White Lily
矛盾とかがあるかもしれませんが緩く読んでください。よかったら是非感想をお願いします。
世界が終わるその瞬間まで共に在ろうと、貴方はそう言ってくれたじゃない。
残りわずかな命を削って生きてきた。
血を吐くような思いで貴方の傍にいた。
貴方のその言葉がまだ、生きていると信じて。
私の生きた時代は、魑魅魍魎で溢れかえった戦国の世。
貴族として生まれ落ちたそのときから私の手が金臭い赤に染まることは決まっていた。
配合に配合を重ねてより強く。
貴族とはそんなものだ。
その血が流れる私もまた、敵を排除する術に長けている。
強さで序列の決まる貴族社会で、侯爵の称号を持つ私の家が得意とするのは魔術だ。
そして私は、王位継承者の護衛の意味もかねて王太子の婚約者となった。
それは猛獣を鎖で繋ぐのと同じような感覚なのだろう。
私は危険な魔術を繰る魔女だから。
我が家に代々伝わる魔術は強力な代わり対価を必要とした。
幼い頃から己の血肉を捧げて魔術を展開するのは当たり前だった。
髪はいつだって短かった。
伸びるなり対価に使ってしまうから。
体はいつだって傷だらけだった。
血も肉も、魔術の貴重な対価だったから。
貴方はそんな私を見て、それが私なのだからと言った。
そのままでいい、とも言ってくれた。
他の誰が言ってもきっとご機嫌取りの言葉にしか聞こえなかったのだろうけれど、婚約者の貴方の言葉だったから、貴方が私を受け入れて愛してくれた人だから、信じたの。
それなのに、どうして?
戦が終わった。
長い長い悲しみに、大量虐殺で終止符を打った。
私の左目は対価として光を差し出しもう見えない。
私の右足は魔術に巻き込まれてもう動かない。
それでも貴方が笑顔で迎えてくれるなら、些細なことだった。
ボロボロの体を引きずって帰ってきた私の前で、貴方と知らない女が口づけしていた。
ああ、どうして。
貴方が向けるのはいつかのように優しいものではない眼差し。
貴方の口から私の世界を終わらせる言葉が吐かれた。
『人殺し』って。
『お前を愛したことなどない』って。
貴方の安寧のためにこの身を削ってきたのに、貴方は何一つ私にくれない。
貴方は私を人殺しといったけれど、貴方こそが人殺しだわ。
貴方は殺した。
これ以上ない形で。
私を。
そして、貴方を。
戦は終わった。
長い長い、終わりの見えない苦しみは終わった。
その瞬間から、私は、魔術は、要らなくなったのだろう。
婚約は解消された。
強力な魔術を使う危険な存在を傍に置く利点より、脅威のほうが大きくなったから。
貴方とはあれきり会えないまま。
たった一言の言伝てもなかった。
状勢によって簡単に捨てられてしまう存在だったのね、私は。
貴方を愛した分、貴方を信じた分、私の憎しみは膨れ上がった。
嘆きは嵐を喚んだ。
悲しみはやまない雨を。
怒りは日照りを。
憎しみは津波を。
身勝手だろうか。
恋に破れた程度で世界中に災害をもたらすなんて。
でも、私は、私の世界全部を殺された。
何処もかしこも血を噴いて、痛い痛いと泣き叫んでいる。
私の恋は、私の世界全てで。
私の世界は貴方でできていた。
甘くて幼い夢を見ていたのだって自覚している。
こんなに人間から離れてしまった存在を愛せる人なんているはずないんだって、心のどこかでは思っていた。
でも、貴方がそんな不安を払うくらいに甘く愛してくれたから、その愛を、言葉を、信じたのに。
貴方が鎖の役目を全うするために優しくしたのなら、どうして最後まで甘い夢を見せてくれなかったの?
ボロボロになったこの体では、もうそれほど長くは生きられない。
うたかたの夢でいいのに、どうして?
