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RUBER 〜過去も記憶も喪くした吸血鬼が世界を救済する方法論〜  作者: 上月涼
1章 ルヴェと始まりの夜
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2.アリアとミスティ

5柱の女神達ーーー


 世界は(あか)の女神を中心とした5柱の女神達によって形を得たが、白の女神はただ与えられるだけでは真の成長、発展は得られないと主張し紅の女神の提示した女神達による統治を否定、仲違いしてしまった。

 そして、白に同調した(みどり)の女神と共に民へと試練を()した。

 こうしてこの世に様々な災害が起きるようになった。

 だが、それらの被害は女神達の想像をはるかに上回る規模になってしまった。

 この事態を重く見た金の女神と黒の女神は民に知識だけではなく知恵をも与え、さらに知性を持たせることで民自身に対抗手段を作らせた。

 それにより新たな文明が生まれ、民達は自らの力で生きていく事になったのであるーーー

 



 この家……というか屋敷と呼んでも問題ない、むしろそう呼ぶべき規模なんだけど。

 ともあれ今いるこの場所は吸血鬼達が治めるノクセターナ帝国、通称を帝国と言うそうで。

 そんな帝国の中心地である帝都、その中でも帝都城にほど近い区域にアリアの屋敷……もとい、家は存在する。


「ここじゃ。我が家と思って存分に休むとよいぞ」

「……めちゃくちゃひろくないですか」

「そうかの? (わらわ)には住み慣れた自慢の我が家なのじゃが」


 住み慣れた家、確かに住んでる本人にとってはその通りだよね。


 でも私には、いくらなんでも……


『屋敷の正面門の横に小さく通用門、さらに入った目の前にはよく手入れされた人工の滝、そこから流れる小川に掛かる小さな橋、そして色鮮やかな花々がキレイに咲き誇って出迎えてくれるような場所』


 ……が、広くないはずがないと思えた。

 同時に、私の今の格好はとても場違いに見えるだろう。

 なにせ目覚めた時に身につけていたボロボロの服とも言えない布きれを、身体に巻き付けているような状態なのだから。


「とても、私みたいなのがいていいような感じじゃないような……?」


 思わずそう口にした私に、アリアは優しく微笑んだ。


「そんな事気にせんでよいのじゃぞ? 妾が来いと言うたのじゃ。それなのにふさわしゅうないと追い出す訳がなかろうに」


 それに、とアリアは続ける。


「……ま、まぁ妾はそこそこ稼いでおった時期もあったからの。この庭は若気の至りというモノじゃ。気付けばこんな規模になっておったが。後悔はしておらんよ」


 そう苦笑しつつも誇らしげに屋敷の玄関へと向かうアリア。

 その様子は、確かにこれだけの屋敷を所有しているだけの経験と自信に溢れている……が、しかし。


 見た目は幼げな少女である。


「むっ、おぬし今失礼な事を考えおったな? ちんちくりんとか言いおったら追い出すからの!」

「い、いえそんなことは」


 私の思考を読んだかのような口ぶりにとっさに否定したものの、アリアはまだ少し不満げに口を尖らせながらそっぽを向いた。


「いいもん、(わらわ)の見た目なんぞ別に取り上げるほどのものでないからの。つるぺたじゃし、顔もまるで幼女じゃし」


 自身の胸に両手を当てていじけるアリアになんと返せばいいか分からないまま、アワアワしている私を見かねたのか。


 玄関の奥から凛と透き通った声がかけられた。


「おかえりなさいませ。アリア様、数日ぶりに帰って来られたと思えばいきなり無い胸を押さえて。そんなに分かりやすく拗ねないで下さいまし。ご客人も困惑されてますよ」

「ぐぬぅ、おぬしはいっつも毒舌じゃの! ミスティ!」


 ツカツカと、黒く動きやすそうなワンピースに白のエプロンを身に付けた女性、ミスティはこちらに歩み寄ると私に一礼した。


「この屋敷でメイドをしております、ミスティと申しますわ。以後お見知りおきを」


 そう言いニコッと笑うミスティは再度アリアを振り返るとぶっきらぼうに告げる。


「アリア様、拗ねられるのもそのくらいにして下さいまし。アルケイド閣下からの手紙も届いております。数日間いらっしゃらなかった分、溜まりまくっているお仕事の方もこなしていただきませんと」

「だぁぁ! もう分かっておる! まったくおぬしはいつも妾の突かれると痛い所を的確に突きおって……」


 そうぼやくアリアはしばしため息を吐くと、ミスティに私の事を軽く紹介した。


「まあよい。この子は記憶を(うしな)っておってな、妾がルヴェと名付けた。すまんがミスティ、おぬしがしばらく世話をしてやってくれぬか」

「かしこまりました、アリア様。部屋は空いている所をお貸ししてよろしいですか?」

「うむ、確か二階の右手の部屋が空いておったじゃろ? あそこを使えばよかろ」


 ミスティにそう告げるとアリアは私に向き直って少し不服そうに、それでいて信頼している様子で口を開く。


「まぁなんじゃ。ミスティはアレで中々に使えるからの。妾はちとやる事が溜まっておるようじゃから部屋にこもるが、おぬしもこの家で気になったり困った事があればミスティに聞くとよい」


 アリアは優しく微笑むと私にそっと近付き、頬に触れながらささやいた。


「いつまでもそのボロボロの服ではつらいじゃろう? それに、その黒髪もキチンと手入れすれば素晴らしい輝きを取り戻せると思うのじゃ。妾と違ってスタイルも良いのじゃから、見た目にも気を配るとよい。せっかくの美女が台無しじゃぞ」

