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クラウドセブン -第7の片雲-  作者: きのと
1章 異世界
5/10

始まりの台地Ⅲ

 


 ―――――――


 レベル:4→5


 記憶の欠片"黃"を獲得しました。



 すぐに使用しますか?


 Yes/No


 ―――――――



 もう何度目かのメッセージが表示される。

 今回のレベルアップで5つ目の欠片を獲得したことになる。

 いろいろ試してはみたが、これ以外のメッセージが表示されることはなく、自分で呼び出すことも出来ないようだ。それどころか初回以降Yesを選択しても何も成果が得られないでいた。


「今まで全部Yesにしてきたけど、Noにするとどうなるんだろう?今の所最初の火起こし以外何も起こらないし、試してみるか」


 意識をNoの方に向けると、初めて見るメッセージが表示された。



 ―――――――


 記憶の欠片"黃"を格納しました。


 ―――――――



「……。」


 しばらく立ち尽くす。


「……それだけかよ!?え、取り出し方とかは……?」


 呟くも当然返事はない。

 この”記憶の欠片”というのは使用することで前世の知識が一つ蘇るらしい。それは火起こしの一件だけで十分立証されたと言っていいだろう。でなければ他に火起こしの記憶が戻った理由がない。


 今の所推測としては、蘇る記憶は選べないため何の記憶が蘇ったのか確認の術が、実際に使用する状況に陥るという以外に存在しない。また、あくまで記憶が戻るだけなので、リュートが知らなかった知識が得られるわけではない。


 そして、使用しないを選択すると、さっきのようなことになるということを今新たに知った。


「格納ってことは消えたわけじゃないんだろうけど……。いや、そもそもこんなよくわからない現象に頼るべきじゃないな。都合のいい記憶が戻ればラッキーくらいに思っておいたほうが良さそうだ」


 なにより、虫を殺して得られる経験値でのレベルアップはこの辺が限界らしかった。虫を探しながら歩いたせいで距離が稼げていないことを考えるとむしろマイナスと言える。

 レベルアップを諦めたリュートは、水たまりを探すことに注力しながら少しペースを上げて歩き始める。


 流石にもう体調も限界だった。

 今朝起きてから喉の乾きより頭痛や倦怠感が出始めている。昨日でケーキもなくなり、いよいよ食糧問題も深刻になってきていた。

 何としても今日明日中に食料と、少なくとも一定量の水を確保しないといけない。


 幸いと言うべきか、比較的湿度と気温の高い土地柄のようなので発見の可能性は低くない。もしかすると雨も期待できそうなものだが、少なくともここ数日は晴れが続いている。



 ――食料はいくつか採集した実があるけど……これを最終手段にするべきか、少しでも体力のある内に試すべきなのかは微妙なところだな。



 初日にオオカミのような獣を見かけたことから、ある程度の肉食獣と、彼らの獲物となる生き物がいることが推測できるが、捕獲は難しい。

 現在のリュートの身体能力をもってすれば投石でも仕留められる可能性は十分にあるが、発見することがあまりに困難だからだ。

 結局この日もめぼしい発見はなく、少し高台になった岩場の中程に寝床を決める。


 虫も来ないだろうし、後ろも岩になっているのである程度安心感がある。

 寝る前に袋から木の実を取り出して並べてみる。



 ――4種類あるが、まずどんぐりのようなナッツ系のものは加熱調理しないと厳しい気がする。小さい実は赤と青があるが、食べれたとしてもリターンが少ない。そうなると必然的にこぶし大の赤い実にかけるしかないわけだが…。



 リュートは皮を向いて、ひとまず飲み込まずに味を確かめることにした。


「ッ!!?ペッ!」


 口の中に果肉の瑞々しさと爽やかな甘みが広がり、味に驚いたリュートは慌てて口の中のものを吐き出す。


「マジか……やばいぞコレは、美味すぎる。何よりこの黄色い果肉の瑞々しさが乾いた喉に暴力的だ。これで毒だったらヤバすぎるな……」


 とりあえず予定通り小さく一口だけ食べて眠ることにした。これで明日の朝に問題なければ食べてもいいだろう。

 ひんやりした石の上にぐたりと寝そべり、なんともありませんようにと願いながら眠りにつくリュートだった。



 翌朝。


「……。なんともない!よしっ、これでこの実は心置きなく食べられるぞ!!水分も豊富そうだし、見つけたらできる限り袋に集めていこう」


 例の実は袋の中に3つと、昨日齧った分がある。一応念の為朝食では齧ってあった一つだけにしておく。この状況での体調の悪化は絶望的だからだ。油断するべきではない。



 ――そういえば、昨日のどんぐりは加熱しないとっていうのと、脱水症状は”記憶の欠片”の効果っぽいよな。

 どう考えても一般知識ではないっぽいけど、こっちの世界の記憶か?

