4.魔力と試験…?
魔素……
あらゆるモノに存在し、非常に高い万能性と感受性を持つ高次元物質。
基本的に無色無臭かつ透明である為、普段は不可視だが一定以上の濃度に凝縮する事で視認可能になる場合もある。
また、周囲からのあらゆる影響を受ける事で形質を変化させる特性を持っている。
高濃度になり視認可能になった時の色味や質感などは「何に影響を受けたか」によって千差万別であるのが特徴。
「おぬしに妾の仕事の手伝い……つまるところ妾の目となり手となってほしいのじゃ」
と、言われても。
手伝いというものが一体どんな内容なのかも分からない上、それが私にやれそうな事かも今の言葉だけでは判断出来ない訳で。
そもそも私に何が出来たのかも思い出せない。
「……まぁ大体おぬしが今考えてる事は分かっておる。大方、自分に何が出来るのかも何が得意かも分からんのじゃろう?」
そこで、じゃ。
アリアは少し不敵ながらも可愛らしい笑みを浮かべる。
「おぬしには、まずは軽く試験を受けてもらおうかの」
「試験……ですか?」
「うむ。ただ試験と言ってもそう難しいモノではないぞ?身体測定のようなものじゃ。おぬしの魔力量や魔術適性、あとは単純に身体能力の確認じゃな。つまりはどのくらいおぬしが戦えるかを調べさせてもらう、といったところじゃの」
そう言うと、アリアはふと立ち上がって私の隣に座り、ソッと手を握ってくる。
「まずは魔力量から測ろうかの。おぬし、魔力とは何たるかは覚えておるかの?」
と、言われても(二度目)。
そもそも私はほとんどの記憶を喪っている訳で。
当然魔力についても何も覚えておらず、それが何かも字面から想像する事しか出来ない。
「昨日ミスティに見せてもらったような事をする時に使う力……でしょうか?」
昨晩、バスルームでミスティがやって見せた、手から水を湧き出させる術を彼女は魔術だと話していたはずだ。
それに確かその時吸血鬼族は水に弱い、みたいな事も言っていたような気がする。
「そうじゃな、だいたいその認識で合っておる。まずは簡単に魔力や魔術とは何かを説明しようかの」
アリア曰く、魔術とは魔力を使って自分の思い描いた事を具現化する術であるそうだ。
「そもそも魔力とは、自然界のあらゆるモノに宿る、"魔素"というモノを扱える力の事を指しておる。この世界には様々な生き物がおるんじゃが、魔力を意識的に使うには相応の知性が必要じゃな」
つまりは、元々"魔力"という言葉は『魔素を自分の思い通りに扱える力』を指している。
そして、この魔力をどのくらい扱えるか、ひいてはどの程度まで魔術を行使できるかに直結するのが"魔力量"であるという。
「要するに、おぬしがどのくらい魔術を使えるかを測ろうという訳じゃ。分かったかの?」
魔素とは自然界のあらゆるモノに生物、無生物問わず宿っているモノ。
である以上、ルヴェ自身にも大なり小なり魔素は必ず宿っているはずで。
今からどのくらいその魔素を扱う力、つまり魔力を持っているかを調べる訳じゃな。
そうアリアは説明し、握る手に少し力を込める。
「まずはおぬしに魔力というのがどんなモノなのか感覚的に理解ってもらわねばならぬ。今から妾の魔力を少しだけ掌に流すからの」
そのままジッと私の手を握るアリア。
すると、ふんわりと暖かくなったような感覚がした。
その暖かいモノは掌の上でくるくると円を描くように動くと、私の掌から小さな炎が灯り、すぐに消えた。
「今のが魔力と、炎の基礎魔術じゃ。魔力はおぬし自身の身体の中にも無意識的、意識的に関わらず流れておる。さっきの感覚を思い出しながら掌に魔力を集めてみるのじゃ」
そういいアリアは私から手を離し、また向かい側のソファーに座り直す。
目をつぶり、さっきの感覚を思い返しながら身体の中で同じような力が湧いてこないか試してみる。
……が、特に何も起こらない。
「うぅむ? もう一度じゃ」
「は、はい……!」
再度試してみる……が、やはり何も起こらない。
「うむむ……魔力が励起せぬの。なぜじゃ? 大抵の者は一度魔力が身体を流れる感覚を意識的に知れば自然と扱えるようになるはずじゃが……」
何度か試してみるものの、結局私には掌に魔力を集めるような芸当は出来なかった。
「やっぱり、私には……」
「いや、待つのじゃルヴェ。魔術が使えんとしても、おぬし自身に魔力がまったく無い訳ではないのじゃ。おぬしはもしかすると、魔術適性があまり高くないのやもしれぬ」
そう言うとアリアはふと立ち上がり、部屋の一角に備えてある天井まで届く大きさの本棚を物色し、一冊の本を取り出すと中をパラパラと開き、あるページで手を止めた。
「……これじゃ。おぬしの状態から推測するに、恐らく魔力は多量に持っておるはずじゃが、それを使う為の魔力回路が上手く働いておらんのじゃろう」
そこまで話し、アリアは私を一瞬だけ見ると顔を曇らせる。
「じゃが、回路を活性化させる方法というのが現時点でまだ発見されておらぬ」
「え、という事は……?」
「今のままでは、おぬしに魔術は扱えぬという事になるの……」
アリアは手に取っていた本をパタンと閉じて、再度私の方に向き直り。
