第104話 小さな懸念
「ところでシバ殿の剣だが……」
貴重な話をありがとうと俺にお礼を言ったシルヴさんだが、もう一つ気になる事があると口にした言葉がそれだった。
まあそうだよね。
誰かが聞いてくるとは思った。
なにせ夜だから、これでもかってくらい光っていたし。
昼間は誤魔化そうとして、実際に誤魔化したけれど、よくよく考えたら一緒に戦うなら必ず見られてしまうものだと、ゴブリンと戦い始める直前に気付いた。
なんとも間抜けな話だけど、昼間以降田所さんは聞いてこないし、オリヴァーさん達も気になるだろうに、それでも聞かないでいてくれた。
けど、流石に聞ける状況に成ったら聞いちゃうよね。
そう思いつつ、何を聞いてくるのか予想が付き過ぎるくらい付いた状態で、シルヴさんの言葉を待った。
「以前それと同じ現象を私は見た事があるのだが、それは魔法剣士のソレではないか?」
見た事があるなら当然知ってるか。
ここで違いますよなんて言ったところで何の意味もない。
それに、今日一緒に戦いを経験したからか、この人たちは大丈夫だと。
そう本能で思えたという事もあり、正直に話す事にした。
俺がどう言うのか気になるプリシラは、若干緊張しているように見えるけれど。
「そうですよ。といっても成り立てホヤホヤですけどね」
「やはりそうだったのだな。道理であの瞬滅速度だったわけだ」
個々のキル数が正確には分からないから確実ではないけれど、俺と他の人とではキル数に相当な差があった。
それを裏付けるかのように、
「少し後ろで見ていたオリヴァーが言っていたのだが、シバ殿一人で、他の前衛全員が屠った数と同数くらいに感じたらしい」
そこまでは流石にないだろうけれど、俺一人で200体くらいは屠ったとは思っている。
とはいえソレが全て俺一人の手柄だなんて思いあがってはいないけど。
油断をしていたつもりは無いけど、障壁を突破されて毒を腕に食らってしまったし、傷を負ってマルタさんにヒールを飛ばしてもらったりもした。
魔法と弓の援護があり、田所さんとシルヴさんが両隣で戦ってくれたおかげで、死角が減って戦いやすかった部分は確実にあったし。
だから、俺のキル数は全てパーティーで成しえた成果だと思う。
思った事をそう口にすれば、シルヴさんは初めてとも言える程に優しい表情を見せた。
そして、
「シバ殿は謙虚だな」
謙虚かな?違うんじゃないかな。
「……いえ、自分を過大評価しないようにしているだけです」
「そうか?」
「はい。過小評価もしたくはないんですけど、それよりも客観的に自分を見られるようになりたい、かなと」
「……ふむ」
全然出来ていないんですけどねと付け加えた後、彼は不意に顎に手を当てて何かを考えだした。
そして一応の考えが纏ったのか、
「なるほど、そういう所か」
勝手に自分で納得したらしい。
すっげー気になる。
「な、なんです?」
「いやね、私は転移者に興味があると言ったが、どうやらそれは間違いで、君自身に興味があるようだと、つい今しがた気付いた」
そう口にしたシルヴさんは俺をジッと見つめた。
そして俺のお尻はキュッと窄まった。
ちょっと!その視線はヤバいんですけど!
だから俺はノーマルだ!
「いやあ、ハハハ……」
この空気をどうすればいいのだろうか?
助けてほしくてプリシラを見やるのだけれど――
「くぅー……」
寝てるし! 船漕いでるし!
今日の戦闘がかなり堪えたのか、プリシラは椅子に座ってワンドを突き立てたまま、ゆらゆらと揺れていた。
涎、垂れてますよー。
俺がプリシラを見やって少し笑ってしまったからか、シルヴさんもプリシラを見やって、少しだけ笑いつつ。
「おやおや、お疲れだな」
今日1日でプリシラの評価は爆上がりだった。
元々俺は彼女が出来る娘だと知っていたけれど、相馬さん達やオリヴァーさん達からの評価はうなぎ登りだったそうだ。
「今日は大活躍でしたからね」
「そうだな。この小さな魔法使い殿が居なければ、レイニー殿の笑顔は今も見る事が叶わなかっただろう」
彼女が居なければ鍾乳洞を見つける事も出来なかったのだから、当然だろうと思うし、彼女が冷静に分析してくれたから、俺達は落ち着いて考えられた。
「にゃむにゃむ……もう食べられませんよぉ……」
どんな夢を見ているのか。
プリシラが食べられない量を知りたいくらいだ。
「いい相方だな」
「はい。凄くいい相方です」
「羨ましい限りだよ」
そう口にしたシルヴさんは、どこか寂しそうだった。
なんていうか、ソロ冒険者だからという理由とは違った何かがあるような。
俺が抱えていた寂しさとは根本的に違うような。
シルヴさんの表情を見て、漠然とそう思ってしまった。
◇
「ふぇえええ! 寝てしまいました!!ごめんなさいいいい!」
俺達の夜番があと少しで終わる頃、ガクンと盛大にバランスを崩してお目覚めになられたプリシラたんは、最初何がどうなったんだといった呆けた表情を見せていたけれど、俺とシルヴさんが笑って見ている事に気付くや、これでもかと焦った表情で謝った。
「あはは、いいよいいよ。起こさなかったのは俺達だし」
「その通りだ。疲れている時は周りに頼る事も大事だぞ。ふふふ」
「あうぅぅぅ……ごめんなさい……」
「いいっていいって。可愛い寝顔も見られたし」
「ふぇっ!」
俺の言葉がクリティカルだったのか、椅子に座ったまま器用に飛び跳ねた。
そして俺を恨めしそうに上目で見やって来る。
「うぅぅぅ……意地悪ですよぉ……」
「あはは、可愛かったのは確かだ。ねえシルヴさん」