 どうなんだろ……というか、この段階でも効果の確定はできないのか……。



「よし、気晴らしにちょっと高台を見てみるか。流石に水場か、少なくとも水たまりでも見つけないともう立ってるのも辛い。なにか見つかるといいけど ……」


 眠っていた石の高台をてっぺんまで登り、周囲を確認してみることにした。

 石の頂点に達あたりを見回したリュートだが、その目は足元を見たまま絶句する。


「な……!?」


 突き出た岩のてっぺんでリュートは膝から崩れ落ちる。

 なんと、リュートが寝ていた岩の真裏。その岩石地帯の奥は深く苔むしており、岩の隙間からは清らかな湧水が湧き出ていた。


「昨日無理に実に手を出さなくても……いや、悔やんでも仕方がない。今は水場が見つかったことに感謝しよう」


 さっそく岩をつたい降りたリュートは、突き出した飛び石を足場代わりに手頃な場所まで身軽な体捌きで移動すると、手で水をすくい、喉へと流し込もうとする。

 しかし、その瞬間脳裏に警告がひらめき、とっさにすくった水を取りこぼす。



 ――なんだ?



 こぼれ落ちて岩を濡らした水を見るが、変わった様子はない。

 気を取り直して再度水を飲もうとするが、ふと一つの懸念が浮かび上がる。



 ――谷を見に行った時に見かけたオオカミのような生き物。

 たしかイヌ科の野生動物がいる地域では煮沸せずに生水を飲むとエキノコックスに感染する可能性がある。



「……って言ってもそもそも煮沸する道具がないじゃないか!ここに野生動物が水飲みに来る可能性は十分にある、とはいえここは湧き水だしリスクは低いはず……そもそもこれ以上水絶ちするのは無理だろ」


 そこまで考えていたら目の前にあの光のウィンドウが現れる。


「え?レベルアップ?してないはずだけど」


 ―――――――


 記憶の欠片"黃"を自動消費しました。


 現在のストックは0です。


 ―――――――


「自動消費……?」


 ――間違いなくエキノコックスの情報だ。

 しかしなぜこんな都合のいいタイミングで……まさか、俺の身を守ったのか?

 もし本当に何らかの危機に瀕して関連情報の記憶が戻るのであれば、ストックしておくのが本来の使い方なのか……?

 まだ検証が必要だけど、少なくとも獲得時に使うよりは意味がありそうだ。



 しかしながら結局煮沸は諦めることにした。

 いくら疫病に関する知識が得られても道具がないのでは話にならない。もしかするとそこら辺のものでどうにかできるのかもしれないが、今から虫を探し回ってレベルアップするまで待つというのも無理があったし、記憶によると感染の確率もかなり低いようだ。


「むしろ余計な情報だったんじゃ……い、いや!感謝してます!またよろしくおねがいします!」


 何にかはわからないがとりあえず謝ってご機嫌をとるリュート。


 その後水場の周囲を観察し、なるべく源泉近くと思われる場所の水をすくって喉に流し込むと、数日ぶりのひやりとした潤いに身体全体がなにかから開放されるような感覚が広がる。

 もはや手ですくうのも煩わしく思い、最後には直接口をつけてゴクゴクと限界まで湧き水を飲んでいた。


 水場を後にし、想像以上に元気が回復したリュートは、今までになくペースを上げて森を進んだ。

 そして実を集めながらしばらく進んだころ。

 目の前の光景に水場で回復した元気を全て持っていかれたのだった。


「いや、無理無理、これは無理だわ……」


 ついに台地の端にたどり着いたらしい。

 ヘリにある岩場に手をかけながら外界を見るリュートの目の前にはとてつもない光景が広がっていた。

 森、平原、荒野。昼の光に照らされたこの世のすべてが見渡せるようだった。

 そして何より、街のようなものが見える。


 一つ朗報だったのは、傾斜に沿って下ってきた成果もあってかリュートの立つ縁は、他の部分よりかなり低い位置にある。左手の森には更になだらかな下りの傾斜が続き、右手にしばらく進んだところにある絶壁――おそらくもとの高さの位置は、数百メールも高い場所だ。

 つまり、この位置でも全体の高さからすると半分とは行かないまでもかなり低い位置にあたるようだ。



 ――どうやらちょうどうまい具合に以前に崩落のあった場所に出られたらしいな。

 もし別の場所だったらとても降りられなかった。



 更に半日ほど進むとかつて水の流れが削った跡なのか、切通のように両側に壁が迫る細く急峻な隘路に入り、そこを抜けた先はゴツゴツした岩石地帯だった。



 ――この辺りは台地の岸壁に対して平行に進んでるみたいだけど、抜けられるのか……?

