第八色 鮫島 梓
おおよそ一週間弱意識を失っていた僕は、つい最近目を覚まし、今日退院した所だ。
起きて最初に見た眩いばかりの太陽の光の爽やかさに、朧げだった意識が一瞬で覚醒した。凄いね、太陽。その途端とてつもない空腹が襲ってきて、お腹を見てみるとあばらが浮き出るほど痩せていた。
お腹がすいたでこざる。
号泣して抱きつこうと追いかけてくるうず姉と和馬をやっとの思いで振り切り、なんやかんや今僕は隣町の大きな図書館にいる。少し遠いが、古典、現代小説、児童文学、歴史小説、ノベライズ、ライトノベル、etc…その図書館に置いていない本は無いと思える程、本がある。僕もここにはよく訪れる。
陳列された膨大な数の本を見ながら何を借りるか悩む。
「あら、貴方は。」
ブレイド・アート・オンラインの新作もいいな。
「2年生の篠木くんよね?」
動物失格もいいかも。
「ねぇ、聞いているのかしら?」
ん?さっきから誰かが、ひそひそ声で話しかけてきているような気がして、くるりと後ろに振り向いてみた。
そこには1人の女性、長い紺色の艶のある髪、少し鋭いがぱっちりとした黒い目、なおかつとてもスタイルがいい…誰だこの美人。
「どちら様でしょうか?」
「本当に、わたしを知らないの?」
「はい…」
「鮫島 梓よ。」
名乗られた。まずい、本当に思い出せない、鮫島?梓?聞いたことある様な無いような。
「どうやら本当に分からないようね。」
「もう一度言うわ、私は鮫島 梓 。
優彩学園の現生徒会長よ、そもそも一週間に一度の全校集会で毎回挨拶をしているのだから知っていて当然のはずよ。」
「すみません、知りませんでした。」
「なんで知らないのよ、貴方、私の話を聞いていないの?」
だんだん会長が呆れ始めた、ような気がする。
「目を開いたまま寝られるので、寝ていました、ずっと。」
「全校集会は立ったまま聞くはずよ、まさか立ったまま寝ていたの?」
こういう時は下手に言い訳しない方がいい、ので僕は素直に謝ろう。
「は、はい、すみまベッ!い゛っっっ!」
これ以上無いくらい盛大に噛んだ、最悪だ。図書館中の人がこちらに振り向いた、ここがどんなに場所かを忘れていた。とても恥ずかしい。
「こ、こら、うるさいわね、ココは図書館よ、大きな声を出さないで、一緒にいる私まで恥ずかしいわ…」
恥ずかしさに顔を赤くした会長がそう言った。
「場所を移しましょう、ここじゃ話がしづらいわ。」
彼女に連れられるまま図書館の近くの喫茶店へ。
中は暖房が効いていて暖かく、全体的に落ち着いた雰囲気だが静かという訳でもない。
木製の椅子に、会長と向かい合う形で座り、とりあえず2人で同じホットコーヒーを頼む。
「私を知る知らないは置いておいて、貴方、大怪我をして入院していたそうじゃない、両腕が切断されて無くなっていたとかも聞いたわ、私は生徒会の仕事でお見舞いに行けなかったから、気になるわ。」
「それは…」
やばい、言い訳が思いつかない、お見舞い来たクラスの人達は全員僕の切断された腕を見ているから誤魔化しようがない。
「それに傷跡も見当たらないわ、腕もあるしかなりの大怪我なのに一週間で完治するのは明らかにおかしいわ。」
会長はテーブルに上半身を乗り出しつつ聞いてきた。
「さ、最近の医療は発達していますから、腕を繋ぐ位は簡単なのだと思います。」
「それは今の医学じゃ無理よ、そうなると切断された腕は既に壊死しているわ、24時間以上経っているもの。」
「凍らせれば…」
「細胞が死ぬから無理ね。」
「…」
一体何がしたいんだ?何かの探りを入れているのか?まさか能力者か!?くそっ!
「貴女も能力者なのですか?そんなに僕と戦いたいのですか?さっきの問い詰めといい、何がしたいんですか?」
軽く凄みながら言った。
「能力者、何の話かしら?私は事の真相を知りたいだけよ。」
口が滑ったっ!それに何の動揺もせずに答えた、本当に知らないのか?