「そうだな。飾って置きたいくらいだった」
「あうぅぅ……」
きっと穴があったら入りたい心境だろう。
耳まで真っ赤なプリシラを見ていると更に弄ってしまいたくなる。
けど、この辺でおしまい。
「んまあ、今日は大活躍だったし、疲れているだろうからって二人でそっとして置こうってなったのは本当」
「その通りだぞ。プリシラ殿は何も気にする必要はない」
「寝起きに果物なんてどうですかね?プリシラさん」
そう言いつつペペアを渡す。
すると遠慮がちではあるが、しっかりと受け取った。
「すみませんでした……あぅぅ、おいしぃ……」
申し訳ない気持ちと美味しい気持ちがごっちゃになって、途端に複雑な表情をみせた彼女だけれど、生憎ともう交代の時間だ。
時刻はあともう少しで1時。
「さてっと、交代時間も近いんで、ちょっと村を見回りついでに香炉に魔力を補充して来ます」
「あ、わたしも行きます!」
「では私はここで待って居るとする。何かあったら直ぐに知らせてくれ」
「はい、それでお願いします。じゃあプリシラ行こうか」
「はい!」
そう言って俺とプリシラは村長から借りた家から出た。
村の民家を一周している柵は大体1000m程度。
この中に60軒程度の民家とそれぞれの家が持つ小さな畑がある。
そして柵の外側に、村全体で管理をしている麦畑があるが、幸いというか今回のゴブリン騒動は、既に麦の収穫を終えていたが為に、被害は全くなかった。
だからこそ俺達も気兼ねなく討伐が出来たとも言えるけれど。
「静かですねー」
「そうだなー」
生活魔法の”ライト”を灯して二人で見回りを行っているが、音という音が殆ど耳に入って来ない。
村民は居ないし家畜もいない。
だから生活音など一切しないのは分かるんだけど。
もしかして虫も寝たりするんだろうか?
「シルヴさんはどう思われますか?」
そんな他愛もない事を思いつつ柵の内側に沿って歩いていると、プリシラが話しかけて来た。
「どう思うってのは……人物として?」
「はい。あまり人の事を言うのは良くないと思うんですけど、シルヴさんは何かを抱えているように思えます」
それは俺も思った。
深入りしすぎて良いとは思わなかったから聞かなかったけれど。
「宗教観の話が一番気になったかな」
「やはりそうですか……」
とはいえ俺達を探っているような感じではなかった。
「シルヴさんは、もしかしたらですけど、フライヤ教に関係が有る方かもしれません」
「そういうのって分かる?」
「はい。わたしの記憶違いかもしれないんですけど、シルヴさんが使われている武器の刻印に見覚えがあるんです」
「へ?」
それで何が分かるのだろうか?
「わたしが生まれ育った村は、ご領主様がとてもお優しくて、税の取り立てもそこまで厳しくなく、何か新しい事をしたいと思っても、報告さえしておけば好きにしなさいって言っていただけるような人でした」
「この村とは真逆って事か……」
「そうですね。それで、信教も当面の間は自由だったんです」
「フライヤ教?」
「はい。国教がカーリア教に変更になった時も、国の都合で急に変える必要はないとご領主様はおっしゃったそうです」
「じゃあ今もフライヤ教を信仰している人も多い?」
「いえ、うーん、どうでしょうか。宗教自体を信仰していない人の方が多いかもしれません。祭事とかは普通に行われていますけど」
「あー、なるほどね」
自分達が信じて来たものを国の都合で勝手に変えられたんだから、信じるのも自由にしたいって感じだろうか。
「それで、今はもう表向きはカーリア教に代わってしまいましたけど、わたしが小さなころはフライヤ教の教会も普通にありましたし、神父様もいました。カズマさんはフライヤ教のシンボルを見た事はありますか?」
「いや、ない?……あ、そう言えばスラムの教会にもシンボルってあったな」
どんな形だったっけな?
確か、何かの果物みたいな?
「はい、それと昔の記憶で何となく覚えていたんですけど、シルヴさんが使っている剣の柄に、それと同じものがあったんですよね」
「あー……なるほどね」
「だから、少なくともフライヤ教の関係者か、それに近い人なのではないかなって」
「そういう事か。それで、プリシラは少し心配ごとがある?」
「そこまででは無いんですけど……」
という事は少しはあるって事か。
そうだろうな。
お互いが勢力を争った結果、フライヤ教をカーリア教が潰したというのだから、少なくともこの国ではフライヤ教徒は肩身が狭いのは間違いないだろう。
そういう人達に肩入れしていい事は無いんじゃないか? と思ったとしても不思議でも何でもない。
でもなあ。
「もうスラムで散々支援してるから今更だと思うよ?……あら」
「わたし達もスラムを支援しているから今更ですよね?……あ」
思いっきり言葉が被った。
「かぶっちゃいましたね」
「あはははは」
「わたし達がフライヤ教とは関係が無いって言っても、カーリヤ教の信徒から見ればフライヤ教の教会に赴いているのですから、同じです」
「そういう事だね。まあそれに、シルヴさんとそこまで仲がいいとかではないから、どのみち気にする事はないかな」
仲良くなったとしても、別に気にする事なんて無いし。
まさか疑わしいというだけで弾圧とかしてくる事もないと思うし。
それに、エミリアさんヘルミーナさん達も支援をしているという事は、そこまで考える必要すらないのかもしれないし。
そんな風に思いながら、俺達は深夜の警戒を終えた。
この時話をした懸念が、やがて現実なものになるだなんて思いもせず。