第16話 ご褒美です!
本日1話目です。
「いらっしゃいませ、お泊りですか?お食事ですか?」
大通りでエミリアさんと別れて宿《小鳩亭》に戻ったら、宿のカウンターには誰もおらず、食道の方からエミリアさんと同い年くらいの女性がパタパタと走って来た。
いや、同い年に見えてもしかしたら40代かもしれない。
いやいや、流石に無いか。どう見ても10代後半にしか見えないし。
「あ、宿泊されているシバさんですね」
髪の色と瞳の色で転移者だと丸わかりだよな。
この世界のヒュームは、白人系の顔とかではなく、どちらかと言えば日本人と欧米人のハーフのような顔をしている人が多い。
それがどういう意味を持つのかは分からないけれど、そもそも人種なんてごまんとあるのだから、たまたまこちらのヒュームがそう見えてしまうだけの事なのだろう。
ただ、だからか知らないけれど、髪の色を変えるだけで、転移者だとはっきりと見分けられる事も無いのは幸いかもしれない。
とはいえ今の俺は黒髪黒目だから丸わかりだけど。
「そうです。えっと、食事はまだ大丈夫ですか?」
そう伝えれば、厨房の奥の方から声が聞こえた。
「食材がギリギリだけどまだ大丈夫だよー!」
どうやら女将さんが気付いてくれたらしい。
お店の若い子に、ではご案内しますねーと快活に告げられて食道へ入れば、テーブルは殆ど埋まって居た。
見れば宿泊客ではなく、この町の住人や冒険者らしき風貌の人ばかりだった。
既に時間は夜の9時前なのに満席に近いのだから、エミリアさんが言っていたように料理も美味しいのだろう。
どいつもこいつも真っ赤な顔を見せながら、陶器製の大きなジョッキ片手に楽しそうにワイワイと会話を弾ませているところからも、このお店が評判のお店なんだろうなと。
そして、居るかな?と思って居た転移者は誰一人として居なかった。
やはりもう少し料金の高い宿屋を選んだのか。
そんな風に思いながら案内されたテーブルについて椅子に座る。
「相席になっちゃうかもですけど、いいですか?」
「あ、はい、もちろん」
「ありがとうございます。それから、普通のお料理はもう今日のおすすめしか残って居ないんですけど……」
申し訳なさそうにそう告げるウエイトレスのお姉さん。
普通じゃない料理ってどんなんだろ?と思ったけど、今日は冒険はしない。
「じゃあお勧めで」
「エール酒とかは……」
エール酒!
やっぱりこっちではビールではなくエール酒なのか!あいつもこいつもそいつも飲んでいるのはエール酒だったんだな!
小さく感激したけれど、確かこっちの世界のヒュームは15歳から飲酒が出来ると聞いた。
けどいきなりアルコールもないよな。
冒険しないって決めたし。
「お酒はいいです」
「はい、では直ぐにお料理をお持ちしますね」
そう言いつつパタパタと厨房へ注文を届けに走って行った。
ホールでは忙しそうに3人の女の子が走り回っている。
見た感じ残りの二人は獣人の娘のようだ。
ピンと立ったネコミミぽい耳と長い尻尾が忙しなく動いている。……可愛い。
「っと、入り口って二つあるんだ」
座って周囲を見渡して気付いたのだけれど、どうやら宿屋用と酒場用では入口が異なるらしい。
「なんで外から見て気付かなかったんだろ」
酒場用の入り口は両開きで結構大きいのに。
不思議に思いつつも店内を再度見渡す。
詰めなくても6人は座れる長椅子付きのテーブルが14卓と、奥の方にある10人くらいで座れる丸い大きな円卓が二つだから、カウンター席を入れてもマックス100席ちょっとだろうけど、それでも現時点で全てのテーブルは埋まっている。
これだけの人数の胃袋を、まさかまさか女将さん一人で賄っているのか?
いや、もしかしたら調理補助の人はいるのかもしれないけれど、それにしても凄いんじゃないだろうか?
そんな風に思いながら、不自然に成らない程度に続けて周囲を観察する。
やっぱり町の人の方が圧倒的に多い。あとは冒険者ぽい人がチラホラ。
なんとなく大衆居酒屋っぽい雰囲気で、出ている料理を見ればどれもボリュームがあり美味しそうにしか見えない。
因みに、この世界の動物の全てが魔力を帯びているわけではない。なので当然ながら普通の牛や馬や羊も居るけれど、魔獣が頻繁に出没し、冒険者達が活発に活動するような地域やその周辺は、必然的に魔獣の肉の方が供給は安定するそうだ。
しかも通常の家畜よりも魔獣の方が旨味とコクがあり、尚且つ魔素をふんだんに含んでいるからか、魔力や体力の回復にも効果が有るとなれば、魔獣の肉が少々高かろうが皆がそれらを求めるのも必然だろう。
ゆえにここ迷宮都市トレゼアの町もその例にもれず、全ての飲食店どころか屋台までもが魔獣の肉をメインに提供しているらしい。
中には冒険者と個別に契約している飲食店も多く、この宿も何人かの冒険者と契約しているのだとか。
ともあれ、俺も明日から冒険者の仲間入りだ。
弱音は吐かないと言ったけれど、やはり少し不安な面はある。けど、もう生きて行くためには腹をくくるしかない。せめてここの女将さんが喜ぶような食材を手に入れられる程には。
拳を握りながら、そう気合を静かに入れていると――
「お待たせしました!」
み、みられた?
