ENCOUNTER
視界を包む眩しさに目を瞑る、そしてそれをそっとを開けると……
「………ん、お? おぉ〜〜〜!!!」
フェンスの先、眼下に広がるSFチックな風景、厚く黒い雲に覆われた薄暗い街、色とりどりの電光が街行く探索者を照らし出す。
(すごい…まさに映画の世界だ……)
これは偽物の風景、だが…そうだったとしてもこれほどまでの絶景、息を飲まずにはいられない。
泥や火薬、オイルの匂いが漂うこの街は、若干13歳程度の少年の心を踊らせるには、自動販売機で缶ジュース一本に万札を出すような代物だった。……まあそもそも自販機には諭吉は使えないのだが。
「ウホッ! いい世界……!!」
このまま小一時間ここで街の風景を観ていてもまったく退屈しないだろうが僕がここに来た理由は別にある、さっさとストーリーの進展をしよう!
そうしてルーが歩き出そうとしたその時、
「――あの! そこの初心者さん!」
背後から声がかかった。
「えっ?」
周りには僕以外いない、と言うわけでその声に応じ振り向いてみる。
「我々のギルド『大万歳帝国』入りませんか!? プレイヤー育成もギルド総力を挙げてサポートしますし、なんと今なら銃剣付きライフルも貰えちゃいますよ!?」
「えっ……」
そこには、どこかで見たような軍服、背中には銃剣付きライフルを携えなんかすごく万歳とかしてそうな見た目の一人のプレイヤーが立っていた。
「いいや!そこのギルドよりうちのギルド『社会主義共和国連邦』に入るべきだ!」
「いやいや、そんなところより『マーマイト愛好家の集い』に入りましょう! 今ならVRW味覚エンジンを研究に研究を重ね精製に成功したEAO産マーマイト1年分が貰えてしまいますよ!?」
さらに別の軍服を着たプレイヤー二人が加わりギルド勧誘が熾烈し始めた。
(……ま、マズイ、この人たち関わっちゃいけない類の方だ!!)
現実世界では明らかに不審者に分類されるであろう目の前の三人衆、……とてもじゃないが勧誘を諦めてくれる雰囲気ではない。
危ない人には関わらないのが一番、古事記にもそう書いてある。
(――そうと決まればッ)
ルーは素早くここからの脱出経路を模索し始める。
展望広場、「南大通り【サウス・メインストリート】」の上を被さるように造られたこの場所から移動する経路はテレポーターか脇のほうにある南大通りへ降りるための階段のみである。
テレポーターはセントラルタワーで探索者登録をしないと使えないし、いくら陸上部の練習で鍛えたフォームがあるからと言って、ステータス差があるであろう彼らをただ走って振り切るのは極めて困難。
(――広場脇の階段からじゃ絶対逃げ切れない……ならッ!!)
このゲームはVRWオープンワールドMMOゲーム、以前までのオープンワールドMMOゲームには良くあった柵の上に伸びる透明な謎の壁というものは存在しない。
ルーは後方のフェンスへ右手をかける。
……そして
「あびゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああッッッッ〜〜!!!!」
――刹那、彼はフェンス先の空へその身を投げたッ!!
「「「―――ッッ!!?!?!??」」」
目の前の初心者がいきなり擬似飛び降り自殺をするという予想外の展開にギルド勧誘の面々も目を剥き出して硬直する。
(――安全区域内に居るなら、どんなダメージも喰らわなかったはずッ!!)
決死の覚悟で飛び出したルー、……だがしかし。
回転する視界、落ち行く身体。
これはゲーム、もちろんダメージを受けても痛くないし、ましてや死ぬ可能性なんて全く持ってないのだがやはり怖いものは怖い。
頭は自動的にパニックを起こし、肌は泡立ち、身体はマナーモードへと移行する。
「僕は死にませえええぇぇぇぇ〜〜〜〜〜んッッッッ!!!」
自分に言い聞かせるように叫び声を上げるルー、もちろんその間にも地面は迫り来る。
…直後
――ビタアアアァァァァァンッッッッ!!
「――ぐぼぉおッ!!?」
ルーは背中から地面へ激突したッ!!