 どこかで行き止まりになると詰むぞ。



 一抹の不安を抱えながらも身体能力のおかげで、悪路にはさほど困らない。踏んだ石がバランスを崩しぐらつき始めても、転がる前に飛び跳ねて次の足場へ。そうして危なげなく岩石エリアを抜け、更に木々の生えた急勾配の斜面を下ること数時間。

 水を得たことと下山の見通しが立ったことでリュートはかなりの早足で進んでいた。


 ついに森が割れて前方から夕日の光が見え始めてきた。

 そしてしばらくの休憩の後再び歩き始めたリュートはその日の夕方近くに先の視界が開けている場所にたどり着いた。


「いや、待て、俺はだまされないぞ……」


 逸る気持ちを抑え慎重に、足は踏み出さず上体だけを前に突き出して茂みの向こうを確認する。


「クッ、やはりか!」


 またも崖だった。

 数日前は森を抜けられると油断して落下したが、記憶はなくとも学習能力はある。

 崖から周囲を伺うと、数百メートル向こうに対岸の崖がある。どうやらここは崖というより台地の端をかすめる亀裂――谷らしい。



 ――ここからどうすれば……。

 いや、仮にここを乗り越えたとして街にたどり着くことは可能なのか?

 街らしきものの存在自体は確認できたが、明らかに1日2日で到着する距離ではなかったし、かと言って他の最寄りの街や村の方角や有無さえわからない。



 崖から見渡す視界にはやはり森と岩肌しか認められない。

 さしあたって、進むのであれば崖を降りて谷に沿ってどちらかに進むしかないが、進む方向を間違えれば命に関わる。なんとしても最寄りの村の位置が知りたいリュートだったが、情報を得る手段がない。


 ここにきては先の転生で国王にひどい仕打ちを受けたが、今考えるとすぐに人間がいて、召喚されたということを説明してもらえたのはある意味ものすごく助かった。何なら衣食住までもらえていたのだから優良待遇だったと錯覚しそうになる。

 言うなれば以前は生活の保証と引き換えに自由が、今は自由と引き換えに他のすべてが失われた格好だ。


「まさか、このまま人にも会えず山中で孤独死……!?」


 実際それはかなり現実味のある可能性だった。

 その可能性を打ち消すべく少しでも進み、少なくともこの山から脱出したいリュートは、崖の深さを確認しようと身を乗り出す。

 この崖を降りたとしても高さ的に平地までたどり着けるかは怪しいが、日が陰り始めているので無理をせず休むべきか進むべきか、とりあえずその決断をする必要があった。


 すると、谷底を覗き込もうとするリュートの耳にかすかに何かが擦れ合う音がしたような気がした。

 意識を集中すると何やら崖下からカチャカチャガラガラという音がかすかに聞こえ、真下を見下ろしてみると夕日に照らされた崖に沿うようにして左右に細い道ができてる。そこを小型の荷車を馬に引かせ、20人ほどの一行が進んでいるらしい。

 軽装だが武装もしている。


「な!?人だ……!!助かった!!!」


 灯台下暗しとはまさにこのことだ。谷底と周囲の確認に気を取られ真下の岸壁に道があるとは思いもしなかった。

 リュートは崖から限界まで身を乗り出して一行を見つめる。


 実際には何も助かってはいないが、人がいて道があるとわかっただけでもものすごい収穫だ。

 格好を見るに、どうやらあの国王たちのいた世界と同程度の文明水準があるようだ。

 そうなるとやはり意識を失っている間に山中に捨てられていたらしい。



 ――とりあえずはここはあの国だと考えるのが妥当そうだな。なんとか彼らと話がしたいが、……それにしても一体どういう形で遭遇するのが理想的だろうか。馬鹿正直に片手をあげて挨拶をしたところで裸の怪しい男の話を聞くやつがいるとも思えないし。



 通り道に追い剥ぎに遭ったふりをして倒れておくのはどうかとも考えたが、相手の素性がわからない以上すぐに動けない体制での遭遇は危険だ。必ずしも彼らが善良な一般市民とは限らないし、何よりあの国王の国の人間を信用する気にもなれなかった。


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