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RUBER 〜過去も記憶も喪くした吸血鬼が世界を救済する方法論〜  作者: 上月涼
1章 ルヴェと始まりの夜
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5.ルヴェと無茶振り

帝都……


 ノクセターナ帝国のやや北西寄りに位置する首都であり、街としても帝国随一の規模を誇る。

 正式な地名は "テネブレシア" 。

 普段から帝都と呼ばれ親しまれている為、正式名で呼ばれる機会は少ない。

 帝都の東側から南側へと大河が流れており、海へと出られるので水運により交易が盛んに行われているが吸血鬼族自体は水に致命的に弱い為、交易は主に帝国内に住む他種族が代行している事が大半。

 帝都の西には広大な森林地帯があり、その奥地には数々の遺跡が眠っている。

 



 スキンヘッドの大漢こと、ミハイルは私達を睥睨(へいげい)すると。


「ほう? これまたエライ別嬪(べっぴん)さんやなぁ? なんや、いきなり来たんはワシにこの娘を紹介する為か?」


 私に対してニカッと笑顔を向けながらアリアに問うた。

 まるでその笑顔は猛獣のようにも見えたが、同時にどことなく愛嬌も感じられる。

 そんな様子の大漢に、アリアが答えた。


「うむ、おぬしにこの娘を鍛えてもらいたいのじゃ」


 いや、聞いてない聞いてない。

 急に何を言い出すのアリアは!?


 そう焦る私を尻目に、アリアとミハイルは示し合わせたように悪戯を思い付いた少年のような笑みを浮かべる。


「ハッハッハ……なぁアリアよ」


 ひとしきり2人揃って大笑いをしたかと思うと、ミハイルは苦虫を噛み潰したような顔で文句を言う。


「お前さんはホンマに、毎回ワシをなんやと思っとるんや」

「なんやと言われても、テイの良い妾の使いっ走りなのは今に始まった事ではないじゃろ?」

「ハッ、そりゃ違いねえがモノには言い方ってもんがあるやろ」


 文句を言いつつまたもや豪快な笑い声を上げるミハイルは、しばらく笑ったあと私の方に向き直って聞いてきた。


「それで? お前さんを鍛え上げるっちゅう話らしいが、何が得意なんや? 最近実用化された銃か? それとも昔ながらの剣か? 槍か?」

「あ、あのですね……」


 突然聞かれてしどろもどろになる私に、アリアが助け舟を出す。


「ミハイル、おぬしまだこの子の事を何も知らんじゃろ。まずは色々と聞いてから、おぬしがどう育てるか決める方がいいと思うのじゃ」


 ミハイルはまたもガハハハハと豪快な笑い声を上げつつ、そりゃあ確かに違いねぇ! と膝を打った。


 その後アリアに助けられつつ自己紹介をするにつれて、ミハイルは徐々にその顔色を曇らせていく。

 更には私が魔術を使えない点まで話が進むと、それまで難しい顔をしつつも聞きに徹していたミハイルは流石に聞き捨てならなかったようで、アリアに待ったをかけた。


「つまりなんや、彼女(ルヴェ)を鍛え上げさせるっちゅうんは、この娘が何に向いているかを見極めながら得意分野を見つけ出して、それを伸ばさせろと。それも一切の魔術を使わずに戦えるようにしろと。そうゆう事か?」

「うむ。三日で頼むのじゃ」

「それをたった三日、やと……?」

「おぬしなら余裕じゃろう?」


 不敵な笑みを浮かべてそう告げるアリアに、ミハイルは流石に抗議の声を上げる。


「いやいや、いくらワシでもやれる事とやれへん事があるわ。一ヶ月とかならまだしも、たった三日で一度も武器も握った事のないような華奢な美少女を戦えるように鍛えろとか、無茶振りにも程があるで……」

「なんじゃ、まさかやれんとは言わぬよな? 鬼神将軍(ミハイル)よ、そのご立派なあだ名が泣くぞ?」


 アリアはとっても悪そうな笑みを浮かべて私の事をミハイルに押し付ける。

 ミハイルは大きく溜め息を吐くとやれやれと首を振った。


「まったく。その呼び名を出されたらワシが何も言い返せへんって分かってやがる……やっぱりアリアには勝てへんわ。しゃあねえ、ワシに任せろ」


 ミハイルはさっきまでとは別人のようにキリッとした顔付きでその無理難題(おねがい)を引き受けると、私に再度向き直り問い掛けてきた。


「ルヴェ、と言ったな? ワシの事は好きに呼べばええ」

「いやあの、私ほんとに何も……」

「お前さんは不服かもしれんがワシもアリアには逆らえんからな……」


 視線をソッと逸らしつつ気まずそうに頬を搔くミハイルの様子に、私はそれ以上言えなくなった。


 あれ? でもアリアもミスティの毒舌には敵わない様子だったような……?


