第102話 見せ場は……
急いで戻って見ると、既にレイニーさんと絵梨奈さんは土台の上に居た。
「どうです!?」
「来てる!遠くの方までは見えないけど、凄い数よ!」
そう言われて柵の隙間から覗いてみたのだが――
「くっそ多いですね!」
俺らが村を訪れた時に入った南側からゴブリンが来ることは予想できたけれど、その数は尋常では無かった。
月夜に照らされた小さな蠢く物体は、優に300は居る。
100程度なら突っ込んでも何とかなるだろうと思っていた俺の目論見は、あっさりと破綻したけれど、それでもこちらにはマルタさんが居る。
これはなるべく引き付けて、キュアやヒールが届く範囲からは出られないな。
でも、それさえ守れば、こちらには聖職者がいるからきっと大丈夫だ。
そう思った時、レイニーさんがマルタさんに指示を飛ばす。
「マルタ!全員にブレスを!」
「うん!わかった!」
マルタさんの声は普段の声とは明らかに違う。
おどおどとした雰囲気は微塵もない。
なるほどレイニーさんが言っていた通りだ。
マルタさんはパーティーメンバーが全員近くにいる事を目で確認し、そして杖を掲げた。
「―――聖なる加護と祝福を――ブレッシング!!」
途端に俺らの躰を淡い光が一瞬だけ包み込む。
そしてその瞬間から、意識しなくても分かる程にステータスの上昇がなされた。
「すっご……何だこれ」
「これがブレッシングか……」
「これは凄いね」
「はい、凄いです!」
初めてブレッシングを貰った俺らは驚きを隠せない。
なにせ全てのステータスが20%もアップするとなれば、驚いてしまうのも仕方がない。
こりゃあ相馬さん達が支援職を欲しがる訳だ。
いや、世の中の全てのパーティーが欲する訳だ。
凄い効果だもんな。
「持続時間は60分です! 効果が切れそうになったら戻って来てください! ヒールよりも届く範囲がせまいので!」
「分かった。よし、司馬君、いくぞ!」
「蓮司、落ち着こう。まだ早いよ!」
「ぅぐわっ!」
全身に漲る力を感じつつ両手を握りしめた田所さんは、気合の入った表情で今にも飛び出さんばかりだったけれど、相馬さんに首根っこを掴まれて足だけが前に進んだ格好になった。
もう俺の指示なんて待ちきれないんだろうなと思うと一抹の不安を覚えるけど、上手くフォローをすればなんとかなるだろう。
「とりあえず作戦通り、あまり前に出過ぎないように!」
「お、おう!」
「わかった!」
「フォローは任せてくれたまえ!」
よし、俺も初っ端から全開だ!
魔法剣を発動させる為に、体内の魔力を右手に集める。
そして、愛刀二号チタニウムブレイドに魔力を籠めれば、白い輝きを放ち始めた。
これは敵も味方もやたらと俺を見つけやすいだろうな。
そんな事を一瞬考えつつ、
「では、出ます!」
「よっしゃー!!」
「応っ!」
皆の掛け声と共に、南の門を駆け出した!
「グゴオオオオオアアアアアアアア!!」
それと同時に敵の後方から、地響きのような咆哮が鳴り響く。
即ちそれは、ホブゴブリンの存在を決定づけた事に他ならない。
やっぱいたか。
当然だよな。
これだけの数のゴブリンが居るのだから、ある意味居て当然とも思えた。
「やはりホブがいましたね!見えないけど!」
「居たな!見えんが!」
だがまだ後ろ過ぎて、正確な位置すら分からないならどうしようもない。
まずは数を減らす事が先決だろう。
「一先ずホブは放置でゴブリンを減らしましょう!」
「了解!」
「分かった!」
即座にそう作戦を切り替え、俺達は目の前で犇めき合うように迫って来る、ゴブリンとの戦闘を開始した。
◇
「っていうか、ゴブ多すぎ!!」
「本当にね!」
突っ込み過ぎないように注意をしつつ、目の前のゴブリンをひたすら切り伏せる。
一度に2体3体は当たり前の様相で。
それを既に30分は続けただろうか。
既に青ポーションを2本飲んで居る。
魔法剣の弊害である、魔力の枯渇を体に感じ取り、その都度飲んで居るのだけれど、目の前にはまだ無数のゴブリンが存在する。
「あああああ!埒が明かないってのはこういう事だな!ったく!」
俺よりかは切り伏せる数が少ないとはいえ、俺の左側に居る田所さんもいい加減50匹程度は倒したんじゃないだろうか。
汗が滲み、若干肩で息をしているようにも見えるけど、まだまだ大丈夫だろう。
そして右手を見ればシルヴさんが華麗な剣捌きでロングソードを使い、同じように次々とゴブリンを屠っている。
シ、シルヴさんって……。
盾を使わず綺麗な金髪を振り乱し、汗を飛び散らせながらくるくると駒のように回る姿は、見ててちょっとやばい。何がやばいかって、ちょっとヤバい。それだけ。
更に後方をチラリと見やれば、オリヴァーさんと相馬さんは俺らが打ち漏らして、後衛の方角へとひた走るゴブリンを確実に仕留めていた。
……少し前に出過ぎだろうか?
