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第13話 鍛冶師ガニエ

本日は3話投稿します。1話目。


 みすぼらしいステータスと加護無しを伝え、驚く顔を見た時、これじゃあ生きていけないと思われても仕方が無いなと。

 そう思ったのだけれど、鍛冶屋の親父さんは違った。


「よしわかった。俺に任せろ。それに、エミリアちゃんが初めて連れて来た転移者だ。恐らく何かあるんだろう」


 笑う事もなく、憐れむでもなく、真っすぐに俺を見上げてそうはっきりと口にした。


 宿屋でもそうだけれど、エミリアさんに何かあるのだろうか?

 明らかに彼女がいる事で対応は違うような。しかも転移者を連れて来たのは初めてだと言うし。


 そう思いつつエミリアさんを見やってみるのだけれど、彼女は昼間と同じようににこやかに微笑んで俺を見やったままだった。


 鍛冶屋の親父さんは、自身の発した言葉を確認するかのようにチラリとエミリアさんを見やり「ちょっと待ってろ」と口にした後、奥へと引っ込んだ。


「今の人は、私と父が贔屓にしている鍛冶師さんです」


 へえ……冒険者ギルドで働いているけど、狩りにも出かけているって事なのか?


「お父さんも冒険者なんですね。あれ?エミリアさんも?」

「はい。私も冒険者の資格はありますよ。《エルデス》の町にいたときは冒険者でしたし」


 そう口にしたエミリアさんは、胸元から金色のチェーンに通された金色のプレートを取り出して見せた。

 ついでに見てはいけない豊満な胸の谷間もチラリと見えて焦るけど、必死に煩悩を振り払う。


 ていうかエミリアさんて……


ゴールドランクですか……」

「今はギルドの仕事がメインですから、こちらに来てからは余り狩りは出来て居ませんけどね」


 ゴールドランクは上級冒険者の証。

 それは即ち、この近辺の森に生息するモンスターは全てソロで倒せる程に強い。


「凄いな……」


 彼女は全然強そうに見えない……というか、先ほどの冒険者ギルドに居た冒険者のような、ギラギラした感じが全く見受けられない。

 能ある鷹はというパターンなのかもしれないけれど、私服のワンピースを着ている今の見た目はお洒落な町のお姉さんといった感じにしか見えない。


「驚きました?」

「いや本当に……」


 エミリアさんは、悪戯が成功した子供の様に楽しそうに笑った。


「ふふふ、だから何でも相談をしてくださいね?」

「分かりました。っていうかゴールド云々関係なく相談します」

「ふふふ、ありがとうございます」


 いや、有難うは俺の台詞だろうに。

 変わらない笑顔でそう言われると、本当に癒されてくる。

 良い人に出会えたな。



 程なくして奥へと行っていたドワーフの親父さんが、何やら両手いっぱいに武器だの防具だのを抱えて戻って来た。

 顔が思いっきり隠れているのに躓いたりしないんだろうか?


「こっちは武器しか扱って居ないが、防具の方も同じ俺の店だ。普段は俺の嫁さんが店番をしているんだが、生憎と今は出かけているから俺が持って来た」


 親父さんが隣の方を向いたので釣られて俺も向けてみると、なるほど、中で繋がっている。


「この世界にはベースレベルってのがあるのは知っているだろうが、良い武器になればなるほど使いこなせるベースレベルの要求が高くなる。それは教えて貰ったか?」


 魔力を籠めて打った武器や防具にはグレードというものが存在するらしく、一番最下級のグレードを【ノーマル級】と言い、それから【レア級】、【ユニーク級】、【幻想級】、【神話級】と価値が上がっていく。


 そして鍛冶師が作成できる最上級の武器や防具は【幻想級】までだとも教えられた。


 親父さんが言ったように、武器や防具にはそれぞれ必要ベースレベルという物が存在し、それは鍛冶師が作成した武器も、遺跡などに眠る武器も同じだ。


 要するに、レベル5でしかない俺がいきなり幻想級だの神話級だのの武器を装備したところで、まともに使いこなせないらしい。


 使用レベルに足りていなければ、武器に宿る魔力が使用者の魔力に勝ってしまい、性能を減退させてしまうのがその理由なのだけれど、使用者のINTではなくレベルというのが、なんか、不思議だなと。