はずかし。
とはいえその言葉と同時に、テーブルの上には料理を盛られたお皿が次々と並べられていく。
その数5品。
メインは肉料理の、これはビーフシチューだろうか?
大きめの柔らかそうな肉がゴロゴロと入ったビーフシチューのような見た目のものと、レタスのような野菜サラダ、ポトフのような具沢山のスープに、フランスパンのように焼き目がちょっと硬そうなパン。さらに謎のフルーツ。
「パンはお代わり自由なので、ご遠慮なくどうぞ」
「あ、はい」
ごゆっくりと告げられて、さあ何から食べようかと思案する。
まずはポトフのようなスープからにしようか。
見られて恥ずかしかった事などすっかり忘れ、木のスプーンでスープを掬い、躊躇なく口に放り込む。
そしてゆっくりと咀嚼して味を確かめる。
「これはまるっきりポトフなんだな……」
ポトフを何度も食べた事が有る訳では無いけれど、紛れもなくポトフだった。
急いでジャガイモらしい固まりをフォークでぶっさして口に運ぶ。
ほくほくとした口当たりは正しくジャガイモ。どういう呼び名なのかは分からないけど、間違いなくジャガイモだった。
「美味いな……ってことはこれは人参か?」
オレンジ色の物体をフォークでぶっさして口に運ぶ。
うん、人参だ。
それから見た目ソーセージを同じように。
「これってソーセージか?……だよなあ。……あ、うまぁ」
噛んだ瞬間、肉の旨味が口の中に溢れる。
しかもどの食材もしっかりと味がしみ込んで、肉の臭みなど全くない。
余りのおいしさに思わず頬が綻ぶ。
そしてメインのビーフシチュー……らしきもの。
ただ、肉や野菜が盛られた器もやたらと大きい。
これくらいは食べないとカロリーが追い付かないのだろうか?
「匂いも見た目もビーフシチューなんだけど、牛って事はないだろうから何の肉だろ……」
そう思いつつまずはスプーンでスープと謎肉を掬い、口に運ぶ。
すると――
「あれ?……牛肉?」
どう頑張って見ても味は牛肉のそれだった。いや、牛肉よりもコクがあるような気がしなくもない。
この世界には魔牛と呼ばれる牛みたいな魔獣も居るらしいから、もしかしたらそうなのかもしれないけれど。
だがしかし、これは……。
「柔らかいな……う、うまぁ……滅茶苦茶美味いなこれ」
あまりの美味さにスプーンが止まらない。
そして徐にパンをちぎって口に運ぶが――
やはりパンはパンでしかなかった。
しかも何だかもさもさした食感だったし、噛んでも噛んでも味が湧き出るようなこともない。
日本のパンは世界でも指折りのおいしさだって聞いたことが有るし、この辺りは仕方がないところなのだろうか。
「うん、まあ、パンは仕方がないか」
何が仕方が無いのかは言っている俺も分かって居ないけれど、全てが美味しいわけでは無いんだなと。
その後ガツガツと大量のビーフシチューを平らげ、サラダを食べて桃のような味がしたフルーツを食してご馳走様でした。
大・満・足!
両手を合わせてそう呟けば、厨房から身を乗り出すかのように女将さんが見ていたことに気付く。
「どうだい?美味かったかい?」
「はい、すっごく美味しかったです。この肉ってなんの肉です?」
「ビーフシチューかい?それはゴルゴン牛っていう魔獣さね」
「ゴルゴン牛?」
どんな魔獣だろか?
想像しても何故か水牛のようなゴツイ牛しか思い浮かばない。
「見た目は牛に近いけどさ、大きさが倍くらい違うんだ」
うへ……。
「ば、倍ですか……この辺にいるんです?」
「うーん、この辺じゃあ、確か北西の森に居るね」
思った通り俺では当分倒せそうにない魔獣だった。
「そうですか、何にしろ美味しかったです。ご馳走様でした」
「そいつは良かった。明日の晩はモアモア鳥のローストとホーンラビットのシチューだから楽しみにしておいで」
どんな味の肉なんだろうか?と想像を膨らませつつ、料金を払う為にカウンターへ向かった。
そしてそれと同時に調理場が落ち着いたのか、女将さんも一緒に。
料理は結構なボリュームだったのに大銅貨1枚。1000ゴルドだった。
俺的には安いな!と感じたんだけど、冷静に考えて見れば宿代の1/3だから結構な金額かもしれない。
でもこんな料理なら十分どころか万々歳だ。
「凄いですね……」
料金を支払った時の会話の流れでそう口にした。
「何がだい?」
「厨房って一人で回してるんですよね?」
元世界ではレストランの厨房でバイトしていた事もあるから分かるけど、これだけの料理とこれだけの人数を一人はちょっと考えられない。
「いや?今は4人だね」
「あ、やっぱり?」
「流石のあたしでも無理だよ」
「ですよね」
そう聞いて厨房の中の方に視線を移せば、なるほど女の人がセカセカと移動しているのが目に入った。
確かにいるわ。……あれ?
