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RUBER 〜過去も記憶も喪くした吸血鬼が世界を救済する方法論〜  作者: 上月涼
1章 ルヴェと始まりの夜
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8.やり合う二人と、眺める二人

 吸血鬼族(ヴァンパイア)……


 主にノクセターナ帝国を含めた紅の領域内に住む六大主族のうちのひとつ。

 基本的に他種族の血からしか魔力を得られず、魔力の自己生成が出来ない。

 その分、魔力の運用効率が他種族よりも圧倒的に良く、非常に高い魔術適性を持つ場合が大半。


 そのため、生活のあらゆる場面で恒常的に魔術が行使されている。

 また一部の他種族にも見られる事ではあるが、特に吸血鬼族は種族内での階級意識が非常に強い。

 




 ーーー「それではルヴェ様、まずはわたくしと一戦、よろしいでしょうか」



 訓練場に着くなり、ミスティは私へと向き直ってスッと構えを取る。

 スカートの長い侍女服のままでありながら、その立ち居振る舞いは素人のそれとは思えないほど洗練されていて。

 ミハイルがその様を一瞬見ただけで「ほう…」と感心したようにうなずいている。


 武器も何も使わず、どうやら素手でやり合うつもりのミスティだけど。

 私もそんなミスティのただならぬ雰囲気に、昨日ミハイルに対して感じたのと同じ緊張感を受けた。

 と、バチバチにやり合う雰囲気の中で私は気付いた。


「……ねぇミスティ、私まだ何にも準備できてないんだけど……」


 まだ部屋から出てきて何も準備できていない!


 というか、そもそも今だってレティが昨夜着せてくれていた服をそのまま着ているだけだ。

 あれ?でもよく考えたら昨日も結局今の服装と同じ格好でミハイルとやり合ったような……?

 いや、だとしても武器も何もなくっていうのはいくらなんでもあんまりだし……!


 などと、一人であわあわとしている私を見かねたのか、そこでミハイルが昨日使っていた短剣を投げ渡してくる。


「ほれ、せっかくや。まずは一戦やってみい」

「ルヴェちゃんがんば〜」


 そう遠巻きに笑うミハイルとレティ。




 ーーーいや、ていうか本当にいきなり過ぎませんか!?




 そう思いつつも、結局のところやるしかないのは昨日と変わらず。

 私は受け取った短剣を握り直してミスティと相対し……。


 そっと目を閉じて心の中で問い掛ける。


(……ねぇ、お願い出来る?)