「はい、教えて貰いました」


「じゃあ話は早いな。これは必要レベル制限が無い武器の中で最高のものだ。とは言ってもノーマルだから大した武器じゃないがな」


 そう言いつつ手に取った武器を俺に差し出す。

 確認してみろというのだろうか。

 鞘に入ったままの武器をそのまま受け取り、結構重いなと思いつつも鞘からゆっくりと抜き出す。


「どうだ?銑鉄と軟鉄に魔鉱石、それからホーンラビットの角を交ぜて作った。勿論、俺が作ったんだからただの合金じゃないがな。下級魔法程度の付与には耐えられる筈だ」


 魔法を使って金属製の装備品を作るには、魔鉱石と呼ばれる特殊な金属が必ず必要らしい。

 それプラス魔物からとれる素材を組み合わせて装備品を作るのが一般的だと。


 そんな解説をドワーフの親父さんから聞きつつ、スラっと引き抜いた剣はグラディウスと呼ばれるものらしい。

 俺の筋力を考えて刃渡りが50センチ程度の物を用意してくれたのか。

 綺麗に白く光る刀身を見やり、緊張からかごくりと喉をならす。


「どうだ?それくらいの長さと重さなら使いこなせる筈だが。それに本来なら片手で持つ物だが、これは両手でも持てるように作ったから、重いと感じるようなら両手で持て」


 確かに柄は両手でも持てる程に長い。


「凄いですね……でも高くないですか?」


「ん?そうだな、普通に売るとすりゃあ金貨1枚は要求するところだ」


 ぶっとい腕を分厚い胸の前で無理やりに組み、意地悪っぽくニタリと顔を歪めながらそんな事を言われた。

 100まんとか買えませんよ? 防具無しで武器だけとか、一撃必殺狙いとか無理ですよ? 装甲紙なんで無理ですよ?


「え……っと」

「心配するな。エミリアちゃんの顔を立てて大銀貨1枚でいい。そればかりかライトアーマーやショルダーガードの鎧も込みで大銀貨2枚でいいぞ」

「ま、まじで!?」

「流石ですね、ガニエおじ様」


 唖然とした俺の隣では、自分の顔を立てて貰った嬉しさからか、エミリアさんの顔が綻んだ。

 

「そうだろうそうだろう? じゃあ次は鎧だが、魔法防具を着た状態で受けるダメージの仕組みは理解しているのか?」


 値段9割引きとか良いのかなと思っている内に、更なる質問が。


「あ、はい、えっと、魔法防具を装備し、自身の魔力が残っていれば、体のどの部分への攻撃も障壁が発動して防いでくれるんですよね?」


 分かりやすく言えば、ビキニアーマーを着て居る時に、剥き出しの腕だの頭だのに攻撃を食らったとしても、ビキニアーマーが発動する魔力障壁によって、ある程度は護られる。


 但し防具の防御力を越えるダメージ分は吸収できない。

 本当はもっと複雑なのだけれど、大体そんな感じの説明だった。


「概ねそうだ。だから今の小僧の筋力で盾を無理に装備する必要はないし、盾が必要な魔獣を相手にしたら命が幾つあっても足りないぞ」


「なるほど」


「という訳で用意したのがこれだ」


 そう口にしつつカウンターに防具を並べた。

 見れば金属製のライトアーマーやショルダーガード、それからガントレット。所謂動きやすい軽鎧だ。


「ハーフプレートやプレートメイルは今のお前には重すぎる。だからプロテクター系で揃えてみた。それにもしかしたら魔法の適性もこれから増えるかもしれないしな。魔法の適性が高くなりゃあ魔法も使うだろうから、そうなりゃフルプレートは邪魔でしかねえ」


「そうですね。レベルが低くINTも低いといっても、今の状態で基礎を覚えれば火と土をシバさんは扱えるようですし、それに、その他の適性が無いとは言い切れませんね」


 ガニエさんやエミリアさんが言うように、加護以外のスキルや魔法適正は、狩りの仕方によっては何かの切っ掛けで突然芽生える事もあるらしい。


「だな。それでも最初は物理攻撃で戦わなきゃあ、まずレベルは上げられねえだろう」

「難しいでしょうね」


「だが、レベルがあがりゃあそれだけ余裕もできる。魔法を使わなきゃあレベルアップ時にINTは殆ど上がらないが、それでも今の状態よりははるかに楽に魔法が使えるようになるだろう。だからまずは物理だけでレベルを15……いや、20程度まであげて、そこから物理と魔法の両方を伸ばすかどうかをその時に決めろ」