戦いながらも、自分達の位置とマルタさんの位置を目算で測る。
ヒールやキュアなら30mくらいは100%届くとマルタさんは言っていた。
今の俺達とマルタさんとの距離はその30mくらい。
これ以上は危険か。
「一旦門の前まで引きましょう! ヒールが届かないかも!」
「わかった!」
返事と共に全員で下がっていく。
即席にしては上手く連携がとれている。
「あそこに居るわ! ホブゴブリンよ! ゆっくり近づいてる!」
土台の上から魔法を連発していた絵梨奈さんがそう口にすれば、今度はレイニーさんが、
「3体見つけた! でもまだ矢が届かないわ!」
ゴブリンを切り伏せながら下がりつつ遠くを見れば、確かにそこには明らかに大きさの違う何かがいた。
近づいて来たと言えど、未だ遥か100m以上は後方に居るにも拘らず、その存在感たるや……。
「でかいですね……」
「ああ、でかい……」
ゴブリンの身長なんて1mちょっとでしかない。
だが、そこに照らされたモノはその3倍以上はあろうかと言う程に大きかった。
しかもレイニーさんが言う通り、3体そこに。
「まだ突っ込む状況じゃないから、もう少しゴブリンの数を減らしましょう!」
「だな!」
「分かりました!―――ウィンドブレード!!」
土台の上からプリシラが元気よく魔法を唱え続ける。
指示通り弓ゴブリンとメイジゴブリンを、メインで狩ってくれている。
疲れは見て取れないけれど、それでも既に何本かの青ポーションは飲んだだろう。
そしてそれは絵梨奈さんやマルタさんも同じ。
後衛の中で唯一、魔力を消費しないレイニーさんだけは青ポーションを飲む必要がないけど、それでも必死の形相で矢を射っている。
かなりの本数の矢を既に撃ち放っているからか、4人の中では一番苦しそうだ。
歯を食いしばって射る姿は、鬼気迫るものを感じた。
「レイニーさん大丈夫ですか!?」
「大丈夫! 万能薬を少しずつ飲んでる!」
それなら大丈夫か。
何気に先ほど聞いたんだけど、ポーションは製作者によって効果が違うらしい。
当然粗悪品もあるし、中には殆ど効果を見込めないものを売りつける錬金術師もいる。
その中で、リュミさんが作るポーションは極上とも言える程に効果が高いんだと。
帝国全土でもかなり有名な錬金術師。
それがリュミール=アルレ=オーフィアスというエルフの錬金術師。
そうレイニーさん達が言っていた。
この万能薬を作ったのは誰?と聞かれて、ついついポロっとリュミさんの名前を俺が出したから知られたのだけれど。
「無理をしないで下さい!」
「無理をしなきゃこの数は倒せないわ!」
気を遣って言ってみたけど、間髪入れずにそう言い返された。
確かにごもっとも。
それくらいにはまだゴブリンが残って居る。
しかもホブゴブリンは全くの無傷で後ろの方にいるし。
「門近くまで戻って来たら、ブレッシングを掛けなおします!」
マルタさんの指示で、前衛全員が土台から10mそこそこまで近寄る。
すると直ぐに追加のブレッシングが飛んできた。
「マルタさんありがとう!」
「うん!頑張って!」
返事をちゃんと返して貰えた嬉しさから、一瞬頬がにやけてしまうが、そんなものなどお構いなしで次々とゴブリンが走って突っ込んでくる。
「あーくそ、ほんと多いな!」
「だが、注意をしていればこの人数なら大丈夫だ!」
シルヴさんも2度目のゴブリンだからか全く臆していない。
そればかりか先ほどの演武のような剣捌きが俺の脳裏から離れてくれないから、本当に困ったもんだ。
いや!おれはノーマル!ノーマルだ!!
