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第105話 転移者が苦手なもの


 朝5時に全員が起床し、薄暗い中、まずは3組に分かれて行動することに。


「じゃあ、行って来るわね。全員戻して良いのよね?」


「良いですよ。気をつけて」


 まずは相馬さんとシルヴさんとレイニーさんの3人に、報告の為に鍾乳洞へと向って貰った。


 そして北口に設置した魔力が無くなったアースウォールの残骸を、魔法が使えるプリシラと絵梨奈さんとマルタさんが切り崩す役目と、俺と田所さんとオリヴァーさんの3人が残りを取り除く役目に。


 因みにターゲット魔法だとはいえ、ターゲットが無ければ魔法を撃てない訳ではない。

 慣れれば逆に簡単で、撃ち込みたい場所を曖昧に意識すれば発動は出来る。


 但し、その精度は練習次第。

 どれだけ試行回数を稼いだか。


「結構楽に削れるもんだな」


 見る見るうちに削れて行く土壁を見やりながら、感心したように田所さんが言った。


「そうですね」


「魔力が無くなった土だし、魔の森のかったい地面より全然柔らかいわ――ウィンドブレード!!あー楽しい」

「そうですね。面白いように削れるから結構楽しいです――ウィンドブレード!!」

「ーーーっ!――ホーリーバレット!!」


 次々と放たれるウィンドブレードとホーリーバレット。

 しかも何を思ったのか、途中から綺麗に切り裂く練習を始めたようで、絵梨奈さんとプリシラ二人で四角柱に切り刻み、その土の中心をマルタさんがホーリーバレットで撃ち抜く練習を始めた。


 慣れていないから、綺麗に刻み切れなかったりだとか、中心を撃ち抜けない事も多かったけれど、それでも切れて撃ち抜けた四角柱は綺麗にくり抜けて行き、村の外の堀へとスポンスポンと落ちていく。


「心太だな、まるで」

「ハハハ」

「マルタも楽しそうだ」


 出来の悪いスコップを杖にして、俺達男3人は眺める係。

 今の所全くやる事が無い。


「コレすっごく練習になるわ。ねえ一眞、今度練習用に土壁作ってよ」

「あえてターゲットを外す練習になりますし、魔法の精度上達にもなりますね」

「っ!っ!」


 思いもかけない要望が出て来た。

 いつもは大人しいマルタさんですらコクコクと頷くくらいだから、余程にお気に召したのだろうか。


 今は四角柱に切り刻まれてはいるけど、形は不揃いだし、間違っても正四角柱ではないし。

 そういう所を練習したい気持ちは分からなくもない。


 けどなあ、街中で作っていいなら作るけど……無理でしょ。絶対に怒られる。

 でも私有地なら?家の人が許可を出してくれれば良い?


 となると……。


「宿屋の裏手って結構広かったけど、いいのかな?……今度聞いてみます」

「お、やった。でも土魔法って便利ねー」


「便利ですけどね。こうやって処理しなきゃならない時とか、アースドライブでも尖った土が残りますからね、処理しなくて良いとは言われても、なんかそのままにしてて良いのかなって毎回思いますよ」


