表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラウドセブン -第7の片雲-  作者: きのと
第一部 序章
1/10

プロローグ   

 何もない真っ白な意識が突然に不快に感じた。



 ――まぶしい……



 まぶたを開けると瞳は光に眩んでいた。

 この光は幻覚だ。

 先ほどまでの強烈な光に焼かれた目がそのまぶしさをまだ脳にとどめているのだろう。


「……おお!成功だ!!」


 光の向こうで歓声が上がる。


 強い酒をあおったような酩酊と脳の奥が軋むような疼痛に、とっさに立ち上がろうとした膝がよろけ、思わず片手を頭に当て、膝をついてその場に項垂れる。

 地面についたもう一方の手が柔らかな毛を押し込んだ。


「勇者様、どうかこの国をお救いださい……!」


 聞き慣れぬ細い声が発したどこか聞き慣れた文句に重い頭を上げると、こちらの様子など意に介さずというかのように眼前に華奢な手が差し出されていた。

 苦労を知らぬ白魚の指先をたどり、それが幼さを残しながらも気品の漂う顔立ちの少女が、少し眉根を寄せ、無垢な瞳を潤ませながら差した出したものだと、ぼんやりした視界で理解する。

 しかし今は彼女の瞳が訴える感情の意味を推し量る余裕はない。


 相手の言葉には答えず、なんとか立ち上がり軽く頭を振る。

 鮮明になる視界に石造りの部屋と居並ぶ人影が映り、その時初めて自分が触れた毛が赤い敷物の起毛であることに意識が追いつく。


「どうやら成功のようです、陛下」

「…ほう、どうやら足りたようだな」


 傍らに控えた初老の男の言葉に頷き、一段高い場所で椅子に掛けて様子を見守っていた人物がゆったりとした所作でこちらに歩み寄ってくるのが見えた。


「……国を、助ける?」


 言っている意味がわからない。



 ――しがない中年に相談するような内容ではないだろう。冗談にしても成立しないレベルだ。



 中近世のような身なりの人々、燭台で揺れるいくつもの灯に照らされた夕暮れの部屋、こちらへ向かう人の足音。それらどこかで見たような展開を務めて無視するように、そのあまりに馬鹿げた言葉を聞き返す。


「そうです、我が国に1000年の厄災が目覚めようとしています。私はブルクドレッセ王国第2王女、サディエルテ・エ・ラ・ドレッセ。召喚に応えてくださった勇者様、どうか私たちをお救いください……」


 悲痛な声を絞り出すように訴えかける彼女の言葉を、しかしどこか()()()()()()()()と感じてしまうのはなぜなのだろうか。


「召喚に応えた……」


 まるでこちらが合意してここにいるかのような言われように呆気にとられ、回らない頭で復唱する。

 いかに意識が混濁しているとはいえそれがデタラメだと判断できるくらいには思考力を取り戻している。

 そんなものに応じた覚えなど一切ない。

 突然に、気がついたら、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃で脳内に光が飛び、ここにうずくまっていただけだ。


「……それはともかく、元の場所へは戻れるのか?」


 そんな問が口をついて出た。

 何か大事なことを忘れているような気がする。しかしそれが何なのか今はまるで思い出すことができない。


 頭は状況に追いつくことで精一杯であったが、ただ、少なくともここが自分の本来いるべき場所でないことだけははっきりと理解していた。

 昏倒からの覚醒、見たことのない場所と人々、意味不明な要求、どうして自分がこんな事になっているのか。わからないことが多すぎた。理解が追いつかずパンクしてしまった真っ白な頭は、意外と最も重要な言動を本能的に選択するのかもしれない。


