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第11話 気に入っています

本日5話目です。

「え?そんな事を言われたんですか?」

「ハハハ、まあそうですね」


 あれから20分後。


 俺はエミリアさんと並んでトレゼアの街を歩いている。

 その道中で、先ほど三人の冒険者に何を言われたのかを聞かれた。


 エミリアさんがその場面を見たわけでは無く、同僚の人に聞いただけらしいけど、別に隠すような事でもないし、やましい事もないのでと思い素直にそう口にしたのだけれど。


「薄々そんな感じなのは気付いていましたけど……まさか本当に……」


 俺の話を聞いて少し驚いている。

 というよりも少し嫌そうな顔を見せた。


「エミリアさんって、いつからあそこで働いているんです?」


「えっと、この町に来たのは3年と少し前ですね。それまでは《エルデス》という町の冒険者ギルドに所属していたのですが、父の転勤と同時にトレゼアへ来ました。父も同じ冒険者ギルド員なんですよ」


「へえ……」


 転勤とかあるんだな。

 まあ、当然か。

 帝国や王国どころか、南部や西部にある小群国家にも冒険者ギルドは存在するらしいし。


 とはいえここでもっと仲良くなるには、彼女のプライベートに関してやんわりと踏み込むべきなのだろうけれど、この人とこれ以上仲良くなると、もっとおっかない人がわらわらと出てきそうだ。少し残念な気もするけれど命には代えられない。


 なので話を変えつつ会話を続け、やがてお勧めだという宿屋へと到着した。看板を見れば《小鳩亭》と書いてある。


「ここです。料金は特別室を除いて1泊3000から4000ゴルド。なので大銅貨3枚か4枚です。朝食しかつきませんけど、ビュッフェ形式なので好きなだけ食べられますし、美味しいですよ」