「まあいいわ、唐突だけど、最近こんな本を見つけたのよ。」
そう言い、カバンから1冊の辞典程の大きさの厚い本を取り出して僕に見せた。なになに。
「ええと…色彩魔色黙示録…ッ!?」
「あまりにも訳の分からないタイトルだから気になって少し開いてみたけど、くだらない内容だったから元の本棚に戻そうとしたら、何か引っかかる事があったのよ。」
「そ、そもそも内容はどんな感じなんですか?」
動揺してしまっているが、出来るだけ平静を装う。
「人間同士が戦っている絵があったりしたわ、貴方みたいに、体の一部に色の付いた人達がね。」
「貴方の事は知っていたわ。入学当時に腕が黄色いという事で一時期校内では有名になってたから。だから気になったのよ、その腕にこの本に書いてある様な力があるのかを。」
「例えば、大岩をいとも簡単に持ち上げる怪力だとか、どんな怪我をしてもたちまち治るとか…ね?」
この本に書いてあることは本当だ。 だが、普通に生きる為には知られるわけにいかない、もしも広まって皆に知られたらどうなることやら。無理矢理でも良いから誤魔化しを考えるんだ。
「本当にそんな力ありませんよ、腕も元々切断されていません、曲げていたからそう見えただけかも知れません。」
「左手が黄色いのは単なる色素の異常ってだけで、そもそも現実的に考えると、絶対にありえない事でしょう。」
頼む、納得してくれッッ。
「釈然としないけど、それもそうね。」
するのかよ、こちらとしてはいいんだけど。
「兎にも角にも貴方が元気そうで良かったわ。後輩の1人が短期とはいえ入院したんだもの、心配したわ。」
まるで女神のような笑顔をしながら言った。
「は…はいっ、ありがとうございます。」
正直どきっとした、いきなりそんな笑顔見せてくるなんて、反則だ。
照れ隠しにコーヒーを一気に飲み干した、苦味に香ばしさが合っていて美味しい。砂糖をもう少し入れれば良かった。
会長は唐突に手首の腕時計を見始めた、少し焦ったような顔をしていた。
「あら、もうこんな時間、話していると時間って経つのが早く感じるわね。」
僕も自分の携帯の時計を見る。時間は既に5時を過ぎていた。
「帰るんですか?」
「…ええ。」
すっと立ち上がり会計に向かう。
「僕が払いますよ。」
「いえ、私が払うわ、誘ったのはこちらだもの。」
「でも…」
「いいのよ。」
僕は少し申し訳ない気持ちになりながら、会長と2人で店の外へ出た。
図書館の前には1台の高級そうな車があり、ドアが開いた。中からは体格のいい黒スーツの3人、そのうちの2人はボディーガードのようだ。
最後の1人は髪の毛をオールバックにしていて、サングラスをかけているため決して人柄が良さそうとはとはいえない印象を受けた。
会長はその男に対し口を開いた、少し震えている。
「お父様…」
「門限なのに何故帰ってこないんだ、梓。」
威圧感のある低い声で言った。
「すみません…」
堂々としていたさっきまでの会長が嘘のように弱々しくなっている。
「そのガキは誰だ?コイツとずっと一緒にいたのか?」
「…はい。」
「お前には失望したぞ、まさかこんな無能そうな男といたとは、さぞ祖父が悲しむだろうな。」
「ちっ、違います! 篠木くんは…」
「口答えをするな!!」
「くっっ!!!」
鮫島氏はそう言い放ち、彼女の腹部に蹴りを入れた。会長は軽く飛ばされ、苦しそうに倒れている。
僕は強い不快感と怒り、頭に血が上るのを感じた。すぐさま会長の所へ駆け寄った。
「大丈夫ですかっ!?」
「大丈夫よ…げほっ、私が悪いの。」
「おい!俺の梓に汚い手で触るな!」
鮫島氏は叫んだ
直後、脇腹に衝撃。ボディーガードの男2人が僕の脇腹に蹴りを入れたようだ。痛みはほとんどなかったが少し苦しいし驚いた。僕は少し吹っ飛び、ボディーガードの男が寄ってきて、倒れた僕の首筋にスタンガンを当てた。
「があぁっ!!」
焼けるような痛み、何故だ?魔色の能力者は銃弾すら効かない体を持っているのに。
「お父様!止めてください!」
会長が叫んでいる。
もう1人のボディーガードが会長を立たせ、車に無理矢理乗せた。
「見せしめだ、轢け。あと家に帰ったら梓、お前には罰を受けてもらうぞ。」
そう言うと鮫島氏は車に乗り込み、発進させた。
「やめて!!」
スタンガンの電気のせいで体が動かない。
そして車は加速し、衝突。 僕の体を数メートル程、吹き飛ばした。
脇腹に痛みが走った、どうやら肋骨が折れた様だ。呼吸がしにくい。
「篠木君っ!!!」
そして会長を乗せた車はそのまま走り去って行った。