俺は!おっぱいが大好きなんだからああああ!
首を左右に何度か振り、雑念を払って剣を振るう。
余計に雑念が入り込んでしまったけど気にしない!
そしてそのままゴブリンを屠り続け、雑念とも戦い続け、ゴブリンの数も漸く少なくなって来たなと感じた頃。
「グギギ……キ゛サ゛マ゛ラ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!ユルザンンンンン!!ユルザンゾオオオオオ!!ウガアアアアアアアアア!」
とうとう痺れを切らしたのか、3体いるホブゴブリンの1体が、まるでオリヴァーさんの大拡声かと思える程の大声で咆哮し、突進して来た。
「で、でかい声だな……」
唖然としつつオリヴァーさんがそう言った。
いや、あんたがそれを言うのかと。
とはいえ今は戦いの最中。
突っ込みたい気持ちを抑える。
「ホブは俺に任せて、ゴブリンに集中してください!」
とはいえ今の咆哮によって、ゴブリンはすっかり委縮して動きが鈍くなった。
ただでさえ遅い剣速は、まるで村長のヘロヘロパンチ並に遅い。
「お、おう!」
地響きのような揺れと共に、大股で走って来るホブゴブリン。
一直線に俺達の方へと進んでくるが、その線上にいるゴブリンなど全くお構いなし。
蹴散らかされ、踏みつぶされ、ホブゴブリンから逃げ惑うゴブリン達。
……俺らの手助けしてどうすんだ?
そう思いつつ、俺はゆっくりと前に出る。
近くにいたゴブリンは既に逃げの態勢だから、俺に切りつけてくるものは居ない。
何度目か既に数えるのも億劫になった程の清浄を掛け、月の光と魔力の光で綺麗に輝く刀身に目をやり、迫りくる巨体を待ち構える。
コレ、見せ場だよな。
そう思いつつ口角を上げて、走り出そうとしたその瞬間――
「――ファイアーボルト!!」
「――ホーリーバレット!!」
「――ウィンドブレード!!」
「死んねええええええ!!!」
「……あえ?」
「グギャアアアアアアア!!」
次々とホブゴブリンに突き刺さる魔法と矢。
高いINTによって頭上から突き刺さるファイアーボルト。
まるで白い弾丸のように飛んで行き、粗末な装甲を粉砕しつつ肉に風穴を開けるホーリーバレット。
俺の頭上を風切り音と共に通り過ぎ、鋭利な刃で肉を切り裂くウィンドブレード。
そして出番が失われた俺の右足は、思わずたたらを踏んだ。
唖然として振り返ってみると、お三方は二度目の魔法を既に詠唱していた。
そしてレイニーさんは、その間も物凄い速射で次々と矢を射っている。
「――ファイアーボルト!!」
「――ホーリーバレット!!」
「――ウィンドブレード!!」
「死んねええええええ!!!」
「ギ、ギ、グギ……グ……グボッ……」
断末魔も発することすら出来ず、何本もの矢が突き刺さり、火魔法に焼かれ、聖魔法で穿たれ、風魔法で切り刻まれたホブゴブリンはその場に崩れ落ちた。
あの……俺の見せ場は?
いや!まだ2体居る!
そう気を取り直して遠方を見やると、既にそこにはホブゴブリンは居なかった。
「おい、うっそだろ……」
知能があるのだから、敵わないと思えば逃げるのは当然なんだろうけど、それでも逃げてしまったホブゴブリンに思わず唖然とした。
「ゴブリンも逃げていくぞ!」
「深追いしすぎない程度に屠れ!」
既に指揮官を失ったゴブリン達は、我先にと逃げまどっている。
森の中に入り込まれたら、いくら明るいとはいえ夜には変わりないのだから、危険極まりないだろう。
「お、追うのは森の手前までにしてください!」
唖然としつつもそう指示を出すので精一杯だった。