 しかしその問いかけに、先ほど取らなかった手を胸の前で握り合わせて、少女は眉根を寄せるばかりだ。


「否、戻る方法はない」


 代わって少女の後ろから落ち着き払った声が答える。

 見ると、椅子――玉座から歩み寄った男がそこには何の興味もないと言いたげな無表情で言い放っていた。

 なんとなく予想していた答えではるが、こうも無頓着に言われればうんざりする。



 ――もし目の前の男の言うことがすべて真実なのだとしたら、自分たちの都合で勝手に呼び出しておいて帰る方法はなし。それでは飽き足らず自分たちの代わりに面倒ごとを片付けて来いというわけか。



「帰れない……いや、そもそもどこに……。ならもし…‥、もしも仮にこの国を救ったとして俺は何を得るんだ?」


「もちろん褒美はいかようにでも授けよう。何より、成し遂げた暁には絶対的な栄誉と称賛を得られることであろう」


 得意げに、その台詞にはまるで誰もが飛びつく褒美をぶら下げてやったとでも言いたげな力がこもっていた。


「……」



 ――これは一体誰の定めた理なのか。

 ――なぜ自分のあずかり知らぬ誰かがどことも知れぬ場所で決めたルールに無理やり従わされなくてはならないのか。誰かとは誰だ。政府か、この王か、神か、あるいは世界そのものがそうしてできているのだろうか。

 ――だとしたら、とんだ構造的欠陥だ。



 自身の中で急速に眠っていた自我のようなものが巻き起こるのを感じる。元来自分自身の譲ることのできない何かを刺激され、急激な意識の本流に自分というものを否応なしに意識する。



 ――社会にはルールがある。それは当然だ。無秩序な世を社会とは呼ばない。ただそのルールが必ずしも従うに値するかというのは別の問題だ。多くはそれに該当するかもしれない。だけど、最後にその判断をし、責任を持つのは自分でなくてはならない。

 ――思考停止してルールに従うということは責任の放棄と転嫁に他ならない。確かに軋轢はないだろう。自分はルールに従っただけだという言い訳をはじめから用意して、引き換えにそれに縛られて生きることがまともな生き方だろうか。

 ――そうは思わない。そんなものは単なる労働力の一単位、家畜に他ならない。

 ――少なくとも、これは従うべきルールじゃない。



 ふと、握りしめた拳に目をやると、それは力を入れすぎて歪に絡んだ糸の結び目のように見えた。

 しばらく他人事のように不思議そうにそのまま拳を見つめる。

  感情が暴れだそうとするのを必死に抑えようとする自分が確かにいた。握りしめた拳がそれを物語っている。


 思考は未だ胡乱ながら国王らしい中年の言い草がひどく気に食わないことだけは事実だった。

 少なくとも、もし本当に帰れないというのならば、今ここで目の前の尊大な態度の中年の言うことを聞くいわれはないだろう。



 床に敷かれた赤い絨毯を見て一呼吸、努めて大きく息をする。

 少し開けた視界。運動不足の体は思ったより軽く動く。

 目に映るものを認識するにつれて増える様々な疑問、混乱。

 それらを頭の隅に無理やり押し込んで、目の前の男を見据える。

 傍らの少女の視線はことの成り行きを不安げに、というよりはただ心配そうに見つめているようだった。


 詰まった息を整える。



 ――ここは理性を優先させるべきところだ。大丈夫、俺は判断が下せる状態だ。



 何が召喚だ、何が国を救えだ。ともすれば勢いに任せて子供のように喚き散らしたい気分ではあった。

 その衝動をなんとか首元までで抑え込み、頭は努めて冷静に今自分が取るべき行動、取れうる手段に考えを巡らせる。


「……ひとまず、ここがどこなのか教えてほしい。これは一体どういう状況なんだ?」


 その問に王はまるで不思議なものでも見るように少し眉を上げ、それから煩わしそうに右手を振った。


「お前がそれを知る必要はない。まずはある程度使えるようになるまで鍛錬することだ」


「なっ――!?」


 状況は考えているより絶望的だった。

 およそ人に物を頼む態度ではない。まして勇者などと大仰な称号で呼び出した相手への対応がこれでは、もはや目の前の連中に付き合う義理はない。

 まともに会話のできる相手なら交渉の余地もあった。しかし国が、少なくともこの王が求めているのは勇者という称号を持った人間ではなく、そういう機能のついた装置らしい。


「……わかった、そっちがそういう態度なら付き合う気はない。好きなようにやらせてもらう」


 今後どのように行動すればいいかはわからない。ただ、どんな選択をするにしてもこの王に付き従うことだけはありえないだろう。目の前の男が何の有用性も見いだせないただの中年でしかないことは明らかだ。