『アハッ、私の出番ね? りょーかい!』


 どうやら()()()の方もこの様子を私の中から眺めて自身の出番を待ち望んでいたようで、驚くほどすんなりと返事が来た。


 そして私はふっと身体の力を抜き……。




『お待たせミスティ、始めよっか』




 ()は閉じた目をぱちっと開け、ミスティに声をかけて一気に距離を詰める。


「ッ! ルヴェ様、まさか……!?」


 横薙ぎに振るった短剣を寸前でかわして、ミスティは驚いた様子で声を上げる。

 だが、続く二撃目を返す刃で更に一歩踏み出そうとした……その瞬間。




 キーーンッと金属同士の擦れ合う音が響く。




 素手のはずのミスティに斬り掛かって、なぜ金属音がするのだろう。

 後ろに飛び退って距離を取りつつも、不思議に思った私はふと彼女の手に見慣れないモノが構えられている事に気付いた。


『……大きな針?』


 問い掛ける私に、ミスティはクスッと笑った。


「ガビシ、と言うそうです。東国から伝わった暗器の一種でして。わたくしの愛用品ですわ」


 うっとりと峨嵋刺(がびし)の細い刺突部を撫でるミスティ。

 なるほど確かに細長く平らな刀身は、袖や服の裏地に()い止めたり隠し持ったりするには最適だろう。


「まだまだ他にもありますし、本来なら魔術も使うのですが、今日は両手の()()だけで凌いで見せますわ」


 そう豪語するミスティは、両手に持つそれを構えて普段と変わらない花のような笑みを浮かべた。


 どうやら相当な自信があるようで、私も思わず不敵な笑みを返す。


『やっぱり、ミスティはおもしろいね。とっても楽しめそうで嬉しい……よ!』


 そう言いつつ再度一気呵成に斬り掛かる私を、ミスティは両手の峨嵋刺を華麗に操り、その全てを捌いていく。


「ふふっ、ルヴェ様にこんな一面があるとは思いもしませんでしたわ!」

『ミスティこそ! そんな長いスカートなのにねっ』

「っと、侍女服は着慣れておりますから! えぃや!」


 返事をしつつも右手で刺突を繰り出してくるミスティ。

 それを半身ずらして避け、さらに身体を回転させて右足で回し蹴りを放つ。

 けど、それすらもミスティは予測して即座に右腕を戻す事で蹴りを受け流す。


『くっ、やっぱしこんなくらいじゃダメか』

「えぇ、まだまだ……です、ね!」


 一旦下がろうと地面を蹴る私を見て、ミスティはさらに笑みを深めると今度はミスティが攻め立ててくる。


 後退しつつ短剣でそれらを防ぎながら、訓練場の端近くまで下がり、背後にある木を思いっきり蹴って今度は私が前方を斬り裂く。

 それを寸前で両手をクロスさせて防ごうとしたミスティは勢いを殺し切れないまま吹き飛び……。


 空中で体勢を整えると、スタッと地に降り立った。


「あぁ……本当に素晴らしいですね、ルヴェ様。こんなに気持ちが昂ぶるのはとても久しぶりです」

『ほんと、アンタがこんなに強いなんて思わなかったや。楽しすぎてやめらんないよ!』



 ーーーあぁ、本当に楽しい。


 ついこの前初めて会ったとは思えないほどのミスティの熱い想いや闘志が、何回も刃を交わす度に伝わってくる。


 結局、何度斬り結んでもミスティは一歩も譲らず。

 私もまた一撃も受けないままひたすら攻め続けて……ーーー




 ーーーーーーーーーーーーーーーー




 ルヴェとミスティが繰り広げる攻防戦を見ながらレティは内心、戦々恐々としていた。


「あのぉ〜、ミハイル様ぁ」

「おう、なんやレティ」

「あの二人ぃ、うちの班長どころか衛兵隊長ですら太刀打ち出来ないようなレベルでやり合ってると思うんですけどぉ〜?」


 決してレティが弱い訳ではない。

 むしろ、衛兵隊の中では非常に珍しい女性隊員であり、しかも男衆をも真正面から打ち負かすほどの腕を持っている。

 普段のふわふわとした雰囲気や言動からは想像もできない実力を秘めており、その強さは衛兵隊随一とまで目されているのだ。


 さらに付け加えるなら、第三十七班の副班長というそれほど高くはない立場であるにも関わらず、影の部隊長とまで称されている。


 そんなレティですら、ミスティとルヴェの模擬戦はとんでもなく高い技量と才能がぶつかり合って映るようで。

 トンデモナイモノを見た、と言わんばかりに目を見開いてルヴェ達の様子を観察するレティの横で、ミハイルは相変わらず豪快な笑い声を上げる。


「ガハハハハ、やっぱしアリアの見つけ出す人材はそんじょそこらの奴らとは次元が違うわ」

「……ほんとぉ、なんなんですかねぇ〜。嫉妬しちゃいますよぉ」


 レティのそんな嘆きを聞いたミハイルは、突然それまでの豪快な笑みを潜めて盛大に顔を(しか)める。


「いや待てや。お前さんも大概やぞ」

「そんな事ないですよぉ〜。お姉ちゃんみたいな事、アタシには出来ませんしぃ」


 あっけらかんと言うレティに、ミハイルは頭を抱えた。


「お前さん、自分が他の奴らからなんて呼ばれてるか知ってんのか?」

「んーとぉ……なんでしたっけ?」


 ……どうやら本気でどうでも良いらしく、レティは周りからの評価をまったく気にしていないようだ。


 実際のところ、現在の部隊長はすぐにでもレティに職を譲って辞退したい……むしろさせて下さいとミハイルの元に散々頭を下げに来ている有り様だそうで。

 そんな部隊長を衛兵隊員達は否定も貶しもせず、むしろ同情と共感の声が相次いでいるという。


 それだけでも、衛兵隊員達の間でレティ自身への期待や信頼が非常に厚い事が分かるだろう。


 だが、レティは(かたく)なに自身が上の立場になる事を嫌がる。


「いつも思うんですけどぉ、あの人たち暇なんですかねぇ〜? 絶対サボるなとかは言いませんしぃ、アタシも今ちゃっかりサボってますから別にどーでも良いんですけど」


 そう言いつつ、レティはソッと遠巻きにルヴェとミスティの模擬戦を眺めている衛兵隊の同僚達を見る。


「もうちょっとぉ、真面目に訓練すれば良いのにって思っちゃいますねぇ〜」


 お小言を()らしつつも、彼らに温かい目線を送るレティ。

 結局のところ、レティにとって衛兵隊の同僚達はある種家族のようなのだろう。

 だからこそ、自分が上の立場になって彼らを抑え付ける役割になる事を嫌がるんだろうな……と、ミハイルは感じた。


「まったく。やからお前さんの事を皆信じて付いてくるんやろなぁ……」


 そうボヤくミハイルに、レティはふと呟いた。


「……それにぃ〜、お姉ちゃんの実力はアタシが一番痛いほど知ってますよぉ」


 その一言で、ミハイルは我に返った。


「ちょい待ち。お前さんとミスティならどっちが強いんや?」

「お姉ちゃんですよぉ、アレ見れば分かるでしょぉ〜」


 投げやりな様子でミスティの方へと目を向けるレティ。

 その視線の先では、今もまたルヴェとミスティが互いに(つば)迫り合いの様相を見せている。


「つまりなんや、ルヴェはそんなにヤバいんか」

「ヤバいなんてレベルじゃないですよぉ〜。本気のお姉ちゃんなんて久々に見ましたぁ〜」


 ルヴェの動きを目に焼き付けて離さないとばかりに見続けるレティの様子に、ミハイルも事の重大さが少しずつ見えてきた。


「そうか、そんなにか……レティ、しばらくアイツらのこと見張っといてくれ。ワシはすぐアリアを呼んでくる」

「はぁ〜い……って! ミハイル様ぁ!? それ本気ですかぁ!?」


 上の空で返事をした直後、言われた内容を理解したレティは顔をサーッと青ざめさせる。


 そして振り返った時には、すでに帝都城の方へと走り去るミハイルの後ろ姿が遠ざかるだけで。


「……はぁぁ〜。ほんっとぉ、ツイてないわぁ〜……」


 レティが思わず盛大にため息を吐いているのを、衛兵隊の同僚は遠巻きに眺めながら合掌していたという……。




「キミってさ、ほんっと見てて飽きないよー」


ーーー総省長イザベル・レネリス

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