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第17話 初日の終わり

本日2話目です


「これに魔力を入れるのか……ちゃんと入れられるんだろか」


 部屋に戻り、明かりを灯す為に、壁に埋め込まれている魔道具に向けて手を翳す。というかペタリと手のひらを引っ付けた。


 そして”封入”と言葉を発すると、体内からほんの少しだけ何かが抜けていくような感覚と共に、中にあった丸い水晶のようなものが徐々に光を放ちだす。


「すご……」


 一定の光量になると自動で止まる魔道具のようだが、思ったよりも部屋は明るい。

 これなら読書も出来るだろう。


 因みに今日の学校帰りに買ったラノベも異世界転移ものだったし、他にも何冊かは鞄に入っているけど、まさか異世界に来て異世界転移ものの小説を読む事になろうとは。


「人生どうなるか、わからないもんだな……」


 感慨深く呟き、ベッドに寝っ転がりながら本を読んで暇をつぶしていると、程なくして扉をノックする音が響く。


「はい」

「お客様、お湯をお持ちしましたっ」

「どうぞ」


 そう返事を返せば快活に返事が返り、扉を開けてチョーカーを付けた三人の獣人の女の子が、うんしょうんしょと呻きながら部屋へと入って来た。一人が大きな桶を抱え、後の二人で大きな樽を抱えて。見れば樽には並々とお湯が入っている。


 それを見て思わず手を差し伸べようとするけれど、ブンブンと顔を横に大きく振りながら拒否をされた。まるで仕事をとらないでと言わんばかりに。

 なので言葉だけにする。


「ありがとう、重かったよね?」

「いえ、私達は獣人なので大丈夫ですっ」

「わ、わたしも大丈夫ですっ」

「あ、あたしもですっ!」


 そうは言っているけど、後ろの二人は顔を真っ赤にするほど重かったらしい。先頭の娘に比べてまだずいぶん幼く見えるし。


 とはいえやっぱケモミミは見てるだけで癒される。

 触れて良いならば、お金を払ってでも触りたいくらいだ。

 でも毎日だと大変だろう。二階だけとはいえ結構な部屋数があるわけだし。


「いつもこんな量を?」

「いえ、今日はちょっと多い?」

「えっと……」


 気になって聞いてみれば、桶を持って来た可愛らしい獣人の娘が、あとの二人に問いかける。

 問いかけられた二人はどう言えばいいのか、迷っているかのようにも見えたけれど。


「ごめん、余計な事を聞いちゃいましたね」

「いえいえ、とんでもありませんっ!」


 そしてやはり会話が続かない。

 もっと異種間交流をしたいなという気持ちはふんだんに有るのに、ぼっちでコミュ障気味な自分が恨めしい。

 ゆえにしばしの沈黙が続く。


 でも少女たちは一向に戻ろうとしない。

 なんとなくもじもじと体を揺すっているし、耳もぴこぴこ動いている。

 それをみてハッと思い出す。

 チップを弾んでくれと言われたじゃないか。


「あぁぁぁご、ごめん。えっとチップですよね」

「い、いえ、あの、すみません」


 申し訳なさそうに謝って来たけれど、ちゃんと教えて貰ったのに忘れた俺が明らかに悪い。


「謝るのは俺の方です。チップ文化が無いところで育ったから、聞いていたのに忘れてました。すみません」


 頭を掻きながらそう口にしつつ、マジックポーチから巾着袋を取り出し、中から銅貨を9枚程取り出して渡す。

 多いのか少ないのかも分からない。金額を聞いておけば良かった。


「少ないかもだけど、3人で分けてください」

「こ、こんなに?」

「ほんとはもっと渡したいんだけど、このお金も貰ったものだから……」

「いえっ!十分ですっ!」


 そうして渡した銅貨を握りしめ、一番お姉さんっぽい獣人の娘が「ありがとうございますっ」と元気よく言いつつ大きく頭をさげ、それに釣られるかのように、後の二人も大きく頭をさげて出て行った。モフモフの尻尾が左右に揺れているから言葉通り少なくは無かったようだ。多分。


 その後ろ姿を見やりつつ、思わず本音がぽろりと。


「いいな……獣人の娘。かわいい……」


 その言葉はきっと聞かれては居ないだろう。

 それが例え聴力が異常に発達しているらしい獣人さんだとしても。

 とはいえ幸せを感じた。非常に幸せだった。



 ほんの少しの異種間交流を終えた後、丁寧に体を拭き終わり、さっぱりした所でベッドに横になって今日あった出来事を反芻する。


「まさか自分が異世界召喚の憂き目にあうなんてなあ」


 しかもそれがスーパーハードモードだとか、どんだけ運がないのか。

 転移直後の嫌な出来事を思い出して顔を顰める。

 ついでに転移前の嫌な出来事も思い出す。


 ……最悪だ。


 けれどそのあとは、夢かと思える程に恵まれた出来事だったと我ながら思う。


「帳尻はあうもんなんかなあ」


 とはいえ明日になれば、また現実に直面しなければならないわけで。

 幾ら良いものを装備していようとも、無理をすれば即死してしまうだろう。なんだかそんな気がする。


 でも、まあ、優れた防具が無ければ、それすらままならなかった筈なんで、やはり手助けをしてくれたエミリアさんを始めガニエさん、ヘルミーナさんリュミさん姉妹には感謝しかない。


