001
「つまり、こういうこと?」
身を乗り出して、少女は確認する。
「これは、いわゆる異世界召喚である。しかし、この召喚は意図されたものではなく、偶然起こってしまったと 。」
「そういうことだな。」
向かいに座る少年は少女の問いに肯定を返す。
「俺たちがいつのまにか立っていた場所に何かの紋様があるだろ?それ、邪神召喚の儀式って、この本に書いてあるぞ。」
少年は持っていた本をパラパラと巡り、内容を大雑把に解説する。
無造作に床に投げてあった分厚い本の表紙はすっかり擦りきれ、ページの端もボロボロであった。
試しに開いてみたが、書いてある文字は全く知らない形の羅列。なのに、なぜか意味は理解できる。
「ふ~ん。邪神ね。」
「あれ?あんまり驚いてない。」
「問題はそこじゃないからね。」
半眼の少女は溜め息をついて机に突っ伏す。
「私は帰って、雪見だいふくが食べたいんだよ。冷凍庫の奥に隠したやつ妹に見つかってないといいけど・・・。」
「俺も今日の夕飯は寿司食いに行くって約束してたのにな~。」
ここが何処で、今何時で、なんて全く分かってはいないが、少なくとも日本では無いことは分かる。もっと言えば地球じゃない。窓から外を見てみれば、月?が二つ浮かんでいるし、もっと近くに目を向ければ、宙を漂う毛玉の生き物が何匹もフワフワと窓際を漂っている。
「とりあえず、今しなきゃいけないことは?」
「現状把握だな。」
「もっと具合的に!」
「安全確認。食料と水の確保。この世界に関する知識。ってとこかな?」
「まあ、いきなりゼロからのサバイバル生活なんて無茶振りもいいとこだよね。」
少女は自分達がいる空間を見回す。
石造りで広くいホールのような場所に、ポツンと二人が座る椅子と机が置いてある。高い天井に付いた窓から光が入ってくるが、殺風景な様子で全体的に廃れている印象を持つ場所だ。
他にあるものと言えば、床に大きく書かれた紋様と内容が怪しげな本だけである。
「っていうか、その本には他に何か書いてないの?」
まさか、邪神の召喚方々なんて書かれているものに今必要なまともな知識があるとは思わないが、今のところ二人の唯一の持ち物であるのだから、確認はしておくべきだろう。
「いや、何も。」
「っえ?」
「さっき言ったことが最初に書いてあるだけ。」
「ええ~。」
いったい何を目的に書かれた本なのか?いや、邪神召喚についてだとは思うが、まさか分厚い容量全てが邪神云々なのだとしたら役立たずにも程がある。
「ちょっと見せて。」
もしかしたら少年の見間違いかも、なんてことすらも思えないが一応だ。
差し出された本を受け取り、数枚捲る。
「ああ、何も、ってそういうことね。」
確かに書かれていない、最初の数ページ以降は全てが白紙だった。
「ここが本当にファンタジーな世界なら、書かれているけどまだ見れないってとこかな?」
そう、この本はボロボロなのだ、風化もあるが明らかに読み込まれている。
そのくせ、ほとんどが白紙なんて、あからさまではないか。
「じゃあ、そこから始めようか。」
改めて、本を見直すことにした。
二人の間に本を置き、1ページ目。
「邪神とは、世界に災いをもたらす存在である。」
「そのままだね。」
「邪な神だからな、ろくな奴じゃないだろ。」
ページを捲る。
「これは邪神の材料が書いてあるの?」
「召喚の材料だな。神は別の次元に存在していて、それをこっちに持ってくる為の媒介がこれってことらしい。」
曰く、この世界にはあらゆる物事ごとに、それを司る神が存在している。神とは法則であり、秩序であり、存在していることが存在意義である。その為、この世界で起こる事象に直接関与することはない。それに反する神は邪神。とのこと。
「神様って窮屈なんだね。私がこの世界の神だったら喜んで堕ちるけどね。」
「胸を張って言うことじゃないけどな。」
「それで・・・、ハレマニ、トコノハ、カレアメソン?流石異世界、なんのこっちゃだね!」
召喚のための材料が書かれているが、図なんて載ってなく、文字で材料と思われる物の名前が表記してあるだけだ。これでは推測のしようもない。
「この世界の植物?いや、鉱物なのか?」
「でも、邪神召喚って位だから、きっと希少な物が材料なんじゃない?」
「そうなんだろうな。」
だとしたら、専門家に聞かないと分からないような物であり、分かったところで邪神召喚なんてする気は無く、結局役に立たない知識である。
ページを捲る。
「そして、ここから白紙な訳だ。」
「一体、何が書いてあるんだろうね?」
「本当に書いてあるのかね?」
当然のように、書いてある前提で話をする少女。その少女の予想に少年は懐疑的だが、ここで止めてしまえば当然収穫はゼロである。なら、と少しくらい前向きに考えることにした。
「書いてあるとしたら内容は?」
「この流れだと邪神関連だよね?説明、召喚方法、材料と来たら・・・」
「・・・と来たら?」
その後が続かない少女は、むむむ、と唸りながら考え込む。
考え込む。
考え込んで・・・。