 魔の森を歩いて居れば、あちらこちらに土魔法を使った名残を見かける。

 アースドライブはその殆どが魔力で、そこまで周りの土を集めるわけではないので1日もすれば地面は平になるんだけど、アースウォールだけはそうはいかない。


 たまに邪魔で仕方がない場所に、アースウォールの残骸が残って居たりもする。

 まあそれでも、風魔法と水魔法が使えなければ仕方がない部分もあるんだけれど。


 なので俺は極力アースウォールは使わないようにしている。

 使う場面も少ないと言えば少ないのだけれど。



 その後も3人の魔法が炸裂し、厚さ1m、幅5m、高さ3mの土壁の残骸はあっという間に殆ど無くなった。


「いよっし、後の掃除は一眞達に任せるわ。あたし達は朝食の準備をしなきゃだし」


「はい、これだけ崩して貰えたら十分です」


「美味い飯を頼むぞー」


「まっかせなさい。あー楽しかった!」

「ではわたし達も行きますね!」

「っ!」


 そう言って絵梨奈さん達は借りた家に戻って行った。

 さて、あとは俺達の仕事だ。


 とはいっても殆ど残ってないけど。





「こりゃまた……」

「おいおい……一体どれだけ来たんだ……」


 戻って来た村長やディルクさん達村の人は、眼前に折り重なるおびただしい数のゴブリンの死骸を見やり、引くほど驚愕している。


 かく言う俺も明るくなってから見た時、我ながら酷いもんだなと思ったけれど。

 死臭が漂う地獄絵図。正しく餓鬼地獄。

 これが人だったら大変な事だっただろうと。


「650体弱ですね」


「これを9人でか……」


「はい。流石に数が多いんで、村の人で集めて下さい」


 くれますか?ではなく下さい。

 お願いにして変な条件を出されても困るので、ここは敢えてそう言った。


「そ、それは構わないですが……処理はしてくれるのですかな?」


「それはします。火魔法を使えるのが二人いるんで、何か所かに集めて貰えば」


「それは有難い、じゃあさっそく始めるとしますかな」


 そう言いつつ村長は妙に機嫌が良さそうに、一緒になってゴブリンの死骸を眺めていた村の男達に指示をだしていた。

 村人も文句を口にする事なく、「じゃあ何班かに分かれて作業をするか」と直ぐに行動を開始した。


 余計な心配だったか。


 何気にまだゴブリンが森の中に残って居る事は告げていない。

 どのみち今日は朝食を食べたら直ぐに森へと探索しにいく予定だから、その前にでも伝えようかと。


 そして今後の方針というか、今回の騒動をどう処理するかを話し合う為、少し頭の中を整理する事にした。


 整理と言っても、もう殆ど纏っているのだけれど。

 その為にも、ちょっと村長に協力してもらおう。


 そう思いつつ、村人に指示を出している村長の所へ向かった。



「まず、大前提として今回の問題は、俺達だけでは荷が勝ちすぎてしまうと思うんですよね」


 ゴブリンを集めて貰う間、俺達は借りた家に戻って今後の動きを話し合う事にした。

 絵梨奈さん達はまだ料理を仕込んでいる最中なので、少し離れた台所から話に参加するようだけれど。


「確かにねー。貴族が出て来るかもしれないしね」


 お玉を片手に絵梨奈さんがそう言うと、相馬さんもそれに続く。


「シュミット男爵領内の様子が変だって話も聞いたから、まず間違いないだろうね」


 皆を見渡してみても、誰も否定の言葉は出てこない。

 皆が皆、今回の出来事は手に余ると思っているようだ。


 なら話は早いな。


「と、いう事で、ここはさっさと偉い人に任せます」


 力も無いのにでしゃばって解決しようとするなんて、愚の骨頂だ。俺達にそんな力なんて無い。

 だから、偉い人の相手は偉い人に頑張って貰おう。


「じゃあどうするんだ?当てはあるのか?」


 田所さんが当然の疑問を口にした。


「あります。プリシラが言っていたけど、今日これからシュテットの町に行って、飛竜便を使ってトレゼアのエミリアさん宛に報告をしてもらいます」


「え?エミリアさん?」


「はい」


「偉い人、よね?」


 絵梨奈さんがきょとんとしつつ聞いて来た。


「そうです。今まで何も言ってませんでしたけど、エミリアさんってかなり偉い人と太い繋がりがあるんです」


「そうなの?」


「何かあったら言っても良いですよって言われているんで言っちゃいますけど、あの人って冒険者ギルドのグランドマスターのお孫さんなんですよ」


「は?」


 俺は依頼を受けた時に、エミリアさんに耳打ちされた事を皆に言った。

 レイニーさんやオリヴァーさん達も、エミリアさんの事は知っているらしく、俺の言葉に耳を疑うかのような驚愕の表情を浮かべる。


 とりわけ、毎日のように一緒に夕食を食べている相馬さんや田所さんと絵梨奈さんの驚きようは半端無い。


「うっそ……」

「いやいや、え?エミリアさんだよね?」


「そうですよ」


「うえええ……」


