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クラウドセブン -第7の片雲-  作者: きのと
1章 異世界
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異世界珍味

「あの……ここで服を買うのはあんまりいい考えじゃない、かもしれません」


 出発前に露店の衣類を物色していると隣で見ていたフィトから待ったの声がかかった。


「どういうことだ?」


「ここは中継の宿場です。定期的な仕入れができるわけではないので、多分ほとんど中古……それに、」


フィトは持っていた布を広げて黒ずんだ汚れをこちらに見せる。



「こんな場所で衣服を売るなんて、よほど差し迫った状況か、でなければ明らかに不要なもの、出自の真っ当でないもの……つまり、あまり良いものではないんじゃないかなと。同じ理由で供給が安定しないので値段もかなり割高になっているはずです」


「真っ当じゃない……か」


 自分が売った衣服の出自を考えて、なるほどなと同意する。

 たしかによく見てみるとかなりくたびれてよれよれのものや、雑なつぎはぎがされているものが多い。値段のことはわからないが現地民のフィトが言うならそうなのだろう。


 ――財力の逐次投入は賢い選択じゃないってことか……


「そうだな。ここで買ってもどうせ爺さんの言ってたなんとかって街で買いなおさないといけないことには変わりなさそうだ」


「そうです!緊急じゃないかぎりこんなところで服を買う人なんていません!」


 同意がうれしかったのか熱弁するフィトだが、店の前でそれを言われては居心地が悪い。

 リュートとしてはこの臭いとおさらばすることはわりと緊急の案件であったのだが、フィトが我慢するといっているのに嫌だというのも情けない気がして衣類はあきらめることにした。


「そうすると、ここで買うのはせいぜい食料くらいだな。どうせ装備品なんかも同じような状況なんだろ?あ、いや、まて。もしかして食料もよくないのか?」


「いえ、食料はさすがに定期の行商があると思うので……もちろん多少質は落ちるとは思いますが」


「そりゃそうだな。けど、それならその行商に服なんかも積んでこれるんじゃないのか?」


 どのみち来るなら他の物も載せてきたほうが割りがよさそうなものだと思ったリュートだが。


「どうでしょう……食料は確実に売れるのでやはりリスクが少ないのではないでしょうか?他の物を扱うとなると仕入れ先も異なりますし、それに町はこの先にもあるでしょう。いずれにしても他の物を積む余裕がないのかもしれません」


「なるほどな。そういわれるとメリットは少なそうか」


 なんとなくリュートは不思議に思う。

 フィトは宿にも止まれないような生活をしていたにもかかわらず、この見識、あるいは考察力は目を瞠るものがある。出自については聞いていないが、仮に一般の田舎の農民が商品の仕入れ先が煩雑化するなんて事情にまで考えが及ぶものだろうか。


 とはいえ、言ってしまえば樽に詰められていた時点でまともではない。

 この文明レベルなら珍しくないことなのかとも考えたが、やはり理由もなく人を樽には詰めないだろう。


 そうすると問題はその理由がどちら側にあるかということだ。

攫う側の場合、食うに困った挙句農家の娘を攫って奴隷として売り飛ばすというようなことは割とありそうだ。しかしフィトを連れていた連中は身なりもそれなりで武装しており、馬車まで持っていた。およそやむにやまれずという感じではない。


