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第10話 初心者講習会

本日4話目です。

 講習会は受付を済ませてから約1時間後に開始された。


 元々この時間に予定をされていたらしく、場所は同じ冒険者ギルド内の2階にある特別室にて。


 参加者は転移者だけではなく、冒険を始めたばかりのこちらの人達も含めて行うらしい。

 因みに転移者の半数以上は不参加だった。それは即ち大手のレギオンに勧誘され、そのレギオン内にて懇切丁寧に指導をしてもらえるという理由から。


 隅っこの席に目立たないように座り、少し周りを見渡してみれば、同時に転移されて来た人達もちらほら。

 レギオンに誘われて所属しても、中には講習を受けるようにと言われる場合も多いらしいので、その人達なのだろう。


 俺と一緒に最後に転送門ゲートを潜った3人も居た。

 皆、俺とは違って目が輝いている。


 だめだな……卑屈になるのもいい加減にしないと。

 羨ましい気持ちを押し込んで、人は人自分は自分と目を閉じて再度念じる。



 程なくして扉が無造作に開けられる音が聞こえたので、目を開けてみると大柄の男が室内に入って来た。 

 頬に大きな傷跡があるその男性は、壇上に上がると周囲を一度ゆっくりと見渡し、


「よし、これから冒険者として活動をする上での心得などを説明する。私は冒険者ギルド、トレゼア支部のサブギルドマスター、エレメス=ガイエルだ。よろしく、新米冒険者諸君」


 教室程の広さの部屋全体に響く、野太い声でそう自己紹介をした。

 見た目間違いなく冒険者風のエレメスさんは、鎧こそ纏っていないけれど、体全体から発する強者のオーラをふんだんに放出している。……オーラなんて実際は見えないけれど、そこは、何となく。


「さて、この講習会を受けて貰うにあたって、君らには伝えたい事が二点程ある。一つは、自分の命を粗末にするな。常に慎重に行動し、引く時は迷わず引け。それからもう一つは、この世界で生きる覚悟と、冒険者として生きる覚悟を持つ事だ」


 ああ、エミリアさんが言った言葉と殆ど同じだ。

 それだけ大切な言葉なのだろう。


「どんな理由で冒険者になったかは関係ない。まあ、今回は転移者の諸君も居る事だし、半ば無理やりそうせざるを得ない状況に陥ったともいえるが、それでも、覚悟だけは常に持っておいて欲しい」


 そう言葉を綴った教官は、その後に初心者冒険者が知っておかなければ成らない事を事細かに教えてくれた。


 まずは町の成り立ちと大まかな魔物の分布。


「迷宮都市トレゼアは、数万年前に大噴火を起こした火山の広大なカルデラの中にあり、直径100km程の外輪山がこの町と森を覆っている。約300年程前までは町の東側にある大きな湖の中心辺りに火山の名残があったらしいが、それも今は全部水の底だ」


 へー……温泉とか湧かないんだろうか?死火山っぽいからないのかな。いや、ほんとに死火山なのか?

 っていうか、迷宮都市?ダンジョンがあるのか?どこに?町に?


 非常に気になるワードだけれど、恐らくはその辺りの説明もあるのだろうと。


「因みにだが、外輪山の内側には迷宮都市トレゼア以外の町や村は無い。あるのは魔の森と呼ばれる深い森だけだ」


 魔の森!おそろしい名だ。


「そんな外界とはある種隔絶されたこの地は、魔物の分布や種類も特殊でな、一たび森へと入れば魔物が出現する確率は他の土地よりもぐっとあがる。ただ、都合が良い事に、町を中心にして東と南西と北西で出現する魔物の強度に明らかな差があるのだ」