 そんな事を思いつつも別の所では一人の女性と、それから家族の事を気にかけていた。


「柊さんか……」


 彼女とは親しく会話をするような間柄でもないし、俺が勝手に憧れているだけだけれど、それでも彼女とは過去に何かと変わった縁があった。


 学校の図書室へ本を読みに行けば結構な確率で柊さんと遭遇したし、決まって俺の視界に入る席に座ると言うミラクルが起こったし。更に学校の帰りしなに本屋へよれば、気付けば大体柊さんと遭遇した。


 休憩時間に本を読んでいる姿も見かけていたから本が好きなんだろうし、学生なんて似たような生活サイクルのようなものだから、単にタイミングが合っただけだろうけれど、都合の良い風にどうしても思いたくなる。


 休みの日に、義妹に引っ張りまわされる形で買い物に出かけた時でも、何故か彼女との遭遇率は高かった。そんなに狭い町というわけではなかったのだけれど。

 まあ、今思えば、同じ世界に飛ばされるくらいなのだから、もしかしたら趣味とかが似たようなものだったのかもしれない。


 ただ、そんなちっぽけな接点ではなく、彼女と俺には大きな接点が一つだけだが有った。もう随分昔のような気がするし、実際3年も昔の事なんだけれども。


「気付いてないだろうな、柊さんは……」


 そう呟いてみても返事は返っては来ない。なんせぼっち野郎だから。


「今頃どうしてるんだろ? 諸星にセクハラとかされてたりしたら奴は万死に値するな」


 そう口にして、まあ無いなと。

 英雄候補の天地が傍に居る以上、諸星ごときがどうこう出来るわけもない。


「それよりも……」


 先ほどふと義妹の顔が脳裏を過った。

 ついでに思い出されるなんて、なんて不憫なんだと思わずにはいられないけど、実際にはついでとかではなく、常に思って居た。


 でも……。


「もう、会えないんだろうな……」


 帰れるのかどうかは知らない。

 今は帰れないと土方さんも言っていたし。

 もしかしたら帰れるアーティファクトが、どこかに有るのかもしれないけれど。


 まあ、こういう世界に憧れているような集団なのだから、俺も含め帰りたいなんて皆思わないんだろうが。

 それでも残して来た義妹の事を思い出せば、少し……いや、かなり心配になる。

 それから義両親も。


 俺には両親が居ない。


 いや、どこかに居るのかもしれないけれど、物心ついたころには施設に居た。

 園長先生によれば、大雨の日の晩、赤子の鳴き声が施設の前から聞こえて、扉を開けて見れば俺がギャン鳴きして居たらしい。っていうかせめて晴れの日に置いて行けよ。風邪ひいて死んだらどうすんだと。


 幸いにも風邪をひく事もなくすくすくと育ち、小学校へ上がる前に公務員の夫婦に引き取られ、それなり以上に大事にされて今に至るわけだけれども、せめて高校を卒業して義両親に恩返しをしてからこっちへ来たかった気もするが、まあ、もう考えても仕方がない。来ちゃったんだし。


「やめやめ!暗くなる」


 流石に義両親や義妹の事を思えばネガティブな感情が沸き上がるわけで、それを振り払うかのように頭を左右に何度も振る。

 では何を考える?となればやはり来てからの出来事しかないわけで。


「しっかし、運がいいやら悪いやらほんとよく分からんな……どうなってんだろ」


 最初は、逆チートってどういう事?

 加護も無いのに生きていけんの?


 なんて思っていたけれど、午後からの出来事を思い起こせば流石に運が無いなんて言葉は飲み込んでしまう。


 一体何がどうしてこうなったんだろうか?

 いや、転移の事ではなく、その後のまるで富〇急のええじゃないかのようなアップダウンに思考が追い付かない。


 もしも俺を転移をさせた事に何か意味があるのなら、一体何を俺にさせたいのか。


 神様みてますかー?


 などと呟きつつも、俺にとって最大の幸運であるエミリアさんの事を思えば、これまたいくら考えてもよく分からない。


 彼女はただの勘だと言うけど、それってそんなに重要視する程か? 俺にはさっぱり理解が出来ないけれど、そのおかげで助かったのは事実だし、勿論感謝もいまだ継続中だ。


 しかしあまり一緒には居ない方が良い気がする。過剰に仲良くなどもってのほかだろう。

 俺の危機回避ぼっちセンサーがぴこぴこ警笛を鳴らす程に、危険な匂いがプンプンする。まるで柊さんの時と同じような匂いがプンプンと。


 この危険な世界で余計な軋轢を生むとか、それこそ死亡フラグ一直線でしかないだろうから、適度な距離を何とか維持しなければ。


「でも、この宿はほんと当たりだな」


 部屋をぐるっと見渡しながらそう呟いた。

 干し藁のベッドとか想像してたのに、普通に寝心地の良いベッドだし。


 先ほど利用したトイレも、あろうことかお尻洗浄付き水洗トイレだった。魔道水洗トイレというらしいけど、今現在も稼働中の冷房も込みで、一体どういった原理で動いているのか。


 考えても分からないものは考えないけど、それでも魔法のおかげで化学が発達しないのは理屈抜きでも理解できた。だって便利だもの。


 こんな良い環境の宿を紹介して貰って本当に感謝だ。

 明日ちゃんとエミリアさんにお礼を言っておこう。それくらいは良いよな……。


 瞼を閉じてそんな風に考えて居たら、思っているよりも疲れていたのだろう。

 それに、元世界から数えて27時間起きていた事もあってか、知らず知らずのうちに深い眠りに落ちていった。


 そして、何か変な夢を見た気がするけれど、朝になったら全て忘れていた。



次話は18時に。

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