 普段は決して聞くことが出来ないだろう相馬さんの呻き声。

 田所さんは未だに処理出来ないようで固まっている。


「プ、プリシラちゃんは知ってた?」


 その中でもやはり絵梨奈さんは、普段から日付が変わるまで女子会を開いているからか、最初は驚いていたけど、直ぐに妙に納得をした表情を見せた。


 ……様に見えて、やっぱり焦っているようにも見える。


「はい、指導を受けた時に話の流れで教えて貰いました」


「ついでに言うと、トレゼアのギルドマスターの娘さんです」


「まじか……」

「うわぁ……」

「っ!」

「トレゼアのギルドマスターって……元七英雄じゃないか……」

「うええええ!」


 皆が皆驚きの表情を見せている。

 きっと相馬さん達は、そんな人と何時も夕飯を一緒に食べていたのかといった類のものだろう。

 もしくは、そんな人と気軽に話をしたり遊びに行ったりしたよ、とか。


 ただ、その中でもシルヴさんだけは、さして驚いてもいないようだったけど。


 若干その事が気になりつつも話を続ける。


「とは言ってもギルドマスターは他のギルドに介入できないらしいんで、多分ギルドマスター自体は動かないと思いますけど」


「それで動くのがグランドマスターって……ほんと?」


「多分。……ハハ」


 俺もぶっちゃけ自信は無い。

 でもエミリアさんなら何とかしてくれるだろう。


「多分って、まあ、エミリアさんに伝えれば動いてはくれるんだよね?」


「そうです。だから、シュテットの町に行く役目を誰かにお願いしたいんですけど。あ、出来れば馬に乗れる人がいいです。村長にはもうお願いして馬を貸してくれる了承を得ています」


 途端に半数の表情が曇る。

 分かりやす過ぎる程に。

 そうだろうなとは思ったけど。


「えっと、あたし乗れないわ」

「俺もだ」

「僕も乗れない。というか今年転移して来た人で乗れる人って、そうそう居ないんじゃないかな? 乗れたとしても馬に乗って走らせるとなったら相当練習しなきゃだろうしね」


「そうですよね。勿論俺も乗れません」


 乗れるわけがない。

 ここで乗れたりしたら、それこそご都合過ぎだろと何処かからか苦情が殺到しそうだ。


「俺は乗れるぞ」

「わたしも乗れるわ」

「私も乗れるぞ」

「わたしは乗れません……」

「……っ」


 そんなメタ的な事を考えていたら、やはりというかこちらの人はそうでは無いようで。

 オリヴァーさんとシルヴさんとレイニーさんは何でもない事のように手を挙げた。


 そしてプリシラとマルタさんはどうやら乗れないらしい。


 まあ、二人ともローブを着てるしなあ。

 大股を広げて乗るのはそもそも間違っている。


「じゃあ3人にお願いします。内容は、『貴族が絡む複雑な案件なので力を貸してください。因みにゴブリンを700匹倒しましたけどまだ巣穴があります。一眞』でいいかな」


「分かった。じゃあ朝食を摂ったら直ぐに出発する。あと、マルタの事を頼む」


 頼むと言ったのは、森に入る時、マルタさんを守ってくれという事だろう。


「はい、勿論」


 郵便関係はその土地の領主が運営している訳ではなく、国が運営しているらしいから、配達途中で奪われない限りちゃんと届く。

 ましてや飛竜便ならものの1時間程度だし、空を飛ぶしで確実に届くと思って良いだろう。


 もしもこれで届かなければ、いよいよ不味い事態だってことになるし。


 そう思いながら、オリヴァーさんに金貨を2枚渡した。

 距離的に金貨1枚も要らないだろうとプリシラは言ったけれど、余裕をもって。


「次にですけど、森の探索ですが、2チームに分かれようと思ったんですけど、ホブゴブリンが2体は確実にいるんで、1チームにしようかなと」


「それならディルクを連れて行けば? それだと2チームで行けるでしょ」


 そう言ったのはレイニーさん。

 確かに彼が一緒なら土地勘もあるしレベルも高そうだしで良いんだけど。


「行ってくれますかね?」


「大丈夫、話はわたしがつけるわ」


「じゃあ、ディルクさんが行くなら2パーティーで、行かなければ1パーティー」


「振り分けは?」


 そこが問題だ。

 戦力のバランスを考えれば……。


「相馬さんと田所さんと絵梨奈さんにディルクさんで1パーティーになって貰って、俺とプリシラとマルタさんで1パーティー。マルタさんはゴブリン討伐の報酬が出ない可能性があるので気が引けるんですけど……」


「だい……じょぅぶ」


 声を振り絞って真っ赤な顔でそう言った。

 ついでに小さな拳も握りしめて。


「ではお願いしますね」


 そうお願いすると、マルタさんはコクコクと頷いた。

 思えば随分と気安くなったような気がしなくも。


 そうだと嬉しいんだけれどと思いつつ、出来上がった朝食を皆で食した。



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