 カルデラ内の大森林に囲まれたトレゼアから他方に行ける街道は、西南北に向けて3本あるらしい。その街道を境にして、魔物の分布が綺麗に別れているのだと言う。


「強度順に言うと、南西が一番弱く、北西、東という順で強くなる。どこの森も奥に入る程、外輪山の麓へ行くほど強い魔物が出没するのは変わらない」


 ほうほう……じゃあ俺は当然南西の森からだな。


 更に聞くと、それぞれの森は街の外壁から徒歩で1時間から2時間程度で到着するそうで、冒険者は自身の実力にあった狩場にて経験値を稼ぐ。

 非常にレベルを上げやすい環境が整っているという事。


 そしてこういった特殊な魔物の分布状況ゆえに、この町に転移者をゲートで転送させているとも教えて貰った。徒歩で数週間かかる場所にわざわざ転送させた理由がわかった。


「更に、それぞれの森には1箇所ずつ迷宮が存在する。これが迷宮都市トレゼアと言われている所以だ。但し、迷宮は例え南西のものであろうとも外よりも格段に強いから、駆け出しのお前たちは頭の隅に置いておく程度にしろ。どのみちスチールランクにならなきゃ入場許可も出ないしな」


 スチールって事は二つ上がらなきゃか。……確かに当分関係ないな。

 とはいえこれが美香さんが教えてくれた、トレゼアの特徴なんだろう。

 そう思いながら話を聞く。


「次に、装備に関してだが――」


 その後、装備や各種回復アイテムの説明を受け、生活魔法の使い方や、属性魔法の覚え方、更には生活をする上で必要な情報等、割と細かく教えて貰った。

 後、こちらの人は知っているけど、俺達転移者が知らない、注意しておかなければ成らない事柄も。


 その中の一つで重要な話。

 この大陸では現在表立って国家間での争いが無い為か、どの国もそこそこ治安が良いらしい。


 5年前までは帝国と大陸の領土を二分していた、帝国よりも北にあるエルネスト王国という国とのいざこざが絶えなかったそうだけど、その国も例の魔物の侵攻によって国力が大きく衰えてしまったので、今は協定を結んで休戦中らしい。


 ゆえに人類だけを見れば、現状は昔よりは平和と言えるのだとか。人類だけを見れば。

 ただ、それでも大きな町にはスラム街は当たり前のように存在するし、街道沿いでは盗賊などの野盗も度々出没する。


 そこそこの大きさの町では滅多にありえないけど、小さな村ならば魔獣や亜人、それから残念なことに、盗賊団によって村が一夜のうちに壊滅してしまうという事も、そうそう珍しくは無いらしい。


「迷宮都市トレゼアは帝国でも大きく重要な町なので、その周囲の町や村への街道沿いに野盗が現れる事は無いだろうが、だからと言って絶対は無い。キャラバンの護衛依頼を遂行するときは十分注意をするように」


 要するに、こちらの人達から見てそこそこ平和だとしても、元日本人からしてみれば、あり得ない程にカオスだという事だ。


 講習会の参加者の内、半数は平然と受け入れている感がしたけど、あとの半数=元日本人は、その言葉を固唾を飲んで聞いていた。


 町を歩いていていきなり刃物で切られる事は少ないけれど、それでも子供や婦人を対象とした人攫いなどは日常茶飯事だ、と聞かされれば不安にもなるだろう。

 そもそも帯刀をして街を歩いても構わない世界なのだから、それだけ危険はある。


 ただ、まあ、それでも転移して来た元日本人は、大なり小なりこんな世界に憧れていた奴らなのだろうから、みっともなく狼狽えるような転移者は一人も居なかったけれど。


「あとはそうだな、転移者が多いから貨幣価値を教えておくか。軽く聞いてはいるだろうがな――」


 この世界には紙幣は無い。

 木の魔獣の素材から作られる魔法紙はあるが、紙幣にするほど供給があるわけでもないというのがその理由。


 ゆえに全て硬貨で、一番小さな額から、銭貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨が存在する。


 聞く限り、銭貨が10円で、そこから100円1000円1万円10万円という感じだろう。1円に相当する貨幣は無いようだ。白金貨とか普段はまずお目にかからないモノらしいけれど。そりゃ1枚が1億円の価値なんてねえ。豪邸でも買うのかと。


