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クラウドセブン -第7の片雲-  作者: きのと
1章 異世界
8/10

寂れた旅籠の町

 フィトは馬車の荷台に乗せている。

 野営地を後にしてしばらく道なりに行くと、荒れた道ながらもちらほら人とすれ違うようになってきていた。


 なんとなく視線を感じるような気もするが、街道を通っていて今の所必要以上に不躾に見られるということはない。道行く人の身なりを見るに、他人に関心を払う余裕がないという風にも見受けられる。


 ――逆に必要以上にこちらに注意を払うような奴は要注意だな。


 軽装の人もいるのでどうやら町は近そうだ。


 はじめのうちはリュートが歩いて馬を引く中、自分だけ荷台に乗ることに抵抗を示していたフィトだったが、歩くのが遅いから迷惑だと言って馬の襲歩のスピードで手綱を引くのを見せると目を白黒させて驚いた後一応は納得してくれたらしい。


 町――と呼ぶべきだろうか。

 着いた場所は街道のわきに掘っ立て小屋のような出店が立ち並ぶような場所だった。

 どの店も住居を兼ねているにしてはあまりにも粗雑な作りで、風化してやせ細ったような柱が支える低い屋根も補修の跡が目立つ。


 泥もゴミも一緒に踏み固められたかのような昏い色の路地には、捩れたような無数の凹凸とそのひび割れた地面から伸びるしなびた草。そこに色褪せた敷布を広げて食べ物や旅の装備品がまばらに並べられている。

 リュートにはガラクタに見えるものも多く、それをわき目にしばらく進むといくらかこましな建物が立ち並ぶのが見えてきたが、それもそう多くはない。道に沿って全部でせいぜい20~30件ほどだろうか。


 食堂らしき店を見つけたが、いったん素通りして雑貨屋を探す。

 まずは換金をしないことには食事にもありつけない。通貨価値は不明だが、ゴロツキ共から奪った硬貨は量的に考えてもそう多くはない。


「おい、雑貨屋がどこか知ってるか?」


 リュートの態度のせいか生来無愛想なのか、不躾に声をかけると路肩で膝を抱えていた少年が無言で路地のほうを指さす。

 あまりきれいな身なりではない。どこかから流れてきた孤児だったのかもしれない。道行く人の風体や街の様子を見る限り十分にあり得るだろう。


 少し心配したが布切れをバンダナ代わりにして頭の血を隠したフィトはむしろこの景色には慣れた様子で、時々馬車の荷台から覗き見るようにあたりを物色している。

 悩んだ末いくらかマシだろうということで傷口には爺さんが残した書き置きの布を当てておいたのだ。

 出血自体は止まっているので外見上隠れていればそれでいい。


 少年の示した路地に入ると少しも行かないうちに、軒先に鍋やらナイフやら調理器具と雑多な金具なんかを並べた店が見えてきた。雑貨屋というよりは金物屋のようだが今回はむしろ都合がいい。

 こちらに背を向けてなにやら錆びた金属片をハンマーで力任せに叩いているスキンヘッドの男に声をかけてみる。


「ここで道具の買取はやっているか?」


「ん?ああ、やっとるが……行商なら他所をあたったほうがタメだぞ」


 髭は豊富に蓄えた店主の男が馬車を見てか、訝しげに言う。


「いや、行商じゃない。単なる使い古しだ。見たところ金物屋のようだが、他のものも買い取れるか?」


「まあ場所が場所だからな、買う分には買うが……さっき言ったとおり専門の店のほうが値はつくかもしれんぞ?」


 買い叩けばよさそうなものを、正直に警告する店主にはむしろ好感が持てた。もとよりそれぞれに応じた店を回るのは面倒だし、そこで適正価格で買ってもらえるかもわからない。


「いや、かまわない。とりあえず見てくれ」


 そう言ってリュートは馬車の荷台を開ける。

 中で話を聞いていたらしいフィトは隅に寄って行儀よく座っている。店主が一瞬驚いた顔をして軽く会釈したが深くは聞かれなかった。


 ――なるほど、さすがに商売というものを心得ている。


「どうだ?値はつきそうか?」


「使い古しか……いや、状態はそこまで悪くない。軽武装の装備が、ひい、ふう、みい、10ってとこか?出所は聞かんが、誰でも使えそうだし需要はある。これならそれなりの値段で買い取れるだろう。ただ、この破れた服もか?これに関してはあまり期待しないでくれ」


「ああ、かまわない」


 時間がかかりそうなのでリュートは馬の様子を見ていることにした。

 専門的なことはわからないが、歩いていただけということもありさほど疲れは見て取れない。横腹を撫でてやると嬉しそうに後ろ足をパカパカと鳴らすのがほほえましい。


 馬の相手をしながら、店主が鑑定を行っている間リュートは馬車について考えていた。

 馬車と馬を売れば相当な金額になるだろう。正直リュートにはそこまで必要ないものだ。ただ街の規模から考えると、ここで売ることが得策とも思えない。いずれにせよ雑貨の売値次第か、と中を覗くとちょうど店主が出てくるところだった。