 サクサクとどんどん話が進んでいく。

 俺はそれをただ聞いているだけだ。

 値段が9割引きで本当に良いのか、聞くタイミングをすっかり逃した。

 でも……。


「何て言ったらいいか……」


 親父さんは俺の言葉にピタリと動きを止め、訝し気に見上げる。


「ん?不服か?」


「いえ、全く逆です。……こんな俺に凄く親身になってもらって申し訳ないっていうか……転移者の恩恵なんて何にもないばかりか、こっちのヒュームよりも低い俺なのに……」


 思わず涙腺が緩んだ。

 けれど、それを見たガニエさんは、目を吊り上げて毛を逆立てながら激高する。


「ばかやろう! 弱気になってんじゃねえ! 小僧はまだ何もしちゃいねえだろうが! そういう言葉はあがいてもがいて最終的に口にする言葉だ! いいか?もう一度言うぞ? 小僧はエミリアが連れて来た初めての転移者だ。それがどういう事か小僧には分からんだろうが、それでも今後一切泣き言は言うんじゃねえ!」


 んな無茶な……っていうか怖いし。『ら行』が巻き舌になってるし。

 余りの迫力に後ずさりながらも恨めしそうにエミリアさんを見やったけれど、彼女は涼しい顔を見せたまま。


 そんな顔を見せられたなら、素直に従うしかないわけで。


「わ、分かりました……もう言いません」

「ふふふ」

「おう。それでいい」


 ガニエさんはそう言いつつ、俺の胸を拳の裏で軽く小突いた。


 なし崩し的に誓わされたけれど、確かにいつまでもステータスや加護を嘆いたところで何も変わらない。

 与えられた力がこれだけならば、これをどうやって伸ばして行くかだけを考えればいい。


 愚痴をこぼすのは、やれるだけやってからでも遅くはないって事を、ガニエさんは言いたいのだろう。

 それに、やらない内から愚痴をこぼすなんて、確かにかっこ悪いにも程がある。


 そんな俺の言葉をエミリアさんは、嬉しそうに微笑みながら聞いていた。


「あとは鎧の下に着こむインナーと皮のグローブと皮ブーツ、それからレギンスも必要だな。ヘルムはまあ、視界が狭くなるから小僧には要らないだろう」


 そう口にしつつガニエさんはエミリアさんを見やる。

 どうするんだ?といった具合に。


「それは大丈夫です。姉妹でやっている、あのお店に行きますから」


「ああ、そうか。あいつなら腕もいい。ついでに妹のところでポーション類も買えるからな」

「はい」


 エミリアさんの言葉に、直ぐに納得をして見せたガニエさんは大きく頷いた。

 俺の与り知らないところで話は進んでいく。

 とはいえ任せているのだから、信じてついていくだけだ。



 帰りぎわ、店の前まで送ってくれたガニエさんは、真剣な眼差しで俺を見上げる。

 そしてグローブのようにでかい手を握りしめて、再度俺の胸にコツンと当てつつ、


「いいか小僧。周りにも散々言われただろうが、そのステータスじゃあ恐らくモアモア鳥ですら1発で倒せねえ。その剣を使って漸くってところだ」

「はい」

「成長指数も低く加護もねえって言うし、魔法も今は全く使いもんにならねえ」

「はい……」


 はっきりとそう言われると凹むけれど、それは事実だ。


「だがな、幸い倒せるモンスターが全くいない訳じゃねえ。ってーことは死ななきゃいつかはレベルが上がる。レベルがあがりゃあステータスも上がる。周りの転移者がどれだけ早くレベルを上げようと周りは周りだ。小僧は亀でいい。だから兎に角死ぬな。這いつくばってでも生きろ……分かったか?」


 事実を事実としてしっかりと認識して、今の自分に出来る事をこなしていけと言いたいのだろう。


「はい、肝に銘じます」


 そうだよな。

 生き抜く事が、それが一番大切だ。


「分かったならさっさと行け」


「ありがとうございました」


 俺は精一杯の感謝を込めて頭をさげた。

 ぶっきらぼうに、おうと手を挙げそのまま店に戻ったガニエさんの四角形の背中を見やりながら思う。


 もしかしたらこの人も冒険者だったのかもしれないなと。



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