 あとは、生活必需品みたいなものは安めで、嗜好品に類するものはやはり高額のようだった。


 最後にもう一度「死ぬなよ」と念を押されて、初心者さん用講習会は2時間程で終了した。


「2時か……とりあえず装備かな」


 講習会の中で教えて貰った、【生活魔法】の使い方に沿って【タイム】の魔法を使ってみると14時だった。


 この生活魔法は、本来魔法を行使するにあたって必要になる複雑な術式の構築を全く必要としない、いわば簡易的な魔法。ゆえにキャストタイムと言う詠唱もなければ、術の失敗も基本的にはない。


 とはいえこの簡易魔法の習得は、通常の魔法の習得と同じくお金を払って指導を受けなければならない。

 そこまで高額ではないのだけれど、かといって誰でも覚えられるような金額でもないらしい。


 それを俺らはアーティファクトから転移した瞬間に与えられたわけで、この点でも転移者は恵まれているともいえる。

 事実、参加したこちらの世界の初心者冒険者のうち、生活魔法の全てを扱える者はほんの数名だった。


「恵まれているってのは分るんだけどなあ……」


 小さく溜息を吐いて席を立つ。


 因みに宿屋は自分で探さなければならない。とは言ってもいきなり全て自分でするとか、ハードルが高いなんてものじゃないので、一応宿屋が密集している場所と10軒程の安全な宿屋の位置を羊皮紙の地図と共に教えて貰った。



 講習会を終え、ギルド受付カウンターの前を通り過ぎる時に、無意識にエミリアさんの姿を探す。


 いた――!


 そう思った瞬間にあちらも俺に気付いたようで、にっこりと笑顔を向けてくれた。


「お疲れさまでした。どうでした?」


「凄くためになりました。今から装備を買いに行ってきます」


 俺の返事に笑顔でうんうんと頷きつつ、


「装備は大切です。金貨1枚と銀貨10枚を支度金で支給されたでしょうから、出来ればその内の8割くらいは装備やポーションに費やして、しっかりと準備を整えた方がいいですよ」


 ポーションとは所謂回復薬の事。

 傷を癒すものや魔力を回復するものや病気を治すものの総称だ。


「なるほど。おすすめの装備屋さんってあります?」


「ええ、その事もなんですが、その前に宿屋はどうされるんですか?もう2時過ぎですから先に宿屋を決めてからの方が良いと思います。それでですね、もしよければもう直ぐ仕事があがりなので、宿屋と装備関係を案内しますけど、いかがですか?」


 既に最初から言葉を決めていたかのように、エミリアさんはつらつらと言葉を並べてきた。しかも「いかがですか?」と聞いている割に、選択肢が無いような圧力も何となく感じた。


「え?……なんか悪いような……」


 当然ながら俺は突然の申し出に戸惑う。まさか案内をすると言って来るとは。

 俺はあからさまに困惑の色を浮かべた筈なのだが、とうのエミリアさんは全く気にしていないらしい。


「大丈夫です。縁あって担当になったのですから、しっかりとサポートをするのがギルド員の務めですし」


 うん、俺の危機察知センサーがピコピコ鳴り響いてるぞー!

 どんな危機かと言えば、柊さんに話しかけられた時と同じような感じで、第三者の視線が刺さって来るわ来るわ。


 いや、柊さん以上だコレ。どうもこのエミリアさんは、自身の容姿を理解していないんじゃないか?