「銀貨7枚、銅貨が12枚ってとこだな。どうだ?」


「ここの宿屋は一泊どのくらいだ?」


「宿屋?さあな、なにせ住んでる奴は宿屋に用はないからな……まあせいぜい銅貨4,5枚ってとこだろう」


「わかった。それじゃあ銀貨一枚分を銅貨でもらえるか?」


「ああ、かまわんよ。銀貨6枚、銅貨が27枚だな」


「いいだろう。それで頼む」


 これで銀貨1枚が銅貨15枚、金貨は銀貨7枚以上の価値ということになる。今はこれくらい分かれば十分だ。宿屋の価格からしても悪くない値段だろう。剣や盾は鉄製なのでリュートが思っているより価値が高いのかもしれない。

  ともかくこれでしばらく宿には困らずに済みそうだ。




 出発前に荷台を覗き込んで同行人に声をかけておく。


「フィト、先に宿を取りに行こうかと思うが腹は大丈夫か?お前は良く食うからな」


「わ、私は怪我を治すのに体力が必要なんです!」


「どうだかな」


 なんにせよそれだけ小声で叫ぶ元気があれば大丈夫だろう。




  店主に教えてもらった通りに進むと宿屋はすぐに見つかった。


「一泊銅貨4枚、個室だったら7枚だ」


 ――なるほど、起きて半畳寝て一畳ってわけか。


 屋根はあるが部屋はなく、大部屋での雑魚寝宿だ。一応個室も見てみたが、扉があるわけでもなくあまり意味がない。それに満員ならともかく今日の客は5人だけらしい。


「大部屋でいい」


「あんた女連れだろ?何かあってもこっちじゃ保証しないぜ?」


「かまわない、何も起きないさ」


 「そうだろう?」とばかりにすでに自分の場所を決めて敷布を広げている面々に目配せをしていったん宿を後にした。




 馬車を預けて食堂の方へ戻る道を歩いていると、先ほどの少年がまだ道端に座り込んでいるようだった。目が合ったので先程の礼に銅貨を一枚投げてやると、うれしさからか驚きからか目を丸くしてしばらくリュートたちの背中を見送っていた。




 扉を押し開けると食堂は古い肉の油と酒の匂い、それから客たちの熱気で満たされていた。

 ここへきて初めての食堂だ。思わず入り口で立ち止まるリュートをフィトが不思議そうに見つめる。


 前世でも一人では飲食店に入れないたちだった記憶がある。2、3度店の前をうろついてから意を決して入ったものの、店のシステムがわからず店員に声を掛けられるまで入り口で待ちぼうけして恥をかいた経験がふと脳裏に蘇った。


 記憶の欠片とやらは消費していないようだが、時々こういうごく身近な情景を思い出すことがある。おそらくそういった記憶は体の動かし方等と同様に意識と深く結びついていて人格形成に深く関わっているのだろうとリュートは理解している。


 ――っと、もうそいうのはやめたんだったな。


 気お取り直すと、どかどかと努めて大股で店を横切って空いている席に座ると、手を挙げて店員を呼ぶ。



「はいよ、何にする?」


「酒は何が?」


「何って……、自分でいうことでもないケド、こんなところにゃ安エールと味の落ちたヴァンしかないさ、どこも同じだろう?」


 一応酒場がメインなので聞いてみたがここへ来てからのもろもろを考えればそんなものだろう。


「じゃあ俺はエール、彼女にヴァンを。あとはつまみを適当に、それから夕食も済ませるつもりだから何か腹に溜まるものを適当に見繕ってくれ」


「わかった、ちょっと待ってな」


 店主の婦人が奥に引っ込むと、フィトがおずおずとリュートの袖を引いた。


「あの、私もお酒をいただいてもいいのでしょうか?」


「なんで?……ああ、酒は嗜好品だからってことか?そんなちっさいことは気にしなくていいんだよ」


「あ、ありがとうございます」


 ――それはいいとしてコイツ食い意地が張っている上に酒好きなのか?


どおりで発育が良いわけだとジト目でフィトを見やる。


「それより、フィト、そこで何してるんだ?」


「え、何とは……何がでしょう?」


 椅子に座ったリュートの横で行儀よく佇むフィトが不思議そうに聞き返す。


「別にいいけど、食べにくくないか?」


「いえ、あの、こちらに残りを置いていただければ……」


 そういうスタイルの民族なのか遠慮しているのか。いずれにせよ他にそのような客はいないのでこれではこちらが好奇の目で見られてしまう。


「ぴゃうっ!な、何をするんですかッ!?」


 リュートはおもむろにフィトの両脇に手を突っ込むとそのまま持ち上げて椅子の上に座らせる。


「しきたりだかなんだか知らんが、郷に入っては郷に従えと言うだろう。いいからそこで食え」


 奴隷じゃあるまいし過剰に気を使われる筋合いはない。むしろ対等な立場だとリュートは思っている。


 しばらくして机に並べられたのはパンと干し肉、乾燥させた腸詰にピクルスが盛り合わせになった皿と、スープとパンのセットが二つ。木のカップに入ったエールと、ヴァンというのはどうやらワインのようだ。