 ――フィトに何か攫われるだけの理由が……


 そこまで来てリュートは頭を振った。

 この問題はすでに無視するということで結論としたはずだ。理由があったとして、その理由如何によって彼女を放逐するなり過剰に扱うなりということはしない。


 ――とはいえ好奇心というやつはどうにもとめられんな。いずれ話してくれるのを待つとするか


「食べ物はこっちです!」


 と大股に先導するフィトを頭を切り替えて追いかける。

 去り際に比較的綺麗な布切れを数枚だけ買って食料品店にやってきた。


「それで、何を買えばいい?」


 もはや買い物に関してはフィトに任せておくほうが間違いがなさそうだった。


「町には数日ほどで着くはずなので何でもいいと思います。定番は固パン、干し肉、ドライフルーツやナッツ類があると私が喜びます」


「お前を喜ばせるために来たわけじゃないんだが……。けど、ふむ、ナッツはいいな」


 リュートはナッツ1袋とパンやイモ、乾物を三日分適当に見繕った。


いつまた行きずりのジジイにたかられないとも限らないので、予備を考えて5日分×三食×2人分とすると占めて30食分。なかなかの量だ。


 フィトによると特に旅なんかの場合は1日二食が普通らしいので20食に切り詰めることにした。


 その後物色がてらに通り沿いの店を見ながら町を通り抜けたが、およそめぼしいものはなかった。

 魔道具やファンタジーグッズを少し期待していたリュートだが、なんてことのないひなびた道具類ばかりでさしあたって買うべきものはない。


 魔道具自体は身体の記憶でみたことはあるので、おそらくここはそれらが出回らないような程度の町ということなのだろう。もっとも魔道具というのがどの程度に属するのかは不明だが。


「よお、兄さん!串焼きを一本どうだい!?町を出るなら小腹に入れていきな、クリスプなこの辺の名産さ!」


「串焼き?」


 馬車を引き取って街を出ようとしていると、出口付近で屋台をやっている若い男に陽気な声をかけられた。

 なんとなく買い物ができずに消化不良だったリュートはちょうどいいとばかりに店を覗き込む。


「何の串焼きだ?」


「レバートードさ。兄さんこの辺りは初めてかい?」


「ああ。有名なのか?」


「町のそばをドブ川が流れてるだろ?ここからもう少し行くとそこに清流が流れ込む場所があるんだが、その近くが沼地になっててな……、まあ、詳しくは言わないほうがいいだろう!とにかくわけあってそこのレバートードは臭みもなくて他より味がいいって評判なのさ」


 炭火の周りで炙られているのは丸々とした一回り大きいスズメくらいの大きさの肉だった。表面は黄金色。パリパリに焼けて、中から沁みだした脂が炭火に落ちるたびジュージューと香ばしい香りがあたりに広がるようだ。


「なるほど、脂が乗ってそうだ」


「お、よく見てるね。この染み出たアブラで皮目を素揚げみたいにパリパリにするのが俺らの腕ってこと!そういう意味でもクリスプってわけさ」


「じゃあアンタは腕がいいわけだ」


「お?兄さんの交渉術もなかなかだね!お世辞でもありがたいや、いっちょ乗っかろうかね」


 ――トードということはカエルか……前世なら絶対食べたくない代物だが


 どうやらおまけしてもらえるようだし、焼きあがるさまを見ていると食欲を抑えるのは難しかった。


「2……いや、4本貰おう」


「まいど!銅貨7枚にまけとくよ、旨けりゃ旅先で話のタネにでもしてくんな」


 元値がわからないのでどういう割引が適用されたのかは不明だが、しゃべりながら男は慣れた手つきで焼きあがったカエルに塩と、何やらオレンジ色の粉を振りかけていく。

串焼きなら定番はタレかと思ったがこれも異世界風ということだろうか。


「はいッ、お待ち!食べ方はわかるかい?」


「いや」


「胃袋や苦玉なんかの余計な内臓と毒爪のある手足は落としてるからそのままガブリといってくれ!骨は気になるなら後で吐き出せばいいが、細いから大抵はバリバリそのまま食べる、俺なんかはむしろその食感が好きなんだ」


 さっき振りかけていた香辛料の匂いが食欲を誘い、黄金色にあぶられた皮目に光る塩の粒を見ているとよだれが出てしまいそうだ。

 丸々とした肉はとてもカエルとは思えない。


 我慢できずにその場でかぶりつく。

 ちょうど一口に収まる大きさだ。


 口に入れると、期待通り焼けた油とあいまった刺激的で複雑なスパイスの香りが爽やかに鼻から抜け、油の絡んだ塩の粒が舌を刺激する。


 ただ、そのあとはまるで予想していなかった。

 皮目がパリリッと歯に当たり小気味良い音を鳴らして弾けると、中から柔らかい肉とともに飛び出した濃厚なうまみで口の中が満たされる。


「かふぁ……はふ」


 あまりのうまみに口元が緩み、息がこぼれる。


 ――レバートード、そういうことか!


