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第14話 森の妖精

本日2話目でっす。

 ガニエさんの鍛冶屋で剣と鎧を売って貰い、次に訪れようとしているのは先ほどちらっと言っていた、姉妹の姉が営んでいるという皮や布系を扱う防具屋だ。革製品や布製品を作る人は裁縫師と言うらしい。


 因みにそこは木製の魔法武器も扱っているそうだ。木製の魔法武器とは、弓師が使う弓であるとか、聖職者や魔術師が使うワンドやロッドなのだそうで、俺には今のところ全く用事はないけれど。


 とはいえエミリアさん曰く、妹さんが同じ場所でポーション類を販売しているらしいので、その店へ行けば一先ずは狩りを行う為の必要なものが揃う事になる。


「さあ、到着しました」


 そのお店は町の中心部から少し外れたところにあった。

 貴族街に程近いらしく、なんとなく閑静でゆったりとした雰囲気を醸し出している。

 ……と簡単に言えばいいのか何といえば良いのか。


「って、まるで森じゃないですかここ……」


 そう言いたくなるのも無理もない。

 目の前にある、姉妹が住居兼店舗としているという場所は、やたらと広い敷地の中心にぽつんと立つお洒落なウッドハウス。


 その小さなお屋敷の周りには、どこから運んできたのか背の高いもみの木のような巨木や、大きな幅広の樹木、例えるならハワイにあるモンキーポッドのような巨木が沢山植えられていて、さながら都市部にある大きな植物園の様相を呈している。


「住んで居らっしゃる方に理由があるんです」


「へぇ~……あ、もしかしてこの店もお父さんの?」


「そうですね、父も私も良く知って居ます」


 植物園というか森林公園のような様相を見せているけれど、ところどころにある畑にはハーブのような草類が沢山植えられており、恐らくはそれを材料にしてポーション類を作成しているのだろう。


 時刻は既に夕方の6時前で日が沈む直前とあって、夕焼けの日差しに照らされた草花は淡い茜色を奏でている。

 大切に育てているんだなと、一目見て分るその草花をエミリアさんも見やりながら、


「薬草類を自前で育てる為に、郊外を選んだそうです」


「安定供給の為?」


「そうですね。ポーションの材料は種類によって違いますから、直ぐに欲しくても手に入らない物も多いそうで、大量に欲しいものは自前で育てているそうです。貴重な物や魔力を帯びた材料は流石に冒険者ギルドに依頼をかけるか、姉妹で採集に出かけていますけど」


「へえ……じゃあ二人とも冒険者なんですね?」


「そうですね。とは言っても私と同じで今は冒険者がメインではなく、彼女達は採集や装備の製作の為に狩りをしていると言った方がいいかもしれません」


「そういう人も多いんですか?」


「結構いらっしゃいますよ。では入りましょう」


 居るかな……と小さく呟きながらエミリアさんは敷地へと入り、ハーブ園とモンキーポットみたいな大きな木の間を抜け、さりげない意匠を施された木製の扉を開ければ、綺麗な鈴の音を奏でるドアチャイムがチリチリンと鳴った。


 すると奥から一人の女性が現れる。

 けれど、その女性を見やった俺は、またしても目を見開く事に。

 あり得ない程の美人だったからという事もそうだけれど、耳が、細く長かった。


 エルフか……?