肩を落とす私を見てくすっと穏やかに笑った。
「ふふ、そう気を落とさんでよい。いずれふとした拍子に魔力回路が活性化する場合もあるからの」
微笑みながら私の方へ再度近付くアリアの目は、先程までよりも更にキラキラと探究心で輝いていた。
「おぬしは本当に興味深いのじゃ。本来なら滅多に起こり得ぬ事が、おぬしにはこれでもかと言わんばかりに起こっておる。こんなにも心躍るのは久方ぶりじゃ」
「は、はぁ……?」
首を傾げる私を尻目に、アリアはしばらく目を輝かせて踊り出しそうな様子だったが、ふとそこで我に返ったように私を見つめる。
「じゃが魔力が使えんとなると、別の方法を探すしかないかの……。おぬし、今から妾と帝都城に向かうぞ。付いてくるのじゃ」
「えっ? お城…?」
驚く私に構わずアリアはササッと身支度をすると私の手を取って部屋を出る。
そして廊下を歩く途中、ふと思い出したように「ミスティ!!」と彼女を呼ぶ。
「お呼びでしょうか、アリア様」
「妾達は今から帝都城に行ってくるのじゃ。留守を頼むぞ」
「承知しました、お気を付けて。……今日中に帰って来られますよね?」
「当たり前じゃ。今回は帝都内じゃからの」
ミスティはそれを聞くと一礼し私達を見送ろうとして……そこで私にふと声を掛けてきた。
「ルヴェ様、アリア様の無茶に耐えられなくなった際には是非わたくしをお呼び下さい。すぐに駆け付けてアリア様を食い止めますので」
「ミスティ! おぬしの中で妾はどんな評価になっておるのじゃ!?」
「アリア様、まずはご自分の無い胸に手を当ててよーく思い返して下さいませ」
「ぐぬぬ……!」
「分かりましたか? 日頃の貴女様の行いの……」
「だぁぁ!! うるさい聞こえない! ルヴェ、参るのじゃ!」
流石に身に覚えはあるのか、アリアは無理やり続きを言わせないようにミスティの言葉を遮ると、私を握る手に少し力を込めて歩き始める。
「アリア様ッ!! いいですか!? 絶対に! か・な・ら・ず!! 今日中に帰って来てくださいね!?」
そう後ろから叫び声が聞こえる。
アリアはそんな様子に顔をしかめつつも私を連れて屋敷を出た。
そして私を連れてそのまま帝都城へと向かう。
とはいえ本気で傷付いてる訳でもないようで、少し経つ頃にはいつもと変わらない落ち着いた笑みを浮かべていたけど。
道中、アリアはそういえばと私に帝都の紹介を道すがらしてくれた。
アリアの屋敷は帝都でも北寄りにあるそうで、帝都城までの距離も歩いて行けるくらいだという。
現に今歩いている道に並ぶ家々も中々に規模が大きいモノばかりだ。
恐らくはアリアの屋敷と同等、あるいはそれ以上の大きさの屋敷もあるかもしれない。
そんな高級そうな屋敷の立ち並ぶ通りを少しばかり進むと、正面に一際大きな建物が見えてきた。
「あれが帝都城じゃ。城と言ってもそこまで見た目は派手ではないのじゃがな」
そう紹介すると、アリアは正面門に立つ衛兵の一人に声を掛けた。
「ご苦労じゃ、今日は連れもおるのじゃが入れてよいかの?」
「はっ、アリア様! どうぞお通り下さい」
衛兵達がサッと道を開け、私達を中へと誘う。
「……あの、アリア」
「なんじゃルヴェ?」
「アリアって、お城にも入れるの……?」
先ほどのやり取りからすると、まさかアリアの仕事とは、城勤めの要職なのだろうか?
そう思い問い掛けるが、アリアは少しごにょごにょと言いづらそうにすると苦笑した。
「ま、まぁ妾はこれでもそこそこ名は知られておるからの。だてに遺跡を渡り歩いておらぬのじゃ。……ミスティには散々に言われておるが」
どうやらアリア自身はあまり言いたくないらしい。
なんとも言えない微妙な反応を返されつつも、とりあえず歩みを進め二人で門を抜けると。
そこにはアリアの屋敷で見たモノとは段違いの規模の庭園が左右に広がり、中央を真っ直ぐに幅の広い道が遠く正面に見える建物群へと延びていた。
真っ直ぐ道なりに進むのかと思いきや、アリアは右手側の庭園の方へと曲がり。
正面の巨大な建物群から少し離れた場所にある、これまた巨大な建物の方へと歩いていく。
建物の前には大きな広場があり、そこでは複数名の衛兵らしき者達が懸命に模造剣を素振りしていた。
どうやら衛兵達の詰所のようだが……。
「アリア、もしかして……?」
「いや、おぬしに素振りをやれと言うわけではないのじゃぞ?多分あやつはここにおるはずじゃから、無駄に城内を探し回らんでいいのでな」
そう説明し、アリアは私を連れて建物の中へと入っていく。
やがて奥にある扉の前まで来るとノックもせずに中に押し入った。
「ミハイル! おるかの?」
「おいおいアリア、相変わらずホンマにいきなりやな! ノックくらいせんかい!」
そう突っ込みながら出てきたのは、全身筋肉のような鍛え上げられた身体にスキンヘッドの大漢だった。
「この世界のあらゆる物質、現象は魔素に帰結するのではないかという仮説を立てた。
果たして "モノに魔素が宿った" のではなく、 "魔素が何かしらの刺激を受ける事でモノに変化した" と考えるとすれば、どうだろうか?」
ーーー魔術師協会魔素研究所の魔素源論より