視界が暗くなり、そしてまたハッキリと明るくなった。
目の先に広がるのは一面の薄暗い雲と、先程いた広場の下側だった。
(あぁ……体力は減らなくても……衝撃とか…怯み効果はあるんだっけ………)
いくら人体強化を施された肉体とはいえ、現実世界で銃やナイフなどでの攻撃を受けて平然と走ったり狙いを定めたりする事ができる化物は普通いない、そしてそれなりにリアリティーを追及しているこのゲーム、無論そういったダメージショック機能もあるわけだ。
そして、本来僕のHPを数本消し飛ばせるはずの高さから飛び降り、そのまま地面に叩きつけられた程のダメージショックとなると。
「……ぅぅ、」
まるで3時間以上微動だにせず正座した時のようなあの痺れが僕の身体全体を襲う。
動かそうとすれば動くのだろうが、身体はまるで言う事を聞く気配がしない。
「 ……」
その時、動けない僕の下で小さく呻くような声が聞こえた。
「え?」
痺れで全く感覚がなくて気付かなかったが、どうやら僕は誰かを下敷きにしているらしい。
(……街の中で突然プレイヤーを身投げの下敷きにするって、それは迷惑行為に入るよね……? しかも相手は赤の他人………)
スゥーっと頭の中が冷えていく。
僕のアバターはリアルの僕そのもの。
そして今この御時世、たとえ悪意が無くても下手な事をすると簡単にネットに晒されるような時代。
(これはもしかしなくても終わったのでは………?)
ルーの頭脳が再起動をする。
(――ヤッベ!どうしよ!?謝れば許してくれるかな?!ってかそんな事より今はッ…)
なんとか痺れる身体に鞭を打ち、ルーは横転運動をして下敷きとなっている誰かの上から転がり落ちる。
「――すっ、すみませんでしたッ!!」
そして転がり落ちるなりうつ伏せのまますぐに隣の人物へ謝罪する。
「わざとでは無かったんです!ちょっと変な人達から逃げるためにフェンスを越えただけで――」
「………うぅ」
倒れていた隣のプレイヤーがのろりと立ち上がる。
そのプレイヤーは黒いクロークに身を包み、深くフードを被っていて顔色は見えなかった。
「……ヒットスタン……いつ振りだったけ……?」
立ち上がった…彼?は、ぼそぼそとそんな事を言ってこちらの方を向いた。
「えーと、大丈夫?」
目の前の彼は、僕の質量+重力加速の落下型悪質タックルをまるで気にする素振りを見せず、こちらの心配をしてきた。
「……すいません、動けません。」
「おおう、そうみたいだな。」
彼は少し困ったような素振りを見せて沈黙する。
(…あまり怒ってなさそう?)
ひとまずネットに晒される事はなさそうな様子にルーは心でホッとする。
「そういえばさっき、落ちてきたのは変な人達から逃げる為だって言ってたけど……」
「あっ、」
そうである、今はあの不審者3人から逃げていた真っ最中、
――つまり。
「――初心者さ〜ん!」
「うわっ」
少し遠くから聞こえてくる声、それは間違いなく先ほど聞いたあの万歳軍服の人のもので……
「あぁ…なるほど、確かに変な人達だね。」
彼も階段を降りてくる例の3人を見て納得したようだ。
…そして、
「キミ、走れるかい?」
再度こちらの状態を確認してきた。
さっきよりかは身体の痺れも楽になった、だがまだまだ本調子ではない。
「……逃げれるほどではないです。」
やっとこさ身体を起き上がらせて僕が言う、すると彼は少し考えるような仕草をした後に
「そっか、じゃあ失礼するね。」
そう言って前方のプレイヤーは僕の背中と膝に手を回し、
「へ?」
僕の身体を抱きかかえた。
……そう、それはまさにラブコメのお約束、お姫様抱っこだった!!
「じゃ、行くぞッ!」
「えっ、ちょ待っ ――」
動揺する僕をよそに、彼はセントラルタワーの方向へ足を踏み込んだ。
(――速っ!?)