 まずは景気づけにとエールをのどに流し込む。

 と、中途半端に醗酵したような酸味と発泡感のある生ぬるい液体が喉を通り、鼻から薄めた酢に漬けた枯れ枝のような古臭い匂いが抜けてく。

 吐き出すような味ではないが想像とのあまりの乖離にリュートはその場に突っ伏した。

  もともとビールはあまり好きではなかったがそういう問題ではない。


「……控え目に言って最悪だ」


 うなだれたまま周囲に聞こえないように床下に感想を吐き捨てる。

 フィトのヴァンも少しもらって味見をしてみたが、渋みが強くこちらはこちらでなかなかの有様だ。

 腸詰は固くて脂から妙なにおいがするし、ピクルスは乳酸菌特有の鼻にくる香りが限度を超えている。おまけにパンは固くてスカスカと来たものだ。


 そんな食事に四苦八苦するリュートの横でフィトは自分の料理があることに驚いているようだ。やはり同行するというのは奴隷だか家来だかにするという意味だとでも勘違いしているらしい。


 ともかく、こちらの食事はどんなものだろうかといささかばかり期待していたリュートは完全に打ちのめされてしまった。一方隣のフィトは満足そうに食べているように見える。


「フィト、つかぬ事を聞くが、これはうまいのか……?」


「おかしなことを聞きますね……。特別おいしいかと聞かれれば何とも言えませんが、食堂で食事をとる機会自体なかった私には十分の内容です」


 そう言って腸詰をヴァンで流し込む。

 案外脂っこい腸詰と渋いヴァンの相性がいいのだろうかと冗談交じりに考えながら、自分は水分を根こそぎ吸収されてしまいそうなパンを薄いスープで流し込んで何とか食事を終えることだできた。


「ところで、どうして店の中でフードを被ってるんだ?邪魔じゃないか?」


 どういうわけかフィトは店に入ってもマントのフードを下ろそうとせず、リュートは何となく気になっていた。とはいえ個人の気分だろうから脱げというものでもないだろうと放っておいたのだが。


 フィトはそっと首輪に触れて少しかすれたような声で小さく言う。


「いえ、私はこのほうが落ち着きますので」


「ふぅん?」


 仮にも女の子だ。布切れを頭に巻いているのを気にしているのかも知れない。

 ともかく本人がそういうのならそれでいいだろう。

 リュートはそれきり興味をなくしたが、フィトはむしろそれ以上の追及がないことを不思議がっているような様子にも見えた。

 



 宿に戻るとちょうど番頭の男が帰るところだった。


「遅いですぜ旦那、あとちょっと遅けりゃ締め出してるところでさ」


「そうだったのか、悪いな」


 文句を言いながらも口ぶりからするにいつもより遅くまで待っていてくれたのだろうか。それともリュートたちが早く戻れば定時より早く帰れたという意味だろうか。正直時間に対する捉え方も働き方も不明なので真相はわからない。

 ただ、受付を済ませて食事に出ていた1人は酒場で酔いつぶれたのか現れず、実際に締め出されてしまったようで、リュートたち以外の宿泊者は2名になったらしい。


「どこかで飲み潰れてるんだろ、別に珍しいこっちゃねぇさ」


「荷物はどうなるんだ?」


「預かってるなら明日取りにくりゃもちろん返すが、うちもいつまでも置いとくわけにもいかねぇからこなけりゃ処分だな」


 要するに店主のものになるということらしい。


 油がもったいないということなのだろう、それからしばらくして燭台の火は落ち、補充用の準備もされていない。

 することもないので寝ることにしたが、見ず知らずの男が着ていた服を奪って一日歩き回り風呂にも入らず、布団もなく他人と雑魚寝。すべてがおぼろげながら前の生活では考えられない状況だ。


 念のためフィトを壁際に寝かせてリュートはその隣りへ。

 正直こんな場所に女の子を寝かせるのはいかがなものかと、さすがのリュートも思わないでもないが当の本人は気にしていない様子だ。おそらくこれがここでは一般的な宿なのだろう。

 リュートとしては宿といえば少なくともベッドと布団はあるものだと決めてかかっていたので実はダメージが大きかった。


「宿ってのはどこもこうなのか?」


「すみません、私は宿に泊まる機会が今までなかったので……」


 相変わらずかぶったままのフードが窓から入るわずかな月光も遮って表情は見て取れない。


「しかしこれだったら馬車の荷台でもよかったかもな」


「それじゃあリュートさんは足が延ばせませんよ……」


 たしかに、あの荷馬車はどういう用途なのかかなり小型だ。造りはしっかりしているが、横になるとなれば足を曲げなければならないのは確かだろう。

 あとはこのボロ宿で見ず知らずの旅人と雑魚寝するか翌朝寝違える覚悟で馬車で寝るか、と考えると微妙なところだ。ある意味馬車のほうが面倒は少なそうだが、野盗の危険もあるし。そもそも人が寝るために作られたものでもないだろう。


「……なあ、フィトはどうして樽の中にいたんだ?」


「……」


 寝てしまったのか返事はなかった。

 リュートも体制を少し変えて目を閉じる。






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