 予想していた肉らしい食感がほとんどない。

 わずかに鶏肉のような弾力を感じる部位があるが、思い切って噛みしめると、聞いていた通りバリバリと気持ちいい食感の後にプリンのようになめらかで濃厚なエキスがあふれ出す。


 ――肝だ……!


 恐ろしいほどのうまみを含んだ肝の味が脂に溶けだして、口の中で粗塩とスパイスに混ざり合う。

 明らかに過剰なポテンシャルのレバーのうまみ。そのくどさを感じる間もなくスパイスの風味をさわやかに纏っていく。


 飲み込むと舌の上に残った脂とスパイスの刺激がいつまでもそのうまみを感じさせてくれるようだった。


 こんな場末の露店で出会うとは思いもしなかった鮮烈な味に気が付けばリュートは体を折って地面をつかむ足にも力が入っていた。

 その様子を苦笑いで見守っていた店主が声をかける。


「兄さん、大丈夫かい?」


「うんまいッッ!!」


 無意識に大声をあげていた。

 昨日の夕食もあって食事には期待していなかったのでインパクトはより強烈なものだった。


「これがカエル!?それにこのスパイスのなんとも言えない複雑な風味!これはそこの町で買えるのか!?」


「ん?ああ、スパイスか、そいつぁ俺の秘伝だよ、って言いたいとこだけど…実は西の方から仕入れてるんだ。向こうじゃ有名らしい。いくつかのハーブだかをブレンドして作るみたいで作り方までは俺もわからないし、そもそも材料もこっちじゃ揃わないだろうなぁ」


「西か、遠いのか?」


「そうだなぁ、ロギアナの台地を超えてずっと行くと荒野があるだろう?元はあの辺りに住むウ―シャンて猫族が発祥だとか聞いてるけど、俺も行商人じゃないんで詳しいことまでは」


「いや、十分だ。機会があったら探してみるよ」


 もう少し仕入先などを聞きたかったが、気がつくと屋台の周りには人だかりができていて、店主はチラチラとそちらを気にしているようだった。

 話が一段落したと見ると、様子を見ていたらしい周りの人々がはじめの一人を契機に堰を切ったように店に押し寄せる。


「おっと」


 巻き込まれる前に馬車の方へ戻りそのまま出発、進行方向に逃れるリュート。

 振り返ると、人垣の間から店主の男が満足げな笑顔で片手をあげて見せるのが見えた。リュートも笑い返して馬車を進めた。


「何か良いものがありましたか?」


 ある程度町から離れると、荷台からフィトが顔を覗かせる。


「知ってて言ってるんだろ?まったく、よくきく鼻だ。ホラ」


「む…これ、カエルですか?」


「ああ、ウマそうだろ。絶対冷める前に食ったほうがいいぞ」


「私、今まで食べ物を見る目でカエルのこと見たことが無いのですけど……」


「いや、俺もだけど、見た目ウマそうだろ?味は保証する。まあ好みは知らんが」


 フィトは相手の出方を伺うようにはまじまじと串焼きを観察しながらも、小さな鼻をひくひくさせてる辺りこの香ばしい香りには抗えない様子だ。


「おい、あんまりお腹の方は見ないほうがいいぞ」


 お腹の方は牛模様があってあまり食欲をそそるデザインではないので――というかそもそも形状をあまり意識するのはよしたほうがよかろうと、注意を促すリュート。


「いいでしょう、受けて立ちます」


「いや、何と戦ってるんだよ」


 ――というかコイツ随分態度が馴れ馴れしくなったもんだな。


 あんまり警戒されているよりはずっといいのでその辺りは黙っておくことにする。

 リュートは生来人との距離感を縮めるのが上手くはない質なので、向こうから歩み寄ってくれるのならそれに越したことはないというのが実際のところだった。


 覚悟が決まったらしいフィトの行動には躊躇がない。

 勢いよく腹のあたりにかぶり付き、一瞬の後、きゅぴんと両目を大きく開くのを見て笑うリュート。



 よく晴れた空、行く先はまだ何も見えない未舗装のガタガタ道で、悶絶するようなフィトの歓声とリュートの笑い声を聞いた数人の旅人が何事かと振り返っていた。





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