僕がチュートリアルで走った時とは比べ物にならない程の速度で風景が後ろに流れていく。
「ゴメンね?、ちょっとこの装備じゃ背負うのは難しくて、こんな形になっちゃうけど……」
加速する世界の中、彼が気さくに話しかけてきた。
「えっ、いえ!ご迷惑をお掛けしてしまったのに助けて貰えるなんて願っても無いことですし!」
イケメンってこう言う人のことを言うんだろうな。と頭の隅っこで考えながらルーは答える。
「そうか、それは良かった。―あぁそれと、少し揺れるから気を付けてねッ!」
「え? ――のぉうわッ!?」
横に流れていた視界が今度は縦に跳ねる。……まるでジェットコースターだ。
カッ カッ カンッと小気味良いリズムを刻んで、彼は道脇に連なり建っている宿のような店の屋根へと跳び乗る。
(……上級者はこんな動きも出来るのか…!)
それは、リアルではパルクールでもやってるの?と聞きたくなるような、惚れぼれする動きだった。
(――いや、フードで視界も悪くなっている筈だし、しかも僕を抱えたままコレだ、つまりこの人はそれだけのハンデを負っていても軽々とこの動きをやってのけているという事になる。)
上級者どころじゃない、こんなレベルそれこそ………
「ちょッ、僕らのギルド員横取りしないで下さ〜いッ!」
下の方でなんか騒いでるプレイヤーが3人
「アイツら撒くからちょっと待っててね〜」
何でもないと言うような様子で彼が言う。
「は、はい……」
僕は最早そう答えることしか出来なかった。
……そして再び世界は加速する。
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「…ふぅ、意外としつこかったな。」
表通りから一歩離れた小路地の中、彼はすでに撒いたあの3人の感想を呟く。
――彼に抱っこをされてから十数分間、例の追手たちは妙なチームワークを発揮し僕等を追ってきたがやはり彼の立体機動には追いつけなかったようで、今は声も形もなくなった。
「あ、あのー?」
ちなみに、未だルーはお姫様抱っこをされたままである。
「あっ、そうだったね!」
彼はそそくさと僕を地面へ降ろす。
(――あぁ、久しぶりの地面だ……)
今までの『初めてのゲームプレイ』の流れをことごとく覆していくような初ゲームプレイ体験だった。
キャラ作成から今までの出来事を振り返り、ルーは1人昔の思い出に浸るような顔をして、長いため息を吐いた。
「えっ、あっ、もしかしてエンアフ嫌いになった!?」
それを見た彼は心配するような声音をし、慌てて僕に聞いてくる。
「そ、そんな事ありませんよ!むしろもっとワクワクして来たと言いますか……」
そんな彼に僕も急いで誤解を正す。…すると彼はホッと肩を落とし、
「そ、そっか……良かったよ。」
心底安心した様子でそう答えた。
(何だろなぁ…凄く強くてカッコいい人なのに、意外とお茶目というか……カワイイところがあって、なんだか不思議な人だ。)
……そういえば、
ルーは、前々から思っていた疑問を投げかける。
「――そういえば、なんであなたは私にこんな親切にして下さるんですか?迷惑もかけてしまったのに……」
そうだ、彼は僕を助ける義理はない。それどころか文句を言われたって仕方のない事を僕はしてしまった。
……それでもこの人は僕を助けてくれたのである。
「ああそれ? それはまあ、お礼みたいなもんさ。」
「お、おれい……?」
完全に予想外の言葉が返ってきた、そしてそんな僕の反応に彼はフッと笑うと。
「うん! 実はボク結構退屈しててさ〜、面白い事はないかって丁度探してたのね。」
ウキウキとした様子で彼が話し始める。
「ソロ攻略とか縛りプレイは大方やり尽くしたし、やる事なくて困ってたらさ……なんと上からキミが降ってきたって訳さ!」
漫画なら『ババンッ!』と効果音がついてただろう。それほどの勢いで彼は話しを終える。
「え、えーっと?」
言葉が出てこない、この場合はどう言うのが最適解なのだろうか?