「なにか勘違いしているようだが……お前の意見を聞いているわけではない。まあ、従わぬというのなら奴隷として肉体労働でもしてもらおうか」


「ふざけるなっ!今すぐ俺をもとの場所へ返せ!」


「余に仕えられるというだけでは足らぬと申すか?あまり分不相応の欲をかけば身を滅ぼすことになるやも知れぬぞ?」


 身勝手な理由で呼び出して、全てが自分の思う様事が運ぶという態度。すべてが気に入らなかった。


「……ずいぶんおめでたい奴らだな」


 吐き捨てるように言うと、ここにいても無駄だとばかりに男を押しやって扉のほうへ足を進める。


退()け!」


「不敬なッ!!衛兵よ、其奴を捉えよ!」


 途端、広間中がどよめき、耳元で怒号が飛ぶ。

 何歩も行かないうちに隊長と思しきマントを付けた兵の号令一下、周囲の兵が一斉に押し寄せる。



 とっさのことではあったがこうなることはある程度予想していた。いずれにせよ他にやりようはなかっただろう。


 右手から掴みかかる兵士を躱して足を払い、そのまま進行方向にいた別の兵士にぶつけてやり、正面から覆いかぶさるように抑えに来たやつの腰に体当たりを食らわせ、もんどりうつ間に顎を蹴り上げてやろうとステップを踏む。

 全て記憶をなくしても体が覚えているほどにアクションゲームで散々やってきた攻撃モーションのモノマネだが、自分が思っている以上に筋が良かったのか、想像より想像通りに技が決まる。


 ――これなら……!


 初めの2,3人を打倒し、善戦するも、さすがにこの人数の装備を付けた兵を相手にはどうにもならず、いくらも進めないうちに数の圧力に屈し、気が付けば頭を地面に押さえつけられていた。


「……ふん、良い格好だな。そうやってしばらく頭を冷やしておるがよい。勇者殿は錯乱しておるようだ、そのひねくれた頭が治るまで牢でも放り込んでおけ!」


「はッ!」


 頭が割れるのではないかという痛み。

 兵士たちは否もなく体を押さえつける腕に力をこめる。


「待て!なんだっていうんだ!!意に沿わないかといって自分たちで勝手に呼び出した俺を投獄するのか!?」


「下賤の民の理が余に及ぶはずもなかろう。あいにくと余を煩わせるのは厄災ばかりではない、そのまま使えぬのであれば処分するまでよ」


「クソッ!元の場所へ返せ!!」


「ああ、それから。先程から元の場所へ戻せとしきりに喚いておるが、お主の元の体はすでに死んでおるわ。魂だけがここに来て無事で済むはずがあるまい、愚か者め。その証拠に、お主が戻せという場所の記憶はあるのか?」


「なっ……!?すでに、死んでいる……?」


「同一の世の内なればともかく、如何(いか)に召喚魔法とは言え物質が世界を渡る術はない」


「嘘だろ……」


 臓腑が抜け落ちるような不安感。

 あまりの衝撃に全身の力が抜ける。


 一瞥をくれると、国王は煩わしげに謁見の間を後にした。

  少しの間その様子を憐れむように見ていた少女もやがてその後に付き従う。

 辺りに落胆と消沈の空気が満ちるのを感じた。


 完全に退室するまでそのままの体制で押さえつけられていたが、しばらくすると乱暴に立ち上がらされ、頭には麻袋を、手足には拘束具を付けられ乱暴に牢へと運ばれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