 というのも、彼女と長々と話をしているだけで、周りから敵視のような視線をちらほら浴びせられる。先ほど顔を近づけられてから特に。


 しかもその敵視は今回一緒に飛んできた転移者からでは無い分、余計に気になるわけで。ガチムチの獣人やらなんやらに敵視を向けられると、怖くてチビってしまいそうになる。


「あー、えっと……」


 案内してもらった方が良いという気持ちと、遠慮した方が良いという直感がせめぎ合う。

 それでもエミリアさんは優しい眼差しで再度俺に言う。


「遠慮をなさらずに、ですよ?」


 ど、どうするよコレ。

 ……いや、まあ、いっか。うん、何とかなるだろ。


 周りなどなんにも見えていないかのような口ぶりに、俺は考えるのを放棄した。

 そもそも遠慮なんてしている場合じゃないし、何も分からないんだから、最初くらいは甘えてもいいかと。そう自分に言い聞かせ、周囲の目が気になりつつも承諾をする。


「じ、じゃあお願いします」

「はい、ではそこのベンチで腰かけて待っていてください。あと10分程ですから」


 そう口にしたエミリアさんは、残務処理をするかのように奥の部屋へと足早に去っていった。

 とはいえ妙に中途半端な上がり時間だな?15分刻みのシフトなのだろうか?


 少し疑問に思いつつも、俺は言われた通りギルド内の隅にある、先ほどと同じベンチへと腰掛ける。どうやらこの位置は俺の定位置になりそうだ。目立たない場所にあるし、良い感じだ。


 などと思いながらベンチを撫でて居たら、やはり案の定声をかけられる。


「おいお前」


 ハイやっぱりきましたよぉぉー!


 予想通り過ぎてげんなりするけれど、無視をしたら何をされるか分かったものでは無いだろう。なので恐る恐る顔を上げて目の前に立つ冒険者を見やる。


 ……3人かあ。めちゃくちゃ強そうだなぁ。っと、返事しなきゃ。


「な、なんですか?」


「エミリアにちょっかい掛けんなよ?」


 胸倉を掴まれそうな程に顔を近づけられて睨まれる。

 かなり怖い。


「かけていませんけど……」


「あいつはお節介なだけだから、勘違いすんな」

「エミリアさんは冒険者ギルドのアイドルなんだからよ!」


 うん、わかるよ。

 俺は刺激を避けて引き攣った笑顔で相槌を打ちつつ、


「そうみたいですね。あ、やっぱりそういう人なんですね。美人ですもんね」


「だろ?この冒険者ギルドには美人が多いが、それでも彼女は特別だって奴はごまんといる。そういう奴らを敵に回したくなきゃ、変な気は起こすんじゃないぞ」


 まあ、そうだろうな。だってすっごい美人だもの。それにあの大きな胸もポイント高い。性格も良さげだし人気があって当然だろう。……彼氏とかいるのかな?

 っと、今はそれどころじゃない。


「わかりました。来たばかりで少し不安だっただけなんで」


「分かってくれりゃいい。いいか?くれぐれも抜け駆けはすんな」


「忠告を無視して抜け駆けした奴は、全員治癒院送りになってるからな」


 ん?


「いや、あの、抜け駆けって……?」


 意味が分からず思わず聞き返してしまった。

 そんな俺に、そんな事もわかんねえのかといった具合で鼻を鳴らしながら、


「ふん、アイドルは男と付き合っちゃいけねーんだよ!それくらい解れ!」

「抜け駆けしないって俺らの中の暗黙のルールがあるんだよ!」

「アイドルと幼女はおさわり禁止!世の鉄則だろ!」


 あ、そういう……。

 若干変な事を言っているお方もいるけど、概ね言いたい事を理解した俺は即座に頷きながら返事を返す。


「はい、わかってます。うん、そうですよね」


 面倒くさいがこの手の人に余計な事は言わないに限る。言ったら大変な事になるのはこちらでも同じだろう。

 それに、ちょっかいを掛ける余裕なんてないんだから要らない心配だ。


 俺の返事に満足したのか、うむうむと頷きながら彼らは去っていった。


 大変だなあエミリアさんも。


 俺は奥の事務室にいるエミリアさんの置かれた環境を思いながらそう呟いた。



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