「……とりあえず、助けて頂きどうもありがとうございました!」
僕は取り敢えず改めて礼を言う、まあ丁寧なのは悪い事ではないはずだ。
「ははっ、いいって事さ! ――いや〜しかし」
彼は軽く笑い言葉を続けた。
「珍しいね! 初心者で、しかも女の子がゲーム開始早々に逃げるために飛び降りるなんてさ、長くやってる人でも高い所から飛び降りるのは怖くて出来ない人なんて沢山いるんだよ?」
「………………」
……褒められたのは嬉しい、それもこんな強者からなのだから尚更だ。
――しかし
「……あの、違います。」
静かに、ルーは口を開く。
「……え、初心者じゃない!? それは間違えてゴメン! てっきりその装備であそこから落ちてきたから――」
「そうではなくて!、僕は女では無く男なんですッ!!」
「……えっ、」
分かってる、リアルの声がそのまま反映されるVRWでは女声だったらプレイヤーは女性かネカマガチ勢だ。
ましてや、地声が女声というネカマガチ勢を超越した存在伊織 真琴を女性か男性であるか見分ける事など、ヒヨコの性別鑑定ぐらい難しい事だろう。
だが、それでも真琴にとってはやっぱり悲しい事なのだッ!!
「「………………」」
まるで時が止まったかのような時間が流れ始める。
………そして、それが数秒経ったところで
「 」
小声で彼が聞いてきた。
「 」
ルーもそれに小声で答える。
「……………………」
「……………………」
こうして再びの沈黙が訪れる、――その時、
〔――ピピィッ〕
電子音のようなものが頭に響き、視界右上あたりに午前12時を知らせる運営からのメッセージが流れた。
(ん? もうお昼か、――って)
「やべぇッ!」
伊織家では正午12時はすでにお昼ご飯が出来て上がっている時間だ。
出来立てを食べないというのはあんな絶品料理を作ってくれる父に申し訳ない。……故に食事に遅れるわけにはいかないのである。
「あ、あのッ、お昼食べてくるのでログアウトして良いですか?」
「えっ、あっ…はいどうぞ?」
まだ内容が読み込めてない様子で彼は答える。
「はい、じゃあ失礼しますね。」
「 あっはい、乙です。」
「乙です、……さっきは本当にありがとうございました!」
再度、僕の恩人にお礼を言って操作を始める。
(確かログアウトする方法は……〈〈メニュー!〉〉)
心の中で言葉を念じる。
…すると先ほど聞いた電子音とよく似た音と共にメニューが現れた。
ログアウトの項目もすぐに見つける。
(よし、〈〈ログアウト!〉〉)
―〔ログアウトを実行してもよろしいでしょうか?〕―
〈はい〉〈いいえ〉
僕の前に最終選択画面が現れる、そしてその時に。
「あっ、一応言っておくけどセントラルタワーはあっちだからね! ログインした時に間違えないようにね?」
と、彼が僕に忠告をしてくれる。
「はい! 何から何まで本当にありがとうございます!」
最終選択項目にyesをし、視界が光に包まれ始める。
「じゃ、バイバイ!」
「はい、またいつか会いましょうね!」
最後に彼と笑顔で言葉を交わし、真琴の視界が完全に光に包まれる。
「……?」
何故か、ひどく悲しそうに見える彼の姿を最後にして………
筆者の音狐 水希です。
まず、この度は大変に申し訳ありませんでした。
最低一ヶ月以内には次の話を投稿するなどと言っていましたが、すでにその最低ラインを越え、私の書く物語を待って下さっている数少ない方達を裏切るような形になってしまったことを深く反省しております。
まず、何故こんな遅れたかという理由は、その気になられたら特定されかねないので詳しくは話せませんが、
一つ目は、私自身の文字を紡ぐペースが落ちたということ。
二つ目は、書く時間があまり取れなかったということ。
三つ目は、他にやりたい事があったということです。
この三つは、私の努力次第でどうにでも出来た事でした。
しかし愚かにも私は最低一ヶ月の自分及び読者との約束を破り、堕落した生活を送っていたのです。
許してとは言いません、
ですが、私はこれからも書いていきます。
なんて言われようと書きます。
もし、こんな大して面白くもないし執筆ペースも遅い筆者の応援してくれるのでしたら、これからも私の書く物語をお楽しみ下さい。
........と、謝罪文はここまで。
一つ言うとするならば、「ワシもゲームとかアニメとかにドップリ浸かりたいんじゃァァァァァアアアアアアッッッッッッッッ!!!」という事です、本当にすいませんでした。
というわけで、一週間以内は無理だったとしても一ヶ月以内には頑張りたいと思います。
これからもよろしく出来る心の優しき寛大なお方はよろしくお願いします。
......以上、音狐 水希でした。