私が恋に溺れた愚か者なら、貴方は選択を誤った愚か者ね。
貴方は後ほんの少し、それでこそ私が息絶えるまで、これまでと同じように優しい婚約者の皮を被っているだけでよかった。
それだけで私の恋は守られて、世界が災いに溢れることもなかった。
愛していたの。
誰よりも、私自身よりも、貴方を。
貴方は、優しくて、穏やかで、理知的で。
何より私を愛してくれた。
血塗れで、傷だらけで、令嬢失格の人殺しの。
自分ですら大嫌いの私を、愛してくれた。
理解してくれるはずの両親ですら厭った私を認めてくれた。
ああ、どうして。
どうして、私を殺したの。
ここは戦場だ。
かつて一人の魔女が終息させ、再び始まった国獲りの戦の。
何が原因なのか、戦の終わりと共に次々と襲った天災は、戦禍の後の貧困に苦しむ各国に大打撃を与えた。
そうなれば、その戦で圧倒的勝利を納めた勝国に矛先が向く。
例の魔女が出張る可能性もあったが、魔女の恐怖を克服してなおあまりある飢餓は、そのまま士気となり勝国との戦は勝ち進んでいった。
魔女は一度も現れない。
勝国は今や敗北を重ね、かつての敗国たちよりも衰えていった。
そして、此度の戦ですべてが決まる。
かつての勝国の軍が後ろにかばうのは王城。
あれだけ広大だった領地は、かつての敗国たちにむさぼり尽くされ、残されたのは城ばかり。
そんなときだ。
戦場に女が一人現れたのは。
女は、魔女だった。
かつて、敗国たちを敗国足らしめた脅威。
かつての敗国は、絶望の声をあげた。
やはり無謀だったか、と。
かつての勝国は、歓声をあげた。
これで勝てる、と。
赤が散る。
女の手にはその身を傷つけたばかりの血に濡れたナイフ。
女の足元から魔方陣が広がっていく。
身体中から血を滴らせて、女が嗤った。
長い長い髪が血塗れのナイフでザンバラに切り裂かれる。
かつての勝国はその行為の意味を知らなかった。
何故ならばその脅威はいつだって己らの敵へと牙を剥いたから。
かつての敗国はその行為の意味を知っていた。
何故ならばその脅威はいつだって己らに牙を剥いたから。
赤い赤い血が舞い散る。
切られた長い髪が風に踊る。
青白い女の顔の中、不自然に赤い唇が歪んだ。
「捧ぐ血潮は、呪の礎。捧ぐこの身は破壊の源。壊し尽くせ、この世界を。崩し落とせ、人々の営みを。白の百合が結合する。理よ、全てを壊せ。」
魔方陣がまばゆく光る。
かつての対戦で、真っ白に輝いていたそれは、闇よりなお黒く染まっていた。
ここは戦場だ。
かつて一人の魔女が終息させ、再び始まった国獲りの戦の。
そして今は何もない荒野だ。
大陸中、いや、世界中探しても、もう生き物はいない。
草木は根も残さず腐り落ち、世界に満ちた死の空気はもう二度と生きとし生ける物を受け入れることはないだろう。
かつてその魔方陣に浮かぶ紋様ゆえに、白の百合と呼ばれた魔女の魔術によって。
白の百合の魔女の魔術が一際強力だったのは、その心が純粋なものだったからだ。
色に例えるならば白。
魔術は魔方陣の色が白に近ければ強くなる。
そして魔方陣は心を反映していた。
一切の混じりけのない恋が強さの源だった。
大戦の後、恋心は失われ、その純粋さだけが残った。
白は他の色を拒絶する。
それと同時にその他の色に染まりやすい。
怒りに悲しみ、憎しみは魔女の心を黒く染めた。
魔術は魔方陣の色が白に近ければ強くなる。
魔女の魔方陣はけして白くはなかった。
けれども純粋だった。
ただ壊すための魔方陣と純粋な黒は相乗効果を生み出した。
魔女を冠するように、荒れた大地に黒の魔方陣が浮かんでいる。
百合を象ったそれに、かつての清廉な雰囲気ない。
そこにはただ暗く、まるで魂までもを壊し尽くされそうな禍々しさがあった。
なのにどうしてだろう。
その輪郭に、悲しみが滲んで見えた。
最後まで読んでくださってありがとうございました!