合っていたエルネスト王国と手を結び、全軍を挙げての防衛戦を展開し、一定の侵攻のみに抑える事が出来、今では帝国もエルネスト王国もその時に奪われた地の半分は取り戻す事に成功をした。


「それも転移者あっての事だ。そこは忘れてはならぬ」


 皇帝は、自身を戒めるようにそう呟いた。


 事実、劣勢であった状況を一変させたのは、最初の転移者が召喚されて1年後の事であった。

 元々の能力から更に力を付け、殆どの者が皇帝の呼びかけに応え、帝国の為に己を犠牲にして戦った転移者達。


 その姿に、皇帝は畏敬の念すら抱かずには居られない。

 かの者達の助力が無ければ、帝国どころか人類は存亡の危機に瀕していたかもしれないと。


 たった一人で魔物の軍勢の指揮官すら瞬滅する程の力。

 たった一つのパーティーで魔物の軍勢数万を壊滅させる程の力。

 たった数年で、それまで帝国において最強の名を欲しいままにしていた冒険者パーティーに迫る程の力。


 彼らにとって、この世界は故郷では無い。

 だが彼らは口々にこういった。


 『自分達は、こんな世界に来たかったのだ。だからそのお礼に戦う。この世界を守るために』と。


 そんな彼らをこの地に呼び寄せた古代の遺物――アーティファクト。


 アーティファクトが突如動き出し、突然異世界から人族を召喚するようになってから既に5年。

 今日まで述べ5回にも及ぶ集団召喚を成し遂げたその古代の遺物は、公表をしていないが古代のエルフ達が神の力を借りて作りし遺物だという。


 臣下の一人が言った。


『世界の危機に憂い、神がアーティファクトを使い勇者を大勢召喚してくれるのでしょう』


 その通りであろうし、その通りでもなかった。


 勇者は唯一無二あるし、それは変わらぬ。

 勇者の証である加護が発動する者は唯の一人。皇帝は、そう一人のハイエルフに教えられた。


 召喚された者達は英雄の資質を持ち得るが、だが未だ勇者ではないと。

 そしてその者達の中から、いずれ真なる勇者の加護が生まれるであろうと。

 そのハイエルフは5年前、最初の召喚が起こると同時に皇帝の元を訪れ、そう口にした。


 そして、そのハイエルフは皇帝に向け、静かに最後、こう口を開いた。


『賢者としての私は、静かにその時を待つのみ』


 と。


 絶世の美女とも呼べる程のそのハイエルフは、薄い笑みを浮かべながら。



明日は0時12時18時予定です

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