 とっさに思い浮かんだけど、エルフで正解だろう。

 突然出会った夢にまで見たエルフに呆然とする。

 それと同時に納得した。

 街中なのにも関わらず、ここが森の中なのはエルフだからだと。


「ようこそ、ヘルリュミのおみ……あら?エミリアちゃんじゃない」


 美貌のエルフさんは、お客さんかと思ったら知り合いの訪問だったからか、少しだけ表情を和らげた。


「こんにちは……ではないですね、もう今晩はでした」


「ふふふ、珍しいわね。お父さんに頼まれて?……ではないようだけれど」


 そう口にしたエルフだろうお姉さんは、エミリアさんの後ろに立つ俺をチラリと見やってきた。


「今ガニエおじ様の所に寄って来たのですけれど、この方用に丈夫なインナーと皮のグローブと皮のブーツ、あとレギンスもですね。それからポーション類もお願いします」


「ふぅん……ガニエの所にも行ったのね。……で?そこの彼は転移者さんよね?」

「あ、はい。司馬……一眞=司馬です」


 視線を投げかけられ、慌てて頭を下げながら挨拶をした。


「初めまして、ヘルミーナよ。シバさんは今日こちらにいらしたの?」

「そうです」


 薄い緑色の綺麗な長い髪と相まって、落ち着いた雰囲気のお姉さんといった感じのヘルミーナさんは、柔らかい笑みで俺を見ている。

 だが視線を一向に逸らしてくれない。


……こ、これはこまった。


 俺は俺で、薄手で品のあるローブを優雅に着こなす彼女の顔から、全く下に視線を下げられないでいる。だって間違いなくエミリアさんよりも巨大だ。

 どうやらエルフはスレンダーだって設定は間違いだったらしい。いや、スレンダーではあるのだけれど、一部分だけは違うというか……。


 一通り俺を見やり、何か納得をしたかのような表情を見せたヘルミーナさんは、漸く俺から視線を外し、エミリアさんを見やりながら口を開く。


「…………ふぅん……で?エミリアちゃんのお気に入りってことで良いわけね?」


「ち、違います。違いませんが違います」

「ハハハ」


 三度目ともなればエミリアさんも落ち着いたもので、真顔で直ぐに否定をしたけれど、ヘルミーナさんは少し微妙な表情を見せる。

 俺は俺で乾いた笑いしか出てこない。


「……なんだか不思議な反応だけれど、もしかして連れて行った場所場所で似たような質問でも浴びた?」


「はい……」


 正解を言い当てられ、困ったような表情を見せつつエミリアさんは答えた。

 それを聞いて、どこか含みを持った表情で、


「でもお気に入りなのは間違いないわけね?」

「そう、ですね。はい、ある意味では気にはなって居ます」


「ハハハ……」


 さっきから俺苦笑いをしてばっかりだ。

 とはいえ何度もはっきり言われると、やっぱり確実にへこむ。

 ある意味では、という事は恋愛対象ではないがという意味だろうし。

 っていうか、本当に俺のどのあたりが気になるんだろうか?


「ふぅん……そう……」


 それでもヘルミーナさんは怪しいといった視線を送って来る。

 それを受けたエミリアさんは、今度は少し焦るように口を開く。


「と、とにかくもう時間も遅いですし、明日から狩りが出来るようにお願いします」


 うぇ?俺さっそく明日から頑張るの?

 いやまあ、何時から?と言われたら、明日から?と答えるだろうけれど。


「ふふふ。そういう事でいいわ。今リュミは出かけていてもうじき戻って来ると思うから、先にインナーとかを選びましょう」


 少し意味深に笑いながらも、棚の中から独特な衣擦れ音を奏でるインナーの上下を手に取って見せてくれた。

 見た目は元世界で言うならば、半袖のコンプレッションウェアのような感じで、色は全体的に紺色っぽく、何となく光の加減か少し青みが射している。


「インナーは軽くて丈夫な物がいいから、地念蜘蛛グラウンドスパイダーの糸にミスリルを編み込んだ生地で作ったものを着なさいな」


「へ?……ミスリル?ってミスリル銀です?」


 ごくごく当たり前のように言われた言葉に驚いて、思わず聞き返してしまった。


「あら、知っているの?」


「えっと、俺の世界ではミスリルって空想の鉱石なんですけど、凄く高価だって設定で」


「ええ、凄く高価よ。でも編み込んであるだけだから、そこまでの量は使用しては居ないわ」


 青白銀ミスリルランクという階級があるくらいだから、存在はするんだろうなとは思って居たけれど、実際に使われているのを見ると些か興奮してくる。

 でも、いくらするんだろ……。

 きっと残りのお金では足りないだろうな。ローンってきくんだろうか?


「あの、因みにおいくらです?」


「うふふん。そうね、普段は80万ゴルドで売っているけれど、エミリアちゃんの顔を立てて大幅に負けに負けて上下で60万ゴルド。大銀貨6枚よ?」


 た、たけえ!滅茶苦茶安くしてもらってるけど、たけええ!