「えっと、あの……ありがとう、ございます」

「まだ堅苦しいの……もっと気楽にしてくれてよいのじゃが……まあよい。まずはしっかり休むのじゃ。続きはまた明日にしようかの」


 アリアはそう言うと最後に軽く背伸びして私の頭をポンポンと撫で、トテトテと自身の部屋へと向かっていった。

 その後ろ姿が廊下の奥へ消えるのを見送ると、ミスティが私の手を取りそっと話し掛けてくる。


「それでは、参りましょうかルヴェ様。お部屋にご案内いたしますわ」


 玄関の横にある階段をのぼって、ミスティに部屋まで先導される。

 ゆっくりとミスティと歩く途中、ふとアリアが何者なのか気になった。

 なんせこれ程の規模の屋敷だ。

 今歩いている廊下にはホコリひとつ見かけない程キレイに掃除されており、壁に掛けられている絵はどこか遠くにある山々が描かれていた。


「あの、ミスティ……さん?」

「わたくしの事はどうぞミスティと。わたくしはアリア様に仕える身。そのアリア様がお招きになられた貴女様も、わたくしにとっては主人(あるじ)のようなお方ですから」


 私の問い掛けにミスティはそっと訂正すると、コホンと咳払いをして続けた。


「失礼しました、ルヴェ様。何かお気になりましたか?」

「えっと。アリアって何者かなって。このやしき、とっても広いし。私なんかを助けても、私にはなにも返せるものもないし……」


 ミスティはしどろもどろになる私の方に振り向くと、おだやかに笑みを浮かべて答えた。


「少し残念な部分もありますが、アリア様はアレでとてもお優しいですし、見た目からは想像できませんがかなり歳も召されていますからね。それにアリア様自身はあまり容姿を気に入っておられませんが、美しい銀髪に緋色の瞳はとても可憐ですし。わたくしには過ぎたる主人様で……っと、聞きたいのはそういう事ではないですよね……」


 思わず、と言った風にミスティはポッと顔を赤くして続きを話す。


「きっと、アリア様には何かしら考えがあると思いますが……少なくとも貴女様が気に病む事ではありませんよ。今はとにかく休んで、体調を整える方が先決ですわ」


 そう言いながら、ミスティはいくつかある中のひとつの部屋の前まで来て、そっと戸を開けた。


「こちらですわルヴェ様。どうぞ中へ」


 連れて来られた部屋はそれほど大きすぎるという事はなく、調度品も美しくそれでいて派手になり過ぎないほどに上手く部屋に溶け込んでいた。


 壁の一角に沿うようにベッドが置かれ、その横には小さな机とふかふかとしたイスがひとつ。

 それらの反対側にはソファーとローテーブルが置かれている。

 入ってきた扉の向かい側は一面に窓が広がり、そこからバルコニーへと繋がっていた。

 ソファーの横にはさらに奥へと続く扉があり、ミスティがそちらへと私を手招きする。


「こちらにバスルームとクローゼットがございますわ。それと、まずは御身を清めさせていただきますね。どうぞこちらへ」


 あれよあれよと言う間に私は纏っていたボロ布を剥がれてしまった。


「どうぞ中へ。まだ血湯は溜められておりませんので、今宵は身体をお流しするだけですが」


 そう言いミスティが手をパンッと叩くと、彼女の手から水が溢れ始めた。

 どこからそんな大量の水が湧き出しているのか、不思議に思い眺める私の様子に、ミスティはくすっと笑って答えてくれた。


「あら、魔術を見るのは初めてでしたか? ほとんどの吸血鬼は魔術を日常的に使っておりますし、わたくしも大抵の術には精通しておりますので。それに、吸血鬼は特性上天然の水を摂取すると体内の魔力が乱れてしまいますから」


 目を見張る私にそう答えると、彼女は手から溢れ出す水で私の身体を洗い始めた。

 その手付きはとても優しく、楚々とした手付きで私の汚れを落としていく。


 それにしても気持ちいい。

 身も心もトロけてしまいそうなくらい穏やかで平和な雰囲気の中で、私の身体をなでる音だけがリズムを刻んで響く。


「それにしても、貴女様は本当に美しい身体をされてますわね……羨ましくなってしまうほどに」


 洗われているうちに、ミスティはそう私の耳元で囁き掛けるとそっと耳を甘噛みしてきた。


「んゃ……んっ」


 フゥッとかけられた息がくすぐったくて、思わず私の口から変な声が漏れてしまい。


「あら、可愛いお声。もっと心地よく、くつろいでいただいてよいのですよ」


 つつーっと私の首筋に指を滑らせて、ミスティはコロコロと笑う。

 あまりの心地良さに、つい吐息がほうっとこぼれ出て。

 思わずそっとミスティを押し戻そうとした。


「んぅ……ミスティ……ちょっと、やめ、てぇ……」

「くすくす、少し強過ぎましたか?失礼しました」


 ミスティはそんな私の抵抗をものともせず、全身を優しくほぐすように洗い流して髪を()くと。

 今度は水気を布で拭き取り、魔術で風を生み出して髪を乾かしていく。


 そのあまりの心地良さに、私はいつの間にか意識を手放していたのだった……。




「過去の遺跡の中には、天に(そび)え立つような塔がいくつも立ち並び、巨大な都市を形成していた痕跡が複数例見つかっている。だがそのほとんどはすでに崩壊して久しいようだ」

ーーーとある遺跡研究者の論文より

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第三話まで読ませて頂きました。 とても私好みのストーリーや設定で、終始ワクワクしていました。 ルヴェが記憶を無くした理由、その記憶は戻るのか、アリアの素顔など、物語の途中ゆえに気になること…
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