「ルヴェ、その先を口に出しおったら張り倒すからの?」


 ぎくり。


 ……やはり、アリアは読心術でも使えるのだろうか。

 思わずミスティを思い浮かべた瞬間にギロリと睨み付けられ、私はビクッと肩を震わせる。


「コホン。まあそういう訳じゃ、ルヴェよ。しばらくコヤツに稽古を付けてもらうのじゃぞ。いくらこの脳筋バカでも無茶はさせんじゃろうし、これも試験の一環じゃ。妾の目の届く範囲なら守ってやれるんじゃが、今後ずっとそう出来るとは限らぬ」


 自分の身は自分で守れるようになってくれぬと困るのじゃ。


 私にそう言い、アリアはミハイルに後を任せて立ち上がって部屋を出る。


「それじゃあの、ミハイル。三日間ルヴェを任せるのじゃ。ルヴェも頑張るんじゃぞ、三日後にまた迎えに来るのじゃ」


 アリアは最後に私を激励すると、文句は一切聞かぬとばかりにそのまま颯爽と出て行ってしまった。

 何も言えずアリアの背を見送る事しか出来ないまま、部屋には私とミハイルの二人だけになる。

 すると、ミハイルは早速私に話しかけてきた。


「そんで、お前さん記憶がないんやったな? ほんならどんな武器を使うにもまずは基礎から教えんとあかんのやけど、それやと期限に間に合わん。やから今回はちと手荒な方法になるかもしれん、すまねえな」


 ミハイルは申し訳なさそうに断りを入れると、羽織っていたミリタリーコートを脱ぎ捨てる。


 もはや何も出来ないなんて言ってる場合じゃない。

 やるしかないなら全力でやろう。

 私も覚悟を決めた。


「どっちにしろ、この部屋におってもなんも始まらんわ。とりあえず訓練場に向かうでルヴェ」

「は、はい! よろしくお願いします……っ!」

「おう、ええ返事や。その意気やよし!」


 ミハイルはまた豪快な笑みを浮かべると、ズンズンと廊下を進んでいく。

 そのまま外に出ると、先程通った際に見かけた訓練中の兵達がまだ素振りを続けている。


「訓練ご苦労! 今日から三日間、訓練場の一角を使うが気にせず普段通りの訓練に(はげ)め!」


 ミハイルがそう声を掛けると彼らは一糸乱(いっしみだ)れず敬礼を返し、再度訓練に勤しみ始める。

 相当練度が高いのだろう、彼らが放つ雰囲気は訓練ですら戦場に立っているのかと錯覚するほど鬼気迫るものがあった。


 やがて私達は訓練場の端の方にある倉庫らしき場所に着き、ミハイルが鍵を開けた。


「ここに訓練用の刃を落とした武器を保管しとる。お前さんどれがええ?」


 ザッと倉庫内を見回すと。

 そこには様々な刀剣、槍斧、大槌や弓、更には銃剣を模したものまである。


 でも。

「どれを使いたいか?」と聞かれても私にはまず第一に『どれなら使えるのか』が分からない。


「まぁ、いきなり言うて即じゃあこれ! ……とはならんわな。とりあえず最初は護身にも使える短剣から始めたらええ」


 訓練用の武器達を眺めて固まったまま迷う私を見かねて、ミハイルは助言をくれた。


 広大な平野で戦争(ドンパチ)やるんなら銃剣や槍の方がええけど、お前さんはいきなり戦場に出る訳やないからな。


 そう付け加えて、彼はニカッと笑いかけると、近くの棚に置かれていた刃のつぶされた短剣を私に投げて寄越(よこ)す。


 確かに彼の言う通り、街中で護身用に使うならそれほど刃渡りも必要ない。

 むしろあまりに大きな武器となると取り回しに難が生じる事も考えれば、必然的に短剣や小刀等の比較的小さめの武器に落ち着くのが道理だろう。


 ミハイルは私が短剣をしみじみと眺め持つ様子をニコニコとしばし見つつ、自身は片隅にあった籠手(こて)を手に取ると私を先導し倉庫を出る。

 外に出ると彼はこちらへと向き直ってそれまでのにこやかな雰囲気を消した。


「では、始めようか。まずは思うがままに打ち込んで来い。ダメな部分が有れば片っ端から直してやる」

「えっあの……?」

「来ないならこちらから行くぞ、構えい!!」


 もはや雰囲気はおろか口調すらも変わり猛然と殴り掛かって来るミハイルに、私は慌てて手に持つ短剣を構えた……。




 ーーーーーーーー




 帝都城にて。


 ルヴェ達と別れた後、アリアは帝都城本塔の一角にある、自身の研究室にひさびさに顔を出していた。

 やはりしばらくここに来ていなかったせいだろうか。

 部屋は侍女達によってキレイに掃除されてはいるものの、どことなくホコリっぽい空気が漂っている。


「さて、目当てのものがあるとよいのじゃが……」


 そう呟き、アリアはそっと部屋の片隅で本棚に偽装してある隠し扉を開けて書庫へと向かう。


 書庫には皇帝陛下自らが収集したと言われる数え切れないほど大量の資料や書籍が所狭しと保管されており。

 アリアの部屋からはそんな書庫の中でも、内容的にさまざまな理由から禁書指定をされている本が置かれるエリアへと直接繋がっていた。


「流石にここなら過去から今までの全帝国民の戸籍簿(こせきぼ)が残っておるはずじゃ。それに全史書もあったはず……」


 しばしさまざまな本棚を物色し、それらしき本を十数冊手に取ると。

 アリアは近くにあった手ごろなイスに腰掛けて読み始める。


 だがどれだけ読み進めても、目当てのものは見つからない。


「おかしいのじゃ、この国の戸籍にない……となれば他国なのかの? じゃがそもそも、なぜ吸血鬼族の始祖達から連なる血統図にすら名前がないのじゃ……」


 帝都民の戸籍簿に始まり、帝国全体のモノや密偵からもたらされた隣国の内情レポート……。

 各地に点在する遺跡群の調査書や各種資料。


 おおよそこの書庫で調べられる限りの全てを見直していく。


 やがて日が暮れ、また昇り。

 そしてまた暮れようとし始めてもまだアリアの望む項目(こたえ)は見つかる気配すらまったくなかった。


「おぬしは一体何者なのじゃ……ルヴェ」




「この国は腐っている! 我々こそがこの国を救うのだ!」

ーーーディヴェル・ツェレスタヤ

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