厨房にいる女の子の首に何かが巻きついている。
首輪のような何かが。チョーカーにしては大きいし武骨過ぎる。
そしてその視線に気づいた女の子の一人が小さくぺこりと頭を下げた。
思わず釣られて俺もぺこりと頭をさげる。
それに気づいた女将さんが何の事もなしに口を開く。
「ああ、やっぱり気になるかい?」
「え?いや、あの」
何の事を指しているのか直感で分かったけれど、こういう時どう返事を返せばいいのか分からない。
「向こうじゃあ居ないって聞いてるけど、奴隷の娘だよ。うちには8人居る。客の中には獣人はまだしも奴隷を表に出すと文句をつける奴もいるから、ああやって厨房で働いて貰ってるんだよ」
「そうなんですか……」
やっぱり奴隷は居るんだな。
「色んな理由で奴隷に落ちる人は大勢いるけどね、うちの子達は全員口減らしの憂き目にあった娘達だ」
「やっぱりそういう人は多いんですか?」
「そうだねえ、この国に戦争は無いけど戦争よりも質の悪い魔獣がわんさか居るって現状はどうにもならないんだろうね。僻地の村とかだと食料の確保すら大変だって聞いてる。あと人攫いとかも未だに多いしさ、嫌な世の中だよまったく……」
「そうですね……」
「ああ、こっちに来たばかりなのに変な事をいっちまって済まないね」
俺が少し難しい表情を見せたからか、女将さんは取り繕うように笑顔を作った。
「いえ、きっかけは自分ですし、それに、そういうのは早めに知っておくに越したことはないんで」
「そうかい。まあ、何にしろ不幸な子は大勢いる。だからせめてうちに居る子くらいは腹いっぱい食べさせてるけどさ」
「そうでしたか」
確かに、どの娘を見ても肌艶は良いし表情も明るい。
服装も一目で奴隷だと分かるような粗末なものではなく、町で見かけたようなどこにでもある服装だし。
「どうだい?この世界の闇の一つを知って、あんたはどう思った?嫌悪するかい?それとも受け入れるかい?」
俺は、どうだろうか?
まだ知ったばかりだし、奴隷って居るのかな?くらいは思って居たけれど……。
まあ、正直に言うか。
「嫌悪はしませんね。でも受け入れるかって聞かれたら、どうですかね……今は分かりません」
「正直でいいね。まあ、後でお湯を持っていかせるけど、嫌悪しないなら問題ないね?」
「あ、はい。そういうのは全く」
同じ人なんだから、嫌悪するわけがない。
ましては犯罪を犯して奴隷になったわけじゃないなら尚更だ。
「じゃあ聞くが、獣人にも嫌悪はないのかい?」
全くありません。
「むしろご褒美です!……あ」
しまったああああ!
しかし俺の失言を聞いても女将さんは笑っている。
「あははは、本音と建て前が逆になってるんじゃないかい?でもうちじゃあそう言ったサービスはしないよ?」
「い、いえ!そういう意味じゃ決してないです!」
もう何を言われても焦ってしまって仕方がない。
「あはははは、分かってるさ。でもやっぱり転移者は獣人に対しても奴隷に対しても嫌悪が全く湧かないんだね」
「湧く方がおかしいと思います」
「あんたは正直でいいよ。うん。……うちに食べにくる常連はそんな事ないんだけど、宿に泊まる客は帝都や大きな都市から来る人も多いからね。都会から来る人は選民意識が強いのが多くてさ、そうなると奴隷や獣人を嫌がる人も多いのさ」
やっぱりそういう人種差別みたいなものは有るんだな。
同じ人族なのに、酷いもんだ。
「俺は全くそういうのは無いんで」
「わかったよ、じゃあ今から獣人の娘にお湯を持っていかせるからね」
出来ればチップを弾んでやっておくれよと笑いながら言われ、俺は部屋に戻って行った。
そうだな。手持ちのお金は貰ったお金だから何となく気が引けるけれど、自分で稼げるようになったらチップは弾もう。
随分後で聞いたのだけれど、ここ小鳩亭の女将さんは奴隷の娘に対しても少額ではあるが給金を渡しているし、チップも個人の物らしい。そしてその給金やチップを彼女達は自身の身分を解放する為に溜めているそうだ。
解放奴隷になるには買主が奴隷商に支払った金額らしく、それは帝国法にて定められている。
とはいえ本来そういった給金を支払うなどということはまずあり得ないようで、そもそも買う側からすれば、支払うべき給料を先渡ししているようなものなのだから、あり得なくて当然といえば当然だろう。先渡す相手が当の本人では無いとはいえ。
12時18時に投稿します。