 あとブーツとグローブとレギンスやポーションも買わなきゃなのに。


 88万5000の所持金全部使うか?……いや、所持金を使い切ったら夕飯抜きになるし、ポーションがどれだけ必要かもわからないんだから、出来れば40万ゴルドくらいは残しておきたい。


「えっと……俺今日来たばかりで手持ちが……」


「あら?じゃあそうね……それならガニエのところで何を買ったのか見せて貰える?」


 そう言われ、マジックポーチに仕舞って置いた、グラディウスと防具一式を取り出した。

 それを見やったヘルミーナさんは目を丸くしつつ、真横に伸びていた耳を思いっきりピンっと立てた。


「これ……いくらで?」


「全部で大銀貨2枚で譲って貰えました」

「ぇえ!?」


 値段を聞いて更に驚かれた。

 そりゃそうでしょうよ……。俺も未だに良いのかなと本気で思っているし。


「……価値は聞いたの?」


「はい、その10倍くらいは余裕でするとか……」


「ええ、初心者が持つには贅沢どころかレベル40くらいのスチールランクが持ってもいいくらいよ。しかもガニエが作ったのだから、それ以上の価値はあるわ」


「私もそう思います」


 やはりあの人は優秀なのか。

 俺には初めての事ばかりなんで、価値とか良く分からないけれど。

 ただ、良いものなのは何となく分かる。鎧も非常に軽いし、かといって薄っぺらというわけではない。


「あの……そうみたいですね……」


「ふぅん……そういう事、ね」


 ヘルミーナさんは意味深な笑みを浮かべ、顎に手をあてて俺をジッと見つめた。

 先ほどまでと同じような笑みに見えて、実のところ全く異なるような。まるで、俺の内にあるモノまでもを見抜こうとしているかのように。


 エルフの人は長身でスレンダーだと勝手に思って居て、それは概ね正解だったのだけれど、そんな外見的な事ではなく、何ていえば良いか、神秘的な何かを宿しているような。見ていると吸い込まれてしまいそうになる。


 そして一しきり俺を見たあと、再度先ほどまでの柔らかい笑みに戻して口を開く。


「分かったわ。確かに面白そうだから私も乗っかるわね? エミリアちゃん、それで良い?」


「はい、お願いします」


「あらあら……ふぅん。私としてはそちらの方も興味があるけれど、まあ、今は良いわ」


 どちらの方なのでしょうか?

 またもやニヨニヨ顔に戻してエミリアさんを見やるけれど、彼女は澄ました表情を見せつつ答える。


「何もありませんよ?」


「そう? まあいいわ。あ、転移者さんなら生活魔法の清浄クリーンは使えるわよね?」


 思い出したかのように聞いて来た。


「はい、あります」


「それならインナーの上下は1セットで十分として、あとは指が出る皮のグローブと皮のブーツと、それから膝パッドが入った皮のレギンスも合わせて大銀貨2枚で良いわ。あぁ、あと、シルクのおぱんつも5枚付けておくわね。おぱんつはちゃんと洗うのよ?」


「え?それは……」

「お、おぱ……ん……」


 どうやら俺とエミリアさんでは、思ったことが異なるらしい。

 そしてヘルミーナさんは、俺の反応のみに言葉を返す。


「ふふふ。乗っかるって言ったでしょう?」

「……はい」

「だからそれで良いのよ。エミリアちゃんは違う所に反応しちゃったみたいだけれど」


「へ?……わ、わ、わああ!」


 指摘をされて、エミリアさんは真っ赤な顔で焦りながら、懸命に頭上の何かを掃っていた。

 変な事を想像しないで下さい。


「エミリアちゃん可愛いわ」

「うぅぅ……」


「ハハ……でも有難うございます」


「うふふ、面白そうだから全然いいわよ。それに先行投資の意味も含んでいるしね? だからお返しは、沢山稼ぎ出せるようになってからで。お願いね?ふふふ」


「それは勿論――」


 そう口にした時、入り口の扉が開いた。

 そして中に入って来たのは、またしてもエルフだった。



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