 そう口にしつつ、エミリアさんは宿の扉を開けて中へ先に入って行った。

 俺もそれについて中へと入る。

 すると直ぐに受付カウンターがあり、そこには少々恰幅のよいおばちゃんがいた。


 何か書き物をしていたようだけれど、エミリアさんだと気付くと顔を上げて口を開く。


「おや?エミリアちゃんじゃない。どうしたんだい?こんな時間に」

「お客さんを連れて来ました」


 その言葉を聞き、女将さんらしき女性は俺を見やり、少し目を細めつつ、


「ああ、もうそんな時期かい?」

「そんな時期です。今年は25名だったそうですよ」


「あ、あぁ、はい、今日の午前中に転移して来ました」


 一瞬何のことを話しているのか分からなかった。

 どうやら女将さんは俺を見て直ぐに転移者だと理解をしたらしい。

 黒髪黒目だしな。服装も学生服だしな。


「それはそれはご苦労な事だね。望んで来たんだろうけれど、まあ来ちまったんだ、早くこの世界に慣れておくれよ」


 微笑みながらそう言われ、なんだか暖かい気持ちになった。


「そうするつもりです。なるべく死なないように」

「ん?なるべく?」

「ええ」

「あんた何言ってんだい? なるべくなんて言うもんじゃないよ! 絶対に死なない気持ちが大事なんだ、今からそんなんじゃ駄目じゃないか!」


 いきなり怒られた。

 どうやら俺の返事が気に入らなかったらしい。

 そして目を吊り上げて怒られると非常に怖い。なので慌てて言い換える。


「あ、はい、死なないように頑張ります!」

「うんうん、じゃあ当分この町に居るんだね?」


 何を頑張るんだと思ったけど、これで良かったらしい。ふぅ……。

 っと、返事返事。


「そのつもりです。エミリアさんにもその方が良いって言われましたし」

「エミリアちゃんはなかなかに優秀だからね、いう事を聞いておくにこしたことはないよ」

「お、女将さん、そ、そんなにハードルを上げなくても……」


 宿屋の女将さんの言葉に、エミリアさんは少し焦りながら否定をする。

 けれど、俺も女将さんの意見に同意だ。

 しょっぱなから救われたのは事実だし。


「いえ、俺もそう思います」

「もう!シバさんも!」

「いや本当に、さっそく沈んでた気持ちを助けてもらいましたし、これからも凄く頼りにします」

「あ……もう!」


 恥ずかしそうにしつつも少し頬を膨らませながら、苦情を口にしたエミリアさん。

 でも何処か嬉しそうだ。


 けれど、その光景を見やっていた女将さんがニヤっと顔を歪めた。目が三日月のように成っている。


「おやおやおや……とうとうエミリアちゃんにも春が来たのかい?」


 どうやらあらぬ誤解をしたらしい。

 それに対してエミリアさんは、両手を顔の前でぶんぶんと高速で振りながら、


「ち、違います!!違いますから!」


 そんな、全力で否定をされると少しへこむけれど、勘違いをするなって釘を刺されているし、そんな事は分かっている。

 否定をしても、なお三日月のように歪ませたニヨ顔を崩さない女将さんには、誤解しないようにちゃんと言っておかなければ。


「エミリアさんの言う通りですよ。今日会ったばかりだし、俺が不安な様子を見かねて親切心で色々と面倒を見て貰っているだけですから。それに、俺の担当になってくれましたし」


「なんだい……違うのかい……」

「はい、違います」


「……」


 俺がはっきりと否定の言葉を口にし、残念だと言った具合の女将さんだけど、ふとエミリアさんを見やると、いまだにほっぺたを膨らませている事に気付いた。


 え?俺の言葉で間違いないよな?ないよな?

 俺の視線に気付いたエミリアさんは、直ぐにほっぺたを萎ませたけれど。


「美人でスタイルも良くてすっごく良い娘なのに、なーんでか彼氏の一人も出来ないんだよ。うちの娘もだけどさ。あははは」


「はあ……」


 まあ、出来ない理由――ギルドのアイドル――を概ね知ってしまった俺としては、何とも言いようもない。思わず先ほどの冒険者達の厳つい顔が脳裏に浮かんだ。


「エミリアちゃんに折角春が来たと思ったのにねえ。まあ、先は長いし、焦らない事だね」


 まだ続けるのか。

 隣では何時の間にやら真っ赤な顔を見せつつ、再度ほっぺたを膨らませたエミリアさんが女将さんを睨んでいる。


「お、おばさん!もう良いから部屋をお願いします!」


「くくく……ああ、そうだね。じゃあとりあえず10日くらいは泊まるかい?」


 居た堪れなかったのか、うんざりしたのか分からないけれど、宿を紹介したのだからさっさと仕事しろと少しきつく言われ、女将さんは少し含み笑いを浮かべつつも直ぐに切り替えた。


「そうですね。それくらいかな?」


 確認するかのようにエミリアさんを見やると、どうやらまだへそを曲げている様だ。


「一泊で十分です!」

「い、一泊?」


 思わず聞き返してしまった。

 エミリアさんの表情を見やるに、からかわれた分仕返しをしたいらしい事が手に取る様に分かった。


 とはいえ一泊は泊まる事になるのか。

 連れて来た以上一泊はしてもらいたいからだろうけど、なんとも中途半端な仕返しだ。


「人のプライバシーに配慮が足りない女将さんが居る宿なんて一泊で十分です!」


 プリプリと怒っていらっしゃる。

 その表情も美人だなと。


「おやおや、余計な事を言いすぎちゃったみたいだねえ」


 本気で怒っているわけではないからだろう。女将さんは二ヨ顔のまま俺にどうするか視線を移した。


 うーん、流石に一泊はないよなぁ。明日以降も泊る気がするし。


「ははは……まあ、とりあえず5泊でお願いします」

「はいよぅ」


「もう!」


 俺が言う事を聞かなかったからなのか、女将さんがそれでも笑って流したからか、ついにほっぺたを膨らませたままそっぽを向いた。

 なんて子供っぽい人なんだと思ったけれど、それを突っ込めば俺に火の粉が向かうと分かるので、苦笑いを浮かべるにとどめた。


 でも、こういうエミリアさんも可愛いと思う。

 思わず膨らんだほっぺたの空気を、指で押して抜きたくなる程に。


「宿代は前金でお願いするよ。一泊3000ゴルドの部屋と4000ゴルドの部屋があるけどどうする? あと家族用にツインや特別室なんてものもあるけど、それはまあいいね」


「えっと、3000ゴルドと4000ゴルドの違いって何ですか?」


「部屋にシャワーがついているかどうかだね。ああ、部屋とベッドも少しだけ大きい」


 お?シャワーもあるのか。

 何気に風呂は当然ながら、シャワーとかも無理だろうなと諦めていた部分もあったから、シャワーがあると聞いて思わず心が揺らぐ。


「シャワーですか……」


「ああ。魔道具の事は説明を受けたかい?」

「はい」


「じゃあ説明はいいね。うちは死んだ父ちゃんが生前に頑張ってくれて、トイレとシャワーには自信があるんだ」


「ここは照明関係や空調やトイレの魔道具もあるんですよ? そういうお宿はこの金額ではありえません」


 拗ねていても、ちゃんと伝える事は伝えるエミリアさんは最高です。

 女将さんも嬉しそうだ。


「なるほど」


 魔道具とは、魔道技師が作る魔法の便利道具だ。

 そしてそのおかげで、俺たち転移者が何不自由なく生活できるという。

 トイレにしろお風呂にしろ、冷蔵庫にしろコンロにしろ、おおよそ必要な物は魔道具として存在するらしい。


 使うには魔力を持って居ないと成らないらしく、それはこの世界の全員が持ち得るもの。そして自身の魔力を魔道具に封入すれば使用できる。


 だからこそ魔道具は有用であり、人々はその恩恵を甘受しているという。

 尤も、ちょっとした魔道具でも非常に高価なので、一般人が軽々しく購入できるようなものでは無いらしいけれど。


 勿論作成するには該当する魔法の素養が必要なのは言うまでもなく、更にはクラフト系魔法を習得する必要がある。ぶっちゃけ聞いててあまりよく分からなかった。


 でもシャワーか。風呂なら飛びついたけど、それでも魅力的だな……。

 そんな風に悩んでいると、エミリアさんが助け船を。


「最初の5泊はシャワー無しで様子を見た方が良いと思いますよ? まだ冒険者として何も成していないのですから」


 しごく真っ当で的確な提案だ。

 どれくらい稼げるのかもわからない訳だし、俺のステータスを考えれば恐らくは回復剤が大量に必要だろう。

 だから最初は極力出費を抑える方向でいった方が俺自身も良い気がする。


 ……シャワーに激しく気持ちがぐらついたけれど。


「そうですね、じゃあ最初はシャワーなしで良いです」


「はいよ。シャワー無しとはいえ、お湯1杯はサービスで付けるから、体はそれで洗うといいさね。転移者って事は生活魔法の【清浄クリーン】はあるんだろう?」


 清浄クリーンは体や衣服についた汚れをとる生活魔法だ。簡単な汚れはこれで十分なのだとか。INTがあまりにも低いとその効果も下がるらしいけど。


 ……くそう、やっぱりステータスか。ステータスなのか。

 そんな地団駄踏むような気持ちを押さえつつ、


「はい、それは大丈夫です」

「火魔法が使えりゃ、水を自分で汲んできて温める事も出来るだろうけど、どうだい?」

「一応、火魔法の素養はあるんですけど……」


 ぶっちゃけ使い方が分からない。

 先ほど受けた講習は単なる冒険者初心者用のものだ。ゆえに生活魔法の使い方は教えて貰ったけど、本来の魔法とも言えるべきものとは全く異なる。


 なので魔法の講習は別で存在し、1日5万ゴルドと結構なお金をとられる。

 しかも1日で覚えられるわけもなく、10日前後は必要となるとか。

 状況を見て受講するべきなら受講しなきゃならないかもなと思ったりもしたので、ひとまず保留にしている段階だった。


 とはいえ、聞くところによれば、魔法を扱う上で重要なステータスINT値が10程度では、仮に素養があって覚えても使用するに堪えられない。体内魔力――MP――が足らないから。そういう意味で、もう少しINT値が上がってから受けようと。


 そう思って居たら横やりが入る。


「魔法の使い方は私が指導します」


 見ればエミリアさんが未だに少し恥ずかしそうに頬を染めたまま、任せてくださいと。

 っていうかエミリアさんって魔法使えるんだな。

 こちらの世界では魔法を実用で使える人は少ないって言ってたのに。


「おやおや、本当に気に入ったんだねえ」


 だからそれ今言わないで下さい……。

 そう思いつつ女将さんに非難の目を向けたのだけれど、またまた横から思わぬ返事が。


「はい、気に入っています」


 真顔でエミリアさんはそう口にした。

 けれどその言葉で女将さんと俺は固まった。

 そしていち早く女将さんだけ復帰する。


「えっと……」

「ほうらやっぱり思った通りじゃない」 


 やたらと嬉しそうだ。女将さんが。近所のおばさん連中に早く伝えなきゃと言った具合で、腰が若干浮いている。

 そして俺は言葉の真意が分からず、唖然としつつ口を開いてエミリアさんを見やっていると、なんて事もないような表情で、


「いえ、これはシバさんにも言ってあるんですけど、親身になって動けば、私にとってもきっと良いことがあるって勘が働いたからです。といってもそこまで打算的ではないんですけどね。何となくそうした方がいいと。……それくらいです。他に意は有りません」


 ピシャリとエミリアさんはそう口にした。


「あ、ああ、そういえばさっき言ってましたね」

「ふむ……やっぱりお父さんの血だねえ」

「そうですか?……んー……そうかもですね」


 血ってなんだろ?


 困惑の表情を浮かべる俺を置いてけぼりで、二人は妙に納得をした表情を見せている。


「ふむふむ……エミリアちゃんがそう言うなら、あたしも協力するよ。幸か不幸かこの宿には今回の転移者は今のところあんたしか居ないしね。というか転移者は殆どこの宿には泊まらないしね」


「そうなんですか?」


 結構いい宿だと思うんだけど。

 ぐるりと見渡しつつそう思った。

 古臭くも無ければ、目に付くもの全ての造りはしっかりしている。


「ああ、来たばかりの転移者はどういう訳か、高めの宿に泊まりたがるんだよ」


「そうですね。私がこの町に来て3回目の召喚ですけど、1泊6000ゴルド以上の宿を利用される方が格段に多いですね」


 ああ、なるほど。


「それは分る気がします。元世界の1泊って、安いところでも5000くらいだと思いますし、少し良いところだと8000から10000くらいでしたから」


「やはりそうでしたか」


 エミリアさんは転移者の事情を、ある程度把握しているようだ。


「こうやってエミリアさんがわざわざ案内してくれたからですけど、それが無ければ僕も6000ゴルドから8000ゴルドくらいの宿を探したと思います。最初に説明をしてくれた冒険者の土方さんに、貨幣価値は同じくらいだって聞きましたから」


「ああ、青白銀ミスリルランクの方ですね、なるほど……」


「6000ゴルドの宿とウチのシャワー無しは、大した違いはないんだけどねぇ」


 若干溜息交じりのその言葉にエミリアさんも同意のようで。


「そうですね。といいますか、このお宿は魔道具の充実ぶりから考えても、もう少し金額を上げても良いくらいだと何時も思って居ます」


「ありがとうよ。でも死んだとーちゃんの言いつけだからね。出来る限りこのままでいくさ」


 褒められて嬉しそうにそう口にした女将さんに、じゃあ僕はこの宿が良いので5泊で1万5000ゴルドですねと銀貨を2枚渡した。渡した時に改めて思う。


 5日泊って1万5000とか安すぎだろ……。これ別に4000ゴルドのシャワー付きでも良かったんじゃ?


「ふふふ、ありがとうよ。ああ、別料金だけど夕飯はそこの食堂で食べられるよ。作るのはあたしだからあたしの口から言っちゃアレだけど、味と量は保証するよ。あと、魔獣の肉が手に入ったら売ってくれると助かるね。ギルドに卸す金額よりちょっとは高く買い取れるからさ」


 ギルド員がいる前で言っちゃって平気なのか?と少し驚いたけど、エミリアさんは何とも思っていないっぽい。俺を見て笑顔で頷いてくれたし。


 それならば、期待に沿えるかどうかは分からないけど。


「はい、でもあまり期待しないでくださいね」

「わかってるさね。いくら転移者だからって初心者には変わりないんだからさ」

「ハハハ……ハハ……」


 思わず乾いた笑いがこぼれた。

 初心者プラス最低ステータスプラス加護無しなんですけどね?


 その後、朝食の時間を聞き、部屋に一旦案内された。

 どうやらお風呂やシャワー無し部屋は二階だけらしい。

 理由は簡単で、お湯と桶を運ぶから三階四階だと無理があるのだとか。女の子の従業員が運ぶので無理はさせられないとの事。


 本来なら、貴族やお金持ちの商人を相手に考えた方が実入りは良いから、良い部屋程下の階になるらしいのだけれど、ここはそういった客は別にどうでも良いらしい。


 なかなかに良い女将さんだなと。

 単純だと思うけど、更にこの世界が好きになった気分だ。



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